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オーケストラ・アンサンブル金沢 メサイア公演
2014年12月14日(日)15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ヘンデル/オラトリオ「メサイア」(全曲)
2)(アンコール)きよしこの夜

●演奏
松井慶太指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:サイモン・ブレンディス)*1
合唱:北陸聖歌合唱団
独唱:鈴木愛美(ソプラノ)*1,小泉詠子(メゾ・ソプラノ),金山京介(テノール),久保和範(バリトン)


Review by 管理人hs  

12月恒例のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)と北陸聖歌合唱団によるクリスマス・メサイア公演。今年は「全曲」でした。北陸聖歌合唱団は60年以上も「メサイア」だけを歌っている合唱団ですが,昨年とは独唱者が全員交代し,若手の松井慶太さんが指揮をされるなど,新しいスタートの一歩といった感じの全曲公演になりました。

演奏もその期待どおり見事なものでした。全曲を通じて奇をてらったような部分はなく,曲の姿を歪ませることなく,スケール感たっぷりに「メサイア」の全貌を伝えてくれました。

今回の演奏で特徴的だったのは,いくつかの独唱曲では,弦楽器のトップ奏者だけによる室内楽的な演奏となっていた点です。そういう緻密でインティメートな雰囲気と合唱曲の部分でのドラマティックな雰囲気とが合わさり,立体感のある「メサイア」を聞かせてくれました。

4人の独唱者は,弦楽器の後ろの方に着席しており(下手側がソプラノとメゾ・ソプラノ,上手側がテノールとバリトン),自分の出番の時だけ,指揮台の近くまで出てきて,歌うというスタイルを取っていました。全曲公演ならではなのだと思いますが,ちょっと厳かな雰囲気が出て,宗教曲らしいと思いました。

そして,この4人の独唱者が素晴らしいと思いました。いずれも二期会の若手歌手で,ソプラノの鈴木愛美さん,メゾソプラノの小泉詠子さん,テノールの金山京介さん,バリトンの久保和範さん,どの方も非常に水準の高い歌を聞かせてくれました。独唱者については,粒ぞろいという感じで,ここ数年でいちばん水準が高かったのではないかと思いました。

第1部の序曲は,じっくりとした足取りで始まりました。一つ一つの音がくっきりとしており,OEKの各楽器の音の美しさが落ち着いた気分の中からしっかりと伝わってきました。

最初のテノールのアリアでは,金山さんの軽やかで安定感のある声が心地よく響きました。声に力があると同時に,全体的なバランスも良く,宗教曲にぴったりの安心感がありました。この雰囲気は,指揮の松井さんをはじめ,今回の全ソリストに共有されていたように感じました。

バリトンの久保さんの声は,大変立派で,威圧感がありました。「メサイア」には,宗教音楽的な部分だけではなく,描写音楽的(バリトンの曲だと地面が揺れるみたいな歌詞が出てきますね)でオペラ的な部分もありますが,そういった部分に特にぴったりだと思いました。

メゾ・ソプラノの小泉さんは,石川県出身の方で,OEKとも数回共演され,以前にもこの公演に登場したことがあります。OEKの「カルメン」公演でカルメン役を演じたことがありますが,今回はそれと対照的に品のある落ち着きのある声を聞かせてくれました。しっかりと抑制された美しさがあるのが素晴らしいと思いました。

第6曲(プログラムではバリトン詠唱となっていましたが)終盤の弦楽器のスピード感のある音楽に乗って軽快に歌われる部分もOEKともども大変鮮やかでした。

第1部の合唱曲では,"For unto us a Child is born"が毎回楽しみにしている曲です。いつもどおり,パイプオルガンのステージにトランペット奏者が現れて,”Wonderful, Counsellor"という歌詞が華やかに歌われると,クリスマス気分になります(毎年この公演を聞いているうちにすっかり刷り込まれました)。今回の"Wonderful"は大変軽やかで,清々しく感じました。

今回聞きながら”Wonderful"の歌詞に続いて弦楽器が細かい音型を繰り返し演奏する部分は,神様の背後にある光に違いないと感じました。仏像(お門違いで失礼します)の背後にも必ず光背が付いていますが,そういうヴィジュアルな雰囲気があるなぁと改めて思いました。

ゆったりとした中にも芯の強さのあるパストラールに続いて,ソプラノの出番が続きます。ソプラノは,昨年までは朝倉あづささんがずっと担当しており,やはり私の耳に「定番」として刷り込まれていたのですが,今回の鈴木愛美さんの声も大変魅力的でした。

最初に一声,凛とした瑞々しい声がホールに広がると,景色はすっかりエルサレムという感じになりました(行ったことはないのですが...。きっと雪はないですね)。とてもよく通る声で,祝祭的な気分が気持ちよく伝わってきました。

この部分の合唱曲では,”Glory to God in the highest"が毎回楽しみです。北陸聖歌合唱団の皆さんは,若手の指揮者と独唱者に触発されるように,とても若々しい声を聞かせてくれました。この曲でもトランペットがオルガンステージで演奏しますが,天と地が視覚的に対比されるので,毎回のことながら,素晴らしいなぁと思います。

第1部の後半では,ソプラノが"Rejoice"と楽し気に歌った後,メゾ・ソプラノが加わる"He shall feed his flock...”へと続いていきます。この部分も大好きです。今回の若々しい2人の声をたっぷりと聞いて,「美の上にさらに美を重ねる」という贅沢な気分を味わうことができました。休日の午後に聞いていると,本当に「彼のところに行って重荷を下ろしたい」という気分になります。

今回は全曲公演ということで,第1部と第2部の後の2回休憩が入りました。

第2部は重苦しい合唱曲に続いて,メゾ・ソプラノの聞かせどころ"He was despised"になります。小泉さんの真摯な声が大変深く心に染みました。密度が高く,常にドラマを内包したような素晴らしい歌でした。

続いて合唱曲3つが連続します。ハイライト公演だと,3曲連続は少ないと思いますので,全曲公演ならではの見せ場の一つですね。男声の人数がやや少なめなので,苦し気に響く部分はありましたが,どの曲も明快に聞かせてくれました。その分,"All we like sheep"の後半での「深〜い」響きが大変印象的でした。指揮の松井さんは,東京混声合唱団の指揮もされている方ということで,曲想に応じた合唱団の表情の付け方の変化が特に巧いと感じました。

その後,テノールの出番が続きます。この辺の曲もハイライト公演だと省略されることが多いので,全曲公演ならではです。金山さんの歌からは,しみじみとした情感がしっかり伝わってきました。

合唱曲の"Lift up your heads"は毎回歌われている曲ですが(「もろびと,こぞりて」みたいな音の動きで始まりますね),この曲になると曲想が変わって「先が見えてきたぞ」という感じなります。全曲公演だとこのあたりで少々疲れてくるので,特にそういう気分になりますね。

第2部後半では,バリトンの"Why do the nations so furiously rage together?"がお馴染みの曲です。低弦の刻むビートの上に流れるようにバリトンが朗々と親しみやすいメロディを歌うのですが,今回のOEKの演奏は特に格好良く,久保さんの声にも威厳があり印象的でした。それにしても(残念ではありますが),この曲の歌詞は古びません。「2000年前も現代も同じ」と実感します。

その次の合唱曲"Let us break their bonds asunder"は特に難しい曲だと思いますが,妥協のないテンポでキビキビと決めてくれました。

そして,第2部最後の「ハレルヤ・コーラス」となります。昨年までの三河正典さんの指揮の公演は,もっと大げさでお祭り的な感じがしたのですが,今回はより率直で,スタイリッシュにまとまっていたと思いました。

第3部の最初の曲は,聞くたびに「年末だなぁ」とホッとした気分になります。第2部「受苦」の後,鈴木さんの透き通るようなソプラノで聞くと,特に晴れやかな気分になります。

第3部の見せ場の"The trumpet shall sound"は久保さんの落ち着きと威厳のある声が印象的でした。トランペットの方は,OEKの藤井さんの,品格のある素晴らしい音で始まったのですが,後半はややスタミナ切れのような感じになり,改めて大変な曲だなぁと思いました。

その後の曲は,メゾ・ソプラノとテノールの重唱をはじめとして,ハイライト公演ではあまり演奏されない曲があり,「こんな曲あったのか?」という感じでした。メサイアの中で重唱曲はこの曲だけかもしれませんね。

最後の「アーメン・コーラス」も,「ハレルヤ・コーラス」同様に,大げさになり過ぎることはなく,フーガの堅牢さを感じさせつつも重苦しくなり過ぎない演奏でした。アーメンの部分で,ソリストの皆さんが,指揮台の傍ではなく,合唱団の前の方に移動して歌っていたのも良かったと思います。曲の最後の部分は,ティンパニの見せ場のような感じになります。今回もパリッとした音で,力強く爽快に締めてくれました。

終演後は,定番の合唱団とオルガンによる「きよしこの夜」が流れる中会場を後にしました。

北陸聖歌合唱団の皆さんは,例年よりも曲数が多かったので大変だったと思いますが,指揮者の松井さんの下,ボリューム感だけでなく,明快で引き締まった声を聞かせてくれました。今回の演奏は,部分部分を強調をするのではなく「メサイア」の全体像をしっかり伝えようとする意図が感じられました。演奏会の長さは,休憩時間を含むと3時間を超えたので,さすがに疲れましたが,やはり全曲は良いなぁと思った公演でした。

(2014/12/20)

この公演の前日,JR金沢駅で「内覧会」をやっていました。クリスマス気分と合わせて,なかなかおめでたい雰囲気になっていました。

 







公演のポスター


公演の案内


この日は雪まじり。


石川県立音楽堂の外観


公演に先立って,春日朋子さんの演奏によるパイプオルガンのウェルカム演奏がありました。


終演後はすっかり暗くなっていました。


こちらは金沢駅もてなしドーム。屋根雪の様子を見るのは飽きないですねぇ。


屋根雪を見ながら,「もてなしのやねゆき」といった和菓子が作れるのでは?とひらめきました。「ゆきづり」の後は「やねゆき」しかない(?)。