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ベーゼンドルファーを弾く Vol.16 鍵盤の饗宴 大井浩明
2014年12月21日(日)17:00〜 金沢21世紀美術館 シアター21

バッハ,J.S./「音楽の捧げ物」BWV.1079〜6声のリチェルカーレ
マーラー(オットー・ジンガー編曲)/交響曲第5番ハ短調(ピアノ独奏版,ただし,第4楽章は杉山洋一/間奏曲第8番「スーパー・アダージェット:マーラー交響曲第5番第4楽章に基づく」を演奏)
(アンコール)レノン&マッカートニー(武満徹編曲)/ゴールデン・スランバー
(アンコール)レノン&マッカートニー(三輪眞弘編曲)/レット・イット・ビー=アジア旅行
(アンコール)宮尾幹成/オリヴィエ・メシアンの墓への小品(NHK「のど自慢」のテーマ曲による)

●演奏
大井浩明(ピアノ)


Review by 管理人hs  

金沢21世紀美術館で定期的に行われている「ベーゼンドルファーを弾く」シリーズの第16回「鍵盤の饗宴」。その中の大井浩明さんの演奏会を聞いてきました。今回は2日間に渡り,クラシック系以外のピアニストを含む4回の演奏会が行われましたが,何故か(?)その最後に大井浩明さんのピアノでマーラーの交響曲第5番のオットー・ジンガーによるピアノ独奏版の全曲を聞くという大変マニアックが企画が入っており,「これは聞き逃せない」ということで,喜んで聞きに行ってきました。

演奏は,予想を超える超絶技巧と70分を超える凄い編曲,凄い演奏でした。金沢21世紀美術館のシアター21は壁面も床も真っ黒の密室ということで,思い切り集中してマーラーのピアノ編曲版の世界に入ることができました。

 終演後撮影。こんな感じでした。

このマーラーに先立って,バッハの「音楽の捧げ物」の中の「6声のリチェルカーレ」が演奏されました。この日のシアター21はいつものように座席が階段状になっているのではなく,床を平にしてピアノと同じ高さの平面に椅子を並べて,すぐ間近でピアニストを取り囲むようにして聞くという配置になっていました。このスタイルがまず独特でしたが,大井さんの演奏スタイルも独特で,何と靴を脱いで演奏していました。

バッハのこの曲では,ペダルは全く使っていませんでしたので,ペダルの操作のためというよりは,「窮屈な靴がない方が好き」という理由からなのかもしれません。

このホールは残響がほとんどないので,かなり乾いた感じになります。それがデジタルな感じの明快さを強調し,白と黒だけからなるモノクロームな世界を作っているようでした。曲の方も,段々と現代曲を聞くような雰囲気になり(そういえば,かなり以前,NHK−FM「現代の音楽」でこの曲のウェーベルンによる編曲版をテーマ音楽として使っていましたね),次のマーラーの世界との親和性を感じました。

次のマーラーの交響曲第5番のピアノ独奏版については,どういう経緯で編曲されたものなのか?編曲者のオットー・ジンガーとはどういう人なのか?といった予備知識が少し欲しい気もしましたが,その辺の知識なしでも,その音に浸るだけで面白さを堪能できました。

それにしても,ものすごい数の音符でした。第1楽章は,トランペット1本で始まりますのでシンプルに始まるのですが,すぐに大編成オーケストラの音をそのままピアノ独奏に編曲した感じの音の洪水になります。これが全楽章続いている感じでした。バッハの時とは違い,この曲ではペダルを使っていましたので(こちらも靴を履かずに演奏されていました),音量が増すと同時に,オーケストラ版で聞いていると同じような色彩感の広がりを感じました。

ピアノ編曲版で聞くと,いろいろな声部の動きが非常にクリアになるのが面白いところです。今回のホールは残響がほとんどないので,その生々しい迫力がダイレクトに伝わってきました。第1楽章の最後の部分の「ドロドロドロ」という感じの弱音などは,オーケストラ版で聞くのとは違った,くっきりとした異様さのようなものがあり,大変面白いと思いました。

第2楽章はさらに音楽が大きくスケールアップするような感じがありました。特に楽章の最後の方の華やかな盛り上がりは迫力満点でした。第3楽章はワルツなのですが,ウィーン風のワルツという感じではなく,細部がくっきりと表現された,クールさを感じました。どこか現代曲を聞いているような気分があるのも面白いと思いました。

そして,有名な第4楽章アダージェットですが,今回は杉山洋一さんによる「スーパー・アダージェット」を使っていました。はじめはそのことに気づかず,「やけに音が装飾的だなぁ?」という感じで聞いていたのですが,段々と「これは幾らなんでも装飾的すぎる」と思い,プログラムをよく見てみると「第4楽章は杉山洋一「スーパー・アダージェット」を使用」と書いてありました。

この楽章については,耽美的でロマンティックという印象がありますが,何というか音の動きが凄まじく,聞いている方も思わず息が詰まって来そうな感じでした。他の楽章はオーケストラ版と同じぐらいのテンポ感だと思ったのですが,さすがにこの楽章は「スーパー」ということで,テンポがかなり遅く,細かい音の動きが延々と続くような,文字どおりの「スーパー」な「アダージェット」になっていました。

第5楽章のロンド=フィナーレの最初の方は,どこかバッハのフーガをピアノで聞いているような感じに聞こえました。この日は1曲目にバッハの6声のリチェルカーレが演奏されましたが,そのバッハの音楽と「つながっているなぁ」と感じました。楽章の最後の部分は明るく終わりますが,この部分での輝かしい迫力も圧倒的でした。

大井さんは,演奏後のトークで,咽頭がんの治療をされていた井上道義さんが退院したばかりの8月の段階で「快気祝い」としてこの曲を選んだということを仰られていました。大井さんは,大学生の頃,井上道義さん指揮でこのマーラーの交響曲第5番を演奏したことがあるそうです。その時,大井さんはチェロを演奏していたそうですが,第1楽章の最後のピツィカートの部分について「気に入らねぇなぁ」と言われ,チェロ・パートの全員が一人ずつ演奏させられ,大井さんだけ誉められたという強烈な思い出があるそうです。この日の演奏は,井上さんも大喜びの演奏だったのではないかと思います。

このマーラーの演奏後,アンコールが3曲演奏されました。それぞれ趣向の凝らされた,面白い曲でした。

アンコール1曲目はビートルズの「ゴールデン・スランバー」(原題はGolden slumbersと複数形です)を武満徹が編曲したものでした。どこか印象派風になるのが武満さんらしいと思いました。

アンコール2曲目は,やはりビートルズの作品を三輪眞弘が編曲した「レット・イット・ビー=アジア旅行」という曲でした。昔,ドリフターズのコントに「もしも〜だったら?」というシリーズがありましたが,「もしもビートルズがアジア旅行をしたら?」というコンセプトの作品で,曲が進むにつれて,段々とアジア風になっていくというものでした。途中,どこか「イエローサブマリン音頭風?」という感じになった後,中国的な感じになり,最後は全体重を鍵盤に押し付けるような感じの破壊的な音でダン・ダダ・ダン・ダダダン・ダン・ダーンと終わりました。

最後に演奏された曲も,「もしも〜だったら?」という曲でした。今度はビートルズではなく,「もしも,NHK「のど自慢」の鐘の音が「メシアン風和音」になったら」という,これもまたマニアックな作品でした。メシアン風の和音というのは,パイプオルガンの和音を模したような独特の刺激的な響きのする不協和音です。メシアンの曲を聞いたことのある人からすると,「あるあるメシアン」という感じの響きです。この「変な響き」を散りばめながら,NHK「のど自慢」のテーマ曲を演奏するという,斬新なアイデアの作品で,個人的には「バカ受け(こちらはドリフターズではなく,欽ちゃんですが)」してしまいました。

大井さんが21美に登場するのは,今回が3回目だと思いますが,是非また「めったに聴けないような体験」をさせてほしいと思います。

(2014/12/27)












 




公演のポスター


この日は雨。21世紀美術館の外に積もっていた雪も少し解けたかもしれません。よく分かりませんが,雪だるまが写っています。21美のまわりだと,何でもアートに見えます。


タレルの部屋は,「天井なし」ということで,文字通り,雨水が「垂れて」いました。その床面を見てみると...ちゃんと空が写っていました。「逆さ富士」ならぬ「逆さタレル」的な写真になりました。


「雲を図る男」かなり寒そうな感じでした。


透明のエレべ^ーターで地下のシアター21へ。

開演まで時間があったので,この日は香林坊の店をいくつかめぐってみました。


香林坊アトリオの吹き抜けのツリーです。受けから見ると,下のような感じ
金沢市アートホールの入っているポル