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オーケストラ・アンサンブル金沢 第360回定期公演マイスターシリーズ
2015年1月24日(土)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

武満徹/雨ぞふる
ハイドン/交響曲第83番ト短調 Hob.I-83「めんどり」
ブラーミス/交響曲第4番ホ短調 K.93

●演奏
シュテファン・ヴラダー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:藤原浜雄)
プレトーク:池辺晋一郎


Review by 管理人hs  

2015年最初のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演マイスターシリーズはシュテファン・ヴラダー指揮による,ブラームスの交響曲第4番を中心としたプログラムでした。ヴラダーさんがOEKを指揮するのは今回が2回目ですが,前回はピアニストとして「皇帝」も演奏していましたので,「指揮だけ」というのは今回が初めてということになります。

毎年,OEKの年末年始の公演は,「交響曲なし」のプログラムが続くのが恒例なので,この時期になると,交響曲が恋しくなります。この日は,前半にハイドン,後半にブラームスの交響曲が入るプログラムで,大変聞きごたえのある内容となっていました。協奏曲が入るともっと華やかな雰囲気になるのですが,今回の公演を聞いて,「オーケストラの演奏会の核は,やっぱり交響曲だな」と改めて感じました。

そして,ヴラダーさんの指揮が素晴らしいと感じました。前回OEKに登場したときも思ったのですが,ヴラダーさんが指揮するときのOEKの音は,非常に強く引き締まり,(近年はなかなか定義しにくい言葉ですが)非常に「男性的」な剛性感のあるサウンドになります。オーケストラがとてもよく鳴り,シャキッと締まった直線的な音の動きが聞きごたえ十分でした。

1曲目に演奏されたのは,武満徹の「雨ぞふる」でした。この曲だけ,他に演奏された「交響曲」とは別系統の作品でしたが,日常から演奏会という非日常の世界へと誘う絶好の導入曲となっていました。編成も他の曲よりは小さく,各パート1名のソリスト集団による演奏になっていました。楽器は,次のような独特の配置でした。

       Cb VC Fg
       Va     Cl  Hrn
    Pf Vn2      Ob  Tb
Per   Vn1        Fl  Tp


響きは薄いのですが,ピアノや打楽器などで低音を補っており,透明感と重さとが同居していました。ソリスティックな動きを見せる各楽器の中では木管楽器のマイルドな音が特に魅力的でした。フルートの岡本さんは,通常のフルートとアルト・フルートを持ち替えて演奏していましたが,この辺の楽器の使い方が「武満さんらしいな」と思いました。

前半はそれほど聞きやすい音楽ではないのですが,そのことによって,饒舌に物語る感じにはならず,曲のタイトルに相応しい詩的なムードを作っていました。最後の部分で,オーケストラの音が調整感のある和音にしっかりと溶け合います。見事にブレンドされた温かみのある和音が響き,しっとりと落ち着いた気分になりました。

続くハイドンでは通常の編成となりました。楽器の配置は,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが分かれる対向配置でした。

今回演奏された交響曲第83番「めんどり」は,ハイドンの交響曲には珍しいト短調で書かれています。ト短調といえば,モーツァルトの交響曲第40番と第25番の「大・小」交響曲を思い出しますが,そういえば,前回ヴラダーさんがOEKを指揮したときには,モーツァルトの交響曲第25番を演奏していたなぁ,ということを思い出しました。ヴラダーさんは,暗い情熱を感じさせるこの調性がお好きなのかもしれません。

ヴラダーさんはすらりとした長身なのですが,演奏の方もその雰囲気を漂わせた紳士的なもので,オーケストラからシャキッとした音が聞こえてきました。

第1楽章はキリっと締まった強い音で始まりました。テンポは早目で,自信に溢れた強さと線の太さを感じました。軽やかな第2主題との対比も鮮やかでメリハリが効いていました。展開部での細部まで磨かれたような緻密さも素晴らしいものでした。ヴラダーさんは現在,ウィーン室内管弦楽団の芸術監督を務めていますが,さすが室内オーケストラの指揮者だな,と感じました。今回の演奏は,特に古楽奏法を意識した演奏ではありませんでしたが,音楽全体の流れが良いのと同時に,細部までしっかりと磨かれており,どこをとっても,新鮮さがありました。

第2楽章はしっとりとした歌に溢れていました。途中,楽器の音をぐっと抑制し,ひっそりとした空気感が漂う部分があります。その直後にffが響きました。いかにもハイドンらしい「びっくり」でした。その鮮烈さが特に印象的でした。

第3楽章のメヌエットにもシャキッとした男前な感じがありました。中間のトリオは,フルートやヴァイオリンなど1名ずつによる,文字通りの「トリオ」的な編成で演奏されました。その対比をしっかりと楽しませてくれました。

第4楽章は大変軽やかで,スムーズな推進力のある音楽でした。楽章を通じて「狩」のような気分がありましたが,最後の部分でその雰囲気をさらに盛り上げるようにホルンがしっかりと力強く豪快な音を聞かせてくれました。

ちなみにこの日は,ホルンのエキストラとして,昨年の日本音楽コンクールで3位になった根本めぐみさんが参加していました。ハイドンでは根本さんがトップ奏者で演奏していましたが,この豪快さは根本さんの音だったのかもしれませんね。

後半はブラームスの交響曲第4番が演奏されました。この曲については,ホ短調という調整ということもあり,かなりセンチメンタルに演奏されることもありますが(プレトークで池辺さんがこの調性の特徴としてそう語っていましたが,なるほどと思いました。実際,そういう演奏も魅力的に響く曲です。),この日の演奏は,非常にくっきりと明確に演奏されていました。音楽自体に安定感はあるのですが,ヴラダーさんの内に秘めている熱いものが自然に音の強さとなって表れているようで,何とも言えない躍動感がありました。ヴラダーさんの意図する音楽が率直に表現されていたのではないか,と思いました。そのことが伝わってくるような気持ち良さのあるブラームスでした。

ヴラダーさんは,前半は指揮棒なしで指揮されていましたが,後半は指揮棒を使っていました。第1楽章の冒頭からしっかりとした勢いのあるカンタービレが続き,地に足の着いた強さのあるサウンドを聞かせてくれました。「動き」と「安定」が共存したような聞きごたえのある音楽はブラームスにぴったりで,楽章の終結部に向かって力感がどんどん高まっていきました。

第2楽章は冒頭のホルンの迷いのないすっきりとした力感のある音が見事でした(今回のホルンには根本さんに加え,三谷政代さんがエキストラで加わっていましたが,この部分は,この女性2人で演奏していました。)。その後は,「しっかりとした歩み+抑制の美」といった雰囲気になります。そのゆったりとした空気感が大変心地よいものでした。弱音部でのコントラバス(この演奏は4人編成でした)のゆとりのある響きも印象的でした。第1楽章同様,楽章の終結部での共感に満ちた深い音楽も聞きものでした。

第3楽章は,バチッと音がするような集中力の高い音で始まりました。キリッと締まった強靭さと流れの良さのある音楽を聞かせてくれました。トリオでは,ここでもホルンの安心感のある音が見事でした。

第4楽章の冒頭では,満を持してトロンボーン3本が加わり,シャコンヌのテーマを演奏します。そのブレンドされた音は大げさになり過ぎることはなく,どこか悟ったような雰囲気もありました。その後に続く変奏では,積極性に溢れた音楽が,流れよく続きました。途中に出てくるフルートの見せ場では,岡本さんの深〜く沈潜していくような落ち着いた音が大変魅力的でした。コーダでは,輝かしさと強さのある音楽がグッと盛り上がり,全曲を力強く締めてくれました。

全曲を通じて,オーケストラが大変良く鳴っていたのが印象的でした。強引に盛り上げているのではなく,オーケストラの自発性があるのも素晴らしく,ヴラダーさんとOEKとの相性はとても良いと思いました。演奏後のOEKメンバーの指揮者をたたえるような動作も大変盛大で,ヴラダーさんの作る音楽にメンバーがしっかり共感していることが分かりました。この日は「アンコールなし」でしたが,「それが正解」と思わせる充実した演奏会だったと思います。

これまで,ヴラダーさんについては,ピアニストとしての印象の方が強かったのですが,今後は指揮者としてのキャリアの方にさらに力を入れていくのかも,と思わせる見事なブラームスでした。ヴラダーさんには,是非,指揮者としてOEKへの再登場を期待したいと思います。

PS. この日ですが,公演プログラムが手違いで配布することができない,という珍しいことがありました。急きょ作った簡易プログラムで,ほぼ間に合ったのですが,OEK定期公演史上初めてのケースかもしれません。こういうハプニングも含め,演奏会というのは何が起こるかわからないのが面白いと思っています。

 
左がこの日配布された簡易プログラム,右が後日送付されてきた,本来のプログラムです。

PS. この日は終演後,シュテファン・ヴラダーさんのサイン会が行われました。自宅から持参した,NAXOSのベートーヴェン/ピアノ協奏曲第1番のCDのジャケットにサインをいただきました。
 
NAXOS初期のCDで,オーケストラは,スロバキア・フィルのメンバーからなる,カペラ・イストロポリターナが演奏しています。ジャケットに入っていた,その写真を見ると....チェロにルドヴィート・カンタさんらしき人が写っていました。1988年の録音なので,カンタさんがOEKのメンバーになる直前の録音のようですね。

(2015/01/29)





演奏会の立看板


この日は1月の金沢には珍しい快晴でした。演奏会と同じ時間帯に全国高校サッカーで優勝した,星稜高校のパレードが市内で行われたのですが,それを祝福するようでした。


終演後,音楽堂の交流ホールでは,元OEKのヴァイオリン奏者の大村夫妻による演奏会が行われていました。この後,金沢大学フィルの定期演奏会に出かける予定にしていたので,残念ながらこの演奏会は聞くことができませんでした。