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オーケストラ・アンサンブル金沢第361回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2015年2月15日(日) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

グリーグ/劇音楽「ペール・ギュント」op.23(全5幕,ドイツ語,一部日本語,字幕付き)

●演奏
クリスチャン・ヤルヴィ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
合唱:オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団(犀川裕紀(合唱指揮))
原作:ヘンリック・イプセン,台本:MDRライプツィヒ放送交響楽団制作,日本語訳:大崎雅,翻訳校訂:萩原健,独唱指導:天沼裕子

ソルヴェイグ:立川清子(ソプラノ),ペール・ギュント:高橋洋介(テノール),アニトラ:相田麻純(メゾ・ソプラノ),羊飼いの女たち:吉田和夏,柴田紗貴子,林よう子(以上ソプラノ),泥棒と盗品買い:村松恒矢,井口達(以上バリトン),風李一成(語り)

プレトーク:天沼裕子


Review by 管理人hs  

次々と新しい公演スタイルに取り組んでいるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)ですが,2月の定期公演フィルハーモニーシリーズは,グリーグの劇音楽「ペール・ギュント」全曲を演奏会形式で演奏するというものでした。「ペール・ギュント」といえば,小中学校あたりの音楽鑑賞の教材になっていることもあって組曲版が大変有名ですが,全曲演奏というのはかなり珍しいと思います。CDでも抜粋版はかなりありますが,全曲を演奏したCDというのは,この日の指揮者のクリスチャン・ヤルヴィさんの父上のネーメ・ヤルヴィさんの演奏ぐらいかもしれません。というわけで,”ヤルヴィ家十八番”「ペール・ギュント」全曲公演と言えそうです。

演奏の方は,音楽と音楽の間を主にナレーションでつないでいくもので,歌手がセリフを語って演技をするような部分はありませんでした。ナレーションの台本全体がプログラムに掲載されていましたが,MDRライプツィヒ放送交響楽団制作と書いてありましたので,恐らく,クリスチャン・ヤルヴィさんが持ち込んだものだと思います。原作とは一部違う部分もありましたが(アメリカに行って大金持ちになる...みたいな部分は入っていませんでした),音楽とナレーションのつながりがとてもよく,大変スムーズに聞くことができました。やや台本が硬い感じで(翻訳するのがやはり難しいのだと思います),やや難解に感じる部分もありましたが,全曲をうまく2部構成にまとめており,間延びすることなく,大交響曲を聞いたような充実感を感じました。

ステージはパイプオルガンの前にスクリーンを垂らし,そこにモノクロで描かれたイラストと字幕が投影される形になっていました。舞台は通常の定期公演の時と同様でしたが,合唱団が舞台奥の台の上に配置していました。合唱団の背後にもう一つ,衝立のようなものがありましたが,この衝立の裏から出入りを行えるようになっており,合唱団が舞台裏で歌う場合は,この「秘密の通路」から外に出ていました。

独唱者は,オーケストラの後,合唱団の前の台の上で歌う形でした。通常の定期公演より照明は暗めで,独唱者にスポットライトを当てていました。音楽とドラマの流れを楽しむには丁度良いスタイルだと感じました。

前半はまず,「結婚式の場」の音楽で始まります。冒頭から生き生きとしていながら,締め上げ過ぎるところのない余裕のあるテンポで始まりました。OEKの音は大変クリアで,センチメンタルになり過ぎない「熱さ」を秘めた音楽を聞かせてくれました。今回,ティンパニにはお馴染みの菅原淳さんがエキストラで加わっていました。ティンパニだけは舞台の上手側のコントラバスの横に居ましたが,その厚みのある音が特に素晴らしいと思いました。

その後,全曲版ならではの部分が続きました。ノルウェイの民族音楽を思わせる野趣満載のヴィオラ独奏が入りました。演奏後,ヤルヴィさんとダニール・グリシンさんは握手していましたが,相変わらず迫力満点の独奏でした。その後は,それを受ける形でアビゲイル・ヤングさんのヴァイオリン独奏が続いていました。こちらもお見事でした。

結婚式の場の音楽が短調に切り替わり,「花嫁の強奪」になります。この曲を聞くときはいつもティンパニに注目してしまうのですが,理想的な音だなぁと思いました。

その後「3人の羊飼いの女」が出てきます。今回の独唱者は,新国立劇場のオペラ研修所の修了メンバーが中心で,OEKでもお馴染みの天沼裕子さんが厳しく(多分)指導されたようです。どの歌手も若々しい見事な声を聞かせてくれました。

「3人の女声歌手」がオペラの最初の方に出てくるというのは,「ラインの黄金」「魔笛」などと共通します。ドイツ〜北欧系のドラマの定番なのでしょうか。今回の場合,ペール・ギュントは,引き続き,山の魔王の宮殿で次々と災難に合いますので,「魔笛」のタミーノとペール・ギュンとは結構似ているのではないか思いました。

その「山の魔王の宮殿」の場ですが,お馴染みのあの音楽をドラマの流れで聞くと臨場感満点でした。ホルンのゲシュトップフト奏法(多分)による鋭い音が最初に出てくるだけで,不気味な雰囲気になり,低弦とファゴットを中心に次第に盛り上がり,弦楽器の魅力的なピツィカート...という展開は,映画音楽の原点なのかもしれません。

ヤルヴィさんのテンポは前半,ゆっくりと抑制した感じで始まった後,後半は大きく開放して盛り上げるという構成でした。その盛り上がりの頂点で,合唱が加わるのも全曲版ならではです。この日の合唱は,通常のOEK合唱団よりも人数は少な目でしたが,舞台の大道具の一部になったような感じで,しっかりと各場面のドラマを盛り上げてくれました。

組曲版だとこの曲がいちばんの盛り上がりなのですが,この日の演奏では,その後がさらに素晴らしいと思いました。トロルたちに追いかけられる音楽が続くのですが,演奏の流れが良かったので,スリリングな気分にじっくりとはまることができました。この辺は打楽器奏者が大活躍します。今回の打楽器メンバーは,渡邉昭夫さんを中心とした打楽器アンサンブルのチームでした。そして,「はげ山の一夜」のように鐘の音(打楽器奏者が,例の秘密の通路から舞台裏に出て叩いていたようです)が遠くから聞こえてきて,トロルたちが退散となります。

その後は,ベイグという姿のない化け物とのやり取りの場になります。次々と難敵との戦いが続き,力尽きるのですが,最後は「女性の力に救われる」ということで,合唱とオルガンの音が広がり,「救い」の気分満載になりました。合唱やオルガンの音がホールに広がる感じは,やはりライヴならではのスケール感があり,前半を聞いただけで十分な満足感を感じました。

前半は,このように「ペールを思う女性」の力で救われるという形になっていましたが,後半も基本的には,同様の展開になります。その意味で「ファウスト」と似ていると感じました。独唱+合唱入りということを考えると,マーラーの千人の交響曲とも共通するのかもしれません。この「ファウスト」的な雰囲気も今回の公演の特徴だったと思います。

今回の演奏の語りは,金沢を中心に活躍されているお馴染みの風李一成さんが担当していました。風李さんは,長髪の金髪に長い上着という「メフィスト」的な雰囲気で登場し,指揮者の隣にドシッと座って,見事なナレーションを聞かせてくれました。怪しげな雰囲気だけではなく,迫力と自信を漂わせており,ドラマを大きく盛り上げてくれました。風李さんは,過去,室内楽編成のOEKと「兵士の物語」を共演していますが,その経験が生かされていたと思います。存在感たっぷりだけれど音楽の流れを邪魔することが全くないのが素晴らしいと思いました。

後半はまず,「オーセの死」の場です。この曲も組曲版に入っており大変有名な曲です。シンプルなメロディが何回も繰り返されるだけの曲ですが,淡々とした雰囲気が続く中,次第に情がこもっていきます。それほど重いテンポではありませんでしたが,フェードアウトしていく照明の効果と相俟って,ドラマ全体の核を作っていました。ナレーションをはさんで,もう一度,「オーセの死」の音楽が繰り返された後,今度はアラビアの場になります。

大変スムーズに流れて行く「朝」の音楽に続き,アラビアでの災難が描かれます。「アラビアの踊り」は,やはり合唱とメゾソプラノ独唱が入ると気分が盛り上がります。アニトラ役の相田麻純さんの瑞々しい声も聞きものでした。

「アニトラの踊り」の前に,「彼を腰の回転木馬に乗せた」といったナレーションが入り,その雰囲気どおりの音楽を聞かせてくれました。この場などは,別の機会があれば演奏会形式ではなくバレエとしても見てみたいものです。

続いて,ペール・ギュントがアニトラに向かって歌う「セレナード」となります。自信たっぷりのドン・ジョヴァンニなどとは違い,ペールの場合,アニトラに翻弄されているような感じなので,ここはもっとユーモラスな感じに歌ってもらっても良いのかなと思いました。

ペール・ギュント役はテノールの高橋洋介さんで,ここでも伸びやかな声を聞かせてくれました。ただし,遠くから見ていると「見た目」であまり区別がつきませんでした。あまり歌手を目立たせたくはないという意図はあったのかもしれませんが,ドラマの主役なので,ペール・ギュントだけは違う服装でもよかったかなと感じました。

「一方,ノルウェイでは...」というナレーションに続いて,有名なソルヴェイグの歌となります。一言で舞台転換できるのが演奏会形式の良さです。

ソルヴェイグ役の立川清子さんは,ここで初登場でしたが,一人だけ白いドレスでしたので,視覚的に見ても鮮やかな存在感を出していました。その雰囲気どおり,今回登場した歌手の中でも特に印象的な歌を聞かせてくれました。しっとりとした声でありながら,光り輝くような美しさがありました。高音部がちょっと苦しそうな感じでしたが,艶と輝きのある声は大変魅力的で,音の点でも一身に光を集め,立川さんにスポットライトが当たっているようでした。

最後の場では,嵐で難破した後,ペールがノルウェイに戻ります。原作では「アメリカ西部で金鉱を掘り当て...」という部分もあるのですが,その辺はカットされていました。その方がすっきりとしていて良いと思いました。

迫力のある打楽器を中心にスピーディに進む嵐の音楽の後は,静かな音楽が続きます。途中,合唱団が舞台裏に退出し,讃美歌を歌うのですが,その遠近感を感じさせる効果が見事で,感動的でした。そして,最後にソルヴェイグによる子守歌になります。ここでも立川さんの声は素晴らしく,「救われた!」という気分になりました。合唱が加わることでペールのためのレクイエムといった気分になりましたが,音楽自体は暗くありません。どこか爽やかな感触を残しつつ,全曲が締められました。

今回の全曲版を聞いて,組曲版よりも宗教的な気分が強いと感じました。そして,オーセやソルベイグの「思い」がペールを救ったというメッセージがストレートに伝わってきました。「思い」には形はありませんので,演奏会形式にすることでより強く印象付けられることになったのだと思います。

全曲を振り返ると,結婚〜花嫁の強奪までが第1楽章,山の魔王の宮殿の場が第2楽章(スケルツォ),オーセの死が第3楽章(緩徐楽章),アラビアの場が第4楽章(舞曲風の楽章),ペールの死が第5楽章(フィナーレ) というオーセの死を中心とした交響曲のように感じました。こう感じたのも演奏会形式ならではだと思います。

ヤルヴィさんとOEKの演奏は,全体に大変スムーズで流れが良く,要所で打楽器を中心とした大きな盛り上がりを聞かせてくれました。子供向け名曲と思われている「ペールギュント」ですが,今回の公演は,台本をアレンジすることで,音楽的にもグリーグの意図した形により近い内容になっていたのではないかと思います。全体の構成をしっかりと見極めた,曲全体の魅力をずっしりと伝えてくれる見事な演奏だったと思います。

PS.今回は通常の日本語字幕に加え,絵本の挿絵のような感じの白黒のイラストもスクリーンに投影していました。この雰囲気も良かったのですが,最後のシーンの沈む夕日の絵を見ながら「「あまちゃん」の時のように鉄拳さんに描いてもらっても面白いかも」などと思ってしまいました。

PS.この日のプレトークは天沼裕子さんでした。クリスチャン・ヤルヴィさんのお兄さんのパーヴォ・ヤルヴィさんとも親交があるそうで,ドイツの寿司屋でパーヴォさんと食事をしているときに,クリスチャンさんから電話が掛かり,「弟が指揮者になりたがっている」という会話をした...といった面白い話をされていました。北陸新幹線も開通することだし,この際,パーヴォさんも金沢に連れてきて欲しいものです。

PS.プレコンサートは,金星眞さんを中心としたホルン四重奏でした。短い時間でしたが,ホルンのアンサンブルの魅力を伝える楽しい内容でした。金星さんがトークの中で「ひゃくまんさん(北陸新幹線誘致のキャラクター)にちなんで私もヒゲを生やしてみました」と語っていましたが,「そうだったのか」と妙に納得しました。そのうち,本家ひゃくまんさんとの共演にも期待したいと思います。



ちなみに,この時,JR金沢駅に新幹線が停車しているのを目撃しました。石川県立音楽堂のカフェ・コンチェルトも「新幹線が見えるポイント」の一つとして人気を集めるかも?


(2015/02/21)






演奏会の立看板


今回出演した歌手が登場する演奏会が小松定期公演として4月21日に行われます。指揮は天沼裕子さんです。


終演後はクリスチャン・ヤルヴィさんのサイン会に参加

"Balkan Fever”というタイトルに惹かれて購入した輸入盤CDを持参。”I like CD VERY MUCH."みたいな感じのことを語っていました。



開業まであと1カ月を切り,JR金沢駅周辺は,新幹線歓迎ムード一色です。


百番街の入口です。


「新幹線のりば」の案内も絶妙の見え方です。


もてなしドーム下には,交通案内所も出来ていました。ラ・フォル・ジュルネ金沢の時は,公演案内のコンシェルジェが座っていた方が良いかも,