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バッハアンサンブル富山設立10周年記念演奏会 マタイ受難曲
2015年2月22日(日)14:30〜 オーバードホール(富山市)

バッハ,J.S./マタイ受難曲,BWV.244

●演奏
津田雄二郎指揮富山室内合奏団
合唱:バッハアンサンブル富山,とやま香音ジュニア・コーラス
ソプラノ:藤崎美苗(アリア,女中I,ピラトの妻),表まり子(証人I,女中II)
アルト:福永恵子(アリア)
テノール:櫻田亮(アリア,証人II),東福光晴(福音史家),沼田臣矢(祭司長I)
バス:佐々木直樹(イエス),上野正人(アリア,ユダ,ペテロ,大祭司,ピラト),栗原峻希(祭司長II)

プレトーク・字幕操作:礒山雅


Review by 管理人hs  

富山市を中心に活動を行っている合唱団,バッハアンサンブル富山の設立10周年記念演奏会が富山市のオーバードホールで行われたので聞きにいってきました。この日は,小松市では小松シティ・フィルハーモニックの定期演奏会も行われており,どちらに行こうか迷ったのですが,「設立10周年記念」「マタイ受難曲」ということで,富山の方を選択しました。

北陸地方でバッハのマタイ受難曲が演奏されるのは,ペーター・シュライヤーの歌い振り(?)によるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演以来のことだと思います。この日のプレトークの礒山雅さん(有名な方が登場して,いきなり驚きました)によると,「多分,今回が富山初演」とのことでした。

演奏会は14:30に始まり,17:45頃に終了しました。さすがに疲れましたが,津田雄二郎さん指揮のバッハアンサンブル富山を中心とした演奏は大変誠実で,安定感がありました。受難曲の主眼である「イエスの受難と復活」の物語を過不足なく体感できました。

マタイ受難曲の合唱とオーケストラの編成は,合唱もオーケストラも2つの部分に分かれる独特のものです。この日のステージ上の配置は次のような形になっていました。

      女声合唱 男声合唱 女声合唱
            (児童合唱)
              ソリスト
第1            通奏低音        第2
オーケストラ  福音史家   イエス   オーケストラ
          
               指揮者

ただし,第1オーケストラの方にヴィオラ・ダ・ガンバが加わるなど,完全に左右対称というわけではありません。合唱団については,第1部の最初と最後に,児童合唱も加わっていました。合唱団は,自分が歌うときだけ起立していましたので,音の点だけではなく,視覚的にも立体感が感じられました。

第1部は,全員起立の大合唱で始まりました。この曲を実演で聞くのは2回目ですが,そのほの暗く揺らぐような響きを聞くと,「受難曲だ」という気分に一気に変わります。しっかりとしたベースの上に,折り目正しく,端正な音楽が続いて行きました。オーバードホールは,石川県立音楽堂に比べると,残響は少な目だと思いますが,その分,音がクリアに伝わってきて,合唱は生の民衆の声のように響いていました。

マタイ受難曲での合唱の役割は,イエスを責め,あざけり,讃える群衆の声,各場面の間に挟まれたコラールを歌う,など多彩です。どの部分にも熱い思いが込もっていましたが,特にコラールや合唱曲などでの誠実さと温かみを感じさせてくれる声が素晴らしく,曲への共感の強さを感じました。

今回登場した独唱者の皆さんも立派な歌唱でした。

独唱者の中で,イエス役の佐々木直樹さんと福音史家だけは,指揮者のすぐそばに席があり,自分が歌う時に立ち上がって歌っていました。佐々木さんの声は大変よく響き,包容力がありました。全曲の主役という威厳があるのがイエスに相応しいと思いました。福音史家は,大変な難役だと思いますが,東福光晴さんは全曲を通じて,優しさと真摯さのある声で佐々木さんと一体となって全曲の展開を支えていました。

その他の歌手は,自分の出番が来ると,前の方に進み出て歌う形になっていました。

アルトの福永恵子さんの落ち着きのある声は宗教曲にぴったりでした。「涙が落ちる」ような音型の出てくる第6曲「悔いの悲しみは罪の心をひきさく」では,フルートの伴奏と一緒になって,しっとりとした声を聞かせてくれました。

ソプラノの藤崎美苗さんのすっきりとした芯のある声も見事でした。真っ直ぐ伸びる声が美しく,聞いていて安心感がありました。第13曲「私はこの心をあながに捧げます」などでのオーボエ・ダモーレ(?)との絡みも大変心地良いものでした。

第15曲と第17曲は,調性が違うだけで同じコラールを使っています。歌詞が分からないと,どのコラールも同じ曲のように聞こえてしまう部分もありますが,受難のドラマの合間合間に,コラールが間奏曲のように入ることで,ふっと時間が止まり,気分を変えてくれます。このコラールを随所に挟む構成は素晴らしいと思います。

第18曲,第19曲は,テノールのアリアです。テノールの櫻田亮さんの声も若々しさのある真っ直ぐな声で,宗教曲らしい清潔感があり素晴らしいと思いました。

第22曲,第23曲は,バスのアリアです。上野正人さんは,このアリアをはじめ,ユダ,ペテロ,大祭司,ピラトを全部担当しており,歌い分けが大変だったと思いますが,どこか素朴で誠実な感じがあり,親近感を感じさせる,人間的な歌だったと思います。超人的なイエスとの対照的が面白いと思いました。

第1部の最後の方は,ソプラノとアルトの重唱に続いて,合唱を交えて音楽が盛り上がります。こういう部分でも叫び過ぎないのが良いと思いました。

第2部は,ソプラノのしっとりとした悲しみを湛えた歌で始まりました。第2部でも,オーケストラの各楽器の活躍が印象的でした。この日のオーケストラは,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のチェロ奏者の大澤明さんが代表をつとめる富山室内合奏団でした。毎回,OEKや金沢でおなじみのアーティストが参加しているのですが,プログラムによると,今回は次のような方が参加していました。

ヴァイオリン:上島淳子(コンサート・ミストレス),大村一恵,坂口真優,ヴィオラ:石黒靖典,チェロ:大澤明,福野桂子,コントラバス:今野淳,ファゴット:渡邉聖子,オルガン:黒瀬惠

その他にも金沢から参加していたのではないかと思います。

第2部では,特にヴィオラ・ダ・ガンバが活躍していました。他の楽器に比べると,ちょっとギシギシとした感じの響きがあり,その「違和感」が全曲中のアクセントになっていました。

第36曲は,大祭司の前で民衆が「イエスは死に値する」と叫ぶような場面ですがその後に続く,第37曲のコラールが,それに対する「怒り」の表現のようになっていました。同じ合唱団が歌っていましたので,人間の二面性を感じさせてくれるようでした。

第38曲は,「ペテロの否認」の部分です。ここでは東福さんの聞かせどころですね。しっとりと聞かせてくれました。余談ですが,この部分を聞くといつも浄瑠璃の世界に通じるのではないかと思います。思いつきですが,抜粋でも良いので文楽のスタイルでマタイ受難曲を上演してみると面白いのでは?という気がします。

その後に続く,第39曲の「憐れみたまえ,わが神よ,したたり落つるわが涙のゆえに」も名曲ですね。ここでは,第1オーケストラのコンサートミストレスの上島さんが立ち上がって,オブリガートのヴァイオリンを聞かせてくれました。上島さんの演奏は,演歌っぽく大げさになることなく,ヴィブラートの少ない音で透明感のある悲しみを伝えてくれました。その後にアルトの福永さんの声が加わり,悲しみがさらに押し寄せてくるようでした。

またまた余談ですが,この曲を聞くと,灰田勝彦の歌っていた,ナツメロの「鈴懸の径」を思い出します。交互に歌うと分からなくなる気がしますが,私だけでしょうか...。

第42曲では,今度は第2オーケストラのコンサートミストレスの阿原直子さんが立ち上がって,ソロを演奏しました。こちらも鮮やかに聞かせてくれました。第39曲と視覚面でも対照的になっているのが面白いと思いました。

第45曲では,ピラトから,「イエスとバラバのどちらを放免するか?」と尋ねられ,群衆が「バラバ!」と叫ぶ部分が何といっても強烈です。聞くたびにドキっとする和音です。バッハアンサンブル富山の皆さんは,ずっしりと重みのある響きを聞かせてくれました。

第48曲,第49曲は,前曲での「あの人はどんな悪いことをしたのか」というピラトの問いに対して歌われる曲です。この部分では,ソプラノの藤崎さんが,第1オーケストラのフルート奏者の方に移動して,その隣で歌っていました。これが非常に印象的でした,この曲だけ通奏低音の伴奏がなくなり,フルートだけがソプラノに寄り添って歌う形になります。その不安げな感じが視覚的にも大変よく伝わってきました。

その後,「鞭打ち」があったり,「群衆の嘲り」があったりした後,ゴルゴタの場になります。ここでもヴィオラ・ダ・ガンバが活躍します。「甘い十字架」という倒錯したような歌詞が出てきますが,その雰囲気にぴったりの効果を出していたと思います。

第58曲の力強い合唱に続いて,その後は,大きなドラマの間の一瞬の静けさを感じさせる曲になります。アルトの独唱の背景にオーボエ・ダカッチャ(?)の音が聞こえてくるのですが,聞いているとどこか,オリエントな雰囲気に思えます。中近東の世界では,2000年後の今も残酷な争いが続いています。争いの間の一瞬の静けさという感覚と重ね合わせながら聞いてしまいました。妙にこの部分の響きは,後に残ります。

その後,イエスが「エリエリ...」と最後に大きな声で歌い,亡くなります。佐々木さんの朗々と響く声がホールに悲しく響き,直後にそれを翻訳する東福さんの声は,その悲しみを慰めるようでした。これに続く,コラールはイエスの死の後だと一層感動的に染み渡っていました。

通奏低音の大澤さんを中心とした「地震」に続き,イエスの復活になるのですが,ここから後は,救いの気分が広がります。マタイ受難曲の中では,情景と感情を鮮やかに描写する部分が特に素晴らしいと感じます。

第65曲のバスのアリアでの揺らぎのある爽やかな音楽の後,第67曲では,独唱者が一人ずつイエスの墓をお参りするような感じになります。この安らぎに満ちた雰囲気の後,最後に第1部の最初の合唱に対応するような大合唱が戻ってきます。

ここまで休憩を挟んで3時間以上聞いてきた後だと特に感動的に響いていました。温かみと,厳粛さがあるけれども,しっかりと抑えが効いているのが見事でした。しかし,フレーズが繰り返されるにつれて,音量が大きくなっていき,自然に情感が湧き出てきます。全曲を聞き終わり,イエスの一生と復活を一緒にたどっと達成感がしみじみと広がりました。

今回全曲をたっぷり聞いて,改めて,バッハの偉大さとこの曲の偉大さを感じることができました。今年のラ・フォル・ジュルネ金沢のテーマはバロック音楽,しかもサブ・タイトルが「パッション」ということで,個人的には絶好のプレイベントとして楽しむことができました。

今回の演奏会はバッハアンサンブル富山の設立10周年記念でしたが,「マタイ」を見事に歌ったことで,バロック時代の宗教曲を中心に取り上げてきた合唱団としての夢と目標を実現できたのではないかと思います。最近,OEKはバッハの宗教曲を取り上げていないのですが,バッハアンサンブル富山の皆さんには,これからも継続的にバロック時代の宗教曲をコツコツと演奏していって欲しいと思います。金沢の合唱団とのコラボというのもあっても良いかもしれませんね。

PS. この日は礒山雅さんがプレトークも担当されたのですが,さらに,字幕の操作もされるとのことでした。このホールの字幕ですが,舞台背景に大きく投影されており,大変,読みやすいものでした。プログラムには礒山さんによる対訳の全文の付いており,「いたれりつくせり」という感じでした。

PS. この日は本当は高速バスで富山に行こうと思っていたのですが,腕時計が突然故障し(30分時間が遅れる,という微妙な呼称...),時間を30分勘違いしてしまいました。予定を変更して,JRで往復しました。結果的に「丁度良い時間」に到着できました。

以下,金沢⇔富山の往復の写真です。

 
各駅停車で出発。片道970円です。

 
もう少し天気が良ければ,山並みがもっときれいに見えたことでしょう。特急に追い抜かれるため,高岡駅などで時間調整。少々冷や冷やしました。右の写真は富山駅です。新幹線のホームだと思います。

 
富山駅北口から外に出ると,市内電車の駅。この市内電車は羨ましいですね。オーバードホールはこのすぐ隣です。金沢駅→石川県立音楽堂の一体感の方が強いですが,こちらも大変便利な場所にあります。 右の写真は駅から海の方に伸びる道路です。

 
オーバードホールを含むビルディングの写真です。

 
こちらは終演後。イルミネーションが点灯されていました。今回は時間が無かったため,ますのすしは買わず,そのまま,列車に乗りました。

 
帰りの切符。帰りも数回,時間調整の停車がありました。北陸新幹線はいよいよ「あと20日」

(2015/02/28)






演奏会のポスター


演奏会のポスター


オーバードホールの入口


メンバー宛ての花束や贈り物も多数届いているようでした。


開演前のステージ


この日のプログラム


礒山さんによる解説と対訳が付いていました。