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オーケストラ・アンサンブル金沢第362回定期公演マイスター・シリーズ
2015年3月7日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) バッハ,J.S./管弦楽組曲第1番ハ長調,BWV.1066
2) フランケ/イエロー・クラウズ(2009年)
3) ハイドン/交響曲第82番ハ長調,Hob.I-82「熊」
4) バッハ,J.S./管弦楽組曲第3番ニ長調,BWV.1068
5) バッハ,J.S./管弦楽組曲第3番ニ長調,BWV.1068〜ガヴォット
6) バッハ,J.S./管弦楽組曲第3番ニ長調,BWV.1068〜エア

●演奏
マックス・ポンマー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング),曽根麻矢子(チェンバロ*1,4-6)


Review by 管理人hs  

北陸新幹線の開通を1週間後に控えたJR金沢駅周辺には,特にイベントを行っているわけではないのに,どこか熱気に満ちていました。その中,マックス・ポンマー指揮のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演を聞いてきました。通奏低音のチェンバロには曽根麻矢子さんも参加していました。

ポンマーさんは,ライプツィヒ生まれで,自身が作ったライプツィヒ・新バッハ合奏団とのバロック音楽の演奏で有名になったドイツのベテラン指揮者です。恐らく,今回がOEK初登場だと思います。日本のオーケストラの客演も多く,2015年4月からは札幌交響楽団の首席指揮者に就任します。

ポンマーさんの指揮を聞くのは,今回が初めてでしたが,舞台袖から指揮台に進むまでの姿を見るだけで,何ともいえない威厳と温かみを感じました。どの演奏にも”これぞ指揮者”という自信が満ちており,そのことが演奏全体にも反映していました。コンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんを中心に,OEKメンバーのポンマーさんに対するリスペクトもしっかりと伝わってきました。

この日のプログラムは,バッハの管弦楽組曲第1番と第3番の間にフランケという現代の作曲者のイエロー・クラウズという作品とハイドンの交響曲第82番「熊」が挟まれるというものでした。

管弦楽組曲の演奏では,弦楽器はノンヴィブラートで演奏し,バロック・ティンパニを使うなど,古楽奏法を取り入れた演奏だったと思います。この系統の演奏の場合,さらりとよそよそしい感じになったり,反対にものすごく過激な演奏になったりすることがありますが,ポンマーさんの指揮には,そういう部分はなく,清々しさを残しつつ,安心感と安定感を感じさせてくれる,オーソドックスなものでした。両曲ともどっしりとしたフランス風の序曲に続いて,各種舞曲が続きました。重苦しいわけではないのですが,低音に安定感があり,常に品格の高さを感じました。

組曲第1番は,弦楽合奏や通奏低音以外にオーボエ2本が加わります。対向配置(第1ヴァイオリンの数は6人に減らしており,まさに左右対称になっていました)の弦楽器の前でソリストのような形で座って演奏していましたので,視覚的には「牙」が2本出ているように見えました。演奏の方でもとても良い,アクセントになっていました。

ファゴットの上でオーボエ2本が鮮やかに掛け合いをする様子には,脳内がすっきりと活性化されてくるような心地よさがありました。走り過ぎないクーラントの後,折り目正しいけれども冷たくならないガボットが続きました。各楽器の音がクリアに聞こえてくるので,CDで聞くのとは一味違う音型を発見することができました。その後,フォルラーヌ,メヌエットと続きますが,どの曲でもトリオの部分ですっと気分が変わり,浮遊感のようなものが出てくるのが心地よく感じました。ブーレの後,最後,大らかな気分のあるパスキエで締めてくれました。

弦楽器とオーボエのブレンドの素晴らしさ,クリアだけれども豊かな演奏。そして,全体に溢れる威厳と懐の深さ。とても完成度の高いバッハでした。

続いて,フランケという現代の作曲家による作品が演奏されました。この作曲家はライプツィヒ在住という点で,ポンマーさんやバッハとのつながりがあります。弦楽合奏による作品で,現代の音楽にしては大変分かりやすいものでした。低弦のモノローグで始まり,少しずつ他の声部へと広がっていく展開には,バルトークを思わせる構成感がありました。実際,大きく”バチン”と弾くバルトーク・ピチカートも何回も出てきました。

同一の音型を繰り返すような部分では,時間の流れのようなものを感じさせてくれました。次回のOEKの定期公演では,ペルトの「フラトレス」が演奏されますが,その雰囲気にも通じる,ミステリアスだけれども有機的な気分もあると思いました。

この曲も,しっかりとこなれた演奏でバッハとハイドンの間にしっくりと収まっていました。ポンマーさんは,バロックや古典に加えて,現代曲も積極的に取り上げる指揮者ということで,まさにOEK向きの指揮者だと感じました。とても良いプログラミングだったと思います。

後半最初に演奏されたハイドンの交響曲第82番「熊」も見事な演奏でした。OEKの1月の定期公演では第83番「めんどり」が演奏されましたので,動物続きということになります。

第1楽章は,元気なメロディで始まるのですが,大げさになり過ぎず,ギュッとしまった抑制感がありました。第2主題になると鮮やかに表情に変わりました。曲全体がきっちりと設計されており,言いたいことがしっかりと伝わってくるような演奏だったと思います。

ポンマーさんは,時々,パッと大きな動作で指示を出していました。古典的な均整感があると同時に,要所要所でハッとさせるような積極的な表現も見事でした。OEKのレスポンスもとても良いと思いました。

第2楽章の変奏曲はハイドンならではで,長調と短調が交錯するけれども,どこかユーモアがありました。全体に暖かくしっとりとした余裕があるのが心地よく感じられました。この楽章を聞きながら,「普通の人の人生といういうのはこんな感じかもしれない。一喜一憂することもない」などと思いをめぐらせてしまいました。最後の部分を力強く締めていたのも,人生を肯定するようで嬉しくなりました。

第3楽章メヌエットには,ダイナミックで大らかな気分がありました。強音が安っぽくならず,立派さを感じさせてくれるのがポンマーさんらしさだと思いました。トリオでの自在な感じも味がありました。

第4楽章の最初の部分には,「熊」の唸り声を思わせる部分が出てきます。ドローンの音の上に声が聞こえてくる感じでしたが,小気味よさがあったので,「小熊」といった感じでした。ここでも演奏が引き締まっており,密度の高さがありました。

この楽章では,独特の質感のあるバロック・ティンパニの音が心地よく拍を刻んでいるのが素晴らしかったのですが,最後の部分ではその拍数が上がり,「太鼓の達人!連打!」という感じになります。

ハイドンの交響曲は,CDで聞くと一見地味なのですが,実演で聞くと,要所要所に「盛り上げポイント」があり,飽きることがありません。今回の演奏もベテラン指揮者ならではの見事な演奏だったと思います。

最後に演奏されたバッハの管弦楽組曲第3番も,最初に演奏された第1番と同様の演奏でしたので,演奏会全体を一つのコンセプトにまとめ上げてくれるようでした。

こちらでは,オーボエの代わりに3本のトランペットが大活躍しました。それでも,しっかりと抑制され,トランペットがうるさくなる部分はありませんでした。さすがに高音の連続の部分は演奏至難ということで,ちょっと「悲鳴」のようになっている部分もありましたが,全曲を通じて,品格の高い祝祭気分が一貫していました。

第1曲の序曲は,フランス風序曲ということで,途中でギアチェンジをして疾走感が出てきます。その後,独奏ヴァイオリンなどが活躍しますが,こういった鮮やかな変化も聞きものでした。

「G線上のアリア」として知られる2曲目エアも大変印象的でした。最初の部分はさらりとしたノン・ヴィブラートで「タラ,タラ,タラ」という感じの短めのフレージングで演奏していましたが,段々とその中に込められた情感が濃くなってきて,最後の部分では,ちょっと音を弱めるような繊細なニュアンスの変化を付け,思いが天上の世界にスッと伸びていくような崇高さを感じさせてくれました。通奏低音で参加していた,曽根さんのチェンバロの装飾的な音もしっかりと聞こえ,静かな中にさらりとした華やかさを加えているのも良いなぁと思いました。

後半の各曲では,曲間のインターバルをあまりとらず,流れよく演奏していました。トランペットを中心に躍動感と晴れやかさに満ちた演奏でしたが,ベース部分がしっかりとしているので,安定感もありました。最後の曲では,優雅さを感じさせつつ,晴れやかに全曲を締めてくれました。

アンコールでは,同じ管弦楽組曲第3番の中からガボットとエアが演奏されました。ポンマーさんは,演奏後,「バッハの曲が偉大なのです」とアピールするかのように,指揮台に置かれたこの曲の青いスコアを高く掲げて,何回も指をさしていました。作曲家に対する尊敬の気持ちが満ち溢れた演奏だったと思います。

ポンマーさんは,上述のとおり4月からは札幌交響楽団の首席指揮者に就任しますが,是非,OEKとの再共演にも期待したいと思います。今年の「ラ・フォル・ジュルネ金沢」のテーマはバッハを中心としたバロック音楽ですが,その前祝(または,北陸新幹線金沢開通の前祝)にぴったりの演奏会でした。

(2015/03/14)





公演の立看板です。

この日はポンマーさんと曽根さんのサイン会がありました。それぞれに「古いCD]を持参し,サインをいただきました。

ポンマーさんには,ヘンデルの合奏協奏曲集のCDの解説書に頂きました。「ここに書くのか?」と少々困っているようでしたが,思い切り顔の上に書いてくれました。

アンコールの時にも感じたのですが,バッハやヘンデルを非常に尊敬しているということがよく伝わってきました。

曽根さんには,イギリス組曲のCDに頂きました。現在はもっと髪を短くされていますね。