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オーケストラ・アンサンブル金沢第363回定期公演フィルハーモニーシリーズ
2015年3月20日(金) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ペルト/フラトレス:ヴァイオリン,弦楽および打楽器のための(1977/1992)
2)ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番ト長調, op.58
3)シューベルト/交響曲第8(9)番ハ長調,D.944「ザ・グレート」

●演奏

井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング),仲道郁代(ピアノ*2),アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン*1)


Review by 管理人hs  

あっという間に2月が終わり,今年も早くも3月中旬です。3月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は井上道義音楽監督の指揮,独奏ピアノは仲道郁代さんでした。メインに演奏されたのはシューベルトの「ザ・グレイト」,前半はペルトのフラトレスとベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。個人的に大好きな曲の並んだ,聞き逃せない演奏会でした。何よりも,井上道義さんが昨年の病気から復帰後,金沢で大曲を指揮するのは今回が始めてです。金沢にいる多くのミッキーファン待望の演奏会でした。

最初に演奏されたペルトのフラトレスは,コンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんが独奏ヴァイオリンを担当しました。この曲の時,井上道義さんは何故か椅子に座って指揮をしており,意図的にヤングさんの陰に隠れているような感じでした。

曲は繊細な弱音で始まるのですが,独奏ヴァイオリンが繰り返す音型自体にはかなりダイナミックな動きもあります。その繰り返しが続くうちに,次第に明るいのか暗いのか分からない,永遠に続くような音世界にはまり込んでいきます。この永続性は,弦楽器ならではだと思います。ずっとこのまま瞑想していたたい。そういう気分にさせてくれる曲です。

曲全体として,静謐な気分を湛えた,透明感のある作品ですが,ヤングさんのヴァイオリンには,静かさの中にも芯の強さがあり,集中力満点でした。時折,何かの警鐘のように静かに聞こえてくる打楽器は舞台裏で演奏していました(袖の扉を開けたまま演奏していました)。ちょっとミステリアスな遠近感もあり,飽きることなくペルトの世界にはまることができました。

次のベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番は,さすが仲道郁代さんという演奏でした。慌てる部分や大げさな身振りはなく,常に内容の深さを感じさせるような充実感がありました。井上道義さん指揮OEKの演奏も,センス抜群でした。冒頭,仲道さんのピアノが自然体の雰囲気で始まった後,弦楽器がスッと入ってくるのですが,この部分を聞くだけで,どこか胸が締め付けられるような美しさがありました。この曲でのOEKの演奏には,いつもにも増して,大変丁寧な表情付けがされていると思いました。

仲道さんは,井上さんと並ぶと大変小柄で,「とっても可愛らしい」雰囲気をお持ちです。しかし,その音楽には,どの部分をとっても実体が伴っており,しっかりとした重みがありました。全体にじっくりと演奏しており,自然な詩情が漂っていました。音量で圧倒するような演奏ではなく,深く深く掘り下げていくような感じの演奏だったと思います。

特に,じっくりと深く沈潜していくような気分を持ったカデンツァが見事でした。これに続く,オーケストラの音にもその気分が継続しており,大変雄弁で,聞きごたえがありました。

第2楽章では,シリアスさと祈りの気分が鮮やかに交錯していました。オーケストラだけの部分は,ちょっとぶっきらぼうなぐらい,短く音を切って演奏していました。それを受ける仲道さんのピアノは,十分に間を取っており,深い情感と余韻を感じさせてくれました。その自然な対比が鮮やかでした。

その後,スット軽やかな気分に変化し,第3楽章へとつながって行きます。いつもにも増して,スマートでセンスの良いOEKの演奏だったと思います。この日のティンパニは,小型のバロック・ティンパニで,神奈川フィルの神戸さんが担当していましした。要所要所でティンパニの音が効果的に決まっており,曲が進むにつれて,生命が吹き込まれていくようでした。この楽章では,途中,ヴィオラの合奏がすっと浮き上がって,優しい歌を聞かせてくれる部分があります。ダニール・グリシンさんを中心としたヴィオラ・パートの優しくもしっかりとした演奏が大変印象的でした。

この楽章のカデンツァでも仲道さんの演奏は素晴らしく,声高ではないけれども,生きていく自信に満ちた音楽を聞かせてくれました。そして,曲の最後の最後の部分では,ティンパニの強打が加わり,大変ダイナミックに終わっていました。酸いも甘いも知り尽くした(?)二人の大人による音のドラマが終わった!という感じの味のあるエンディングでした。終演後,お二人は抱き合って健闘を讃えていましたが,それももっともという演奏でした。

後半のシューベルトの「ザ・グレイト」は,編成的にOEKが演奏する機会は多くないのですが,その編成を逆手に取って,透明感と同時にスケール感を感じさせてくれるような,OEKらしい「ザ・グレイト」を聞かせてくれました。

第1楽章の序奏部は冒頭のホルンのくぐもったような感じの音を始めとして,どこかまどろんだようなところがありました。この日のホルンはいつもの配置と違って,上手側にいました。「なぜ?」と思っていたのですが,この場所だと朝顔がステージ奥に向く形になります。音が少し弱められるので,間接照明のような感じになるのかも?などと思いながら,この部分を聞いていました。

この演奏では,コントラバスの位置も独特で,ステージ正面奥のいちばん高い場所に3本立っていました。オーケストラの背後から低音でしっかり支えるような形と言えます。さらに第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右に分ける対向配置でしたので,ヴィオラとチェロの内声もよく聞こえてきました。第2ヴァイオリンは2人増強していましたが,ほぼいつものOEKの人数で,大変効率よく,安定感と威厳のある響きを聞かせてくれました。

主部に入ると,目が覚めたように小気味の良い演奏になります。「タタタタタタ」といった音型をはじめ,単純な音型の繰り返しが頻発する曲ですが,特に木管楽器の音がピシッと揃っているのが大変心地よく,繰り返しが全く退屈ではありませんでした。室内オーケストラ編成なので,響きに透明感があり,威圧的にはならないのですが,その繰り返しによって大きな建造物の壁面が見えてくるようでした。

途中,トロンボーン3本で主題を演奏する部分が出てきます。この音にもしっかり抑制が効いていて,美しかったですねぇ。全く乱暴なところがありませんでした。室内オーケストラ仕様の「ザ・グレイト」を目指した演奏だったと思います。

その他,再現部になる前にちょっとテンポを変えたり,細かい気分の変化やニュアンスの変化が,曲中の至るところに出てきました。この曲での井上さんの指揮は,いつもにも増して丁寧で,OEKをしっかりとコントロールしつつ,伸びやかさを感じさせてくれました。第1楽章のコーダに向けて大きく盛り上げる「設計」も見事でした。

第2楽章は,水谷さんのオーボエが先導する形で,瑞々しい音楽が続きました。ここでもヴィオラとチェロの内声部のじっくりとコンロールされた歌が良いと思いました。中間部での陰影に富んだ表情の豊かさも印象的でした。途中,レクイエムの中の「怒りの日」のような気分で金管楽器を中心に大きく盛り上がった後,とても長い間を入れるなど,要所要所でのドラマも見事でした。

第3楽章は速すぎないテンポで,キビキビとした音楽を聞かせてくれました。ここでは「踊るミッキー」の指揮姿も出てきました。楽章の中間部での天国的な気分も大変印象的でした。この部分では,弦楽器がピツィカートで伴奏をしており,「何かかいつもと違うな?」と思いながら聞いていました。音楽評論家の東条碩夫さんのブログの記事によると,「誰かがこの形で演奏していたのを聞いてとても良いと思い,井上さんが取り入れたアイデア」ということでした。グッド・アイデアだと思いました。
http://concertdiary.blog118.fc2.com/blog-entry-2119.html

シューベルトの音楽を聞いていると,明るさの中に切なさが詰まっているような気分になることがありますが,この部分には,まさに夢を見るような切なくも美しい気分が漂っていました。

第3楽章の最後,強烈な一撃で終わった後,第4楽章が元気よく始まりました。音楽に勢いはあるけれども,各楽器はしっかりとコントロールされており,ここでも多彩なニュアンスの変化を楽しむことができました。この楽章でも同じリズムの繰り返しが多いのですが,それが人間の脈のようにも思えました。まさに生きた音楽になっていると感じました。

楽章終盤に向かって大きく盛り上がっていましたが,どの部分を取っても荒々しくなることはなく,音がしっかりと磨かれているのが,「金沢の工芸品」という感じで,聞いていて嬉しくなりました。最後の部分では,ティンパニの気合いの籠った一撃で,ダイナミックさを増した後,スッーっと力が抜けて伸びやかに終わっていました。

今回の演奏は,基本的にしっかりと構築された堅固さがありましたが,その中にシューベルトらしい美しいメロディがふっと浮かんで来たり,井上さんらしく音楽にしなやかで流動感があったり,聞いていて大変楽しい演奏でした。井上さんの指揮でこの曲を聞くのは初めてでしたが,「さすが音楽監督!」という見事な音楽作りだったと思います。いつもと同じ演奏するのでははく,常に創意工夫を行っているのが井上さんらしいと思いました。

井上さんの復帰後初めて,実演で交響曲を聞いたのですが,やっぱり交響曲はいいですねぇ。終演後の井上さんも大変嬉しそうでした。快心のグレイト。OEKのサイズにぴったりのグレイト。ザ・グレイトだったと思います。

(2015/03/28)














公演の立看板です。


入口のポスター


JR金沢駅の新幹線ホーム。何かが停車中でした。

終演後,井上さんと仲道さんのサイン会があり,参加してきました。



井上さんに「グレイトな演奏でしたね」と言ってみたところ,「「グレイト」には2つの意味があって,「大きい」という意味ではなく,「素晴らしい」という意味なんだ...」ということを語っていました(井上さんのブログにもこういったことが書かれていますね。)。「それでは,やはりグレイトな演奏でした」などと言ってみたのですが...何だかよく分からない会話になってしまいました。


仲道さんには,「古くてすみません」と謝りながら,1980年代後半の録音のCDを持ち込んでサインを頂きました。

このジャケットの仲道さんの髪型には,「あまちゃん」に出ていた天野春子(小泉今日子)的な昭和末期の雰囲気があり,実はかなり,持参するのも恥ずかしかったのですが...仲道さんは,しばらく懐かしそうに眺めた後,サインをされました。

その後,「あ,顔の上に書いちゃった」と言われていましたが,こういうところも仲道さんらしい感じですね。よい思い出になりました。


ラ・フォル・ジュルネ金沢の看板。サイン会の長い列が続いていました。

金沢公演の後に同じプログラムで行われた東京公演はCD録音をしていたそうです。これは必聴のCDになりそうですね。