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オーケストラ・アンサンブル金沢第365回定期公演マイスターシリーズ
2015年7月18日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1)権代敦彦/Vice Versa:逆も真なり:オーケストラのための(2015)(OEK委嘱作品,世界初演)
2)ハイドン/交響曲第87番イ長調, Hob.I-87
3)ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」
4)(アンコール)古関裕而(鈴木行一編曲)/六甲おろし

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング);日本センチュリー交響楽団*3,4


Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)ができ,石川県立音楽堂ができ,ラ・フォル・ジュルネ金沢が始まり...この27年間で金沢は実演で多彩なクラシック音楽を楽しむことのできる都市になりました。名曲と呼ばれる曲はあらかた演奏された印象がありますが,「最後の超大物」として残っていたのがストラヴィンスキーの「春の祭典」です。個人的にずっと実演で聞きたいなぁと思っていた作品です。

今回の日本センチュリー交響楽団との合同演奏によるOEK定期公演マイスターシリーズで,この「春の祭典」が遂に演奏されました。恐らく,「金沢初演」なのではないかと思います。ついに金沢でも,初演から102年目にして「春の祭典」が演奏されたか,と灌漑にふけっています。指揮は「祭典」に相応しい,井上道義音楽監督でした。

合同演奏は,後半だけだったのですが,ステージは100人以上のメンバーで溢れ,見るだけで気分が高揚しました。「春の祭典」は20世紀以降のクラシック音楽中,最も人気のある作品の一つで,現代の古典と言っても良い作品です。この日の演奏も基本的には冷静で,曲の面白さを曲自身に語らせるような演奏でした。

この日のプログラムに掲載されていた配置図。全員の配置が書いてあるのは今回が初めてかも

しかし,自然に演奏していても,要所要所で自然に熱気が溢れ,実演ならではの生々しい音が怒涛のように続きました。「すっかり古典。しかし時に凶暴」といった感じの演奏でした。

まず,冒頭のファゴット・ソロです。この演奏では,OEK側がトップ奏者を担当しており,OEKの柳浦さんがじっくりと見事に聞かせてくれました。最初は,やや各楽器が探り合うような緊張感を感じましたが,次第に流れが良くなり色彩感が増していくようでした。

「春のきざし」での弦楽合奏による,ザッザッザッザッ...の不規則なリズムも一度生で聞いてみたかった部分です。鋭くなり過ぎず,大変バランスが良いと感じました。井上さんは,落ち着いた指揮ぶりで,鮮やかに生き生きと交通整理をしている感じでした。

その後の曲では,管楽器と打楽器の生々しい音色が特に印象的でした。豪快にベルアップしていた9人のホルン,ずらっと並んだトランペット,トロボーンの咆哮....。イメージどおりの演奏を楽しむことができました。

特に素晴らしいと思ったのは打楽器群でした。OEKの渡邉さんのバスドラムとティンパニの神戸さんを中心に,気合十分の音が音楽全体をビシッと締めていました。神戸さんのティンパニは常に迫力満点ですが,この日の強靭な音は特に凄いと思いました。

「賢人の行列」では,複数の拍子が重なり合うポリリズムになる部分がありますが,2本のテューバの音をベースに,ここでも素晴らしい盛り上がりを聞かせてくれました。第1部最後の「大地の踊り」は,渡邉さんのクリアなバスドラムに先導された,スピード感たっぷりの格好良い音楽を聞かせてくれました。

第2部の序奏の「夜」を表現する部分では,チェロやヴィオラのしみじみとした響きが印象的でした。OEKの誇るチェロのカンタさんやヴィオラのグリシンさんの存在感のある音を中心に,密度の高い音楽が続きました。CDなどではあまりじっくり聞いていなかった部分ですが,さすが室内オーケストラという演奏でした。

第2部では「乙女たちの神秘的なつどい」と「いけにえの賛美」の間に出てくる,打楽器勢揃いで11拍子になる部分が迫力満点でした。この部分で井上さんは,指揮をするというよりは,一緒になって土俗的なダンスをしているようでした。「春の祭典」ならではの聞きどころを豪快に聞かせてくれました。

ここからどんどんと「春の祭典」の佳境に入って行きます。タンバリンのリズムの上で,イングリッシュホルンとアルト・フルートがエキゾティックなメロディを演奏する部分には,嵐の前の静けさといった緊張感が溢れていました。

第2部最後の「いけにえの踊り」は,さすがに音を合わせるのが難しそうでしたが,それがまた,音楽の持つ壮絶さにつながっていました。弦楽器がうなりを上げ,金管楽器が強烈なアクセントを加え,最後の最後の部分では,強烈かつダンサブルな雰囲気の中,ややテンポを落として,バシっと締めてくれました。

何というか,あっという間に演奏が終わった気がします。終わるのが惜しいと感じるくらいでした。演奏後,井上さんが各メンバーをたたえ,最後,両オーケストラのメンバーが晴れ晴れとした表情で握手して解散となりました。数年に一度の「オーケストラの祭典が終わった!」という感じの爽快感が残りました。

「春の祭典の後にアンコールはないだろう?」と予想していたのですが,井上さんが黄色と黒の虎柄ストライプの小型バットを指揮棒替わりに持ってきたところで,「あれか」と思いました。日本センチュリー交響楽団の本拠地がある大阪にちなんで,OEK秘伝の迷アレンジ版「六甲おろし」が登場しました。これも気分を盛り上げてくれました。なお,この曲の演奏の時だけは,センチュリーのメンバーが首席奏者にしっかりと「座席替え」をしていました。
 
どうせなら編曲者名も書いてほしかったところです。鈴木行一さんの編曲ですね。

ちなみに,この「六甲おろし」ですが,岩城宏之音楽監督時代からOEKの大阪公演で演奏していた名物のアンコール・ピースです。最初,コンサートマスターがメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のカデンツァをガッツリ演奏するのですが...それが次第に「六甲おろし」に変貌していき,古関裕而さんらしいマーチになっていく(手拍子開始)...という「ほとんどホフナング音楽祭」のような楽しいアレンジです。この日のヴァイオリン独奏は,センチュリーの松浦奈々さんでしたが,岩城さん時代は,マイケル・ダウスさんがバリバリ演奏していたなぁ,と懐かしくなりました。ちなみに今回の「六甲おろし」はやや短縮版だった気がします。

井上さんが語っていたとおり「数年に一度は合同で大編成」を今後も期待したいと思います。両オーケストラとも,この曲を演奏するのは,1994年のOEK+センチュリーの合同公演@大阪以来とのことで,団員にとっても大きな刺激になったとのことです(井上さん談)。アンコールの後,井上さんは両オーケストラのコンサート・ミストレスと順にハグをしていましたが,お客さんだけではなく,オーケストラのメンバーにとっても,「楽しい思い出」となったのではないかと思います。

前半はOEK単独による演奏で,まず権代敦彦さんによる「Vice Versa」が世界初演されました。こちらも刺激的な作品でした。演奏時間的にも20分程度のボリュームがあり,後半の「春の祭典」に負けない存在感のある曲でした。

権代さんは,現在OEKのコンポーザ・オブ・ザ・イヤーです。コンポーザー・イン・レジデントという呼称だった時代から数えると,2回目の就任ということになります。

歴代のコンポーザー・オブ・ザ・イヤーの作品は,結構難解な作品が多かったのですが,権代さんの作品には,独特のサウンドの面白さがあり,全く退屈せずに楽しむことができました。井上さんからの結構細かい「注文」に応じて,考え抜かれて作られた作品で,「ありとあらゆる対称を描いた,2楽章形式の作品」となっていました。

曲の冒頭から耳をつんざくような高音(ピッコロの音が特に強烈)が続きました。キラキラという優しい感じではなく,刺激が強すぎて「耳に悪いかも」と心配になるほど「危険な響き」でした。

第2楽章になると,バスドラムの一撃の後,コントラバスなどによる低音が出てきたり,光を感じさせるような感動的でシンプルな音が出てきたり気分がかなり変わりました。この辺はすべて井上さんの指示どおりなのだと思います。井上さん自身,第2楽章の前にジャケットを脱いで派手なインナーをアピールして指揮したり,フルート2名が指揮台の直前に出てきたり,「見た目」のコントラストも出していました。気分的には,ちょっと和風を思わせるところもあると感じました。

最後の方で,弦楽器のちょっとヌメヌメとした感じの甘い気分の中,心地よく上昇していく感じも魅力的でした。権代さんの作品には,いつも独特の音世界がストレートに表現されていて(ちょっとメシアンの音楽などと似た気分もある気がします),毎回聞いていて退屈することがありません。今回の作品では,プロデューサーとしての井上さんのアイデアが,かなり大きく加わっている点で,××河内さんとゴーストライターとの関係をちょっと思い出してしまったのですが,今後も個人的にはこのコンビで色々と面白い作品を作って行って欲しいなと思いました。

この日の演奏はCD録音をしていいましたので,恐らく,この作品はCD化されるのではないかと思います。井上さんも,大満足という表情でしたので,今後,OEKのレパートリーとして定着していくかもしれません。

前半の後半,この曲に続いて演奏されたのが,ハイドンの交響曲第87番でした。この曲もまた実演で聞くのは初めてだったのですが,「刺激の強い食事の後に食べる白いご飯は最高」みたいなところがあり,「やはり,OEKのハイドンはよい」と思いました。アビゲイル・ヤングさんのヴァイオリンを中心にしなやかにスーッと動く気持ちの良い音楽に浸るのは,最高の気分です。キビキビとしていながら,「やり過ぎ」にならない品の良さがありました

その一方,ハイドンの曲には,色々と仕掛けがあり,この曲の第1楽章などでも,「何でこんなところで,急に音が弱くなる?」といった面白さがありました。井上さんの指揮の動作も,見せてくれました。

第2楽章の深くしっとりとした音楽はまさに「上質な時間」という感じでした。松木さんのよく通るフルートの音が大変魅力的でした。第3楽章では,中間部での水谷さんのオーボエのソロが聞きものでした。古典派の曲にしては珍しいほどの高音が出てくる部分で,ちょっとした協奏曲を聞くようでした。

第4楽章は安定感と同時に,ハイドンらしくちょっとユーモアを感じさせる「間」が時折入る楽章で,晴れやか,朗らかに終わりました。

この日のプログラムは,「春の祭典」をはじめ,実演で聞くのは初めての曲ばかりでしたが,井上さんがトークで語っていたとおり,「1,2年に1回ぐらいは合同で大編成」というのを期待したいと思います。ただし,井上さんが自身のブログで書かれているとおり,こういうお祭り的な演奏会については,興行的な点も含め,もう少し沢山のお客さんに入って欲しかった,というところもあります。オンライン,オフラインを合わせて,いろいろと事前企画を仕掛けて,気分を盛り上げていく必要もあるのかなと思いました。

(2015/07/25)





i入口の立看板はかなり衝撃的


9月に行われる岩城宏之メモリアル・コンサートのポスターも掲示されていました。


音楽堂の階段付近にあるステンドグラス。

この日は権代敦彦さんのサイン会がありました。





プログラムの井上道義さんのプロフィールの中の「自宅でアヒルを飼っている」のおなじみの文言ですが,「飼っていた」と過去形になっていました。

数年前のミッキー版「ピーターとおおかみ」に出演したアヒルが死んでしまったようです。井上さんの”気持ち”が見えるような過去形ですね。