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Noism1近代童話劇シリーズ Vol.1 箱入り娘
2015年7月19日(日)17:00〜 金沢21世紀美術館シアター21

箱入り娘 (演出・振付:金森譲,衣装:堂本教子,映像:遠藤龍一,音楽:バルトーク作曲「かかし王子」

●出演: Noism1

 箱入り娘(我儘娘): 井関佐和子
 Ne(e)T(無業男): 佐藤琢哉
 老醜女(悪戯老婆): 石原悠子
 イケ面(木偶の坊): 吉崎裕哉
 湖母(娘の養母): 簡麟懿
 お芋(娘の侍女): 池ヶ谷奏
 欅父(娘の養父): 上田尚弘
 deザイナー(衣装デザイナー): 梶田留以
 あしすたんと(deザイナーのアシスタント): 亀井彩加
 花黒衣(老醜女のアシスタント): 亀井彩加,梶田留以
 カメラ兎(謎の撮影者): 角田レオナルド仁



Review by 管理人hs  

今年の「海の日」周辺の金沢では,色々と面白そうなイベントが集中しており,前日の「春の祭典」公演に続き,この日は石川県立音楽堂で行われた低弦楽器版「展覧会の絵」。そして夕方からは,金沢21世紀美術館で行われた舞踊団Noism1による「箱入り娘」を観てきました。バルトークの「かかし王子」に基づくオリジナル童話劇ということで,まず音楽面から関心を持ったのですが,シアター21の密室的空間の中で間近で鑑賞したこともあり,見るからに濃いキャラクターたちと凝った映像とが絡み合った世界にはまり込んでしまいました。

この舞踊団は新潟のりゅーとぴあを拠点に活躍しており,通常はもっと抽象的なパフォーマンスをしているそうですが(終演後のトークイベントで芸術監督の金森譲さんがそう語っていました),この作品には「近代童話劇シリーズ」というシリーズ名どおり,物語があります。主役は「箱入り娘」で,彼女が恋する「ニート」と「ネットで出会ったイケメン」を中心にストーリーは展開します。その周りには,娘の家族や侍女,そして,物語を動かしていく魔女,黒子がいます。さらには,物語自体をハンディビデオで撮影している謎のウサギなどが登場します。

単純にパフォーマンスを見ただけでは,その意図までは,はっきり理解はできなかったのですが,終演後に行われた演出・振付の金森譲さんのトークや聴衆とのQ&Aを聞きながら,「そうだったのか」と合点した部分もありました。

何よりも各動作の意図を考える前に,絶えず滑らかに動き回るようなパフォーマンスそのものが魅力的で,70分ほどの物語舞踊を飽きずに楽しむことができました。

舞踊の展開は次のような感じでした。

0.開演前
ピンクの着ぐるみを被ったウサギが客席に座ったお客さんの姿をハンディ・ビデオで撮影し,それを前方のスクリーンに投影。「お,映っている,映っている」とスクリーンの中の自分を指さしながら和やかに過ごす人もいれば,緊張して開幕を待つ人もいる,という開演前の光景。

1.キャラクター紹介
幕が締まったままの状態で,幕の前(今回のシアター21は狭いホールなので,ものすごく狭いスペースでしたが)に各キャラクターが登場し,その役名がナレーションで紹介されました。合わせて字幕も表示されていました。なぜか独特のテンポの良さを持った東北弁で紹介されていました。私の場合,「何が始まったのか?」という感じであっけにとられて見ていたため,肝心のキャラクターを覚えることはできませんでした。見るのが2回目以降の人だと特に楽しめたのではないかと思います。

この部分ですが,例えば本拠地のりゅーとぴあならば,おなじみのダンサーたちの登場ということで,もっと笑い声などが起きるのかなとも思いました。

2.物語の導入
その後,ステージ(というかただの床ですが)前のスクリーンに映像が投影され,「箱入り娘」というタイトルがバーンと出てきました。少しレトロな映画のような雰囲気がありましたが,最後の場面と対応していたのかなと後から思いました。舞踊全体がこの枠の中に納まっているという感じだったのかもしれません。

そのうちに,芝+赤い箱の絵が出てきて,それがどんどんズームアップになり,幕が開くと,リアルな赤い箱が人工芝の上に乗っている...という形で実際の舞台へと繋がりました。

3.舞台の様子
舞台奥にはスクリーンが下がっており,そこに,カメラ兎が撮影するビデオ映像などが投影されていました。この舞台の奥には,もう一つ「ニートの部屋」があったようなのですが...本当にあったのかどうか,定かではありません。

舞台の下手の方にある赤い立方体の箱ですが,魔女がポンと叩くとパッと一面が開き,その中に数名の人物が窮屈に入っていました。まさに「箱入り娘」というか,「箱入り家族」という感じです。

魔女が叩くとストーリーが展開し,黒子がその動きを補助するという感じだったと思います。

4.物語の展開
この箱が開いた後,いろいろと舞踊が続いて行きます。この辺は一度見ただけでははっきり分からなかったのですが,箱入り娘が外に出ようとするのを,養父(森のイメージ)や養母(水のイメージ)が妨げるという感じでした。照明が緑っぽくなったり,一面が水を示すような布に覆われたりして,各キャラクターが絡み合うダンスが続いて行きました。

5.ネットの世界のイケ面の登場
そのうち,箱入り娘がノートPCを入手し,奥のスクリーンにイケ面男子が投影されます。箱入り娘はこのイケ面に恋をし,古典的なバレエで言うところのパ・ド・ドゥという感じで2人によるダンスになります。そのうちに,箱入り娘に思いを寄せる,ニートもダンスに加わっていたので,パ・ド・トロワかも?

この辺は音楽劇らしく弾んだ感じになっており,全体のクライマックスの一つだったと思います。

6.恋愛の終わり
ニートの方は失恋して失意に落ちるのですが,どうも箱入り娘とイケ面の方もうまく行っていない感じで,今度はこの2人によるいさかいのダンスのようなシーンになります。ちょっとドメスティック・バイオレンスを感じさせる衣装になっていました。

*以下,ネタばれになります。

今回の物語は,オリジナルの「かかし王子」からインスパイアされて作られています。原作では,最後はハッピーエンド(王子と王女が結ばれる?)になるのですが,「箱入り娘」の方は,イケ面からもニートからも見はなされる,という展開になっていました(多分)。最後の場面で,箱の中から出ようとするけれども出られなくなってしまった「老いた箱入り娘」の姿は,ちょっとショッキングでした。

7.エンディング
物語が終わった後,素顔になった登場人物がスクリーン上に映像として登場し,最後はモノクロの画面になり,いきなり,どこか分からない海辺に向かう,という感じでした。

この部分ではカメラ兎だけは正体を現していなかったのですが,最後の「リアルなカーテンコール」の部分では,顔を出していました。

物語全体を通して,映像とセットとリアルなダンスがうまく絡み合っているのが何よりも印象的でした。スクリーンに投影された映像が実際の人物に切り替わったり,隣にある(?)ニートの部屋の画像に切り替わったり,虚と実が混在するような不思議な世界を見せてくれました。この虚と実が混在した感じが,インターネットに支配された現代を象徴していました。

音楽の方は,もともとも童話風の作品ということもあり,バルトークにしては大変分かりやすいもので,映画音楽を思わせるような流れの良さがありました。舞踊の流れの良さとぴったりの音楽だったと思いました。

以上のとおり,パフォーマンスを見て刺激を受け,トークを聞いてなるほどと感心するという具合で,立体的に楽しむことのできた公演でした。これまで,現代舞踊の公演はほとんど見たことはなかったのですが,なかなか面白い世界だ,と思いました。21美で公演があれば,また観に行ってみようと思います。

終演後,演出・振付の金森譲さんのトークイベントがありました。せっかくの機会なので,参加してきました。メモを取りながら聞いたので,その内容を紹介しましょう。聞き手は21世紀美術館の黒田さんでした。

※ 以下は勝手に要約したので,間違っているかもしれません。

Q:今回の作品は,いつもは抽象的なダンスをしているNoism1としては珍しい具体的なダンスだが?
  • 美しい瞬間や感性といった核となる美意識はどちらも一緒である。方法論やパッケージが違うだけである。
  • 物語性のある舞踊の場合,見た後に語り合える。舞踊に関心のない人とでも共有しやすくなる。抽象的な舞踊については,日本の場合,巨大なサークルのような感じになる傾向がある。
  • 抽象的な舞踊の場合,個人的な感覚の方が尊重され,議論しにくい面がある。
  • 舞踊については,物語性と抽象性の両方が必要である。Noism1がいつもやっている抽象的なものをやっていくためにも,この2つの間を振り子のように動くことが必要。

Q:今回の作品の軸になるメッセージは?
  • 視覚情報が過剰に多い現代社会では,物事がどんどん2次元化され,失われてしまっているものがある。そんな中で実際の舞踊を見て欲しい。混沌の中に色々な関係性があることを見せたい。

Q:今回の作品では登場人物のキャラが立っている。黒子はどういう役割?
  • ダークマターである。人間は自分では分からないいろいろなものに囲まれ,左右されている。文楽の技法を借用して,何かに導かれ,常に何かに操られている感じ。

Q:ダンサーはどういうトレーニングをしているのか?
  • Noismバレエという西洋とは違う独特のバレエである。もっと和的なメソッドを毎朝トレーニングしている。
  • 今回,衣装は1カ月前に作って,早目に練習を開始した。

以下,会場からの質問

Q:いつもと違う点は?
  • 天井が高く,コンパクトで客席が高い会場である点(これ点は,舞踊の最初のキャラクター紹介の部分のナレーションにも出てきていた文言)。
  • 他会場ではニートの部屋は外に別にあったが,金沢では作らなかった。

Q:映像が入ると,どこの映像か分からなくなり,別の時間が流れている入れ子構造のようになる。
  • 舞踊や音楽は一本の軸に添って流れる。映像が入ると,飛躍させることができる。虚か?実か?分からないという点で現代を風刺した

Q:Noismは両極端の作品を演じているが
  • これまでの客が逃げるかも,と考えると怖いが,これからどういう作品を作るかについては,お客さんとの対話の中で出て来たものの中から選んでいる。チャレンジ,驚きなど飽きられないように必死に逃げている。
  • 今回の作品については,サイトウキネン・フェスティバルの際に,「かかし王子」の音楽とストーリーを知っていたが,これとニュースで見た「ネット彼氏」の話題が似ていると感じて思いついた。

Q:シリーズの2,3は出てくるのか?
  • 日本の童話についてはピンと来ない。
  • 一人の人生の中で出会えるものは限られているので,今はまだ出てきていない。

PS. この日のお客さんですが,前日のオーケストラ・アンサンブル金沢の定期公演で新作が初演されたばかりの権代敦彦さんも来ていらっしゃいましが(実は結構近くに座っていました)。この日の午後の別の公演でも客席で権代さんを見かけましたので,この2日間は「同じ行動」を取っていたことになります。やはり,金沢は狭いですね。

(2015/07/25)





公演のポスターと展覧会のポスター


この日の公演チラシ




連休ということもあり,21世紀美術館は大賑わいでした。


開演を待つ入場待ちの列


こちらは終演後の様子。左側の椅子が並んでいる部分で金森譲さんのトークショーが行われました。



いろいろとチラシ類が入っていました。真ん中は「花椿」。金森さんの対談記事が収録されていました。ちゃんと読んだことはなかったのですが,さすが資生堂という内容でした。右はNoismのサポーターの会報。


公演パンフレット(左)を記念に購入。2色から選べるようになっていたのですが,赤い方を選びました。右は配布されたプログラムです。