OEKfan > 演奏会レビュー
オーケストラ・アンサンブル金沢 岩城宏之メモリアルコンサート
2015年9月5日(土)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1)武満徹/ノスタルジア:アンドレイ・タルコフスキーの追憶に(1987)
2)モーツァルト/歌劇「皇帝ティートの慈悲」〜「行こう、だが愛しい人よ」
3)ロッシーニ/歌劇「アルジェのイタリア女」〜「むごい運命よ!」
4)ヴェルディ/歌劇「イル・トロヴァトーレ」〜「 重い鎖に繋がれて」
5)(アンコール)中田喜直/夏の思い出
6)モーツァルト/交響曲第32番 ト長調 K.318
7)モーツァルト/交響曲第31番 ニ長調 K.297(300a)「パリ」
8)(アンコール)武満徹/3つの映画音楽〜ワルツ

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
鳥木弥生(メゾ・ソプラノ*2-5),アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン*1)



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2015/2016の新シーズン最初の公演は,恒例の「岩城宏之メモリアルコンサート」でした。この演奏会には,毎年,その年の岩城宏之音楽賞受賞者が出演します。今年は,石川県出身のメゾ・ソプラノ歌手,鳥木弥生さんが出演しました。

鳥木さんは,石川県新人登竜門コンサートに出演した後,活躍の場を広げ,現在は藤原歌劇団員として,イタリア・オペラを中心に数多くの作品に出演されています。昨年は,OEKが金沢で初演し,話題になった新作オペラ「滝の白糸」の母親役での歌唱で強い印象に残してくれました。

今回は,モーツァルト,ロッシーニ,ヴェルディのオペラの中の3曲のアリアが歌われました。鳥木さんの声には,常に落ち着きがあります。威圧的な迫力というよりは,曲に込められた情感がしっかりと伝わってきます。ドラマを秘めた深い声は,特にオペラに向いているのではないかと思います。

モーツァルトの「皇帝ティートの慈悲」の中の「行こう、だが愛しい人よ」は,「僕役(井上道義さん談)」ということで,女性が男役を演じる「宝塚」的設定のアリアです。この曲では,モーツァルト晩年の作品によく登場するクラリネットが大活躍し,メゾ・ソプラノとクラリネットのためのコンサート・アリアといった趣きのある,大変魅力的な作品でした。この日のクラリネットは遠藤文江さんで,鳥木さんの声にしっかり寄り添っていました。「前半はじっくりと,後半はコロラトゥーラを交えて速いテンポで」という構成の曲でしたが,全曲を通じて耐え忍ぶような,秘めた思いが漂い,深さを感じました。

続いてロッシーニの「アルジェのイタリア女」の中のアリアが歌われました。こちらも途中でテンポアップする曲で,鳥木さんの歌からは,色気がじわじわと湧き出てくるような感じの魅力が伝わっていました。

鳥木さんが歌った3曲の中では,やはり最後のヴェルディの「トロヴァトーレ」の中の「 重い鎖に繋がれて」が特に印象的でした。井上道義さんは,「音楽の中では,あり得ないような話でも何でもあり」ということを語っていましたが,鳥木さんの声で聞くと,「間違って自分の子どもを火の中に...」というあり得ないような物語も,非常にリアルに迫って来ました。鳥木さんの重みのある声と井上/OEKの迫真の演奏が一体となって,「身の毛のよだつ狂乱の場」を鮮やかに再現していました。

それにしても,ヴェルディのこのアリアは,情感の振幅の幅の大きい「聞かせる」曲でした。「この後どうなる?」ということで,是非,OEKの演奏で全曲演奏を聞いてみたいものです。アズチェーナ役は,鳥木さんにぴったりだと思います。

ちなみに...今回の演奏ではヴェルディのオペラに良く出てくるチンバッソを使っていました。見慣れない楽器を見かけると嬉しくなります。このアリアでは,低音楽器が特に活躍していたと思います。

# こんな楽器です。
http://www.yamaha.co.jp/plus/tuba/trivia/?ln=ja&id=114004

アンコールでは,岩城宏之さんが好きだったという「夏の思い出」が歌われました。オペラ歌手の声で聞くと曲のスケールが大きくなり,「何と立派な曲だろう」と思いました。2番の歌詞の時に,鳥木さんは,ステージ上手の岩城さんのポートレイトのところまで歩いて行って,語り掛けるように歌われていました。その暖かな声が実に感動的でした。

この日は,電光掲示板に歌詞が表示されていたのですが(井上さんのお話によると,鳥木さん自身が作ったものだそうです)...実は,2番の歌詞を確認されていたようですね。

演奏の間に鳥木さんと井上さんによるトークがあったのですが,その内容も楽しいものでした。鳥木さんの出身地の七尾については,「港町で日本のヴェニスと呼ばれている」という話が出てきましたが...井上さんも言っていたとおり「本当?」という感じです。が,七尾港の雰囲気は魅力的ですね。

ちなみに「日本のベニス」で検索すると,富山県の新湊市がヒットし,「東洋のベニス」で検索すると,中国の蘇州がヒットしました。「〜のベニス」については,諸説ありそうです。

今回の演奏会では,前半,まず鳥木さんとの共演の前にアビゲイル・ヤングさんのヴァイオリン独奏を交えた武満徹の「ノスタルジア」が演奏されました。武満作品を数多く演奏してきた岩城さんを追悼するのにぴったりの曲であり演奏でした。

この曲は,ソヴィエト連邦時代の映画監督アンドレイ・タルコフスキーを追悼して,同名の映画からインスパイアされて作られた作品です。岩城さん指揮OEKの演奏では,OEKが出来たばかりの頃にマイケル・ダウスさんの独奏で演奏されたことがあります。また,堀正文さんとの共演でCD録音も行っています。今回の演奏では,ヤングさんと井上/OEKとが一体となって,霧に包まれたような別世界を表現していました。その霧の中から時折ヴァイオリンが詩的に浮き上がってくるのが印象的でした。

プログラム後半では,モーツァルトの交響曲第32番と31番「パリ」が演奏されました。前半の武満と併せ,いかにもOEKらしいプログラムと言えます。

32番は,交響曲というよりは,急緩急の部分からなる序曲と言っても良い作品です。前半とは違い,ティンパニはバロック・ティンパニで,位置も上手奥になっていました。第1楽章冒頭から,このティンパニの音を中心に古楽奏法を思わせるキリっと締まった雰囲気と祝祭的な気分がありました。ただし,テンポ感やダイナミックスは,過激な感じはなく,大騒ぎする感じはありませんでした。曲のクライマックスに向けて,じわじわと盛り上がるような演奏で,しっかりと古典的な様式感を聞かせてくれました。特に第2楽章にあたる「緩」の部分での,普通だけれどもしっかりと味付けがされた演奏が見事だと思いました。

続く,第31番「パリ」もじっくりと構えた演奏で,曲の構成感や精密なアンサンブルをしっかり聞かせてくれました。大人のモーツァルトといった安定感がありました。

この「パリ」は,クラリネット2本,フルート2本の入る曲で,「OEKにぴったりサイズ」の曲です。OEKが頻繁に演奏している「ハフナー」と同じ編成ということになります。第1楽章は,堂々と駆け上がるように始まった後,続くフレーズですっと音量を抑えるなど,フレーズ間の対比を緻密に聞かせてくれました。室内オーケストラ編成ならではの,丁寧な味付けのされた演奏でした。モーツァルトの他の後期の作品同様,ソリスティクに活躍する木管楽器の演奏も聞き物でした。

安定感のあるテンポで,しっかりと聞かせてくれた第2楽章に続き,軽く精密な動きで始まる第3楽章になりました。緻密な音の動きの中から,井上さんらしい生き生きした表情が自然に湧き上がってくる演奏で,最後は演奏会の最後らしく,明るく開放的な気分で締められました。

後半演奏された曲は,どちらも比較的実演で演奏される機会の少ない作品でしたが,どの部分にもしっかりとした味付けがされており,物足りない部分はありませんでした。演奏後の井上さんのトークによると,「こういう機会を利用して,日頃演奏できないような曲を演奏した」とのことでしたが,今後も是非,日頃演奏されない曲などをコツコツと取り上げて行って欲しいものです。

アンコールでは,最初の曲に対応するように,OEK十八番,武満徹作曲の映画「他人の顔」のワルツが演奏されました。岩城さん時代からアンコールで演奏していた作品ですが,井上さんの指揮だと,さらにた〜っぷりとした揺らぎが出てきます。センチメンタルだれどもどこかクールさが漂い,演奏会全体が格好良く締まる,本当に後味の良い曲です。

「岩城メモリアルコンサート」も来年で10回目となります。井上さんは,この公演の今後の展開について,色々と新たなアイデアを考えているような口ぶりでした。OEKファンとしては,地元出身アーティストの成長を確かめ,その活動を盛り上げる場として,今後この公演がさらにパワーアップしていくことを期待しています。

PS. ノスタルジアの演奏の後のトークで,演奏会の前日にNHK「あさイチ」の「まれ」特集でアビゲイル・ヤングさんが弾いていた,輪島塗ヴァイオリンの話題が出ていました。このヴァイオリンが石川県立音楽堂1階の展示コーナーに飾られていました。機会があれば,是非,音も聞いてみたいものです。

 


(2015/09/12)



演奏会の立看板


音楽堂1階の通路に掲示してあった,鳥木さんのインタビュー記事+写真


この公演の協賛企業,北陸銀行のスクリーンと鳥木さん宛ての花


今シーズンのOEKマイスター定期公演はショパンがテーマ。青島広志さんによるショパンとその仲間を描いたイラスト。青島さんのイラストは,ますます洗練されてきていますね。


北陸銀行のキャラクターの「ほくまる」と「りくひめ」。公演前の授賞式ではステージ上にも登場していました。


背後からみるとこんな感じ。りくひめの髪の毛のボリュームがものすごいですね。
プロフィールは次をご覧ください。
http://www.hokugin.co.jp/company/character.html


ティシュまでもらってしまいました。ちなみにこのキャラクターは,ゆるキャラグランプリに出場するとのことでした。


JR金沢駅周辺には,9月に行われる「金沢おどり」の燈篭が出ていました。