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オーケストラ・アンサンブル金沢第367回定期公演フィルハーモニーシリーズ
2015年9月15日(火)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) シュニトケ/モーツ=アルト・ア・ラ・ハイドン(1977)
2) モーツァルト/ピアノ協奏曲第27番変ロ長調, K.595
3) (アンコール)モーツァルト/トルコ行進曲
4) (アンコール)ショパン/ノクターン嬰ハ短調,遺作
5) モーツァルト/交響曲第40番ト短調, K.550

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)*1-2,5
辻井伸行(ピアノ*2-4)



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK),2015/2016シーズンの開幕の定期公演は,井上道義音楽監督による定期公演フィルハーモニー・シリーズでした。ここ数年,「9月は辻井さん」という公演が多いのですが,今年も若手ピアニストの辻井伸行さんをソリストに招き,モーツァルトを中心としたプログラムが演奏されました。

最初に演奏されたシュニトケのモーツ=アルト・ア・ラ・ハイドンでは,井上さんが得意(?)とする「指揮と演技が混ざった」パフォーマンスを楽しませてくれました。この曲はOEKの十八番と言っても良い作品です。過去何回か聞いたことがありますが,今回もまた印象的なステージでした。

まず,チェロ2名,コントラバス1名だけがステージ上に登場。一端暗転した後,真っ暗な状態から音楽が始まりました。この暗闇の中から音だけ聞こえてくる...というムードはいかにも劇場っぽい感じです。パッとステージが明るくなると,ステージに大きく広がった弦楽メンバーたち(ひっそりとっステージに入り,暗闇の中でスタンバイしていたのです)がモーツァルトの曲をカオスな雰囲気で演奏し始めました。井上さんは,ヘンデルの「水上の音楽」を演奏するときも,照明による演出を行っていましたが,このドラマティックな効果は見事だと思います。

プログラムによると,モーツァルトがパントマイムのために作曲したK,446がモチーフとして使われているとのことですが,シュニトケ的に再構築されており,妙に落ち着かない,不思議なムードたっぷりになりました。第1ヴァイオリンのサイモン・ブレンディスさんの”組”と第2ヴァイオリンの江原千恵さんの”組”との”派閥抗争”といったムードになり,さらには指揮者に逆らうようなパフォーマンスになりました。

井上さんのパフォーマンスは,かなり激しく,客席の方に落ちてしまった後,這い上がるといったシーンもありました。1年前,病気療養中だった井上さんの状況を考えると,パフォーマンスの面でも「完全復帰」ですね。

井上さんは,さらに,第2ヴァイオリンの原さんからヴァイオリンを借り,それをラケットに見立てて,第1ヴァイオリンの坂本さんとテニスをする不思議なパフォーマンスを見せるなど,目が離せません。この部分では,井上さんが原さんに怒られて,ゴメンゴメンといったマイムが入りましたが,井上さんは,「自分が痛みつけられている」シチュエーションが結構好きな気がします。

最後は,オーケストラのメンバーが指揮者を見捨てて,ハイドンの「告別」のような感じで退出し,指揮者だけが取り残されて終わります。指揮者にとっては,指揮棒を振ってもオーケストラが従わず,目の前に誰もいなくなる...という状況は,「悪夢」だと思います。そういう状況に陥っている指揮者を描いた曲という感じでした。

この曲を聞く(見る)のは4,5回目だと思うのですが,毎回,どこか印象が違っているのが面白いところです。この日は,恐らく,辻井さん目当てのお客さんが多かったと思いますが,「クラシック音楽の演奏会にもこういう世界があるんだ」と興味を持ってくれたのではないかと思います。

続いて,辻井伸行さんが登場し,モーツァルトの最後のピアノ協奏曲,第27番が演奏されました。この曲は,個人的に大好きな曲なのですが,同時に,半分「別世界」に入り込んでしまったような雰囲気に「恐れ多さ」を感じてもいます。新鮮味が薄れないように,なるべく聞かないようにしている作品です。

辻井さんのピアノの音は,純粋そのもので,モーツァルトにピッタリ...と予想していたのですが,やはり,「この曲は難しい」と感じました。辻井さんのピアノの音には「赤ん坊の目」を思わせるような純粋さがあり,細かい音の動きも大変美しかったのですが,どこかサラサラと流れ,「あれあれ」という内に終わってしまった感じがしました。やはり,27番は難しい曲だと思いました。

第1楽章,弦楽合奏で静かに始まった後,木管楽器やホルンが,ピリッとクッキリと合いの手を入れていたのがとても印象的でした。清澄さはあるけれども,まだまだ「あの世」には,行ってない元気さのある開始でした。辻井さんのピアノには,作為的な部分は全くなく,ストレートに進んでいきます。

第2楽章も同様で,鬱屈した雰囲気はなく,ひたすらモーツァルトの音の純粋さだけを聞かせるような演奏だったと思います。第3楽章もシンプルな楽想が中心で,オーケストラの軽やかでキレ味の良い演奏が印象的でした。

辻井さんのピアノは,本当に指がよく回り,トリルを含んだフレーズが大変鮮やかでした。このフレーズに反応し,フルートやオーボエが合いの手を入れるようにトリルを入れる部分が何回か出てくるのですが,とても切れ味良く演奏しており,「面白い」と思いました。

曲の最後の方では,辻井さんの余裕たっぷりのピアノのカデンツァに続いて,オーケストラがスーッと戻ってくる部分が良いと思いました。十分なデリカシーを持った弦楽器の”ひっそり感”が特に素晴らしいと思いました。

個人的には,ピアノのパートについては,もう少し思い入れがあり,陰影が漂い,ひっかかりのある演奏の方が好みなのですが,音の純度が高く,若いエネルギーを秘めた演奏は,今の辻井さんならではなのかもしれません。

アンコールでは,辻井さんお得意のトルコ行進曲とショパンの遺作のノクターンの2曲が演奏されました。屈託なく,水のように滑らかに流れるトルコ行進曲も良かったのですが,やはり,ノクターンでの完成されたような美の世界が素晴らしいと思いました(それにしても,この曲は,近年,ピアノの演奏会のアンコールでよく演奏されます)。オーケストラの定期公演で,独奏者のアンコール2曲というのは,異例ですが,これにはお客さんも大喜びでした。

後半,メインで演奏されたのは,モーツァルトの交響曲第40番でした。この曲自体は頻繁に演奏される曲ですが,短調の作品ということもあり(編成的にもティンパニやトランペットが入りません),後半の最後に演奏されるというのは,意外に珍しいと思います。「ちょっとした冒険」的なプログラミングだったかもしれませんが,全く物足りないところはありませんでした。井上さんのブログの記事を読んでみても,「万全の出来」だったようです。

http://www.michiyoshi-inoue.com/2015/09/oek_367.html

第1楽章は冒頭から,かなりじっくりとしたテンポで演奏されました。ちょっと意外なくらいでしたが,抑制された情感の表現の中から何とも言えないロマンの香りが漂ってくる感じで,「さすが」と思いました。この曲にはクラリネットの入る版と入らない版がありますが,この日は,通常どおりクラリネット入りの版で,第2主題などでは,しっかりと深さを持った晩年のモーツァルトの味を聞かせてくれました。いつまでも浸っていたい気分だったので,呈示部の繰り返しがあって良かったと思いました。

展開部もそれほど激しい感じはなかったのですが,再現部に入る前での痛切さを持った音のインパクトがすごいと思いました。再現部では,呈示部の時とは違った風景が広がります。音楽が一段,グレードアップしたような面白さを感じさせてくれました。

第2楽章は,反対にそれほど遅いテンポではなく,安定感はあるけれども,どこか気持ちが揺れるような人間味を感じさせてくれました。その表情が大変美しいと思いました。

第3楽章も軽快な演奏でした。トリオを中心に木管楽器やホルンがソリスティックに活躍し,生き生きと音が絡み合っていました。そのまま,インターバルを置かずに第4楽章に入りました。ここでは,「走る悲しみ」というよりは,性急すぎない地に足に着いた音楽を聞かせてくれました。

途中,ヴィオラが起点となって,フーガのように音が展開していく部分がありますが,そういった部分をはじめとして,演奏会の最後を締めるのにふさわしい,聞きごたえと安心感がありました。

今回は晩年のモーツァルトの作品を中心としたプログラムだったのですが,井上/OEKによるモーツァルト演奏にもすっかり年季が入ってきたなぁと思いました。晩年のモーツァルトの魅力にしっかりと浸らせてくれる,充実感たっぷりの演奏でした。

今年は,8月下旬以降,全国的に夏から秋に切り替わった感じですが,そういう季節の変わり目にもぴったりのモーツァルトだったと思います。辻井さんと井上道義指揮OEKの公演は,金沢で定期公演が行われた後,例年同様,全国ツァーを行います。金沢での定期公演と同じプログラムの公演と,「悲しみのモーツァルト」と題して,モーツァルトの25番,40番,ピアノ協奏曲第20番と短調の曲ばかりが演奏される公演があります。

辻井さんの登場する公演は,毎回毎回,大変たくさんのお客さんが入りますので,辻井さんとの共演をきっかけとして,井上/OEKによる,充実のモーツァルトの世界を多くの人にPRする良い機会にして欲しいと思います。

(2015/09/19)




演奏会のポスター。この日は珍しく,看板がなかったですね。


この日の公演は,北陸朝日放送が収録を行っていました。


通路には,「金沢おどり」のぼんぼりが並んでいました。



井上道義さんのサイン会がありました。