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ルドヴィート・カンタ チェロ・リサイタル
2015年9月23日(水・祝) 15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ベートーヴェン/チェロ・ソナタ第1番ヘ長調,op.5-1
2) ベートーヴェン/チェロ・ソナタ第2番ト短調,op.5-2
3) サリナス/Netik : チェロとピアノのための楽曲(日本初演)
4) ショスタコーヴィチ/チェロ・ソナタ ニ短調,op.40
5) (アンコール) ショスタコーヴィチ/チェロ・ソナタ ニ短調,op.40〜第2楽章
6) (アンコール) 滝廉太郎/荒城の月

●演奏
ルドヴィート・カンタ(チェロ),ノルベルト・ヘラー(ピアノ*1-5)



Review by 管理人hs  

秋の5連休の最終日,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の首席チェロ奏者,ルドヴィート・カンタさんのリサイタルが行われたので,聞いてきました。ピアノは,カンタさんとの共演も多い,盟友と言っても良い,ノルベルト・ヘラーさんでした。

カンタさんは,年1回のペースでリサイタルを行っており,通産18回目となります。毎年毎年,いろいろ工夫が凝らされ,多彩な編成・構成で行われてきました。昨年は,チェロ・アンサンブル中心の内容でしたが,今回は,原点に戻るような感じで,チェロ・ソナタを中心とした,正統的なチェロ・リサイタルのプログラムとなっていました。

ただし,演奏された曲は,前半がベートーヴェンのチェロ・ソナタ第1番と第2番,後半はサリナスの日本初演の作品とショスタコーヴィチのチェロ・ソナタと,なかなか渋い作品が並んでいました。

前半のベートーヴェンの2曲は,演奏時間も長く,予想以上に聞きごたえがありました。ベートーヴェンの若い時の作品で,どちらも2楽章形式の作品という点で共通点がありました。調性がヘ長調とト短調ということで,モーツァルトの交響曲第40番と第41番のようなコントラスの面白さがあると思いました。

第1番のゆったりとした序奏部から,カンタさんとヘラーさんの音がしっかりと溶け合い,安心感にのある音の世界に導いてくれました。主部に入っても,穏やかな気分がありました。カンタさんのチェロの音色には,さりげない品の良さががあり,古典的な作品にぴったりでした。ヘラーさんのピアノの音には,独特の粒立ちの良さと透明感がありました。カンタさんの音とのバランスも抜群でした。

第2楽章はエネルギッシュな音楽なのですが,荒々しさはなく,ここでも平然とした安心感のある音楽を聞かせてくれました。最後は,テンポをぐっと落とし,繊細さを感じさせて終わりました。

第2番の方は,短調の序奏で始まるのですが,ヘラーさんのピアノにどこか暖かみとリラックスした感じがあり,暗くなり過ぎることはありませんでした。センチメンタルな気分のある主部もしっかりと抑制が効いており,高揚する気分と安定感とがバランス良く両立していました。

第2楽章での軽快に玉を転がすような音楽も魅力的でした。激しく盛り上がるというよりは,いつの間にか別世界に連れて行ってくれるような浮遊感がありました。

両曲とも,チェロ,ピアノともに重くなり過ぎない,明るく健康的な気分がありました。ヘラーさんの美しいタッチの上で,カンタさんがマイルドに歌う,初期のベートーヴェンの気分にぴったりの演奏だったと思います。

後半は,今回が日本初演となるメキシコの作曲家,サリナスの新曲で始まりました。新曲といっても難解な感じはなく,2人の作り出す音色とリズムの微妙な変化を楽しむことができました。ここでもヘラーさんのピアノの音の美しさが印象的でした。印象派の絵のように,色が移ろう序奏部でのピアノの音が特に印象的でした。

カンタさんのチェロも美しく,ゆったりと進むような時間の流れを感じさせてくれました。リズムも微妙に変化しており,「ちょっとラテン」という気分があるのも面白いと思いました。途中,ハーモニクスが出てきたリ,軽快なピツィカートになったり,退屈せずに楽しむことができました。終わり方も粋でした。

演奏後,サリナスさんご本人がステージに登場しました。「ずっと聞いていたい」と思わせる魅力的な作品でした。

最後に演奏されたショスタコーヴィチのソナタも,聞きごたえがありました。第1楽章は,普通の古典的なチェロ・ソナタのような感じで始まった後,どんどんショスタコーヴィチらしさが増してくるような作品でした。ヘラーさんの透明感のあるピアノの古典的な味わい,第2主題での甘くはかなげなカンタさんのチェロの音色と続き,途中から,いかにもショスタコーヴィッチ的なリズムの繰り返しが出てきます。そして,第1楽章最後の部分では,不気味で意味深な葬送行進曲となります。この部分での底知れぬ深さを感じさせる表現が凄いと思いました。

第2楽章は強さと疾走感のあるスケルツォです。キラキラとした硬質なピアノの音の上で,カンタさんがしっかりとノリの良い音楽を聞かせてくれました。途中,フラジオレットとグリッサンドが合わさったような部分があり,独特の音色を聞かせてくれました。全くの余談ですが...ベンチャーズの「テケテケテケ..」.というトレモロ・グリッサンドをチェロで演奏したらどうなるのだろうか,とこの部分を聞きながら思ったりしました。

第3楽章ラルゴでは,全体として,くすんだ音色が印象的でした。深刻になり過ぎず,語るような誠実な演奏でした。心の深淵へと導いてくれるようなチェロと美しい鐘のようなピアノの音の交錯が見事でした。

そして,第4楽章には人を喰ったような洒脱さがありました。その洒脱さには,あきらめの境地的な「軽み」があり,さらには「凄味」につながっていると思いました。途中,ピアノが突如,バリバリと弾きまくる部分がありましたが,これもまたインパクトがありました。ヘラーさんは,ここでも見事な演奏を聞かせてくれました。

というようなわけで,どの曲についても,カンタさんとヘラーさんによる,しっかり引き込まれた,安定感のある演奏を楽しむことができました。

その後,恒例の「お酒プレゼント」に応える形で,アンコールが演奏されました。ここでは,カンタさんが,演奏会の数日前にNHKで報道されて話題になった「輪島塗チェロ」(右の写真のとおり,入口に展示されていました。再度に装飾がされていました。)に持ち替えて登場し,ショスタコーヴィチのソナタのスケルツォ楽章を再度見事な音で聞かせてくれました。最後は「荒城の月」がチェロ独奏で深々と演奏されて,お開きとなりました。

今回のプログラムは,チェロ好きにはたまらない,聞きごたえ十分のプログラムだったと思います。この日は石川県立音楽堂コンサートホールでの公演でしたが,かなり前の方で聞いたこともあり,各楽器の音の美しさを特にしっかり味わうことができました。北陸地方を中心に,色々な場所で神出鬼没的に活躍しているカンタさんですが,その活動は,ますます目が離せませんね。

(2015/10/03)





演奏会のポスター




演奏会情でカンタさんの撮影した写真を展示するのも恒例ですね。この写真ですが,絵のように加工されていたようです。