OEKfan > 演奏会レビュー
音楽堂室内楽シリーズ第4回CHOPIN et MOZART:山本貴志・関本昌平ピアノコンサート
2015年10月6日(火)19:00〜 石川県立音楽堂交流ホール

第1部
1) ショパン/24の前奏曲,op.28(6曲抜粋)
2) ショパン/ポロネーズ変イ長調, op.53「英雄ポロネーズ」
3) ショパン/ワルツ変ニ長調, op.64-1「小犬のワルツ」
4) ショパン/ワルツ嬰ハ短調, op.64-2
5) ショパン/スケルツォ第2番変ロ短調, op.31

第2部
6) ショパン/ノクターン第2番変ホ長調, op.9-2
7) ショパン/マズルカ第10番変ロ長調, op.17-1
8) ショパン/マズルカ第13番イ短調, op.17-4
9) ショパン/前奏曲変ニ長調, op.28-15「雨だれ」
10) ショパン/ポロネーズ変イ長調, op.61「幻想ポロネーズ」

第3部
11) モーツァルト/2台のピアノのためのソナタ ニ長調, K.448
12)(アンコール)ラフマニノフ/組曲第2番, op.17〜第4楽章「タランテラ」

●演奏
関本昌平*1-5, 11-12,山本貴志*6-12(ピアノ)



Review by 管理人hs  

今年は5年に一度のショパン国際ピアノコンクールの開催年です。それに合わせるかのように,2005年の第15回ショパン・コンクールで共に4位に入賞した山本貴志,関本昌平の2人のピアニストがショパンの曲を演奏し,最後にモーツァルトの2台のピアノのためのソナタを演奏する演奏会が音楽堂室内楽シリーズとして行われました。

2人の実力のあるピアニストの共演ということで素晴らしい内容になることは予想していたのですが,その期待を上回る,「びっくりぽん!」という感じの演奏会になりました。

演奏会は3部構成で,まず関本さんが,ショパンの名曲の中から,英雄ポロネーズ,スケルツォ第2番などダイナミックな動きのある曲を中心に演奏しました。第2部では山本さんがノクターン,マズルカ,幻想ポロネーズなど,しっとりとした夜のムードを持った曲を中心に演奏しました。この演奏会当日も,ショパン・コンクールの1次予選が行われていたことに加え,「超」の付く名曲が沢山含まれていたので,前半はショパン・ムードたっぷりでした。

まず,この2人の演奏の対比が鮮やかでした。日本酒の利き酒をするような感じで楽しんでしまいました。関本さんは,スーパー・ドライ,超辛口という感じで,粒立ちの良い音で,スパッとした爽快さのある演奏を聞かせてくれました。山本さんの方は,濃厚旨口の日本酒という演奏で深く瞑想するような音楽を聞かせてくれました。どちらの演奏も完成度が高く,ピアノがしっかりとコントロールされているのが素晴らしく,1つの演奏会で2倍楽しんだような充実感がありました。

第1部,関本さんはまず,24の前奏曲の前半の6曲(多分)を演奏しました。途中,「太田胃酸」のCMで有名な胃腸でなくイ長調の曲を演奏していたので,多分,1〜4番と7〜8番を演奏したのではないかと思います。

関本さんは,気負いなく演奏を始め,全く力んだ感じはなく,一気に6曲を聞かせてくれました。ホールの響きの特性にもよると思うのですが,1音1音が非常にくっきりと聞こえており,ご飯粒の一粒ずつが見えるような,しかし,パラパラとした感じはなく,しっかりとしたまとまりの良さを持った演奏を聞かせてくれました。

途中短調の作品が出てきましたが(第4番),センチメンタルになり過ぎることはなく,常にさらりとした感触を残してくれるのが,実にクールで魅力的でした。テンポの速い曲での軽さと線と線との絡み合いも印象的でした。

関本さんのトークが入った後,お馴染み,「英雄ポロネーズ」がストレートに演奏されました。キリっと締まった表情と硬質なムードを持つと同時に,一気に聞かせる勢いがありました。中間部で,同じ音型が何回も繰り返される印象的な部分がありますが,そういった部分での全然濁らない音の美しさも素晴らしいと思いました。

続いて,有名なワルツ2曲が演奏されました。小犬のワルツは,軽いタッチですっきりと余裕たっぷりに演奏されました。大げさな表情なしで,宙に舞うように軽やかに終わった後,そのまま,op.64-2の嬰ハ短調のワルツへとつながりました。こちらもセンチメンタルな雰囲気はなかったのですが,自然な息遣いと大げさになり過ぎない音の動きがありました。最後は大きく盛り上がり,小犬のワルツとセットで1つの世界を聞かせてくれました。

前半最後は,これまたお馴染みのスケルツォ第2番が演奏されました。曲の最初の方に出てくる跳躍する音型は,大変力強く引き締まっていました。この部分を中心に,演奏全体に濁りはなく,さらに凄みと集中力を持った見事な演奏を聞かせてくれました。中間部の精緻な美しさとの対比を始め,表現のレンジが広く,しかもすべてがしっかりとコントロールされていました。

演奏全体に気負いがなく軽やかなのに,一本芯の通った強さを感じさせてくれる演奏の連続でした。

第2部では,数年前,オーケストラ・アンサンブル金沢の定期公演にも登場したことのある,山本貴志さんが登場しました。その時のシューマンの協奏曲も素晴らしい演奏でしたが,今回もそれに劣らない聞きごたえのある演奏を聞かせてくれました。

最初に演奏されたのは,「ショパンのノクターンと言えばあの曲」,「「愛情物語」のテーマ曲としても知られる作品9の2でした。あまりにも有名なので,BGM的に聞き流されることも多い曲ですが,山本さんの演奏は,まさに真剣勝負という感じの演奏でした。

ゆっくりとしたテンポで,選び抜かれた,少しくぐもったような音色で,じーっくりと演奏されました。沈思黙考するような気分のある演奏で,とてつもなく深い世界につながっているような意味深さを感じました。じっくりとした間を取って,自分の内側に向っていくような感じ,しかも丁寧さと清潔感のある表情がとても印象的でした。

山本さんのトークに続いて(金沢は日本でもいちばん食事がおいしい街かも...というトークにお客さんは大喜び),マズルカ2曲が演奏されました。マズルカといえば,軽やかでちょっと民族的な気分のある作品なのですが,そういうイメージよりは,しっかりとコントロールされた洗練味を感じさせてくれました。2曲目のマズルカは,暗い表情に包まれた曲で,悲しみの深い淵に立たされているようなムードを持っていました。一瞬ほのかに明るくなったのですが,そのことがかえって悲しいドラマの気分を高めているようでした。

続く,「雨だれ」もお馴染みの作品です。「雨だれ」をイメージさせる連打をはじめ,全編が大変デリケートなタッチでじっくりと演奏されており,ホール全体も耽美的な静けさに包まれました。

第2部最後の「幻想ポロネーズ」も同様に遅いテンポで,じっくりと演奏されました。この曲も耽美的なムードたっぷりでしたが,色合いが徐々に変化していく,不思議な流動性があったのが大変魅力的でした。星のきらめく夜空の中をゆっくりと動いて行き,最後は大きく音楽が盛り上がり,さらに一段上の世界にたどり着く。そういう感じのスケールの大きさを感じました。最後の方に出てくる,デリケートだけれども冴えた「カーン」という音も印象的でした。

こうやって2人の奏者の演奏を続けて聞くと,同じ年に同じショパン・コンクールに出場し,同じ4位を受賞したのに,演奏は実に対照的だと思いました。こういうところがクラシック音楽のいちばんの楽しみなのかもしれません。

そして後半では,お2人が一緒に登場し,モーツァルトの2台のピアノのためのソナタ(「のだめカンタービレ」で有名になった作品ですね)を演奏しました。第1部と第2部を聞いた感じでは,対照的な音楽性を持つお2人でしたが,最後は,「最高級ブレンド」といった演奏を聞かせてくれました。2人の演奏を折衷したという感じではなく,2人が一体となって取り組むことで,スリリングで一段上の高みに上ったような生命感あふれる演奏を聞かせてくれました。ちなみに,第1ピアノの山本さん,第2ピアノが関本さんでした。

第1楽章のユニゾンで演奏する冒頭から,ぴったり揃っており,パリッとした明るさに溢れていました。その後は,2人でピンポンのラリーをするような音のやり取りが続くのですが,その気分が実にスリリングでした。第2主題ではじっくりとテンポを落としていましたが,その推進力と安定感のブレンドも絶妙でした。

第2楽章は緩徐楽章ですが,濃厚すぎることはなく,スムーズな音の流れを楽しませてくれました。2人の音は「宝物」を扱うように大変繊細で美しく,それらがしっかり絡み合うことで,何とも言えない幸福感のある音楽が続いていました。ずっと続いていて欲しい音の世界でした。

第3楽章は,有名な「トルコ行進曲」のパロディのようなメロディで始まります。軽快で闊達な音の動きが続き,整っているけれどもニュアンス豊かな音楽がスムーズに流れていきました。最後の音は力強く終わるのではなく,スーッと流すように終わっていましたが,それも大変しゃれていました。

会場は大いに盛り上がり,拍手に応えてアンコールでは,ラフマニノフの組曲第2番の中のタランテラが演奏されました。この曲は,協奏曲を思わせるような,迫力がありますので,「前半の曲の印象が飛んでしまうかもしれない?」と心配になるほど,音の力と躍動感にあふれていました。ロシア音楽らしい鋼のような音と若い2人の奏者のエネルギーが十全に伝わってくる演奏で,脂の乗った迫力満点の音楽でプログラム全体を締めてくれました。ちなみに,このアンコールでは,関本さんが第1ピアノ,山本さんが第2ピアノを担当していました。

この室内楽シリーズでは,「2台のピアノ」による演奏会が行われたことはなかった気がしますが,このシリーズの歴史の中でも特に素晴らしい公演の一つだったと思います。

(2015/10/10)




演奏会のポスター


演奏会の案内

サイン会もありました。

実は,お2人が出演した,2005年のショパン・コンクール直後の雑誌「ショパン」をたまたま持っていました。その拍子が関本さんだったことを思い出し,表紙にサインを頂きました。付録CDを目当て買ったもので,関本さんと山本さんの演奏が一緒に収録されています。

それ以外に,若き日の辻井伸行さんの演奏も収録されています。


山本さんには,CDにサインをいただきました。実は,以前,この同じCDにサインを頂いていたので,今回は盤面にいただきました。



すっかり観光客の定番の写真撮影スポットになった,夜の鼓門