2015ビエンナーレいしかわ秋の芸術祭 オペラ「滝の白糸」(再演)
2015年11月15日(日) 16:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール |
千住明/オペラ「滝の白糸」
原作:泉鏡花「義血侠血」,台本:黛まどか,演出:十川稔,テーマアート:千住博
●演奏
大友直人指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
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滝の白糸:中嶋彰子(ソプラノ)
村越欣弥:高柳圭(テノール)
欣也の母:鳥木弥生(メゾ・ソプラノ)
南京出刃打ち:森雅史(バス)
万太郎:清水那由太(バス)
口上の芸人:高畠伸吾(テノール)
合唱:オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団
1万人以上が参加した第1回金沢マラソンのワクワクするような大騒ぎが一段落した午後,石川県立音楽堂で行われたオペラ「滝の白糸」の再演を観てきました。開演時間もマラソンに合わせてか,16:00開始でした。
この作品は2014年1月に金沢歌劇座で初演されたばかりです。これだけ短期間で新作が再演されるのは珍しいことです。それだけ初演時の評判が良く,「金沢らしさ漂う財産」として定着させたい,という思いが制作者側に強かったと言えます。今回,再演を鑑賞し,その思いが実現したと感じました。
主役の中嶋彰子さん,相手役の高柳圭さんをはじめ,主要メンバーは初演時と同じ"滝の白糸一座"で,万全のチームワークの良さを見せてくれました。
初演の時とのいちばん大きな違いは,会場が石川県立音楽堂に変わっていた点です。客席の前方の座席を取り払い,ここをピット代わりにしてオーケストラは演奏していました。大道具類は初演時と同様で,可動式お小型ステージ3つをあれこれ動かして,素早く場面転換を行っていました。舞台正面には,千住博さんによるテーマ・アートの屏風があるのですが,歌舞伎の定式幕のように見えるのが面白いところです。

指揮と演奏は,初演時同様,大友直人さん指揮のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)でした。序曲はオペラの中のメロディがいくつか出てくるもので,ミュージカルの序曲のような聞きやすさがありました。今回は再演だったので,序曲の中に既に色々な主要メロディが出てきていることが分かったのですが,これは,やはり千住明さんの音楽の親しみやすさの力だと思います。それと千住さんの音楽にはどこか和風のテイストもあるな,と感じました。大友さんの音楽作りにも安定感があり,しっとりとした気分を持続させながらも,随所で大きく気分を盛り上げてくれました。
第1幕は浅野川付近の見世物小屋の場面から始まります。ステージ中央の定式幕屏風が素早く,格子戸風に変わり,その背後を人が行き来すると一気に街の賑わいに変わるのが面白いところです。
この賑わいの中,上手側で白糸が物思いに耽り,その後,回想シーンになり,高岡での馬車と人力車の競争の場になります。中嶋さんは声が美しいというだけではなく,言葉の意味がしっかりと染み渡るのが素晴らしいところです。一気に文学的な世界に誘ってくれました。
OEK合唱団のメンバーは,馬車の乗客や見世物小屋の観客など大道具が少ない分,雰囲気の盛り上げ役を一手に担っていました。この競走の場は,リズミカルな音楽に鞭の音が入る中,合唱団による言葉とマイムだけで,情景が描写されていました。
この辺で,万太郎役の清水那由太のソロが入りましたが,これも大変立派な声で聞きごたえがありました。調べてみると,清水さんは前回の東京公演では南京出刃打ち役で出演され,今年の日本音楽コンクールで入賞されている方です。これからいろいろなオペラで迫力ある声を聞かせてくれそうです。
回想シーンが終わり,白糸の水芸の場になりますが,前回同様,実際に水芸をするのではなく,背景にキラキラとした紙吹雪(?)を落下させることでイメージを伝えていました。この水芸に先立って,高畠伸吾さんによる口上が入るのですが,凛とした声で,涼やかな空気を作っていました。
第1幕の最後の部分は,天神橋での白糸と欣弥の出会いの場です。合唱で月夜の浅野川の気分を盛り上げるのですが,こういった曲で特に黛まどかさんによる,和歌を思わせる柔らかさのある歌詞の効果が出ていると思いました。千住明さん作曲のしっとりとしたメロディとしっかりと絡んでいました。
続いて2人のやり取りになります。この部分は,古典派オペラのレチタティーヴォよりはメロディアスでしたが,しっかりとしたセリフのやり取りが楽しめて,じっくりと聞かせる部分になっていました。
この部分では,高柳さんの若々しい真っ直ぐな声が印象的でした。この作品はヴェルディの「椿姫」同様,本来本気になるべきではない「玄人」が純愛の世界に引かれたための悲劇といえます。この高柳さんの純粋でストレートな歌が白糸を惑わせたといえます。
その一方,欣弥は,白糸が自分の学費のサポートをしてくれると分かるやいなや,その夜のうちに高岡に戻るために金沢から出ようとします。結局,欣弥は,自身の出世のことを白糸への思いよりも上に考えているのかな,と思わせるところもあり2人の思いのベクトルの違いを感じました。ロマンティックな思いに浸る白糸と感謝しつつも白糸から離れようとする欣弥。そういった2人の思いが交錯する様が,演劇的にも音楽的にも面白い場でした。
第1幕の最後は,再度合唱が登場し,堂々と締めてくれました。この場で出て来た,「浅野川」が歌詞に出てくる合唱曲は,作品全体の基調として「金沢らしさ」を盛り上げていました。
20分間の休憩後,第2幕となりました。
この幕では,最初,「冬場の芸人(特に水芸は)は仕事がなくて辛い」といった感じの情景が描かれた後,そのの曲が続きます。
東京に出て行った欣弥が「君は今,奈辺に」と白糸を懐かしむ歌を歌います。鋭く突き刺さるような聞かせる歌でした。欣弥は,赤いマフラー(?)を付けていましたが,これは最後の幕で白糸が付けていたマフラーと対応していたのかもしれません(お揃いだった?)。
続いて,欣弥の母役の鳥木弥生さんがここで初登場します。腰が低く,遠慮がちな所作の中から我が子を思う気持ちが強く伝わってきました。自分の身の回りのお年寄りを見ていても,こういう雰囲気をもった方は結構いるので(北陸的キャラクターかも),ある意味,リアルな役柄だなと思いました。
そして,悪役の南京出刃打ちが登場し,白糸に「うまい話」を持ちかけます。森雅史さんは,悪魔的な本性をしっかり伝える迫力のある声を聞かせてくれました。単純な悪役ではなく,悪には悪の思いの強さがあることが伝わってきました。
この鳥木さんと森さんの低音2人の歌唱は,主役2人の純愛の世界にプッチーニのオペラに通じるような,センチメンタルでドラマティックな陰影を加えていました。
この幕では,途中,「季節の移り変わりを示す間奏曲」のような部分が入りました。フルートの松木さんが主旋律を立ち上がって演奏していましたが,こういった部分は「音楽堂効果」だったのではないかと思います。
そして,幕切れは,兼六園で白糸が大金を奪われた後,錯乱した状態で金持ち夫妻を殺害する「狂乱の場」となります。この部分については,初演時はもっと全体にドロドロとした感じだった印象があります。はっきりと記憶していないのですが,今回の印象としては,少しコンパクトになっていた気がします。初演時は,演劇的でしたが,今回は舞台が簡素だったこともあり,より抽象的に描かれていました。その結果,オペラ全体としての音楽的なまとまりの良さが出ていた気がしました。
この部分では,背景に出ていた「月」の色に少し赤みがかっていたのが印象的でした。狂気を象徴しているようでした。この部分を見ながら,中島彰子さんが金沢で上演した,シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」の背景に出ていた不気味な月の情景を思い出しました。
15分間の休憩後,第3幕になりました。
この幕の前半は,第1幕同様,高岡の場が出てきたリ,浅野川沿いの見世物小屋の場が出てきたリ,第1幕の再現部のような印象になります。振り返ってみると,全3幕を「呈示−展開−再現」というソナタ形式の図式に当てはめて見られる気がしました。この「再現」の後に「コーダ」が付くのですが,こういうシンメトリカルな構成になっていたので,ドラマとしては悲劇だけれども,音楽的にはしっかりとしたまとまりの良さを感じました。
ちなみにこの第3幕での「再現」ですが,同じ高岡の場でも,欣弥の方はすっかり立派に変貌し,白糸の芸の方は,より迫力を増しているのが面白いところです。
第3幕後半の裁判の場では,傍聴人の合唱の配置がシンメトリカルになり,バッハの受難曲を想起させるような,荘重さな空気になります。その中で,白糸が潔く罪を認め,合唱がそれを称える歌を聞かせます。この潔さは,ドラマの中の話と分かっていても,惚れ惚れしてしまいます。そして,そのキャラクターに中嶋さんはぴったりです。
続いて,観客の気持ちを代弁するかのように欣弥の母が切々と感謝の歌を歌います。最後に「あなたは娘」と歌うのですが,この言葉によって,白糸の気持ち的には「報われた」ということになります。鳥木さんの声には常に憂いがあり,白糸を救いたい気持ちが強く静かに会場に広がりました。
その後は高柳さんと中嶋さんによる2人だけの別次元の話になり,音楽がどんどん昇華されていきます。2人の声の力も最高潮になります。今回の公演では,この部分にしっかりとクライマックスが集約されていたと感じました。
音楽的には,最後の部分は,第1幕同様,浅野川のムードを持った合唱曲で締められますが,ドラマの方は,欣弥がピストルを頭に当ててドキリとさせて締められます。2人が心中するようなエンディングなのですが,実は,この部分については,「2人はいいけど...おっかさんが可哀そうかな」とついつい現実的なことを考えてしまいます。ハッピーエンドのオペラというのは皆無で,「残された関係者」というのは,どのオペラにもいるのですが,欣弥のおっかさんの場合,感動的なアリアを歌ったばかりなので,特にそんなことを思ってしまうのかもしれません。
多くの市民が通りに出て応援していた金沢マラソンの開催日と重なったのは偶然でしたが,スポーツ面でも音楽面でも,「新しい金沢らしさ」を実感できた一日になりました。走ってから観た人はいないと思いますが…どうだったでしょうか?
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この日は「第1回金沢マラソン」が行われました。市内と金沢駅周辺の様子です。
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天神町付近は,大変道路が狭くすぐ傍を選手が走っていました。
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選手を応援する高齢者。「あまちゃん」の「夏ばっぱ」のように旗を振って応援していました。
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兼六園下では,石川門を背景に和太鼓で応援。腹にこたえる応援でした。選手側も写真を撮ったり,拍手したりしていました。
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山側環状道路もコースでした。ランナーであふれていました。
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市内はいたるところで交通規制中。
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JR金沢駅もてなしドームのタペストリ―
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JR金沢駅の改札付近。
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走り終わった人たち一目瞭然ですね。
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タオルのプレゼントもあったようですね。
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(2015/11/22)
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石川県立音楽堂正面の看板

公演のポスター

演奏は↑こんな場所で行われました。壁面にスライドが投影されていました。
公演前にオペラの舞台になっている辺りを通ってきました。
まず天神橋です。


前にも書きましたが...行くと登ってみたくなります。

梅の橋近くの「滝の白糸」像

滝の白糸の碑
泉鏡花記念館の入口
最近,この通りには鏡花が好んだウサギをデザインした照明が付きました。それぞれに代表作名も書かれていました。「義血侠血」もありました。

終演後,もう一度,泉鏡花記念館へ。ナイトミュージアムで開館していたのですが,こうやってみると結構不気味ですね。

夜の天神橋
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