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オーケストラ・アンサブル金沢第370回定期公演フィルハーモニーシリーズ
マルク・ミンコフスキ首席客演指揮者就任記念

第1夜
2015年12月10日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

シューマン/交響曲第1番変ロ長調,op.38 「春」
シューマン/交響曲第2番ハ長調, op.61
(アンコール)シューマン/交響曲第4番ニ短調,op.120〜第2楽章

第2夜
2015年12月11日(金)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

シューマン/交響曲第3番変ホ長調, op.97「ライン」
シューマン/交響曲第4番ニ短調,op.120
(アンコール)シューマン/交響曲第4番ニ短調,op.120〜第4楽章

●演奏
マルク・ミンコフスキ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)

Review by 管理人hs  

昨年2014年9月にオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の新しいプリンシパル・ゲスト・コンダクターに就任...するはずだったマルク・ミンコフスキさん。この時は急病で出演がキャンセルになってしまいましたが,満を持して,2日連続で行われるOEKの定期公演に登場することになりました。

演奏されたのは,シューマンの全交響曲です。OEKがシューマンの全交響曲を一気に演奏するのも初めてということで,今シーズンのOEK定期公演シリーズの目玉の公演と言えます。

1日目は,シューマンの交響曲第1番「春」と第2番が演奏されました。まず,シンプルに番号順に演奏していくのが面白いと思いました。この2曲を続けて聞くと,「対照的かつ相似形だな」と感じました。両曲とも,第1楽章の序奏は金管のファンファーレ風に始まる点が共通しています。ミンコフスキさんは,両曲とも第3楽章と第4楽章をアタッカで演奏し,急速なテンポで締めるのも共通していました。スケルツォ風の楽章と緩徐楽章の位置は逆なのですが,両曲とも十分の聞きごたえがあり,交響曲2曲を並べるプログラムの面白さを感じました。ただし,曲想については,第1番のサブタイトルが「春」であるのに対し,第2番の方は全体にちょっと病的な雰囲気が漂う点で対照的です。

ミンコフスキさんとOEKの作る音楽は,「春」の第1楽章冒頭のトランペットとホルンによるファンファーレから音の純度が高く,しかも意味深でした。主部に入るとテンポが上がるのですが,軽く流れ過ぎることなく,しっかりとした安定感を感じました。この日の楽器の配置は,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右い分ける対向配置でしたが,コントラバスがステージ奥の高い場所に3人配置しており,しっかりと低音が響いていました。その効果が出ていたと思いました。

第1楽章の途中ではトライアングルやフルートが活躍しますが,その音のバランスも絶妙でした。各楽器の音が点描的に続いた後,大見得を切るようにテンポを落としていました。コーダになると,自在に物語が展開していく感じで盛り上がり,最後はすっきりと短く締められていました。

第2楽章に入るまでのインターバルでは,ミンコフスキさんはしっかり椅子に座って一休みされていました。第2番の第2楽章前のインターバルでも同様だったので,一種の「ルーティーン」なのかもしれません。

第2楽章はデリケートで詩的な世界になります。柔らかく,暖かいけれどもどこか虚無的でメランコリックなムードが大変魅力的でした。これは,ミンコフスキさんの音楽作りの特徴だと思うのですが,両曲とも,ところどころ,音をぐっと弱め,テンポを落とし,脱力したような雰囲気を出してました。この第2楽章でも,ミンコフスキさんの指揮の動作自体が脱力した感じになり,「妙な雰囲気」になっていました。大きな間をとって,意味深なムードを漂わせるなど,ステージ全体からミラクルなオーラを発散していました。

第3楽章はスケルツォなのですが,全体に憂いが漂い,走り過ぎるところはありませんでした。後半でリズムで細かいリズムを強調したり,第2楽章同様にぐっとテンポを落として,イマジネーションを広げたりするのが印象的でした。

第4楽章は,見得を切るように始まった後,軽快に進んでいきました。それでも同じフレーズが繰り返し出てくるたびに違った表情になっていったり,どこか即興的な面白さがありました。トロンボーンの澄んだ音の後,大きな間があり,ホルンやフルートがじっくりとソロを聞かせてくれましたが,この辺もミラクルな雰囲気たっぷりでした。

コーダは軽快に疾走し(ミンコフスキさんの雰囲気には,どこか「熊」を思わせるところがあるのですが,その指揮ぶりは実にキレが良いですね),最後はビシっと締めていました。

ちなみに,この「春」の演奏中ですが,2階サイドのバルコニー席で井上道義さんが身を乗り出すように聞いていらっしゃいました。やはり,オーラが漂っていました。井上さんも盛大に拍手をされており,たっぷりシューマンを楽しまれたようです。

この日演奏された両曲とも,明るさの中にちょっと憂うつな影を秘めた感じがあるのがシューマンらしいのですが,特に第2番の方に一筋縄でいなかいような,病的な雰囲気があります。

第1楽章冒頭のファンファーレは,抑制されたトランペットのファンファーレで始まりますが,この音から意味深でした。序奏の雰囲気は,コントラバスの音がしっかりと効いていたこともあり,どこかバロック音楽を聞くような荘重さを感じました。

主部になると急にテンポが速くなるのですが,その速くなる具合がフラフラとさまようような感じでした。リズムも執拗に繰り返され,どこか病的な感じが漂っていました。反対に楽章の最後は,妙に堂々としており,いろいろな性格が急に切り替わるような,当時のシューマンらしさが反映しているようでした。

第2楽章のスケルツォ楽章は,大変軽やかでした。しかし,この楽章も自分の感情とは別に,何かに取り憑かれてしまって,永遠に運動を続けているような病的なところがありました。一瞬,正気に戻るけれども,またうなされて,夢遊病になったように走りまくる,そういったような音楽でした。

第3楽章では,憂鬱さの中に安らぎが感じされるような楽章でした。OEKの音は重苦しくなり過ぎないので,透明感のある美しさを感じました。音楽は,どんどんじっくりと渋くなっていくのですが,恐怖感というよりは,しっとりとした静けさを感じました。

第4楽章は,爽やかに始まるのですが,開放的にはなり過ぎず,次第に陰が濃くなってくるようでした。ここでもハッとさせるような間の取り方が出てきたリ,独特の暗さを秘めて盛り上がっていきました。全曲の最後は大きく盛り上がるのですが,そこでのティンパニの硬質な冷酷な強打も印象的でした。

第1日目に演奏された2曲とも,オーケストラのサウンド的には,一般的にシューマンの交響曲でイメージされている渋さや重さよりは,すっきりとした見通しの良さを感じました。その点でシューマンらしくなかったのかもしれませんが,個人的には重過ぎるシューマンよりは聞きやすい,と思いました。何より,ミンコフスキさんの指揮にぴったりと反応して,シューマンの音楽の持つ,ちょっと屈折した世界を鮮やかに(矛盾するような表現ですが)聞かせてくれたのが素晴らしいと思いました。それに加え,ミンコフスキさんならではの「妙な空気感」にハマってしまいました。

アンコールでは,「アシタモキテネ」というアナウンスとともに,シューマンの交響曲第4番の緩徐楽想が演奏されたのですが,その室内楽的でメランコリックな気分にすっかり魅了されました。明日も行くしかない,という見事な演奏でした(右の掲示では,「第4楽章」となっていますが,急遽予定が変更になったようです)。



続いて,2日目です。

前日は2番で終わったこともあり,どこか陰影の濃さを感じさせる,独特のオーラを感じさせてくれましたが,この日は,第4番のエンディングに向け,一気に上り詰めるような素晴らしい盛り上がりを持った演奏を聞かせてくれました。

今回,シューマンの交響曲4曲をセットで聞いてみて,祝祭的な気分のある第1番,深い情感を湛えた第2番,明るい旅情を感じさせる第3番,そして,全体をビシっとしめる第4番とあたかも,4つの楽章からなる大交響曲を聞くような充実感を感じました。「さすがミンコフスキ!」という,イマジネーション豊かな音のドラマを聞かせてくれました。

第3番「ライン」の方は,OEKは,過去何回か演奏していますが,この日の演奏には,力んだようなところはなく,明るい暖かさのある雰囲気で始まりました。

第1楽章は,柔らかでまろやかな音で始まり,実に健康的でした。ミンコフスキさんは,体を揺らし,円を書くように指揮をされ,程よい運動性を感じさせてくれました。この曲はホルンが大活躍する曲ということで,この日は5人編成で演奏していました。強奏部でも余裕たっぷりで,全曲に渡って爽快な演奏を聞かせてくれました。

全体にストレートに演奏されており,予想外(?)にオーソドックスでまとまりの良い演奏でした。

第2楽章は,天候の良い日にライン川を船で巡っているような,揺らぎの中に心地よい旅情を感じさせてくれるような音楽です。ミンコフスキさんの指揮ぶりもそのとおりで,緻密さと大らかさがバランス良く共存していました。この楽章でも,ホルンが活躍していました。時々出てくる高音(いつもこの楽章を聞く時には注目してしまいます)も良かったし,勇壮な演奏も見事でした。

第3楽章は,中間楽章らしい控えめな叙情が魅力的でした。途中,「タタタタタ」というフレーズが何回か出てくるのですが,その音もひたすら心地よく感じました。

第4楽章は,この曲のいちばんの聞きどころと言っても良い,聖堂を思わせる荘重な楽章ですが,それほど大げさになり過ぎることはなく,清張でマイルドで,ちょっと懐かしくなるような雰囲気を伝えてくれました。トロンボーンとトランペットなどによるファンファーレの音もよく整っていました。明るく光が差してくるような敬虔な気分にさせてくれ,どこか宗教曲を聞いているような気分になりました。ただし,ケルンの大聖堂というよりは,金沢の尾山神社(?)のステンドグラスぐらいの雰囲気だったかもしれません。

アタッカで続けて演奏された第5楽章は大変軽快でした。生き生き,キビキビと音楽が進み,最後の音などは,結構短くビシっと切り上げていました。古典的な交響曲を聞くようなまとまりの良さを感じました。

後半に演奏された第4番は反対に,2日連続公演のトリに相応しい,「最終楽章」的盛り上がりを持った演奏でした。

第1楽章冒頭から,ティンパニの音に包み込むような柔らかさがあり,堂々とした量感がありました。それが曲が進むにつれて,だんだんと大きくゴツゴツとした感じに盛り上がり,ロマンの気分を帯びてくるようなところがありました。

第2楽章は昨日のアンコール(というか本日の「予告編」のようなアンコールでした)で聞いたばかりです。カンタさんのチェロの上でしっとり歌う加納さんのオーボエ,その後,すっきり・しっとりと息の長いメロディを堪能させてくれたサイモン・ブレンディスさんのヴァイオリン...と室内楽的な魅力をしっかり楽しませてくれました。滴るような魅力を持った演奏でした。

第3楽章も大らかさと力感がありました。楽章の最後の方では,ミンコフスキさんらしく脱力した感じになり,ミラクルな弱音になります。最後,ホルンなどの金管楽器を中心にじっくりと聞かせ,スケールの大きな雄大な雰囲気を作っていました。

第4楽章はキビキビと弾むようなペースで進んでいきました。途中,ミンコフスキさんの「足踏み」のような音が入るなど,気合十分の演奏でした。展開部も軽妙でした。この部分でのホルンの爽快な音も印象的でした。シューマンといえば「ホルンが肝」みたいなところがありますが,今回の全曲演奏では,どの曲についても余裕のある大らかな響きが冴えていました。

このように第3楽想から第4楽章にかけては,音によるドラマが,次々と湧き上がってくるようで,ワクワクさせるような流れの良さと線の太さがありました。そして,全曲の白眉といっても良かったのが第4楽章最後のコーダでした。よく弾けるものだなぁ,と思わせるキリキリするようなスピード感のある音楽を聞かせてれました。

この部分では,ステージ奥に女神のように立っていたマルガリータ・カルチェヴァさんを中心としたコントラバスの猛烈なダッシュを皮切りに,切れ味抜群,熱気に満ちた凄い演奏を聞かせてくれました。さすがミンコフスキ,さすがOEKという演奏でした。第4番を実演で聞くのは今回が初めてだったのですが,改めて良い曲だなぁと思いました。

ちなみに,このコーダでは,第1ヴァイオリンがちょっと飛び出すような感じに聞こえる部分があるのですが,この部分もしっかりと飛び出していました。

演奏後,ミンコフスキさんは,OEKメンバーといっしょになって「ごあいさつ」をしていましたが(これは1日目も同様でした),その雰囲気も実に楽し気でした。「プリンシパル・ゲスト・コンダクター就任」を祝うのにぴったりの雰囲気でした。

アンコールでは,第4番の終楽章がもう一度演奏されました(繰り返しは省略していたと思います)。本割の時よりもリラックスした感じでしたが,切れ味と熱気は同様で,この楽章以外アンコールはあり得ない,という演奏でした。最後の音は,本割の時よりも,長〜く伸ばしており,ミンコフスキさんも名残惜しさを感じていたのかもしれません。

演奏後は,「もうこれ以上交響曲はないよ」という感じの一言を英語で言われて,お開きとなりました。

この日は金曜日ということで,私自身結構疲れていたのですが,この日の両曲の演奏を聞いて,憂さが晴れたようなところがあります。平日に二日連続ということで,客席は満席ではなかったのですが,今後のミンコフスキ&OEKの新たな挑戦に大きな期待を持たせてくれる快演の連続でした。

この定期公演については,当初,「1日で全4曲」という話もあったそうですが,確かに4つの曲併せて1つの大交響曲,になるようなところもあったので,その形も面白かったかもしれません。次回も,今回の「シューマン全集」のような,これまでのOEKになかった企画ものにも期待したいと思います。

(2015/12/21)




公演の看板


ミンコフスキさんの過去の公演写真を紹介していました。

音楽堂内にもクリスマス飾りが多数登場。


この雪だるまにも名前はある?オラフっぽい感じですが...大オラフといったところでしょうか。




ホテル日航金沢


ホテル内部。階段の下の飾りはいつも楽しみです。