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ラ・フォル・ジュルネ金沢2015 パシオン・バロック:バッハ,ヘンデル,ヴィヴァルディ
2015年4月29日〜5月5日 石川県立音楽堂,金沢市アートホール,JR金沢駅周辺,金沢市内各地

Review by 管理人hs  

5月3日(日・祝) 本公演1日目

ラ・フォル・ジュルネ金沢2015。本日から本公演です。この日は取りあえず昼公演を1回聞いた後,再度夕方から出かけるという変則的な行動を取りました。まずは会場全体の雰囲気をお伝えしましょう。恐らく,この日の金沢駅は,新幹線開業日を上回る人出になりそうです。その中で駅のコンコースやもてなしドームから生の音楽が飛び込んでくるということで,まさに音楽祭という雰囲気になっていました。

 

■【K132】12:15〜 金沢市アートホール
バッハ,J.S./コラール「神の御心に委ねるものは」BWV.691
パーセル/新しいグラウンド「ここに神々が証を」(オード「来たれ歓喜」より)
パーセル/新しいアイルランドの調べ
クープラン/第14オルドル〜「恋のうぐいす」とドゥーブル,「おびえる紅ひわ」,シテール島の鐘(カリヨン),「些細なこと」
フローベルガー/組曲ハ長調(I.ラメント,II.ジーグ,III.クーラント,IV.サラバンド)
バッハ,J.S.(中野振一郎編曲)/シャコンヌ ニ短調
(アンコール)クープラン/神秘のバリケード
●演奏
中野振一郎(チェンバロ)

この雰囲気とは対照的に,まず,小ホールで中野振一郎さんのチェンバロの公演を聞いてきました。演奏だけでなく中野さんのトークも面白く(関西弁ということもあり,やや吉本的?),すっかりバロック時代の貴族のような気分にさせられ,気持ちの良い時間を過ごしてきました。

中野さんのチェンバロの音はとにかく音が純粋で美しく,高級な宝石を見るような趣きがありました。上手側から見ていたので音を出す「秘密」は見えなかったのですが,各曲ごとに音の雰囲気が違うのに関心しました。見事に曲が描き分けられていました。

中野さんは,クープランの曲について「華麗なる退屈」と呼んでいましたが,その優雅な甘さはその言葉通りで,午後に静かに聞くにはぴったりでした。続いて演奏された,フローベルガーの組曲は,若く亡くなったフェルディナント王子を追悼して作った曲で,その威厳を持った悲しみが魅力的でした。

最後は,中野さん自身の編曲によるバッハのシャコンヌが演奏されました。2014年10月に高崎で行われた「シャコンヌばかりの演奏会」のために,「バッハに成りきって,バッハのスタイルで編曲した」もので,演奏全体に華麗な凄味が漂っていました。最後にクープランの小品がアンコールで演奏され,終演となりました。

45分の間にチェンバロの魅力と楽しいトークがぎっしり詰め込まれた,チェンバロ入門にぴったりの公演でした。

 

その後,一旦,自宅に戻り,夕方から再度,石川県立音楽堂の出動しました。相変わらず,JR金沢駅周辺は大賑わいでした。

 
↑今年のボードには「落書き」が多かったですね。恒例の辻口さんの特製スイーツコーナー

 

 

■【K124】17:15〜 石川県立音楽堂邦楽ホール
バッハ,J.S./フルートと通奏低音のためのソナタ イ長調, BWV.1032
バッハ,J.S./フルートと通奏低音のためのソナタ ホ短調, BWV.1034
バッハ,J.S./フルートと通奏低音のためのソナタ ロ短調, BWV.1030
●演奏
マルク・アンタイ(フラウト・トラヴェルソ),フランソワ・ゲリエ(チェンバロ)


夜の部はまず,邦楽ホールで行われたマルク・アンタイさんのフラウト・トラヴェルソでバッハのフルート・ソナタを3曲聞きました。



フラウト・トラヴェルソを生で聞くこと自体,金沢ではほとんどないのですが,まず,その音に惹かれました。アンタイさんの音には,金属的な鋭さがなく(木管楽器なので当たり前?),素朴な美しさが自然ににじみ出ていました。そこから深遠な世界につながっているような,古楽器ならではの魅力に触れることができました。

どの曲も現代のフルートで聞くよりも,落ち着いて聞こえました。思索的な静謐さの後,最終楽章で知的に飛翔するような浮遊感も感じさせてくれました。ゲリエさんのチェンバロは,大変落ち着きがあり,しっかりと演奏を締めていました。

 
↑JR金沢駅コンコースも大盛況。コインロッカーも不足していたようです。

■【K114】18:30〜 石川県立音楽堂コンサートホール
ヴィヴァルディ/モテット「あなた方の聖なる君主のために」, RV.633
ヴィヴァルディ/スターバト・マーテル, RV.621
ヴィヴァルディ/ニシ・ドミヌス, RV.608
●演奏
フィリップ・ピエルロ指揮リチェルカール・コンソート,カルロス・メナ(カウンターテナー)

邦楽ホール入口付近のやすらぎ広場での演奏にひかれつつ,続いて,コンサートホールでのフィリップ・ピエルロ指揮リチェルカール・コンソートとカウンター・テナーのカルロス・メナさんによるヴィヴァルディの宗教曲集を聞いてきました。今回特に楽しみにしていたプログラムでした。そして,その期待を上回る見事な演奏でした。

 
↑やすらぎ広場では,水永牧子さんがトーク付きの演奏中でした。

ヴィヴァルディのオリジナル楽器による演奏といえば,オーケストラ・アンサンブル金沢を指揮したこともある,エンリコ・オノフリさんを思い浮かべます。リチェルカール・コンソートの演奏からは,オノフリさんのエネルギーに満ちた美しさとはまた違った,非常に精緻で,洗練された美しさを味わうことができました。共演したカウンター・テナーのカルロス・メナさんの声も見事でした。暖かみと透明感のバランスが良く,コロラトゥーラも鮮やかに聞かせてくれました。

 ←チケットボックス付近にあった,リチェルカール・コンソートのPR映像。

最初に演奏されたヴィヴァルディのモテットは,モーツァルトの有名な「アレルヤ」を含むモテットとちょっと似た感じの曲で,リラックスした気分と透明な爽快さを伝えてくれました。

スターバト・マーテルは,第1曲の冒頭から「スーッ」と宗教曲の空気に気持ちよく入っていきました。私は3階席でゆったりと(実はお客さんが非常に少なかったです)聞いていたのですが,メナさんの声もオーケストラの音もしっかりと届いていました。その響きのバランスもぴったりでした。ステージから発散され,ホール全体に浮遊する美の世界に感服しました。「こんな世界もあったんだ!」という気分になりました。

暗くなりすぎる部分はなく,甘さも控えめでしたが,その音の透明感が素晴らしく,「美しさ」が「悲しみ」となって伝わってきました。「悲しみの聖母」の気分を品よく伝えてくれる見事な演奏だったと思いました。

最後に演奏された「ニシ・ドミヌス」という曲は初めて聞く作品でした。ヴィヴァルディお得意の協奏曲的な気分のある曲で,様々なテンポや多彩な曲想の楽章から構成されていました。滑らかで鮮やかなカウンターテナーの声が曲全体に艶を加え,演奏全体をさらに魅力的なものにしていました。

曲中,指揮者のフィリップ・ピエルロさんがヴィオラ・ダ・モーレ(多分)を使って演奏する楽章がありました。バッハのマタイ受難曲にも出てくる楽器ですが,この曲の時だけ,メナさんは歌う場所を変えており,全曲中の「要」になっているようでした。

ヴィヴァルディといえば,「似たような曲が多い」と揶揄されたりもしますが,今回の演奏を聞いて,その宗教曲の世界の深さ,魅力の一端に触れることができた気がしました。

実は次の公演を気にしつつも,楽屋口で待っていたら,うまい具合にメナさんに会うことができ,サインを頂きました。これも神のお導きかもしれません。



■【K125】19:45〜 石川県立音楽堂邦楽ホール
バッハ,J.S./ゴルトベルク変奏曲, BWV.988
●演奏
マタン・ポラト(ピアノ)

その後,再度邦楽ホールに戻り,マタン・ポラトさんのピアノでバッハのゴルトベルク変奏曲の全曲を聞きました。ここまでは耳がチェンバロに最適化されていたので,最初,ピアノの音を聞いた瞬間,「和食の後にステーキを食べる感じかな」とも思ったのですが,聞いているうちに,すぐに耳はピアノの音に最適化されました。全ての音を鮮やかに弾ききったようなポラトさんの演奏は,恐るべき演奏だと実感しました。最初と最後のアリアはじっくりと演奏していましたが(最初のアリアは繰り返しを行っていました),各変奏は生き生きと湧き上がるようにつながり,全く退屈する間もなく全曲を堪能することができました(ラ・フォル・ジュルネ標準の45分ぐらいの演奏時間だったと思います)。

「まだ1日目」ということで,本日は,夜を中心に体力を温存しながらのハシゴでした。実感したのは「バロック音楽は美しい!」。落ち着いて味わうには,これぐらいのペースが丁度なのかもしれません。