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オーケストラ・アンサンブル金沢第371回定期公演フィルハーモニー・シリーズ 
ニューイヤーコンサート2016
2016年1月9日(土)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) レスピーギ/組曲「鳥」〜前奏曲
2) カッチーニ/アマリッリ
3) スカルラッティ,A.(伊藤康英編曲)/すみれ
4) ボノンチーニ(伊藤康英編曲)/お前を讃える栄光のために
5) ドゥランテ(伊藤康英編曲)/愛に満ちた処女よ
6) スカルラッティ,A.(伊藤康英編曲)/陽はすでにガンジス川から
7) ジョルダーニ(福廣秀一朗編曲)/いとしい女よ(カロ・ミオ・ベン)
8) レスピーギ/ボッティチェリの三枚の絵
9) ロッシーニ/歌劇「アルジェのイタリア女」序曲
10) ナポリ民謡(コットラウ編曲)(福廣秀一朗編曲)/サンタ・ルチア
11) ビクシオ(伊藤康英編曲)/マリウ,愛の言葉を
12) カルディッロ(伊藤康英編曲)/カタリ・カタリ
13) マスカーニ/歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲
14) ディ・カプア(伊藤康英編曲)/あなたに口づけを
15) デ・クルティス(伊藤康英編曲)/忘れな草
16) ディ・カプア(福廣秀一朗編曲)/オ・ソレ・ミオ
17) モリコーネ(福廣秀一朗編曲)/ネッラ・ファンタジア
18)(アンコール) レスピーギ/リュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲〜イタリアーナ
19)(アンコール) 木下牧子(やなせたかし詞)/ロマンチストの豚
20)(アンコール) ファラジャーニ/パセラ

●演奏
歌:イル・デーヴ *2-7,10-17,19-20
(望月哲也*3,15,大槻孝志*5,12(テノール),青山貴(バリトン)*6,11,山下浩司(バスバリトン)*4,14,河原忠之(ピアノ))
三ツ橋敬子指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)*1,3-18,19



Review by 管理人hs  

2016年最初に出かけたコンサートは,例年通りオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のニューイヤーコンサートでした。OEKのニューイヤーコンサートは,井上道義さんが音楽監督になって以来,ウィーン風ニューイヤーコンサートに対抗して,色々な試みがされてきましたが,このところは「歌モノ」が中心になっています。これまでは比較的女性歌手が出演することが多かったのですが,今年は趣きを替え,男性4名のヴォーカル+ピアニスト1名による声楽アンサンブル IL DEVU(イル・デーヴ)との共演となりました。

このイル・デーヴというグループについては「総重量約500kgの重量級クラシック・ボーカル・グループ」ということで,イギリスのヴォーカル・グループIL DIVOをもじったものです。いわゆる「色モノ」的なグループかな,とも思ったのですが,全員が二期会会員で,各歌手が色々なオペラで重要な役を演じている実力派歌手集団です。トークも含め大変真面目なステージで,きっちり,たっぷりと気持ちの良い歌を聞かせてくれました。

今回のテーマは「イタリア」で,演奏されたのはすべてイタリアの曲でした。前半はイタリア古典歌曲集中心,後半はカンツォーネ中心。イタリアの歌の歴史をたどるような形で,プログラム的にもとても良くまとまったものでした。

イル・デーヴのメンバーは,テノール:望月哲也,大槻孝志,バリトン:青山 貴,バスバリトン:山下浩司,ピアニスト:河原忠之の5名です。男声4人ということで,よくよく考えると,ダークダックス,ボニージャックス,デュークエイセスと同様の編成です。日本人にはおなじみの(?)この編成も,安心かんと親しみやすさの理由の一つかもしれません。

指揮は,三ツ橋敬子さんでした。三ツ橋さんは,現在,イタリアのヴェネツィア在住ということで今回のプログラムにぴったりです。三ツ橋さんは,2013年のラ・フォル・ジュルネ金沢に井上道義さんの代理で登場されましたが,その時の躍動感あふれる演奏は大変新鮮な印象を残してくれました。今回もその指揮ぶり同様の躍動感のある音楽を聞かせてくれました。

最初にOEKのみで,レスピーギの「鳥」の前奏曲が演奏されました。三ツ橋さんのメリハリの効いた明快な指揮のもと,気持ちよく「年明け」気分を味わわせてくれました。「鳥」ということで,途中,カッコウの声が聞こえてきたリ,木管楽器が活躍したり,OEKメンバーの個人技も楽しむことができました。

続いて,本日の主役,イル・デーヴのメンバーが登場しました。「名刺代わり」の演奏という感じで,オーケストラ伴奏ではなく,メンバー5人による演奏で,カッチーニの「アマリッリ」が演奏されました。哀愁を帯びたハモリが心地よくホールに広がると同時に,その色合いが少しずつ変化していくような繊細さを感じました。メンバーの配置は,どの曲も,下手側から次の順番で,望月さんが軽く指揮をしていました。

望月−大槻−青山−山下

その後,望月さんによるトークが入り,各メンバーによる独唱が4つ続きました。前半は,「イタリア古典歌曲集」と呼ばれている,音楽大学受験者の必須科目となっている曲集の中から歌われました。「歌曲集」と呼ばれているが,実はバロック・オペラの中のアリアが多いということで,今回のオーケストラ伴奏版は,むしろオリジナルに近いのかもしれません。

最初に登場したテノールの望月さんの声は大変軽やかで,「すみれ」という曲名から連想されるとおり可愛らしさと色彩的な感じが伝わってきました。バスの山下さんは,とても健康的で滑らかな歌を聞かせてくれました。ただし,「切ない恋心」(プログラム解説)にしてはちょっとまじめ過ぎるかなと思いました。

もう一人のテノールの大槻さんの声は,大変凛々しく輝きがありました。「一途な祈り」(プログラム解説)の歌らしく,ぐっと心に迫ってきました。 前半の独唱コーナー最後のバリトンの青山さんの声には脂の乗ったトロを思わせる豊かさを感じました。青山さんは,昨年末のOEKの「メサイア」公演に当初出演予定でしたが,機会があれば,是非,「メサイア」公演でも聞いてみたいと思いました。

その後,4人そろって「いとしい女よ」が歌われました。この曲は,「カロ・ミオ・ベン」という曲名の方が知られていると思います。バリトンの青山さんの朗々とした歌に始まった後,豊かな音と香りがどんどん広がっていくようでした。

前半最後には,オーケストラのみで,レスピーギの「ボッティチェリの三枚の絵」が演奏されました。タイトルどおり,ボッティチェリの描いた3枚の絵を描写した3曲から成る組曲です。レスピーギは,音による描写を得意とした職人的な作曲家です。さらに古い時代のイタリアにも関心の強い関心を持っていました。この日の素晴らしい演奏を聞いて,この作品はその本領を存分に発揮した,隠れた名曲だと思いました。

曲はOEKの編成にぴったりの小編成の曲でした。弦5部に加え,管楽器は1人ずつで(ホルンだけ2人いました),室内楽的編成に近かったのですが,ピアノ(イル・デーヴの河原さん),ハープ,チェレスタなどが入り,キラキラとた色彩感を出していたのが20世紀的だと思いました。

第1曲の「春」の冒頭から,この高音を中心とした硬質感のある響きが魅力的でした。曲全体に軽やかさと明快さがあり,曲の表現する古い時代の「春」のムードに合っていると思いました。古いのか新しいのか分からない感じもレスピーギらしいと思いました。

第2曲の「東方3博士の礼拝」は,ファゴットのソロで始まった後(「ローマの松」とかに出てきそうな素朴で古風なムード),オーボエなど木管のソロに続いていきました。静かで落ち着きのあるムードは「夜」といった感じでした。途中,ここでも”キラキラ感”が加わり,どこかオリエンタルなムードになります。次々と色合いが変わるのが実に絵画的だと思いました。

第3曲の「ヴィーナスの誕生」(ピアノの河原さんが演奏前の曲紹介の時に,「こういう絵です」とジェスチャーで示していましたが,大変有名な絵ですね)は,弦楽器による繊細な波のような音型の繰り返しが大変印象的でした。これがだんだん盛り上がった後,スパッと一旦音楽が途切れます(プレコンサートの時,チェロの大澤さんが「「曲が終わった」という部分が出てきますが注意してください」と語っていましたが,「この部分だな」と合点しました)。その後また,前半同様のさざ波のような感じの音楽に戻ります。プログラムの解説を読むと,「神秘の瞬間」と書かれていましたが,ここでヴィーナスが生まれたのでしょうか。曲全体として「波」と「光」が感じられ,この曲もまた大変魅力的でした。

この曲を聞くのは初めてでしたが,三ツ橋さん指揮OEKは,レスピーギの意図どおりに,音による三枚の絵を楽しませてくれました。演奏全体が大変緻密であると同時にしなやかで,気持ちの良い時間が過ぎていきました。小粒だけれどもキラリと光る「宝石」のような曲であり演奏だと思いました。

後半は,ロッシーニの「アルジェのイタリア女」序曲で始まりました。この曲からもイタリアの空気が伝わってくるようでした。曲の前半の「何かはじまるぞ」といった静かな部分から,オーケストラ全体がしっかりと呼吸しているようで,生命力を感じました。

その後は,軽快・明快・キビキビといつものロッシーニの音楽が続くのですが,しっかりと音楽がコントロールされており,曲の最後で大きく開放されるような設計がされているのが素晴らしいと思いました。

途中,加納さんが気持ち良いオーボエ・ソロを聞かせてくれましたが,このパターンは,考えてみるとロッシーニの序曲に本当に多いですね。「ロッシーニ・クレッシェンド」がこの曲にも出てきましたが,「ロッシーニ・オーボエ」という言葉があっても良いかも...と思いました。

その他,この曲では,ティンパニなしで,大太鼓+シンバルのみ,フルートの代わりにピッコロが入っていましたが,これはやはり「アルジェ」的なムードなのでしょうか。

いつもと同じロッシーニのパターンだけれども,ちょっと違った味付けのある曲でした。

その後,ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートのように,指揮者が「あけまして」と言った後,オーケストラのメンバーと一緒に「おめでとうございます」と声をそろえる,という形で新年のあいさつが入りました。

後半もイル・デーヴの各メンバーのソロを交えたステージとなりましたが,曲の方はカンツォーネ中心でした。後半では,メンバーのチーフの色を「イタリアの国旗の色に替えてきました」とのことですが,遠くからだとちょっと分かり辛かったかもしれません。

まず,お馴染みのナポリ民謡「サンタ・ルチア」で始まりました。4人でハモるととても整った感じに聞こえるのが面白いと思いました。その後は,カヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲を挟んで(このじっく〜りと演奏された意志の強さを感じさせる演奏も見事でした),4人の独唱が続きました。

最初の青山さんの豊かな声はカンツォーネにもっぴったりです。崩し過ぎない誠実な歌も曲想も合っていると思いました。続く大槻さんの歌った「カタリ,カタリ」では,明るく芯のある声がお見事でした。曲自体,強く切なく盛り上がるのですが,客席からの拍手もこの日いちばんの熱さだったと思いました。山下さんのバスで少しクールダウンした後,望月さんの,広がりを感じさせてくれるテノールで締めてくれました。

続く「オ−ソレミオ」では,4人が勢揃いして,ドミンゴ,カレーラス,パヴァロッティの「3大テノール」のコンサートのような感じで華やかに歌われました(弦楽器の強い音で始まるイントロの部分をはじめ,ほぼ同様のアレンジだったと思います)。各メンバーのソロを聞かせると同時に時々ハモリも入りましたので,「3大テノール」版よりもゴージャスな演奏だったのではないかと思いました。

後半,3大テノールだと「オー・ソ〜レ〜ソ〜レ...ミーオー」と細川たかし(?)のように高らかにコブシを回すようになる部分があるのですが,イル・デーヴ版は結構マジメだなと思いました。ここはもっと遊んでもらっても良かったかな,と思いました。

演奏会の最後に歌われた,モリコーネの「ネッラ・ファンタジア」は,感動を秘めたスケール感たっぷりの曲でした。特にツートップのテノールのハモリが良いなぁと思いました。,演奏会をしっかり締めてくれました。

もちろんこのままで終わるはずはなく,まず,アンコールとして,OEKの演奏で,レスピーギのリュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲の第1曲がしなやかに演奏されました。この曲は,演奏会の冒頭で演奏された「鳥」に対応しており,とてもバランスの良いアンコールだと思いました。

続いて,イル・デーヴ単独の演奏(ピアノ伴奏のみ)で,木下牧子作曲,やなせたかし作詞「ロマンティストの豚」が歌われました。この曲は,彼らのデビューアルバム「DEBUT」にも収録されている,お得意の曲です。親しみやすいワルツがユーモラスだけれども,どこか哀愁もあります。こういう日本語の愛唱歌風の曲になると,ちょっと「ダークダックス...」辺りを彷彿とさせるところがあります。そういう日本の曲を丁寧に歌っているのもとても良いと思いました。

最後の最後,こちらも「DEBUT」に収録されている「パセラ」が演奏されました。CDの解説によると,デビュー以来,毎回のように取り上げている曲とのことです。歌詞の意味はよく分かりませんでしたが,「音楽に対する感謝を込めた歌」といった誠実な熱さが伝わって来ました。

イル・デーブとしてのレパートリーは,まだそれほど多くないような感じですが,その真摯で誠実な歌は,とても魅力的でした。各メンバーがソリストとしての実力・経験も豊富なので,ソロでもハモリでも楽しめる「一つのコンサートで二度おいしい」といった贅沢さもあります。是非また金沢での公演を期待したいと思います。

この日,ステージの前方には花が飾られ,音楽堂のスタッフの皆さんが晴れ着を着ていらっしゃるなど,例年のニューイヤーコンサート同様の華やかさでした。例のどら焼きのプレゼントがなかったのは少々淋しかったのですが,今年もまた,石川県立音楽堂を中心として,あれこれクラシック音楽の演奏会を楽しみたいと思います。

(2016/01/16)



公演立看板


恒例のOEKメンバーのサイン入り「謹賀新年」の看板。よく見るとイル・デーヴの皆さんのサインも入っています。


石川県立音楽堂の玄関の門松


この公演は,北陸朝日放送が収録していました。

終演後は三ツ橋さんとイル・デーヴの皆さんのサイン会がありました。
イル・デーヴの5人のサインをCDのジャケットの裏に頂きました。左上から青山さん,大槻さん,望月さん,河原さん,山下さんのサインです(多分)


三ツ橋敬子さんのサイン。左はイル・デーヴの皆さんのCDの表紙です。

JR金沢駅の音楽堂ののチラシコーナー。ラ・フォル・ジュルネ金沢の「速報版」パンフレットも登場していました。


ラ・フォル・ジュルネに向けた,ピアノのオーディションが演奏会の翌日に行われたようです。


こちらはホテル日航のロビー。華やかな鎧兜が飾られていました。


この日は金沢の冬にしては珍しく良い天気でした。