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オーケストラ・アンサンブル金沢第372回定期公演マイスター・シリーズ
2016年1月30日(土) 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ブリテン/シンプル・シンフォニー, op.4
2) ショパン/「ドン・ジョヴァンニ」の「お手をどうぞ」の主題による変奏曲 変ロ長調, op.2
3) ショパン/演奏会用ロンド「クラコヴィアク」ヘ長調, op.14
4) (アンコール)クリッヒェル/ララバイ
5) メンデルスゾーン/交響曲第5番ニ長調, op.107「宗教改革」
6) (アンコール)モーツァルト/カッサシオンK. 65〜アンダンテ

●演奏
マティアス・バーメルト指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-3,5-6
アレクサンダー・クリッヒェル(ピアノ)*2-4



Review by 管理人hs  

2016年になって2回目のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演は,どちらもOEK初登場となるマティアス・バーメルトさん指揮,アレクサンダー・クリッヒェルさんのピアノによるマイスター・シリーズでした。今シーズンのマイスターシリーズには,「ショパンと友人たち」というテーマがあり,毎回ショパンのピアノ協奏曲的作品が取り上げられています。今回は協奏曲ではなく,実演で聞く機会の少ない,「お手をどうぞ」の主題による変奏曲と演奏会用ロンド「クラコヴィアク」」が演奏されました。

メインに演奏されたのは,ショパンと同時代の作曲家,メンデルスゾーンの交響曲第5番「宗教改革」ということで,非常に渋い感じのプログラムの印象だったのですが,どの曲の演奏も素晴らしい内容でした。

最初にバーメルトさん指揮のOEK弦楽セクションの演奏で,ブリテンのシンプル・シンフォニーが演奏されました。弦楽器の配置は,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右に分ける対向配置で,下手側から第1ヴァイオリン,チェロ,ヴィオラ,第2ヴァイオリン。上手奥にコントラバスがいました。

第1楽章「騒々しいブーレ」の冒頭からキビキビと引き締まった演奏でしたが,第2主題になると緩く落ち着いた感じになり,ベテラン指揮者らしい,落ち着きを感じさせてくれました。この雰囲気は,今回の演奏会全体を通じて一貫していました。どの曲についても,大げさではないのですが,音楽の運びが巧く,室内オーケストラらしく軽妙に聞かせる部分と,大きく盛り上げるクライマックスとがしっかりと描き分けられていました。

第2楽章の「おどけたピツィカート」はデリケートさのある演奏でしたが,冷たい感じはなく,どこか軽やかでした。

第3楽章の「感傷的なブーレ」は,全曲のクライマックスでたっぷりと音が滴るような演奏を聞かせてくれました。バーメルトさんは,最近の指揮者には珍しいぐらい,かなり長い指揮棒で指揮されていましたが,この部分ではその動作にしっかりとマッチして,大きく音楽が動き,中間部に向かって,強靭さと豊かな流れを持った停滞しない音楽を聞かせてくれました。

第4楽章には「浮かれたフィナーレ」というサブタイトルが付いていますが,とても「しっかりとしたフィナーレ」でした。クライマックスに向かって熱さを持った音楽を聞かせてくれました。

全体を通じて,落ち着きがあるけれども,大げさに溜めるところがなく,垢抜けた感じがするのが,バーメルトさんらしさなのかなと思いました。

続いて,ソリストのアレクサンダー・クリッヒェルさんが登場し,ショパンの協奏曲的な作品2曲が演奏されました。クリッヒェルさんのピアノについては,何よりも音が素晴らしくクリアで,塵一つ落ちていないような透明度の高い演奏を聞かせてくれました。ショパンらしく,細かい音符がキラキラと続くのですが,それが明晰であると同時に安定しており,技巧的な華やかさだけが浮き上がる感じでないのが見事でした。

演奏された2曲は,似たタイプの曲でしたが,特に「お手をどうぞ」の主題による変奏曲の方が変化に富んだ音楽で楽しめました。この曲については,クリッヒェルさんの演奏によるCDを事前に聞いていたのですが,その印象通り,無駄なくかっちりまとまった古典的な美も感じさせてくれました。

この曲は変奏曲ということで,曲想がかなり変わるのですが,最後の方でティンパニの音が入った後,急に暗転するところがあります。その切り替えも鮮やかでした。最後は,「ポロネーズ」のようになり,いかにもショパンらしい目の覚めるような鮮やかな雰囲気で締めてくれました。

この曲を聞いたシューマンが「諸君!脱帽しなさい,天才だ」と絶賛したとプログラムの解説に書いてありましたが,この言葉をそのままクリュッヒェルさんに贈りたいと思います。

クラコヴィアクの方は,ピアノ協奏曲第1番の第3楽章の別バージョンといった感じのメロディが印象的な曲でした。クリアな音は澄んだ空気を感じさせてくれました。技巧的にも余裕があるので,きらびやかだけれども,見通しの良い安定感を感じました。

アンコールでは,英語で曲について説明した後,自作のララバイという曲が演奏されました。ちょっと坂本龍一などの映画音楽を思わせるようなメロディアスな曲でしたが,俗っぽくなることがなく,クリュッヒェルさんの美意識のようなものが詰まっているように思えました。途中,心の動きを示すように,テンポが速くなるなど,独特の魅力を持った作品でした。クリッヒェルさんは,日本の辻井伸行さんとほぼ同世代の方ですが,作曲もするピアニストという点で,共通する部分があると感じました。

クリュッヒェルさんは,プロフィールを読む限りではコンクール歴はなく,数学者としての一面も持つということで,かなり異色のピアニストなのですが,その健康的な音楽と知的なセンスの溢れる音楽を聞いて,才能が溢れていると感じました。

演奏会の後半では,メンデルスゾーンの交響曲第5番「宗教改革が」演奏されました。この曲は,メンデルスゾーンの第3番,第4番に比べると演奏される機会は少なく,OEKが演奏するのも2回目だと思います。

今回のバーメルトさん指揮の「宗教改革」は,ずしりとした聞きごたえの残る,素晴らしい演奏でした。前回,山田和樹さん指揮で聞いた時もとても良かったので,OEKのレパートリーとして,今後も繰り返し演奏していって欲しい曲だと思いました。

第1楽章の序奏部は穏やかな雰囲気で始まるのですが,木管楽器を中心としたハーモニーの美しさが素晴らしく,教会の窓から光が差し込んでくるような,そういう意味で宗教的な気分を感じさせてくれました。序奏の最後の方には,ワーグナーの「パルシファル」にも出てくる「ドレスデン・アーメン」が出てきますが,その部分での弦楽器の透明感が素晴らしく,バーメルトさんの背中に後光(?)が差しているように思えました。

主部に入ると,ゴツゴツとした印象になり,ドイツの曲だなと感じさせてくれました。編成的には大きくはないのですが,演奏に重みがあり,意味深さを感じさせてくれるのが素晴らしいと思いました。

第2楽章は対照的にキリッとした軽快さがありました。軽妙で弾むような演奏に加え,中間部では伸びやかな歌も気持ちよく聞かせてくれました。全曲の中で,この楽章だけ軽いので,その対比がとても良いアクセントになっていました。

第3楽章は静かで悲し気な楽章で,第4楽章への序奏のように,そのままつながります。明暗のコントラストがある点で,ベートーヴェンの交響曲第5番と形が似ている気がしました。センチメンタルな気分に満ちているけれども,重くもたれることはなく,しっかりとした音楽を聞かせてくれました。

そして,悲しげ表情の中から第4楽章へと移行する辺りが大変印象的でした。岡本さんのフルートのソロをきっかけにどんどん光が差してくるように高揚していくのが感動的でした。この曲には,トロンボーンやテューバが入っているのですが(本来はテューバではなく,セルバンという「絶滅した楽器」とのことです),その厚みと安心感のある音に支えられた響きがやはり宗教的だと思いました。

第4楽章の主題も「ドーミソ...」という感じなので,その点でもベートーヴェンに似ているかもしれません。フーガ風にがっちりとした感じで音楽が進み,神を賛美するような誠実な音楽が続いた後,コーダの部分では,ブルックナーの交響曲に出てくるようなオルガンを思わせる響きを聞かせてくれました。もちろん室内オーケストラなので壮大な感じではないのですが,壮大過ぎないあたりが,メンデルスゾーンらしいと思いました。

コーダの部分では,ティンパニの音がオルガンのペダルのように聞こえました。力強い響きの後,それがスッと消えるように終わるのも実に宗教的だなぁと感じました。

全曲を通じて,アーメンやコラールの効果が素晴らしいと思いました。弦楽器の清澄さ,トロンボーンやテューバを含む神を讃えるような落ち着きのある明るさ,ティンパニの力強さ...地に足を付けて天を讃えるといった感じの演奏だったと思います。

アンコールでは,大変軽妙かつ味わい深い小品が弦楽器のみで演奏されました。聞いたことがあるような,ないような作品で,第1ヴァイオリン以外はピチカートで演奏していたので,ちょっとピチカート・ポルカ風の趣きもありました。終演後に入口の掲示を確認してみると,モーツァルトのカッサシオンの中のアンダンテとのことでした。もしかしたらバーメルトさんお得意のアンコール曲だったのかもしれません。演奏会全体の雰囲気にもぴったりでした。

以上のように,一見地味だけれども,しっかりとした音楽の深みとOEKらしさを堪能させてくれるような公演となりました。

バーメルトさんは,スイス出身の指揮者で,この前亡くなったばかりのピエール・ブーレーズに師事していたとのことでしす。OEKとの相性もとても良かったので,次回は,現代曲を含む,その幅広いレパートリーを聞かせてほしいなと思いました。
(2016/02/06)




公演の立看板


この日は,NHK−FMの収録が入っていました。

サイン会では,バーメルトさんとクリッヒェルさんからサインをいただきました。