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オーケストラ・アンサンブル金沢 第373回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2016年2月7日(日) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ハイニヒェン/シンフォニア ヘ長調, S.209「モーリッツブルク」
2) ヘンデル/「水上の音楽」第3組曲 ト長調, HWV350
3) バッハ,J.S./フルート,ヴァイオリンとチェンバロのための協奏曲 イ短調, BWV1044
4) ミルコ・ラザール/ヴァイオリンとチェンバロのためのバレエ組曲(2014)から
5) (アンコール)ミルコ・ラザール/ヴァイオリンとチェンバロのためのバレエ組曲(2014)〜ラブストーリー
6) ラモー/叙情悲劇「アバリス,またはボレアド」組曲から
7) ラモー/歌劇「優雅なインドの国々」〜シャコンヌ
8) (アンコール) ラモー/叙情悲劇「アバリス,またはボレアド」組曲〜ロンド形式のコントルダンス

●演奏
北谷直樹(指揮*1-3,6-8;チェンバロ),オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-3,6-8, 高本一郎(テオルボ;バロックギター*1-3,6-8),アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン*3-5),岡本えり子(フルート*3)



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の特徴は,オーケストラ的な性格と室内楽的な性格を兼ね備えている点です。そのことにより,フル編成のオーケストラの定期公演では取り上げられることの少ない,バロック音楽を中心とした比較的小編成の公演が,”定期公演バロック・シリーズ”といった感じで組み込まれることがあります。今回の北谷直樹さんの指揮・チェンバロによるフィルハーモニー・シリーズもそのタイプの公演でした。

北谷さんが定期公演に登場すること自体は初めてなのですが,実は交流ホールで行っていた「室内楽シリーズ」には2度登場しています。特に2013年10月に交流ホールで演奏された,グラスのヴァイオリン協奏曲第2番「アメリカの四季」(これはバロック音楽ではありませんが)は,アビゲイル・ヤングさんの白熱のヴァイオリンと相俟って,大変エキサイティングでした。

今回の公演では,その期待を上回るような,バロック音楽の楽しさを存分に楽しませてくれる最高のパフォーマンスを見せてくれました。例えば,エンリコ・オノフリさんが登場した定期公演もスリリングな演奏の連続でしたが,今回の演奏会は,演奏のみならず,選曲,演出などすべての点で予想を裏切る,驚きの連続でした。

前半は,ハイニヒェンという珍しい作曲家のシンフォニア ヘ長調, S.209「モーリッツブルク」という曲で始まりました。ハイニヒェンは1683年生まれのドイツの作曲家で,私自身,初めて聞く曲でしたが,2曲目に演奏されたヘンデルの水上の音楽を彷彿とさせるようなところがあり,大変うまい組み合わせだと思いました。

ちなみに前半演奏された,ハイニヒェン,ヘンデル,J.S.バッハの3人は次のとおり,ほぼ同世代のドイツの作曲家ということになります。ちなみにD.スカルラッティ(1685〜1757)も同世代ですね。
 ハイニヒェン 1683〜1729
 ヘンデル 1685〜1759
 バッハ, J.S. 1685〜1750

今回の楽器編成は,前半は通常のOEKの編成より一回り少ない人数でした。弦楽器は下手側から,第1ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,第2ヴァイオリンと並ぶ対向配置でしたが,2台のコントラバスも左右に分かれていたのが特徴的でした。そして,チェロ以外の弦楽器奏者は全員立って演奏していました。管楽器奏者も演奏する時は立っており,「全員がソリスト」という雰囲気でした。

北谷さんは,お客さんに背を向ける形でチェンバロを弾きながら指揮をしていました。そして,今回の編成のいちばんの特徴は,高本一郎さんが担当する,バロックギターまたはテオルボが通奏低音に加わっていたことです。高本さんも,OEKのバロック公演では,すっかり常連の方です。高本さんは,北谷さんの斜め前(チェロの隣)で,これらの楽器を演奏していました。

曲の冒頭から,この高本さんの活躍が素晴らしく,特にリズミカルな曲では,ロック・ミュージックを彷彿させるような躍動感を作っていました。聞いた感じ,リズミカルな曲では,バロックギター,ゆったりとした曲ではテオルボという感じで使い分けているようでした。高本さんは,北谷さんのチェンバロの表現力を拡大するような役割を果たしていたと思いました。その結果として,上述の2本のコントラバスを含め,低音部が多彩かつ充実した響きになり,OEKの響きがイル・ジャルディーノ・アルモニコ(?)のような感じに変貌していたのがすごいと思いました。

ハイニヒェンの作品では,管楽器の活躍も目立ちました。特にホルンは大変高い音が続いており,スリリングかつ野性味のある響きを加えていました。途中,静かな雰囲気になる曲では,オーボエ3本(この日はリコーダー2本が加わる曲があったのですが,そのうちの1人が持ち替えていたようです)で活躍するしっとりとした曲が印象的で,強く引き込まれました。静かな曲で時折聞こえる,テオルボのたっぷりとした響きも良い味を加えていました。全体を通じて,健康的で優雅な気分を保ちながら,所々野性味が加わる面白い曲だと思いました。

この日は演奏後,北谷さんが礼をするのに合わせてオーケストラ全員で「一同礼」という形でした。最近,この形が増えてきている気もします。

続くヘンデルの「水上の音楽」組曲は,ホルンやトランペットの入らない,比較的静かな曲の多い,第3組曲が演奏されました。この選曲も良いと思いました。まず,1曲目では,フルートの岡本さんが,北谷さんの隣に出てきてソリストのような感じで立って演奏されました。その暖かみのある優しい音を中心とした室内楽的な気分のある演奏でした。

後半のダンス系の曲では,今度はリコーダーが前に出てきて,軽やかな演奏を聞かせてくれました。学校教育ではおなじみの楽器ですが,日頃,オーケストラの中で聞く機会はないので,大変新鮮でした。軽快かつ素朴な響きが素晴らしい効果を出していました。まさにカントリーダンスという感じでした。

軽快な曲でのリズム感も見事でした。ここでも高本さんのバロックギターの生きが良く,その上で音楽全体が躍動していました。

「水上の音楽」といえば,「野外の音楽」という印象があったのですが,この第3組曲だけを切り取って演奏することで,曲の別の面を見せてくれたのがとても面白いと思いました。

前半の最後では,バッハのフルート,ヴァイオリンとチェンバロのための協奏曲 イ短調, BWV1044が演奏されました。ブランデンブルク協奏曲第5番と同様の編成の協奏曲で,ソリストとして加わった,フルートの岡本さんとヴァイオリンのヤングさんが,繊細さとやさしさのある音楽を聞かせてくれました。各楽器とも,フレーズをたっぷりと歌わせるというよりは短く切るような感じですっきりと聞かせていました。フルートはかなり控えめな感じでした。

ただし,さすが「大バッハ」ということで,曲全体としては,音楽の高級感が増し,ズシりとした聞きごたえも感じました。短調の曲なので,全体的に荘重な雰囲気もあったのですが,特に北谷さんのチェンバロが大変鮮やかだったので,曲全体が品の良い装飾で,くっきりと縁取りされているようでした。

第2楽章は協奏曲というよりは,トリオ・ソナタという感じなり,バランスの取れた落ち着きのある小宇宙といった演奏が続きました。ヤングさんのヴァイオリンのピツィカートが心地よく響き,永遠に続いてほしいような気分になりました。

第3楽章では,ブランデンブルク協奏曲第5番同様,かなり長いチェンバロの独奏部分が入り,北谷さんの鮮やかな技巧を楽しむことができました。

後半最には,ミルコ・ラザールというスロヴェニア出身の現代の作曲家(1965年生まれ)による「ヴァイオリンとチェンバロのためのバレエ組曲」の中から数曲が演奏されました。これも素晴らしい作品でした。この曲だけは,2014年作曲の「現代音楽」だったのですが,チェンバロとヴァイオリンという編成だったこともあり(オーケストラの定期公演とは思えない編成です),他のバロック音楽と全く違和感なく溶け合っていました。

曲自体,大変聞きやすかったのですが,デリケートな静けさと激しい運動性が美しく交錯するような曲で,集中して楽しむことができました。この曲では,ステージの照明を落とし,奏者2人にスポットライトが当たる形になっていました。その中からチェンバロのシンプルな音が聞こえ,そこにヤングさんの非常にデリケートな高音が加わっていく形で1曲目が始まりました。この音の溶け合い方が絶妙でした。

これと対照的に,技巧的な部分での力感のある演奏も見事でした。特にエネルギッシュな熱さと繊細さとが共存したヤングさんのヴァイオリンが素晴らしく,「ブラーヴォ!」としか言いようのない演奏を聞かせてくれました。どこかエキゾティックな味わいがあったり,クールな雰囲気の部分があったり,飽きることなく楽しませてくれました。息の長い静かな音楽が続く終曲が終わると盛大な拍手が続きました。

OEKの定期公演では,全く初めて聞く曲に対する抵抗感というのが少なく(岩城宏之音楽監督時代以来の伝統のおかげだと思います),良く音楽には盛大な拍手が起きるようになったのが素晴らしいと個人的には思っています。アンコールに応えて,同じ組曲の中から「ラブストーリー」という曲が演奏されました。懐かしさに溢れ,美しい時間がずっと流れていくような,とても良い曲でした。

ヤングさんと北谷さんは,前回の交流ホールでの室内楽シリーズでも,フィリップ・グラスの「四季」で凄い演奏を聞かせてくれましたが,最高のコンビだと思います。是非,また共演を期待したいと思います。「何かやってくれる」2人ですね。

ここまででも十分に刺激的な演奏会だったのですが,後半最後に演奏された,ラモーの叙情悲劇「アバリス,またはボレアド」組曲では,予想を超える演出で楽しませてくれました。ラモーの音楽自体,とても分かりやすかったことに加え,ステージ上の照明を変化させることで,ステージ全体から自然なドラマが伝わってきました。

この曲については,OEKの編成はほぼフル編成になっており,序曲ではどっしりとした響きを聞かせてくれました。最初のハイニヒェンの曲同様,ホルンの音が曲全体をさらに華やかに彩っていました。

それ以降の曲では,会場の照明の色合いをかなり大胆に変えていました。その中で強烈だったのが,「ロンド形式のコントルダンス」でした。「ロンド」ということでパーカッションの刻む太鼓(なんという太鼓でしょうか?ビゼーの「アルルの女」とかに出てきそうな感じの中太鼓)のリズムに乗って,OEKメンバーが立ち上がり(というか最初から立っていたのですが。気のせいかチェロ奏者も立っていたかも?),体を自由に動かし始めました。照明がドギツイ赤だったので,お酒に酔ってコントルダンスを踊る,という演出だったように思えました。

赤い照明の下,ちょっとエゾティックな音楽に乗ってうごめいているだけでも,面白かったのですが,そのうちに管楽器奏者が打楽器奏者と一緒に下手側から退場していきました。それでも音楽は続き,そのうちに上手側から戻ってきました。この楽しさと狂気とが混ざった不思議な雰囲気は...便利なので,ついつい使ってしまいたくなる言葉ですが...「びっくりぽん!」でした。OEKは,井上道義さんの公演を中心に,過去色々なパフォーマンスをしてきましたが,その中でも特に面白い演出だったと思います。ちょっと夢に出てきそうな感じのインパクトがありました。

次の曲では,照明が冬のようなイメージに変わりました。ウィンド・マシーンを使って風の音を表現していましたが,どこかヴィヴァルディの「四季」に通じるような,分かりやすい具体的な描写力を持った音楽が大変魅力的でした。そして,最後に普通の照明に戻りました。音楽自体のコントラストも素晴らしく,この部分での平和そのものの音楽の美しさが弾き立っていました。特に弦楽器の美しさが大変感動的でした。

「アバリス,またはボレアド」自体はここで終わったのですが,その後,おなじラモーの「」のシャコンヌが続けて演奏されました。この日の館内の掲示で,北谷さんの希望で最後に追加しますというアナウンスは出ていたのですが,私を含め,ほとんどの人はどこからがシャコンヌだったのか分からなかったのではないかと思います。それほど,うまくつながっていました。

確かに,先ほどの平和な音楽で十分な終結感があったので,また音楽が始まるのか?という部分もあったのですが,高本さんがバロックギターを華やかに掻き鳴らし,トランペットが加わった華やかな音楽が始まると,この祝祭的な気分も良いなと思いました。ここでは,このトランペットの響きに合わせるように黄色系の照明が使われており(光を感じさせる照明でした),大きく盛り上がって終わりました。

盛大な拍手に応え,アンコールでは,例の「ロンド形式のコントルダンス」が演奏されました。今度は,照明やパフォーマンスなしでしたが,先ほどの楽しい記憶が蘇ってきました。

というようなわけで,個人的には,過去のOEKによるバロック音楽系の定期公演の中でも特に楽しめた演奏会となりました。選曲面,演奏面,演出面...どこをとっても自由なイマジネーションに溢れ,北谷さんを中心に,みんなで一緒に美しい音楽や楽しい音楽を作ろうという意図が伝わってきました。通奏低音を中心とした演奏全体に溢れるエネルギーも素晴らしいものでした。

北谷さんは,先日引退を表明したニコラウス・アーノンクールに師事していた方ですが,そのイマジネーションの豊かさは師の影響を受けているのかなと思いました。是非,OEKの定期公演等に再登場してもらい,またアイデアとエネルギーに溢れた演奏を聞かせて欲しいと思います。

(2016/02/11)




公演の立看板


この写真ではよく分かりませんが,ロビーでのプレコンサートでは,高本さんがバロック・ギターとテオルボを演奏していたようです(到着していた時はほぼ終わったしまっていました。残念。第2ヴァイオリンの江原さんが,聞き手役でした

終演後こんな案内が出ていましたが,これはランチタイムコンサート用の案内でした。

サイン会では北本直樹さんと高本一郎さんからサインを頂きました。今回の公演がとても素晴らしかったので,会場で2枚CDを買ってしまいました。

北本さんのサインは,クープランのチェンバロ曲集です。クープランと言っても,ルイ・クープランということで,有名なフランソワ・クープランのおじさんに当たる人です。会場特価(?)1200円ということで購入してしまいました。


高本さんのCDの方は,「シャコンヌ・オリエンターレ」というタイトルのアルバムで,高本さんの自作が11曲収録されています。楽器編成は多様なこともあり,どのジャンルに入るのか,なかなか無地かしいクロスオーバーな雰囲気があります。

高本さんは主にリュートを演奏しているようです。部屋の中で一人で静かに聞くのにぴったりな心地よい音楽が集められていました。ジャケットの方もかつてのLPレコードを思わせるような紙ジャケットになっているのも良いですね。


終演後,チケットボックスの前に行ってみると,ラ・フォル・ジュルネ金沢2016のボードが登場していました。いよいよ春という感じですね。