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オペラ「夕鶴」金沢公演
2016年3月1日(火)19:00〜 金沢歌劇座

團伊玖磨/オペラ「夕鶴」(全1幕,日本語上演)
作:木下順二,演出:市川右近,美術:千住 博,照明:成瀬一裕,衣装:森 英恵
,演出補・振付:飛鳥左近

●演奏
現田茂夫指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
つう:佐藤しのぶ(ソプラノ),与ひょう:倉石真(テノール),運ず:原田圭(バリトン),惣ど:高橋啓三(バス)
児童合唱:OEKエンジェルコーラス



Review by 管理人hs  

3月になったとはいえ,前日に積もった雪が残る中,團伊玖磨の名作オペラ「夕鶴」を金沢歌劇座で観てきました。このオペラについては,「つるの恩返し」を題材としているだけあって,「着物を着た人が方言で歌う,ちょっと泥臭いオペラ」という先入観があったのですが,今回の市川右近演出,佐藤しのぶのつう,現田茂夫指揮OEKによる公演を観て,そのイメージが一新されました。

最初から最後まで,具体的な民家などをイメージさせる大道具はなく,場面ごとに衝立の位置を変え,照明を切り替えることで,イメージを変えていました。市川右近さんが,今回の演出について,「台本の最初に書かれた「いつ,どことも知れぬ場所」を表現するためにこの形を取った」ということを語っていたのですが(鑑賞した日の夜のBS-JAPANで「夕鶴」についての番組を放送。素晴らしいタイミング),生活感が全くなくファッショナブルな雰囲気さえ醸し出すことで,このオペラの本来の意図である普遍性を鮮やかに表現していたのではないかと思います。具体的な大道具がない分,ステージがすっきりと大きく広がり,さらに歌舞伎を思わせる回り舞台を使うことで,滑らかな動きも生まれていました。

特に照明の効果が素晴らしく,前半,つうや与ひょうが歌う場面では,背景全体が星空に包まれ,「スペース・オペラ」といったスケール感たっぷりのロマンティックなムードに包まれました。佐藤しのぶさんの歌を聞くのは,久しぶりだったのですが,「ドレスを着たつう」で,まさにプリマドンナという感じのオーラを振りまいていました。声の方はちょっとヴィブラートが大きいかなと感じたのですが,常にドラマを秘めた歌は,聞きごたえ十分でした。

このオペラは「全1幕」ということですが,途中,休憩が入りましたので,実質,2幕構成で上演されました。まず幕が開くと(久しぶりに臙脂(えんじ)色の幕を見ました。オペラ的な気分が盛り上がって良いものです。),夕暮れをイメージさせるような色合いの広々としたステージが広がっていました。

堂々とした音楽は,一時代前の古い映画の開始のようで,ちょっと古めかしい印象でしたが,ステージ全体で昔ながらの日本の山村の風景を鮮やかに抽象化した感じになっており,野暮な感じはしませんでした。

登場する人物の衣装もファッショナブルでした。最初のシーンでは,OEKエンジェルコーラスのメンバーが「近所の子ども」役で登場し,童歌を歌います。その衣装が特にファッショナブルかつカラフルで,シンプルな舞台の中での良いアクセントになっていました。今回は11人のメンバーが登場していましたが,それぞれに違った色の衣装(雪ん子といった感じで頭からフードを被っていました)を着ており,「つう」を囲んで歌うシーンでは,「白雪姫と7人の小人」的な感じになっていたのが面白いと思いました。

この場では,つうと与ひょうが平和に暮らしている時間を象徴するかのように「かごめかごめ」などが次々歌われ,このオペラの基調の一つである,「けがれのない世界」というのを表現しているようでした。團伊玖磨さんといえば,「花の街」という曲(江間章子作詞)を思い浮かべるのですが,今回のステージでも子どもたちは輪になって踊り歌っていたので,この曲に出てくる「輪になって 輪になって」という歌詞と重ね合わせて聞いてしまいました。

つうが最初に登場する場では,いきなり高い音から始まります。佐藤しのぶさんのこの作品についてのインタビュー記事(北國新聞)の中で,「つうは大変な難役である。最初の音から作曲家の思いが込められている」といったことを語っていましたが,この最初の一音で,「鶴」から「女房」へと変わっていく過程を感じさせてくれました。

最初の幸せな色合いに続いて,「運ず」と「惣ど」の悪役2人が登場し,ステージの照明も暗く鋭い感じに一変します。この悪役2人については,「ものすごい悪役」というほどではなく,ドラマ全体の中でもそれほど強いインパクトはなかったのですが,オペラ全体の第2主題といっても良い「大人の世界」をしっかり印象づけていました。この2人の中では特に惣ど役のバスの橋啓三さんの声の迫力が素晴らしいと思いました。

オペラ前半では,途中からつうと与ひょうが出ずっぱりになり,2人の心情の綾が切々と歌われます。背景が抽象的なので,音楽と歌詞(字幕も付いていましたが,見なくてもしっかりと聞こえました)の世界にしっかりとはまることができました。

最初に書いた通り,本当に2人の場面が長く,聞きごたえがあったので,ちょっとワーグナーのオペラに通じるムードがあるのでは,と思ったりました。佐藤さんの歌や立ち姿全体から出てくるスケール感ともぴったりでした。

それにしても,つうの歌詞については「私だけを愛して」といった,聞きようによっては結構我がままな内容が続きます。今はやり(?)の異類婚姻譚的要素もあるので,泉鏡花の物語に出てくる「魔性の女」的な性格も持っているのでは,と感じました。そう考えると,今回の佐藤しのぶさんの妖艶な雰囲気も納得という感じです。

その後,「機織りの場」になりますが,この部分の音楽も印象的でした。ハープの鮮やかな音とパーカッションが組み合わさり,わくわくさせるようなファンタジーの世界を作っていました。これがずっと繰り返されるうちに,段々と緊迫感が出てきて,例の「見るなのタブー」を破ることになります。

この部分では,衝立に鶴のイメージを一瞬投影することで,「見てしまった」ことを表現していました。そこで衝立を開くと「つう」はいなくなっており,雪原が大きく広がっているという演出で,鮮烈でドラマティックな効果を上げていました。この雪原のイメージも見事でした,

倉石真さんの演じる「与ひょう」は,素朴で欲のない子どものようなキャラクターなのですが,その声が雰囲気にぴったりでした。いなくなった「つう」を探しながら,「つー,つー」と切なく歌うシーンで前半の幕が閉じました。この倉石さんの声自体が,鶴の鳴き声のようにも響いていたのが面白いと思いました。

後半は前半よりは短く,間奏曲が入った後,30分程度の長さでした。作品全体の構成としては,シンメトリカルで,つうと与ひょうの別れの場が中心です。つうが,文字通り身を削って命がけで織った織物2枚を手渡すのですが,そのうちの1枚は都での販売用というのが泣かせるところです。つうはステージ奥に向かって歩き,衝立を効果的に使って,一瞬のうちに消えてしまいます。

最後は,ステージ全体が最初の場面と同様の色合いに戻り,再度,OEKエンジェルコーラスのメンバーによって,わらべ歌が踊り歌われます。エンジェルコーラスは,過去何回かオペラに出演していますが,今回はいちばん出番が多く,しかも重要な役割を演じていました。暖かみのある声が素晴らしかったと思います。

最初の場面とおなじ曲だったのですが,そのことにより「つうだけがいない」という不在感が際立っていました。そこに,与ひょう役の倉石真さんの「つぅ〜,つぅ〜」という痛切な(ゴロ合わせみたいですが)声が重なり,何ともいえぬ哀感が出ていました。

しかし,最後,「あっ鶴だ」「よたよたと飛んでいく」といった歌詞が出てきて,音楽が少し明るくなると,別れの場面なのだけれども,何か希望が出て来たような気分になりました。こういう複雑な情感は,言葉だけでは表現できず,音楽ならではの表現だと思いました。

そして,最後はエンジェルコーラスのメンバーをはじめ,ピタッと動作を止め,「絵のような感じ」を保って幕となりました。この歌舞伎を思わせる終わり方も素晴らしいと思いました。

この最後の場をはじめ,今回のステージの視覚的な美しさは素晴らしかったと思います。プロジェクションマッピングを観るように,色彩が自在に変わったり,ホリゾントの部分に子どもたちの影が切り絵のように映ったり,どこをとっても「絵になる」舞台でした。チラシには,「美術:千住 博,照明:成瀬一裕,衣装:森 英恵=ドリームチーム」と書かれていましたが,確かにそのとおりだと思いました。

ドラマ全体としては,「大人の世界=お金への欲」と「子供+つうの世界=美しいものが最高」のすれ違いを,「子供+つう」の側から描いていたと思うのですが,そうは言われても,今の世の中,お金なしでは生きてはいけないのも事実です。このオペラを観るのにもお金を払っているのですが,この作品を観ている間だけは,現実を忘れさせてくれる。そういう作品だったのかもしれません。

金沢歌劇座の方は,平日の夜ということで,私が居た2階席はかなり空席が目立ちましたが,熱心が観客が多かったようで,終演後は,熱い拍手が長く続いていました。カーテンコールの間に1階席まで降りてみたのですが,さすがにステージは大変見やすく,歌手の表情もとてもよく見えました。

安定感抜群でしっかりとオーケストラを鳴らしていた現田茂夫さん指揮OEKによる演奏も含め,大変完成度の高い上演だったので,機会があれば,是非もう一度(今度はもっと間近で)見てみたいものです。

PS. 團伊玖磨作曲の「花の街」のことを上で書きましたが,ちょっと混同してしまうのが,「花のまわりで」という曲です。調べてみると,こちらは,大津三郎作曲で,詞は,同じ江間章子さん作詞でした。この曲の歌詞で「ロンド」という言葉を初めて知った記憶があります。ロンドについては「輪舞曲」と日本語では呼ばれたりしますが,そのイメージにぴったりの曲なのではないかと思います。

PS2. 子どもたちが,つうを呼びかける時,「おばさ〜ん,おばさ〜ん」と繰り返していましたが,ファッショナブルな衣装を着た,佐藤さんに呼びかけるにはちょっと違和感を感じました。ただし...「奥さん,奥さん」「おねえさん,おねえさん」...いずれもさらに変ですね。やはり,「おばさん」というしかないかな。

(2016/03/05)




公演のポスター


公演前の金沢歌劇座


終演後,金沢21世紀美術館を眺めながら帰宅