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春が来た!かほく市スプリングコンサート2016
石川県西田幾多郎記念哲学館リニューアル1周年記念
2016年3月3日(木)19:00〜 石川県西田幾多郎記念哲学館

ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第12番変ホ長調,op.127
シューベルト/弦楽四重奏第15番ト長調,D.887

●演奏
松井直,上島淳子(ヴァイオリン),石黒靖典(ヴィオラ),大澤明(チェロ)



Review by 管理人hs  

たまたま見かけた公演のポスターとプログラムに反応して,西田幾多郎記念哲学館で行われた,大澤明さんを中心としたオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の弦楽四重奏の演奏会を聞いてきました。

そのプログラムですが,前半がベートーヴェンの弦楽四重奏曲第12番,後半がシューベルトの弦楽四重奏曲第15番という,それぞれの作曲家の後期の弦楽四重奏曲の大曲2曲を組み合わせた重量感たっぷりのものでした。特にシューベルトの方は,チェロの大澤さんによると「37年間ずっと演奏したかった曲」とのことです。

大澤さんのトークによると,この公演のために9カ月準備をしたとのことです。西田記念館のホールは響きがデッドで,残響がほとんどないのですが,その分,演奏全体がキリっと締まった感じに聞こえました。両曲ともサラサラと流れすぎることなく,両作曲家の最晩年の作品に相応しい,「意味深さ」をじっくりと感じさせてくれました。

前半に演奏された,ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第12番は,第1楽章の最初の和音から,深い思索を感じさせてくれました。大澤さんは「弦楽四重奏は固定メンバーで継続しないとなかなかうまく行かない」と語っていましたが,一つの楽器のようにしっかりと響く和音を聞いただけで,今回のメンバーのチームワークの良さを感じました。

第1ヴァイオリンはOEKのコンサートマスターの松井直さんでしたが,そのすっきりとした美音が特に印象的でした。さらさらと流れすぎず,常にどこかモノを思って居る感じがありました。

第2楽章は,第9交響曲の第3楽章の別バージョンといった感じの楽章です(作品番号は,第9が125で,この曲が127と2番違い)。この楽章もまず,チェロ,ヴィオラ,第2ヴァイオリン,第1ヴァイオリンと楽器が一つづつ加わっていくような独特の出だしが印象的でした。その後,天国的な気分が静かに続きます。4人による語らいの音楽という感じでした。第3楽章は,一転して軽妙なスケルツォ楽章になります。今回のホールだと特に引き締まって聞こえました。

第4楽章では,各メンバーの力強い演奏が印象的でした。ゴツゴツとした感じがあり,いかにもベートーヴェンらしい聞きごたえを感じさせてくれました。その中に,どこか謎めいたところがあるのは,後期のベートーヴェンならではだと思いました。

後半のシューベルトの方は,第1楽章から「晩年のシューベルト」らしく,この世のものではない世界に片足を踏み込んでいる雰囲気がありました。シューベルトの弦楽四重奏といえば,第14番「死と乙女」の方が圧倒的に有名で,15番の方は,ちょっと長過ぎるかなといったところもあるのですが,この「晩年のシューベルトならではの雰囲気」は,大変魅力的です。

演奏前の大澤さんは,「アルバン・ベルク四重奏団が引退前,最後に取り上げたのがこの曲。演奏家はたまにこういう曲をやらないと腐ってしまう(何かとても含蓄のある言葉ですねぇ)」といったことを語っていました。今回の演奏も,この曲に対する思いがしっかりと伝わってくるような演奏でした。

第1楽章をはじめとして,トレモロが頻繁に出てきて,特定のモチーフを何回も何回も繰り返したりする部分が多いのが特徴で,その積み重ねによって,大交響曲のようにスケールの大きな音楽を築いていくような雰囲気がありました。このトレモロの感じには,どこかブルックナーの交響曲を思わせるような「原始霧」といった奥深さがあると思いました。

第2楽章にはメランコリックで,しみじみとした気分がありましたが,途中で暗転して凄味のある音楽になるのが印象的でした。激しさと平静さとが交錯しながらも,じっくりと聞かせてくれました,

第3楽章はスケルツォ楽章で,キリッと締まった音楽ですが,明るくなりすぎることはなく,ここでも執拗にモチーフを積み重ねていく構築感がありました。トリオの部分は反対に大らかな感じがあり,たっぷりと聞かせてくれました。

第4楽章は,いかにもシューベルトらしいフィナーレでした。「死と乙女」の最終楽章と少し似た感じがあるのですが,ちょっとエキゾティックなムードがあり,同じフレーズの繰り返しがさらに多い感じでした。今回の演奏は,じっくりとしたテンポで明暗の交錯をじっくりと聞かせてくれました。モチーフの中には,ベートーヴェンの「運命のモチーフ」のようなものもあり,ベートーヴェン的な音楽への指向がある気もしました。

最後は,「ジャン,ジャン」という力強い音で,聞きごたえ十分のプログラムをがっちりと締めてくれました。特にシューベルトの15番の方は,一度実演で聞きたいと思っていた曲だったのですが,やはり素晴らしい作品だと再認識しました。

ちなみにアンコールはなしでしたが,「この2曲だけ」で正解だったと思いました。

前半,後半とも40分ぐらいかかる2曲というのは,室内楽の演奏会としては異例でしたが,「是非この曲を演奏したかったという」気持ちがしっかりと伝わってくる見事な演奏だったと思います。大澤さんを中心としたOEKメンバーはこのホールの常連で,毎年,クリスマス頃に演奏会を行っているとのことです。是非また,今回のような歯ごたえのある弦楽四重奏曲に挑んで欲しいと思います。

PS. プレコンサートは,公演15分ほど前から哲学館のホワイエで行われました。こちらの方は残響たっぷりで,シューベルトの弦楽四重奏曲「ロザムンデ」の中から,有名な第2楽章がたーっぷりと演奏されました。まさに至福の時間でした。是非,この弦楽四重奏曲についても,機会があれば全曲を聞いてみたいものです。

(2016/03/05)




公演のポスター


プレコンサートは,この場所で行われました。


下から見るとこんな感じ。何か哲学的な空間です。


書道展もやっていました。「無」「道」「真理」というのは,哲学館ならではですね。