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ミルオトキクカタチvol.3 板橋廣美「白磁の世界」コンサート1
バッハの無伴奏作品を道標に巡る調性の旅6
2016年3月12日(土)14:00〜 石川県立音楽堂交流ホール

バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ長調, BWV.1005〜第4楽章アレグロ・アッサイ
バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調, BWV.1001〜第1楽章アダージョ
イザイ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第5番ト長調
バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調, BWV.1004〜シャコンヌ
イザイ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調
バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調, BWV.1003〜第4楽章アレグロ
パガニーニ/カプリース〜第24番イ短調
ベリオ/セクエンツァVIII
バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調, BWV.1006〜第3楽章ガヴォット
イザイ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第6番ホ長調
バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第1番ロ短調, BWV.1002〜第3楽章サラバンド
(アンコール)バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ長調, BWV.1005〜第3楽章ラルゴ(ヘ長調)
●演奏
岡本誠司(ヴァイオリン)



Review by 管理人hs  

北陸新幹線が金沢まで開通して1年。JR金沢駅周辺では,1周年記念イベントをいろいろ行っていましたが,その混雑を抜けて,石川県立音楽堂交流ホールで行われた,ミルオトキクカタチvol.3 板橋廣美「白磁の世界」コンサートを聞いてきました。

ミルオトキクカタチというのは,美術作品が並べられた会場内でアーティストがそのイメージにインスパイアされてクラシック音楽を演奏するという,美術と音楽のコラボ企画です。聴衆も同じフロアで聞く点も他の演奏会にはないもので,交流ホールならではといえます。今回で3回目になります。

この演奏会は2日連続で行われ,その1日目の方を聞いてきました。今回は,板橋廣美さんの作った「白磁」の作品が並ぶ中,若手ヴァイオリニストの岡本誠司さんがバッハの無伴奏作品を中心に,ヴァイオリン独奏曲ばかりを約90分間演奏しました。

その演奏は本当に素晴らしいものでした。まず,演奏された曲が,ハ調,ト調,二調,イ調...と5度ずつ基音が上がっていくように配列されているのが面白く,今回のプログラムで全体で1枚のコンピレーション・アルバムになると思いました。バッハの無伴奏ソナタとパルティータは全部で6曲ありますが,それぞれから1楽章ずつ抜き出し,さらにイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタやパガニーニのカプリースなどを加えることで,無伴奏ヴァイオリンのための作品のベスト・アルバムのような感じになっていました。

そこにベリオのセクエンツァも加わることで,プログラムに変化ができ,今回のサブタイトルどおり「調性の旅」という感じになっていました。

岡本さんは,第19回ライプツィヒ・バッハ国際コンクールで1位になった方で,昨年のラ・フォル・ジュルネ金沢に出演しています。その音楽には常に落ち着きがあり,技巧的な部分でも音楽が乱れるところが全くなく,バッハの音楽の品格の高さのようなものを感じさせてくれました。

最初に演奏されたバッハのソナタ第3番の最終楽章はハ長調ということで,旅のスタートに相応しい清々しい華やかさがありました。次のソナタ第1番のト短調は,この6曲の曲集の最初の楽章ということで,よく聞いたことのある曲です。最初の曲に比べると,グッと気分が落ち着き,美術と音楽の旅に引き込んでくれました。

続いて,一旦バッハから離れ,イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第5番ト長調が演奏されました(この曲だけは2楽章構成でした)。イザイの6曲のソナタ集は,その曲数からして,バッハの曲からヒントを得て作られたものですが,さらに技巧の幅が広がり,華やかさが加わっていました。バッハとの対比も面白く,プログラムの中のよいアクセントになっていました。

その後に続いたのが,前半のクライマックスといっても良い,バッハのパルティータ第2番の中の有名なシャコンヌ(ニ短調)でした。この日演奏された曲の中でもいちばんの大曲だったと思いますが,岡本さんは,大げさになり過ぎることなくストレートに質実な感じで演奏し,センチメンタルな甘さはありませんでした。しかし,変奏が進むにつれて,自然に感情の動きが出てきます。途中の静かな部分では,しみじみとした優しさが流れるなど,内面のドラマを感じさせてくれました。

前半の最後は,イザイのソナタ第3番ニ短調でした。この曲は「バラード」のタイトルでも知られる曲で,アンコール・ピースとして何回か聞いたことがあります。シャコンヌと同じ調性ということで,違和感なくつながるのが面白いと思いました。ミステリアスな気分に激しさが加わり,この曲でも,聞きごたえのあるドラマを感じさせてくれました。

後半は,バッハのソナタ第2番イ短調のアレグロ楽章で始まりました。くっきりとした,キレの良い演奏で,若々しさとセンスの良さを感じました。

その後,パガニーニのカプリース第24番イ短調になります。この曲も大変有名な曲ですが,前曲と同じ調性だったので,その勢いを維持したまま,鮮やかに聞かせてくれました。パガニーニについては,「悪魔的」といったキャッチフレーズで呼ばれることがありますが,そういったドロドロとした感じはなく,爽やかに聞かせてくれました。変奏が進むにつれて違った技巧が出てくるので,「技のデパート」といった感じの曲なのですが,それでも浅い印象はなく,バッハのシャコンヌと共通するような気分を感じました。

さて,続いて演奏されたのがベリオのセクエンツァVIIIでした(イ短調?)。セクエンツァは,いろいろな楽器の独奏用にベリオが書いたシリーズで,第8番がヴァイオリン独奏のために作品です。この曲だけが20世紀後半に作曲されたものなので,違和感があるかな,とも思ったのですが,このアーティスティックな雰囲気の中だと,「調性の旅」の中の「核」の一つとしてしっかりハマっていました。

作品は,同音反復や同じフレーズの繰り返しが続く部分と大きく変化しながら激しく盛り上がっていく部分とが交錯するような感じで,大変面白く聞くことができました。最初の方のヴァイオリンの音の連続がどこか踏切りの音のように聞こえたり(「スギテツ」というヴァイオリンとピアノのデュオ・グループ辺りが演奏していそう?),中間部ではもの凄い速さで細かい音型を演奏したり,音そのものの多彩な変化と圧倒的な迫力をダイレクトに感じることができました。

余談ですが,この曲では譜面台いくつも並べ,横に長〜く楽譜を並べていまいた。恐らく,めくっている暇もないのでしょう。演奏が進むにつれて,上手から下手側へと移動していましたので,丁度,ミュージック・プレーヤーのスライドバーを見るように,曲の進捗状況が分かりました。これも楽しかったですね。

次に演奏されたのは,バッハのパルティータ第3番の中の有名なガボット(ホ長調)でした。ここでも前曲との「対比の妙」を楽しめました。激しく,ちょっと疲れる感じの曲の後に,おなじみのメロディがスッと出てくると,ホッとします(ホッ長調ですね。失礼しました)。

シャコンヌのようなのような規模の大きな曲も素晴らしかったのですが,ガボットなどの短めの曲での繊細でキリッと締まった演奏でのセンスの良さも印象的でした。すっきりと垢が落ちているような新鮮さのある演奏でした。

続いて,イザイの第6番ホ長調です。この曲も同じ調性でしたが,大変ダイナミックで伸びやかな世界が広がっていました。一瞬,ハバネラのリズムが出てた後,華麗に終わりました。

「旅」の最後は,バッハの世界に戻りました。最後に演奏されたパルティータ第1番のサラバンドは,ロ短調でしたが,一回りして自宅に戻って,一息ついている,といった感じの安心感を感じました。

最初のハ長調の曲のシンプルな晴れやかさの後,色々な形で「旅」が進むのですが,それが,少年から大人へと変わっていく「人間の成長」のようにも感じられました。この日,岡本さんは譜面を見ながら演奏されていましたが,バッハの時は上手側,イザイの時は下手側,ベリオの時は中央,という形で演奏場所を移動していたのも,「旅」を連想させるものでした。

アンコールでは,バッハの無伴奏シリーズの中から,ヘ長調の曲が演奏されました。今回の調性の並びは,C→G(#)→D(##)→A(###)→E(####)...と五度圏を時計回りに進む配列になっていましたが,ヘ長調については,この五度圏を反対に回る形になります。


出典:ウィキペディアの「5度圏」の項目

逆の発想のプログラムもありなのかな,と思いながら,ヘ長調の優しい世界に浸って演奏会は終わりました。

岡本さんは,まだ音楽大学の3年生なのですが,これだけの内容の濃いプログラムを,高いレベルで弾きこなし,プログラム全体として聞きごたえのある音楽を聞かせてくれたのは本当に素晴らしいと思いました。まわりの作品の雰囲気にぴったりの知的な雰囲気を持ちつつ,神経質になるところはなく,どの曲でも新鮮な音楽を楽しませてくれた点で,既に完成されたヴァイオリニストだと感じました。

是非今度は,金沢でバッハの無伴奏の「全曲の旅」を聞かせて欲しいものです。



以下は今回の会場の様子です。撮影許可されていましたが,掲載に問題がありましたら,お知らせください。







演奏会後,交流ホールから,もてなしドームの方に行ってみました。前回の「ミルオトキクカタチ」の写真が飾ってありました。


「ようこそ金箔のまち,金沢へ」のオブジェ



北陸放送主催のイベントを行っていました。アナウンサーの等身大の写真パネルが出ていました。


イベントは終了間際でしたが,鉄道模型コーナーは賑わっていました。大人の方が楽しんでいたかも?




以下は,演奏会前のもてなしドームです。北陸新幹線開通1年を記念する音楽イベントをやっていました。この時は,JR金沢駅の関係者の皆さんが合唱曲を歌っていました。

はっきりとは写っていませんが,石川県音楽振興事業団の山田正幸さんが指揮されていたようです。

JR金沢駅では,フォトコンテストのようなことをやっていました。




JR金沢駅内の郵便ポストのキャラクター「郵太郎」の着ぐるみも登場。今回初めて見ました。


(2016/03/19)




公演のポスター


2日目は鶴見彩さんのピアノとラ・ムジカの皆さんによる合唱でした。

交流ホールな内に置いてあった公演チラシ


入口付近には,板橋さんの作品のスライドが投影されていました。