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オーケストラ・アンサンブル金沢 第374回定期公演フィルハーモニーシリーズ
2016年3月16日(水) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) 武満徹/ノスタルジア:アンドレ・タルコフスキーの追憶に(1987)
2) シューマン/チェロ協奏曲イ短調, op.129
3) (アンコール)バッハ,J.S.(シャーマン編曲)/無伴奏チェロ組曲第5番〜サラバンド
4) (アンコール)バッハ,J.S./無伴奏チェロ組曲第3番〜プレリュード
5) (アンコール)古いアルメニアの歌
6) ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調, op.55「英雄」

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-3,6,マリオ・ブルネロ(チェロ)*3-5



Review by 管理人hs  

今年も早くも3月半ばとなり,何かと慌ただしい年度末になりつつあります。その中,仕事の疲れを引きずりつつ,井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演を聞いてきました。ソリストは,OEKと久しぶりに共演する,チェリストのマリオ・ブルネロさんでした。

プログラムは,武満徹のノスタルジア,シューマンのチェロ協奏曲,そして,ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」ということで,OEKの編成にぴったりの内容でした。演奏も,「さすが井上音楽監督!」という感じの堂々としたスケール感とくっきりとした明快さとがブレンドした,見事な演奏ばかりでした。シューマンの協奏曲での自在さと円熟味を感じさせるブルネロさんの演奏も印象的でした。

最初に演奏された,アビゲイル・ヤングさんのヴァイオリン独奏をフィーチャーした武満徹のノスタルジアを聞くのは,昨年9月の岩城宏之メモリアル・コンサートに続いて2回目ですが,今回も熟練の演奏を聞かせてくれました。

井上道義さんは,ステージの照明にも気を使われることが多いのですが,この演奏の時は照度を少し暗めに落とし,視覚的にも落ち着いた気分を出していました。独奏とオーケストラとが一体となって,ゆったりとした暖かみのある音楽を作り,それぞれが絵画の遠景と近景のように埋もれたり,浮き上がったりするのが大変詩的でした。晩年の武満作品らしく,最後は「心地よい調性の海へ」といった感じでしたが,それぞれの音が映画を観るように(タルコフスキーの作品のイメージでしょうか?),ゆっくりと動いていくような,映像作品を見るような面白さもあると思いました。武満さんの思い描いた「音の世界」にしっかり浸らせてくれるような演奏でした。

続いて,マリオ・ブルネロさんが登場しました。個人的にブルネロさんといえば,「若手チェリスト」という印象をずっと持っているのですが(チャイコフスキー・コンクールで優勝後,1980年代後半に初来日した時のテレビ放送の印象がなぜか印象に残っているからです。),そんなわけはありません。髪の色が「ミッシャ・マイスキーぐらい」になっており,演奏の方も円熟味を増していました。

シューマンのこの協奏曲は,ロマンティックな表情と渋さとが同居しており,ちょっと親しみにくい曲だなと思っていたのですが,今回のブルネロさんの演奏を聞いて,「これは良い曲だ」「ブルネロさんの演奏も曲想にぴったり」と思いました。どうも私自身も歳を取ってきて,曲に波長が合ってきたのではないかと思います。「死の影」というか「老いの影」のようなものを感じさせつつも,熱く歌おうとする感じに妙に共感してしまいました。

第1楽章の冒頭からブルネロさんの演奏に暗さはなく,しっかりとしたよく通る音を聞かせてくれましたが,外に大きく気分を発散するというよりは,じっくりと内面に入り込んでいくような奥深さを随所で感じました。途中出てくる第2主題など,一音一音噛みしめるような深い味わいがありました。それとがっぷり四つに組んだ,OEKの演奏も聞きごたえがありました。千両役者を支えるような充実したサポートでした。

第2楽章は,チェロ協奏曲なのにオーケストラの首席チェロ奏者とハモるというのが独特で,その室内楽的な雰囲気が魅力です。この日は,OEKのカンタさんとの重奏で,味わい深い歌を聞かせてくれましたが,重苦しくなることはなく,常に流れの良さを感じさせてくれました。楽章の後半では,第1楽章のメロディが再現します。公演プログラムで響敏也さんが書かれていたとおり,この日の選曲のポイントは「追憶,ノスタルジア」だったのかもしれません。ブルネロさんの音には,常に物語やドラマが内包されているような気がしました。

第3楽章は,暗く決然とした感じで始まりますが,ここでも重苦しくなることなく,軽やかさが感じられました。曲の最後に向かい,しなやかな歌が続くのですが,この辺は,イタリアのアーティストらしいと思いました。カデンツァには,オーケストラの「合いの手」も入っていましたが,そのやり取りも含め,大変堂々としており,巨匠的な風格を感じさせつつ,全曲をバシッと締めてくれました。

演奏後,盛大な拍手に応え,ブルネロさんは,何とポンポンポンと3曲もアンコールを演奏してくれました。

最初に演奏されたのは,バッハの無伴奏チェロ組曲第5番のサラバンドを弦楽合奏伴奏付きに編曲したものでした。バッハのこの曲集については,「無伴奏の魅力」があるので,雰囲気がちょっとセンチメンタルになってしまっている気もしましたが,全体の透明感が際立つ部分もあり,オーケストラ公演のアンコールには,ぴったりだと思いました。

2曲目は同じ組曲中の第3番のプレリュードが,オリジナルどおり無伴奏で演奏されました。本当に自由自在の即興性と勢いに満ちた演奏で完全に手の内に入っていました。

まさかのアンコール3曲目ですが,ブルネロさんが「Old Armenian Song」と言った後(このように聞こえました),大変不思議な雰囲気の曲の演奏が始まりました。チェロの音とは思えないような,ちょっと霞がかかったような音でミステリアスな音楽が演奏されました。

この曲ではOEKのチェロの大澤さんが伴奏で演奏に加わっており,同じ低音をずーっと小さな音で持続していました(ドローンというやつですね)。聞いているうちに,モンゴルのホーミーのような感じで,弦楽器というよりは,笛の音を聞いているように感じられたのが面白いと思いました。東欧のチェロの曲では,コダーイの無伴奏曲が有名ですが,それよりさらに東に足を延ばすとこんな感じになるのか,という曲でした。

ブルネロさんとOEKは,東京公演を行った後,3月末に韓国のトンヨン国際音楽祭に出演予定ですが(ブルネロさんは指揮も担当するようです),この調子でインパクトのある演奏を行ってくれそうです。

後半は,ベートーヴェンの「英雄」でした。井上道義さん指揮の「英雄」といえば,ラ・フォル・ジュルネ金沢が始まった2008年,あの超満員の公演が続出した伝説的な年に,ステージ上の補助席で聞いて以来のことです。

このところ,井上さんは他のオーケストラと,ブルックナーやショスタコーヴィチの大交響曲を次々と取り上げていますが,今回の「英雄」も,その原点になるような大交響曲としての演奏だったと思いました。

第1楽章冒頭の2音から,OEKの雄渾でクリアな響きが見事でした。すべての音がしっかり磨かれ,さらに,しっかりと鳴り切っており,無理のないテンポ感ともに,「英雄らしい英雄だなぁ」と感じました。井上さんの指揮は,気持ちの良い音の流れを重視しながら,時々,楔を打ち込むように「英雄」交響曲ならではの強烈なアクセントや溜めを入れ,全曲を通じて心技体のバランスの取れた,理想的なバランスを持った演奏を聞かせてくれました。

第1楽章のコーダでは,トランペットが演奏する主旋律を「どう吹かせるか?」がチェックポイントですが,今回はメロディが途中で消してしまうことなく,爽快に鳴らしてくれました。要所で聞かせるティンパニの硬質な強い音とともに,豪快な気分を盛り上げてくれました。

第2楽章は,オーボエの水谷さんのよく通る音が先導した後,じっくりとした息の長い音楽が続きました。ここでも木管楽器を中心とした澄み切った響きも印象的でした。中間部は,第1楽章同様,気持ちよく音を鳴らしていましたが,次第に深く沈み込んでいき,フーガになる部分などでは,大変感動的な雰囲気になっていました。

第3楽章も,大変堂々としたスケルツォでした。軽やかなリズムと勢いを感じさせつつも,全体としては線の太い安定感を感じました。トリオでのホルンの三重奏は,最初のパパーン...という部分をちょっと気取った感じで吹かせていました。ヒロイックな歌わせ方は井上さんならではの格好良さだと思いました。

第4楽章も堂々とした変奏曲でした。清潔感と緻密さのある弦楽合奏を皮切りに,各パートがソリスティックに自在に動いていました。井上さんの手足のようになっているのか?各楽器が自律的に動いているのか?そのどちらでも良いように思えてくる自然さがありました。木管楽器の中では,松木さんのフルートの音が,相変わらず清々しく,よく通る音で印象的でした。

コーダ付近では,ホルンが大きく歌い上げる部分が,個人的「チェックポイント」なのですが,見事に聞かせてくれました。第1楽章のコーダのトランペットもそうなのですが,こういった部分を聞くと,「ソバの食べ方にうるさい「通」が,死ぬ前に「ソバにつゆをたっぷりとつけて食べたかった」と言い残す」という小噺(?)を思い出してしまいます。楽譜に忠実かどうか...といったことはひとまず置いておいて,やりたいことをやりきることの方が重要なのかな,と近頃は,考えてたりします。

最後の部分では,ちょっとテンポをアップし,厳しい表情を保ったまま,力強く締めてくれました。全曲を通じて,細かい部分ではちょっと粗はあったのですが,「ここだ」という要所でティンパニを爽快に響かせるなど,大曲に相応しい豪快さとエネルギーに溢れていたのが素晴らしかったと思います。チラシには「井上道義渾身の英雄交響曲」というコピーが書かれていましたが,確かにそのとおりと感じました。

井上さんとOEKの関係も長くなってきましたが,お互いを知り尽くしたような結びつきの強さを感じさせる演奏だったと思います。それでいて,第4楽章のコーダでの全身全霊を込めたような力強さなど,ルーティーンワークになっていないのも,このコンビならではだと思います。

井上さんの指揮ぶりは,いつも大変流麗ですが,この日のベートーヴェンについては,その流れの良さに,ブレのない正統的な威厳が加わり,どこから見ても立派な演奏になっていました。OEKの定期公演では,「バロック音楽シリーズ」も新鮮ですが,やはり,「OEKのベートーヴェン」は,岩城さん時代,井上さん時代を通じて,レパートリーの核だ,ということを再認識できた定期公演でした。

(2016/03/21)




公演の立看板




終演後,井上道義さんとマリオ・ブルネロさんのサイン会がありました。




パンフレットにサインをいただきました。ブルネロさんのサインの方は,ちょっと加工してサインだけ取り出してみました。チェロの形ですね。