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オーケストラ・アンサンブル金沢 第375回定期公演マイスター・シリーズ 〜ショパンとリスト〜
2016年4月16日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) パヌフニク/カティンの墓銘碑(1967)
2) ルトスワフスキ/小組曲(1950)
3) ショパン/アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ op.22
4) リスト/ファウスト交響曲〜メフィストフェーレ S.108
5) リスト/死の舞踏 S.126
6) リスト/交響詩「前奏曲」 S.97

●演奏
尾高忠明指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:水谷晃),江口玲(ピアノ)*3-4



Review by 管理人hs  

4月14日の夜,熊本を中心とした大地震が起こり,現地では余震が続いている中,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演マイスターシリーズを聞いてきました。今回の指揮者は尾高忠明さん,独奏者としてピアニストの江口玲さんを迎え,ショパンとリストの曲を中心とした東欧の音楽が演奏されました。

今シーズンのマイスターシリーズのテーマは,「ショパンと友人たち」ということで,ショパンの「オーケストラ付きピアノ曲」を必ず入れるルールとなっています。第3回のサブタイトルは,「ショパンとリスト」ということで,リストの作品とショパンの作品を核とした,非常に独創的なプログラムとなっていました。

演奏時間が20分以内の曲ばかりの定期公演というのは,とても珍しいのですが,見事な構成でした。「熊本地震の被災者を元気づけることを思って演奏した」(尾高さんのトーク),というリストの交響詩「前奏曲」での充実した盛り上がりをはじめどの曲も聞きごたえがありました。しかも,演奏された各曲の作曲家相互につながりがあるのが素晴らしいと思いました。

最初に演奏された「カティンの墓銘碑」の作曲家パヌフニク(1914〜1991)は,尾高忠明さんの父上の作曲家で指揮者の尾高尚忠と親交があったポーランドの作曲家。次に演奏された小組曲の作曲家ルトスワフスキはその同時代のポーランドの作曲家で,パヌフニクより1歳年上。ショパンとリストはやはり1歳違いで,どちら東欧出身の作曲家。ということで,飯尾洋一さんが解説で書かれてていたとおり,非常によく考えられたプログラムでした。

パヌフニクの作品は,コンサートマスターのソロの超高音で始まったのが大変印象的でした。今回のコンサートマスターは,ゲストコンサートマスターの水谷晃さん(調べてみると東京交響楽団のコンサートマスターをされている方でした)で,どこか天の高いところから音が降りてくるような素晴らしい音を聞かせてくれました。

尾高さんは,この曲を何回も演奏されている作品とのことです。演奏前,尾高さんはかなり長く動作を止めていました。しばらく黙とうをされていた感じです。色々な思いを込めて指揮をされたのだと思います。

曲はとても分かりやすいもので,木管楽器が中心に動く部分などは,ちょっとラヴェルの「クープランの墓」を思わせるものがありました。タイトル的にも「墓」と「墓銘碑」ですので,意識するところがあったのかもしれません。途中はしっとりとした弦楽器が印象的でしたが,最後はティンパニの強打を中心に時代劇のテーマ曲を思わせる感じで力強く終わりました。この日のティンパニは,客演の菅原淳さんでした。貫禄の一撃という感じでした。

今回のプログラムは,もちろん大地震の発生を予感して組まれたものではありません。聞いてみて,現実に起こっている被災後の光景から演奏会への橋渡しをするような曲だと感じました。

ルトスワフスキという作曲家の作品については,聞く前は難解な印象を持っていたのですが,今回演奏された「小組曲」は,どこかユーモアや暖かみを感じさせるようなところもある聞きやすい作品でした。編成的にはトロンボーン3本,ホルン4本,テューバが加わり,OEKとしてはかなりの大編成でした。

第1曲は小太鼓の刻むリズムの上にピッコロが演奏し,どこか素朴で可愛らしい感じがありました。途中,「春の祭典」そっくりの部分(第1部の最初の方の「春のきざし」のあのリズムです)出てきました。ただし,おどろおどろしい感じはなく,どこか透明感を感じました。

第2曲は軽快に疾走するポルカで,「どこかショスタコ風」でした。第3曲は遠藤さんのクラリネットで始まった後,静かな雰囲気が漂いました。各楽器の練られた音が素晴らしいと思いました。第4曲は途中少し落ち着いた感じにはなりましたが,賑々しく終了。全曲を通じて,ちょっとストラヴィンスキーなどの風味を漂わせながら,健康的に楽しませてくれる演奏でした。

前半の最後には江口玲さんが登場し,ショパンのアンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズが演奏されました。今回江口さんが演奏した楽器は,ホロヴィッツが演奏していた由緒のある楽器(プレトークの時に事務局の岩崎さんが説明されていました)ということで,非常に軽く明快な響きだったのが印象的でした。この曲の雰囲気にぴったりだと思いました。

江口さんの演奏は,慌てるところが全くなく,やすやすと華麗に聞かせてくれました。華麗だけれども高級感があり,全曲を通じてスムーズに優雅に音楽が流れていきました。前半はピアノ独奏で,ホルンの信号の後は協奏曲的になります。オーケストラとの絡みもぴったりで,華麗で大らかな演奏を聞かせてくれました。

江口さんは,いろいろなヴァイオリニストの伴奏者(という書き方は失礼なのですが)のイメージを持っていたのですが,独奏者としても素晴らしい”華”を持った方だと再認識しました。

後半はリストの曲3曲でした。最初の「メフィストフェレス」は,ファウスト交響曲の中の1つの楽章で,メフィストフェレスのキャラクターを表現するように,スケルツォ楽章的な感じで始まった後,最後はどこかワーグナーの曲を思わせるような,崇高な感じで終わっていました。キビキビとした音の動きや各声部の対位法的な絡み合いなど,室内オーケストラならではの良さと同時にロマン派的な華麗さも感じました。何よりも各部分が生き生きしており,尾高さんの思いが伝わるような,大変雄弁な演奏だったと思います。今回,実演では初めて聞く曲でしたが,とても面白い曲だと思いました。

続く「死の舞踏」では,再度,江口さんがソリストとして登場しました。「怒りの日」の有名なテーマに基づく変奏曲なのですが,まず最初に出てくる,鋼鉄を思わせる江口さんのタッチに圧倒されました。この日のOEKは金管楽器や低弦を増強していたので,それと相俟って,圧倒的な力強さを感じました。こういったダイナミックレンジの広さを聞くと,ホロヴィッツが弾いてもこんな感じだったかも,と想像の翼を広げてしまいました。

その後の変奏も大変鮮やかで,江口さんの実力に感服しました。曲の雰囲気としては,ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」を思わせるところがあるなぁと感じました。すっきりとした透明感のある曲も良かったのですが,途中,グリッサンドの連続する部分が出てきて,見ているだけですごいと思いました。遠くから見ると,江口さんはやすやすと弾いているように見えましたが,後日,江口さんのツィッターなどを読むと,やはりこの部分は大変ハードだったようです。それを感じさせないのがプロなんだなぁと実感しました。

後半もさらに名人芸の連続のような部分が続きました。江口さんは,キレ味の良い演奏を音楽の流れに乗って鮮やかに聞かせてくれました。演奏後のOEKメンバーの反応を見ても,「感服しました」という演奏だったと思います。楽々と明るく演奏すればするほど,凄味が出てくる―そういう演奏でした。

最後は交響詩「前奏曲」でした。この曲は名曲の割に,近年は実演でもレコーディングでも冷遇されているところのある曲です。これは,第2次世界大戦中,ナチスの放送のテーマ曲として使われていたことも影響しているようです。編成上の問題もありますので,OEKがこの曲を演奏するのは,恐らく初めてなのではないかと思います。

今回は,上述のとおり,思わぬ地震災害を意識しての演奏ということで,途中の昔を回想するような部分の懐かしさ,コーダの部分での力強さなど,非常に実感がこもっており,最後は力強く立ち上がるという演奏になっていました。

今回の演奏を聞いて,じっくりとストーリーを物語るような味わい深さを感じました。前半は,静かな部分が中心でしたが,神妙過ぎる感じになることはなく,ドラマの世界に静かに誘うようでした。この曲のメインテーマのような感じで,トランペットにファンファーレ風のメロディが何回か出てくるのですが,前半では端正さがあり,それに続くチェロを中心として歌にも,懐かしさが詰まっていました。

途中,オーボエやクラリネットなどが静かに対話するような部分は,昔から何故か好きな部分で,聞いていて懐かしい気分になりました。コーダでは,金管楽器と打楽器が大活躍で,通常のOEKでは聞けないような厚みのあるサウンドを聞かせてくれました。トランペットのヒロイックなファンファーレに加え,シンバルと小太鼓がビシッっと聞こえ,ティンパニがどっしりと響くエンディングが大変感動的でした。スケール感たっぷりに暖かなエネルギーに包まれるような演奏は,尾高さんの人柄を表しているようで,聞いていて元気が出ました。

この日,会場ではOEKメンバーや職員がバケツをもって募金活動を行っていました。OEKは岩城音楽監督時代以来,大規模な自然災害などが起こるたびにバケツ募金を行ってきました。個人的には,金沢と同様の城下町として,熊本城の石垣が崩れる映像を見て心が痛みました。1週間たってもまだ余震が続いているようですが,少しでも早く,通常の生活(例えば,ゆっくりとオーケストラ音楽を楽しめるような生活)が戻ることを祈っています。

(2016/04/23)







公演の立看


青島広志さんによるイラストによるポスター

ラ・フォル・ジュルネ金沢ムードも高まってきています。



熊本地震の募金箱




尾高さんと江口さんのサイン会がありました。

尾高さんのサインは,前回の共演の時のライブ録音CDにいただきました。千枚田とサインの線が妙にマッチしています。


江口さんには,会場で買ったピアノ小品集のCDにいただきました。