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音楽堂室内楽シリーズ第1回「私のお気に入り・天才モーツァルト:ピアニスト高橋多佳子とOEKメンバーが贈る
2016年5月17日(火)19:00〜 石川県立音楽堂交流ホール

1) モーツァルト/フルート四重奏曲第1番ニ長調,K.285
2) モーツァルト/ディヴェルティメント第11番ニ長調,K.251「ナンネル七重奏曲」
3) モーツァルト/ピアノ四重奏曲第1番ト短調, K,478
4) モーツァルト/ピアノ三重奏曲変ホ長調,K.498「ケーゲルシュタット」

●演奏
橋多佳子(ピアノ*3-4)
坂本久仁雄*1-3,ヴィルジル・ドゥミヤック*2(ヴァイオリン),石黒靖典(ヴィオラ),大澤明(チェロ*1-3),今野淳(コントラバス*2),松木さや(フルート*1),加納律子(オーボエ*2),遠藤文江(クラリネット*4),金星眞,光本佳世(ホルン*2)
ナビゲータ:柳浦慎史



Review by 管理人hs  

2016年度音楽堂室内楽シリーズの第1回では,「私のお気に入り・天才モーツァルト」と題して,ちょっとこだわりのありそうなモーツァルトの室内楽作品4曲が演奏されました。今回面白かったのは,各曲の編成が全部異なり,それぞれに主役のように活躍する楽器があった点です。そのことが,公演の副題にある「私のお気に入り」につながるのかもしれません。オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のメンバーがベースになっているからこそ可能な,統一感を感じさせつつ,多彩な内容を持った室内楽コンサートでした。

演奏されたのは,フルート四重奏曲第1番,ディヴェルティメント第11番「ナンネル七重奏曲」,ピアノ四重奏曲第1番,ピアノ三重奏曲「ケーゲルシュタット」でした。それぞれ,松木さやさんのフルート,加納律子さんのオーボエ,高橋多佳子さんのピアノ,遠藤文江さんのクラリネットといった,4人の女性奏者による演奏が,おじさまたち(?)を中心とした弦の上に華を添えるような形になっていました。

間近で聞くOEKの管楽器の名手たちの音は素晴らしく,モーツァルトの曲の美しさや楽しさがストレートに伝わってきました。今回演奏された曲の中では,フルート四重奏曲第1番とピアノ四重奏曲第1番は,「名曲」として有名で,聞いたことはありましたが,それ以外の曲も大変楽しめました。

最初に演奏された,フルート四重奏曲第1番は,昨年夏のいしかわミュージックアカデミー講師とOEKメンバーの共演による室内楽シリーズでも演奏された曲です。フルートはその時同様,松木さやさんでした。松木さんは,井上道義OEK音楽監督自身が「ただいま売り出し中」と語っているとおり,実力十分の入団2年目の奏者です。

松木さんは,ソリストのような形で立って演奏し,第1楽章冒頭から,安定感と華やかさのある見事な音で,大変爽やかに聞かせてくれました。第2楽章は弦のピツィカートの伴奏の上でフルートがたっぷりとした歌を聞かせます。そこはかとなく哀愁も漂う,セレナードのようんでした。第3楽章は大変軽やかで,初夏にぴったりの気分を持って,スーッと流れていきました。

松木さんは,今年のラ・フォル・ジュルネ金沢のテーマを思わせる,「ナチュール」な感じの緑色の衣装で演奏されていました。演奏後,ナビゲータの柳浦さんからのインタビューに対して「毎日,充実しています」と回答していましたが,そのとおりの充実感のある演奏でした。

続いて「ナンネル七重奏曲」と呼ばれるディヴェルティメントが演奏されました。この曲は,弦5部+オーボエ+ホルン2という8人編成で演奏されますが,コントラバスとチェロは同じメロディをオクターブ違いで演奏するので7重奏とのことです。室内楽にしては大きめの編成で,大変上機嫌な音楽を楽しませてくれました。ホルンの2人はバルブのないホルンを使い,弦楽メンバーもそれに対応するようにとても力強い演奏を聞かせてくれたので,全体に野性味を感じさせてくれました。全員が立って演奏していたのも新鮮でした(が,これは最後のサプライズの伏線でしたね)。

黄色の衣装を着た加納さんのオーボエには,美しさの中にどこか暖かいユーモアが漂っていました。協奏曲的な作品というわけではないのですが,そのくっきりとした音色が際立っていました。各楽章の音楽の雰囲気自体は,常套的なところもありましたが,弦と管の掛け合いが楽しく,仲間と演奏する楽しさが溢れていました。

「最後」の第5楽章では,キビキビしたロンド主題の最後の部分で,オーボエが毎回「ンタタタ」と低音で合いの手を入れるのが,個人的にはとても気に入りました。モーツァルトらしく,楽想が次々と湧き上がってくる楽しい楽章でした。

この楽章が終わった後,盛大な拍手が終わり,メンバーは袖に引っこんだのですが...なぜかチェロとコントラバスのお2人はそのまま。拍手が続くうちに,袖から軽快なフランス風行進曲が聞こえてきて,退場したばかりの皆さんが,ブレーメンの音楽隊のように行進曲を演奏しながら入ってきました(皆さん,しっかりと膝まで上げて行進されており,お客さんも喜んでいました。)。つまり,「第6楽章があった!」のをプログラムでは,わざと秘密にしており(5楽章までしか書いてありませんでした),再入場用の行進曲として演奏するという楽しい仕掛けでした。

演奏後の加納さんへのインタビューによると,「当時は,ディヴェルティメントの前後に「行進曲」を付けて演奏していたので,それをアンコール風に付けて再現してみました」とのことです。

後半は,ゲストの橋多佳子さんのピアノを交えた室内楽でした。

ピアノ四重奏曲第1番は,ト短調ということで,ここまで演奏されてきた作品とは一味違う陰をもって始まります。ただし,演奏自体は深刻過ぎる感じにはならず,端正さがありました。しばらくして橋さんのピアノに出てくる副主題での明るいけれども深い表情もとても印象的でした。

第2楽章以降は長調の楽章になるのですが,それでもどこか哀愁を持っているのがモーツァルトらしいところです。特に第2楽章は,モーツァルトのピアノ協奏曲の緩徐楽章を聞くような味わい深さがありました。そして,橋さんのピアノには,淡々とした中に染みわたるような暖かみがありました。

橋さんは,演奏後の柳浦さんからの質問に対して「モーツァルトは音が少なくて怖いところがあったが,少し太ってきて(そうは見えなかったのですが...),腕の重みがうまく鍵盤に乗るようになり,いい具合になってきた。モーツァルトを演奏するのが今はとても楽しい」と語っていました。後からこの話を聞いたのですが,「なるほど」というお話です。

最終楽章は快活な楽章です。品よく音楽が流れていき,この曲でもモーツアルトらしく,音楽が次々と湧いて出てきました。高橋さんのピアノを中心とする,音楽する喜びに溢れた演奏が印象的でした。

作品全体としては,ピアノ協奏曲的な部分もあるのですが,橋さんとOEKメンバーが一体となった室内楽的な雰囲気にも良い味わいがありました。協奏曲と室内楽の良い点を併せ持つ名曲と思いました。私自身,モーツァルトのピアノ協奏曲は大好きなのですが,実は,ピアノ四重奏曲については,あまり聞いてきませんでした。しかし,ケッヘル番号的には,ピアノ協奏曲第21番K.467と第22番K.482の間ということで,充実しているのも当然ですね。CD録音も含め,これからも折に触れて聞いて行きたいジャンルだと思いました。

演奏会の最後に演奏された「ケーゲルシュタット・トリオ」の方は,「モーツアルトがケーゲル(元祖ボウリングのようなもの)をしながら作った曲」という伝説がある曲です。その伝説だけは聞いたことはありましたが,クラリネット,ヴィオラ,ピアノという独特の編成ということもあり,私自身,CD録音を含め,聞くのは今回が初めてでした。

これが本当に素晴らしい曲であり,演奏でした。まず,遠藤さんのクラリネットの純度の高く,大らかな歌が本当に心地よく響いていました。明るさの中に時折,「影」を感じさせてくれるのは,晩年のモーツァルトらしいところです。第1楽章の最初の部分の,揺らぎのあるリラックスした気分に魅かれました。石黒さんのヴィオラが隠し味のように加わることで,実に濃密な音楽になっていました。

第2楽章のメヌエットにも,伸びやかさと哀しみが同居しているような「モーツァルト晩年風の味」がありました。第3楽章は,基本的に爽やかに流れる歌に溢れた楽章でしたが,途中,ヴィオラを中心に各楽器に「翳り」が出てくるのが大変魅力的でした。その一方で3人ともに協奏曲的な見せ場もあり,大らかな気分もありました。改めて,良い曲だなぁと思いました。

こうやってまとめて聞くと,モーツァルトの室内楽は,OEKメンバーにとって基本的なレパートリーだな,と再認識できました。モーツァルトの室内楽は色々な編成のものが,まだまだ沢山あります。是非,音楽堂室内楽シリーズで,モーツァルト特集の続編を期待したいと思います。今回の演奏会は,「こんな公演を聞きたかった!」と思わせる,OEKファンにぴったりの演奏会でした。

PS. 今回は各曲が終わるたびに,OEKのファゴットの柳浦さんさんがナビゲータとして登場し,奏者にインタビューをしました。ステージと客席が近い交流ホールでの公演ならでは楽しさです。

橋さんに対しては,過去のOEKとの共演についての質問もありました。橋さんとOEKとは,「のだめカンタービレ」関連の演奏会で,ショパンのピアノ協奏曲第1番を共演したことがあるそうです。柳浦さん自身は,「のだめ」コンサートの指揮をした,NHK交響楽団のオーボエ奏者,茂木大輔さんの大学の後輩にあたるそうで...ドイツ留学時の思い出をはじめとして,いろいろなエピソードをお持ちのようです。

また,OEKが加山雄三さんと共演した際,高橋さんがピアノ演奏をし,さらには,加山さん作曲の「旅人よ」をOEKを伴奏に歌ったことがあるとのことでした(調べてみると2008年1月のことのようです)。恐らく,最後に全員で歌われたのだと思いますが,色々と面白いつながりがあるものだなぁと思いました。

(2016/05/21)





公演の案内


交流ホール前のポスター


演奏前の交流ホールのステージ