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オーケストラ・アンサンブル金沢第377回定期公演フィルハーモニーシリーズ
2016年6月2日(木) 19:00〜 石川県立音楽堂

1) 一柳慧/交響曲第10番 : さまざまな想い出の中に(新曲委嘱作品・世界初演)
2) ブルッフ/スコットランド幻想曲 作品46
3) (アンコール)バッハ, J.S./無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調, BWV.1003〜アンダンテ
4) シューベルト-ベリオ/レンダリング

●演奏
川瀬賢太郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:荒井英治)
山根一仁(ヴァイオリン)*2
プレトーク:池辺晋一郎,一柳慧



Review by 管理人hs  

「クラシック界のライジングスター!」と銘打たれたオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)フィルハーモニー定期公演には,近年どんどん活躍の場を広げている若手指揮者,川瀬賢太郎さんが登場しました。ソリストとして登場した山根一仁さんも,まだ20歳の若手ということで,OEK定期公演史上最も若い(推測ですが)組み合わせだったのではないかと思います。ちなみにこのお2人とも,図らずも,今年の出光音楽賞を受賞されており,その点でも話題性十分の演奏会となりました。

今回は演奏者だけではなく,演奏された曲も「初尽くし」でした。最初に演奏された一柳慧さんの交響曲第10番は,今回OEKが委嘱した作品で,この日が世界初演でした。2曲目のブルッフのスコットランド幻想曲もOEKが演奏するのは,多分初めてです。そして,3曲目がシューベルト-ベリオ作曲によるレンダリングでした(シューベルトの未完の「交響曲第10番」といってよい作品をベリオが色々手を加えて「完成」させた作品)。ブルッフの曲を2曲の「交響曲第10番」が挟むという,考えてみれば,非常にマニアックなプログラムでした。それが大変新鮮に魅力亭に響いていました。山根さん,そして何といっても川瀬さんの指揮の力だと思います。

最初に演奏された一柳さんの交響曲第10番は,今年度OEKが委嘱して作られた作品です。プログラムをよく見ると,一柳さんが「2015〜16シーズンのコンポーザー・オブ・ザ・イヤー」となっていました。通算3回目ということで,OEKともっともつながりが大きい作曲家と言えそうです(池辺晋一郎さんは別格です)。

曲には「さまざまな想い出の中に」というサブタイトルが付けられており,池辺さんと一柳さんによるプレトークでも話題になったとおり,没後10年となる岩城宏之さんのことを意識した作品となっていました。マリンバや打楽器が活躍していたのもそのことと関係があるのかもしれません。

最初,神秘的なムードで始まった後,色々な気分を持つ,いくつかの「部分」が順に出てきました。最初の部分は低音を中心にユニゾンで音が動いており,シンプルで詩的が気分がありました。川瀬さんの指揮ぶりは,大変明快で,その音楽も鮮やかでした。川瀬さんは,とてもスマートで足がすらっとしていました。その姿だけでも,ベテラン指揮者たちとは違う雰囲気があります。音楽に強引なところがなく,音楽がこなれており,しなやかで健康な感じがあるのがとても良いと思いました。

曲の方は,それほど難解なムードはなく,最初のしっとりした追悼の気分が,最後に再現されてくるなど,各部分が有機的につながっているようでした。「やはり,これは交響曲だな」という実感の残る作品でした。ティンパニを中心とした躍動感のあるリズムやシンプルで力強い音楽が続くと,「岩城さんのイメージだな」と勝手に懐かしさを感じていました。

最後は力強く,「ズドン」と一撃で終わっていましたが,これは一柳さんの交響曲第7番(これもOEKの委嘱で書かれた作品)「イシカワパラフレーズ」と同様です。この部分を中心としたシンプルさが曲の強さになっていたと思いました。岩城さんと一柳さんの長い交流を反映した作品といえそうです。

2曲目のブルッフのスコットランド幻想曲は,「もしも,ブラームスがヨアヒムと一緒にスコットランドにいったら...」といったムードのある作品で,メンデルスゾーンのスコットランド交響曲に通じるような,哀愁と美しさに溢れた旅情のようなものが漂っていました。実演で聞くのは初めてでしたが,とても良い曲だと思いました。今回ソリストとして登場した,山根一仁さんのヴァイオリンには,20歳とは思えぬ落ち着きがあり,この曲をじっくりとスケール感たっぷりに聞かせてくれました。

冒頭トロンボーンの和音を中心としてに包み込むような静かな雰囲気で始まりました。CDで聴くは意識していなかったのですが,実演だとシンバルが小さく入っているのがよく分かり,独特のちょっと葬送行進曲を思わせる雰囲気があるなぁと新発見をしました。

山根さんの演奏を聞くのは,数年間,山根さんがいしかわミュージック・アカデミーの受講生としてOEKと共演した時以来です。山根さんは,指揮者の川瀬さんよりもさらにスマートな長身で,その体をしっかり生かして,ロマン派音楽らしい息の長いメロディをたっぷりときかせてくれました。時々,静謐さのある気分になるのも大変魅力的でした。

第2楽章や第4楽章では民族的な力感を感じさせてくれる一方,第3楽章では,「埴生の宿」(これはイングランドの曲ですが)を思わせるような,美しさと憂いのある歌を聞かせてくれました。最終楽章は最初に出てくる主題の重音がとても印象的です。この主題が次々変奏されていたびに,華麗さを増し,スケール感を増していくようでした。比較的地味目の曲でしたが,この楽章では,協奏曲としての華やかさも楽しむことができました。

その他,この曲ではハープも活躍します。この日の配置は独特で,指揮者の目の前に出てきており,二重協奏曲的な部分もありました。その音が隠し味的に加わると華麗さが増し,さらに宇宙的な気分にになるようなところが魅力的だと感じました。

この曲の後,山根さんの独奏でバッハの「無伴奏」の中の一つの楽章が,しみじみと演奏されました。静かに時が刻まれる中,優しい言葉を語り掛けるような雰囲気の演奏で,聞きながら,永遠に続いて欲しいなぁと感じました。

後半は,ベリオのレンダリングが演奏されました。前述のとおり,一種のパロディ的な作品ですが,聞きごたえ十分,かつ,大変楽しめる作品でした。曲は,普通の古典派の交響曲のような感じで,大変明快に始まりました。明快すぎるぐらい明快だったのが,途中,音楽の形がドローンと全てが融けてしまったような感じになり,混沌の世界に入って行きます。このコントラストが大変楽しめました。そのうち,また普通の明快な曲想に戻るので,「夢現」を行き来しているような不思議な感覚を味わうことができました。

第2楽章は,フルートやチェレスタの響きを中心に最初から混沌とした感じでした。どこかSF映画のサントラ盤を聞くような宇宙的な気分があると感じました。この楽章ではオーボエの加納さんの演奏も見事でした。音楽自体はだんだんと陶酔的な気分になり,どこかマーラーの音楽を聞くような退廃的なムードが漂っているのが面白いと思いました。

最後の楽章(いくつに区切られているのが実ははっきりとは分からなかったのですが,3楽章構成だった気がします)は,スケルツォのような雰囲気で始まりました。弦楽器にコルレーニョが出てきたリ,明るく楽し気な気分がありましたが,ちょっと油断すると,音楽がグニャッとしてしまうようなシュールさがありました。

川瀬さんは,時折,ジャンプをして指揮をされるなど,くっきりとしたメリハリのある音楽を作っていました。ただし,このジャンプにしても,全然大げさな感じはせず,すべてが「自然」に感じられました。音楽全体に軸があり,基本的な骨格がしっかりしているので,安心して不思議な音楽を頼めるようなところがありました。

終演後,川瀬さんは,OEKメンバーからもしきりと拍手を受けていました。大変分かりやすい指揮ぶりで,メンバーも演奏していて楽しかったのではないか,と思いました。OEKから明快かつミステリアスな響きを引き出していた川瀬さんには,再度,OEK定期公演に登場していただきたいものです。

(2016/06/06)




演奏会の立看板


山根さんに花が届いていました。


一柳さんの交響曲の軌跡というパネルが展示されていました。

終演後,川瀬さんと山根さんのサイン会が行われました。


川瀬さんにはマーラーの交響曲第1番「巨人」のCDの表紙にいただきました。この「巨人」ですが,何と吹奏楽による演奏です。あの長い曲を吹奏楽で!という驚きの演奏だと思います。


山根さんの独奏のCDはまだないようです。今回のブルッフなどは,CDデビューにちょうど良い曲だと思います。