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オーケストラ・アンサンブル金沢 第378回定期公演マイスターシリーズ
2016年7月16日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ショパン/ポーランドの歌による幻想曲, op.13
2) キラール/オラヴァ(1988)
3) ショパン/ピアノ協奏曲第2番ヘ短調, op.21
4) メンデルスゾーン/交響曲第3番イ短調, oop.56「スコットランド」

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング),北村朋幹(ピアノ*1,3),門田宇(語り)*1



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2015/2016シーズンのマイスター・シリーズでは,「ショパンと友人たち」というテーマで,ショパンの協奏曲的作品とその同世代の作曲家の作品を取り上げて来ました。その最終回は,ショパンのピアノ協奏曲第2番とメンデルスゾーンの交響曲第3番で締められました。指揮は井上道義OEK音楽監督,ソリストとして登場したのは,若手ピアニストの北村朋幹さんでした。どちらも名曲ですが,その魅力を十分に引き出した,100点満点の演奏だったと思います。

さて,この日の公演ですが,5月21日のマイスター定期で菊地裕介さんがキャンセルになったため演奏されなかったショパンのポーランドの歌による幻想曲が,今回のプログラムに先立って演奏されました。そのため,公演時間が,通常の定期公演よりもかなり長いものになりました。

この幻想曲は,演奏されること自体非常に珍しい作品なのですが,今回はさらに演奏前に「この曲の作曲当時のショパンの境遇」などを説明するような,門田宇さんによる語りが加えられていました。ピアノは,ステージ中央付近にやや斜めに配置され,語りが終わりに近づいた頃,北村さんと井上さんが静かに登場したので,「主役は演奏者ではなく,この曲」という形の演出になっていました。

曲自体は,タイトルどおり「ポーランドの歌」がいくつか出てくる曲で,のどかで室内楽的な感じがありました。ショパンのピアノ協奏曲の2楽章と3楽章をくっつけたような感じの曲で,段々テンポが速く,活発になっていく構成でした。協奏曲に比べるとやや密度が低い気はしましたが,北村さんのしっとりしていながら,クリアな音を中心に見事な演奏を聞かせてくれました。この曲の後,10分の休憩が入りましたので,この1曲だけで,独立したプログラムとなっているようでした。

その後,オーケストラの配置が変更になり,仕切り直す形で再度OEKの弦楽セクションのメンバーが入って来た後,演奏されたのがキラールという作曲家のオラヴァという作品でした。これが,とんでもなく面白い作品でした。終演後のサイン会の時,井上さんに「この曲はどこで見つけてきたのですが?」と尋ねてみたところ,「OEKにぴったりだろ?」としてやったりという表情をされていました。実は,この曲は指揮者なし,ヤングさんのリードによる15人編成の弦楽器だけで演奏されました。

曲は,バルトークがミニマルミュージックになったような感じでした。最初,ヴァイオリン2本ぐらいで始まり,民族的な感じのする音型を繰り返し演奏していきます。その後,その音型をそのまま繰り返しながら,音がどんどん増えていき,絡み合い,厚みを増し...という感じで展開していきます。基本的にとても聞きやすい曲なのですが,突然,ノイズが入るように不協和音が入ったり...聞いていて大変スリリングな面白さのある作品でした。そして最後,音が熱狂的に盛り上がった後,「ヘイ!(多分)」とメンバーの掛け声が入って終了しました。この演奏は盛り上がりました。

OEKメンバーは,5×3列にきっちりと隊列を組み(解説に書かれていた「ハイランダー・バンド(スコットランド風のバグパイプ他による野外楽団)」を意識していたのだと思います),その前でヤングさんがリードしていたので,まさにヤング隊長という感じでした。井上さんが言われたとおり,OEKにぴったりの曲でしたので,シュニトケのMOZ-ARTに引き続いて,OEKのパフォーマンス入りの持ちネタ(?)に加えて欲しいと思いました。

続いて北村朋幹さんが登場し,ショパンのピアノ協奏曲第2番が演奏されました。北村さんは,現在もベルリン芸術大学に在籍中の学生さんなのですが,複数の国際的なコンクールに入賞後,こだわりのコンセプトを持った選曲のCD録音をリリースしており,既に高い評価を得ている方です。今回のショパンでも,美しい音色をしっとりと聞かせると同時に,何とも言えぬ奥行を持った演奏を聞かせてくれました。

第1楽章のオーケストラだけで演奏される序奏部から,非常に念入りで,シリアスな聞きごたえがありました。この日は,首席フルート奏者として工藤重典さんが加わっていましたが,その輝きと軽やかさのある音が随所で効いていました。北村さんのピアノには,真面目さと同時に自在さがありました。冴えた音で始まった後,スッと詩的に変貌しました。弱音でも音に暖かみがあり,常に安心感がありました。

第2楽章では,OEKの丁寧な伴奏の上にノクターンを思わせる気分を持った北村さんのピアノの魅力がさらに広がっていました。弦楽器にザワザワとした音の出てくる中間部では,コントラバスの迫力のある音が印象的でした。

第3楽章では,入りの部分でのピアノのデリケートさが見事でした。北村さんのピアノは,全曲を通じて,しっかりとした主張はあるけれども,押しつけがましいところがありません。マイルドで深い音楽を感じさせてくれる点が個性になっていると思いました。

第3楽章では,コーダに入る部分でホルンの信号音が高らかに入るのが印象的です。この日は,エキストラの根本さんが担当していましたが,これが実に颯爽とした格好の良い響きで,その後に続く急速な部分も大変流れの良い演奏になっていました。演奏後,井上さんは,根本さんをまず最初に立たせ,大絶賛していました。

北村さんの演奏を聞くのは今回が初めてでしたが,大げさになり過ぎず,しっかりとロマン派らしい香りを感じさせてくれるセンスの良さが素晴らしいと思いました。終演後の様子からも,井上さんが北村さんを大変高く評価されていることがしっかり伝わってきました。きっと今後もOEKと共演する機会はあると思います。今後の活躍が大変楽しみなピアニストです。

演奏会の後半に演奏された「スコットランド」は,いつもスケールの大きな流麗な音楽を聞かせてくれる井上さんにぴったりの作品です。この日の演奏は特に素晴らしかったと思います。この公演のコンサートミストレスは,アビゲイル・ヤングさんでしたが,ヤングさんは,スコットランドのグラスゴー出身。いわばご当地ものです。全曲を通じて第1ヴァイオリンには,憂いを持った滴るような美しさがありましたが,ヤングさんのリードが効いていたのかな,と思いました。

メンデルスゾーンの音楽には,理詰めでかっちりとまとまった部分と,ロマンが一気に湧き上がってくるような部分とが共存しているところがあります。第1楽章を聞きながら,この両方の側面が十全に感じられるのが素晴らしいと思いました。楽章の後半,チェロがたっぷりと対旋律を聞かせたり,音楽が嵐のようにうねったりするのですが,それらがすべて古典的な形式の枠に自然に収まっていました。さすが,井上/OEKという演奏だと思いました。

第2楽章は,スコットランド風のメロディが遠藤さんのクラリネットで伸びやかに始まった後,キビキビと音楽が続いて行きました。軽快さと暖かみのある音楽を聞いているうちに,スコットランドを旅しているような旅情を感じさせてくれます。

この曲は,もともと「4楽章一気に」演奏することになっています。この日の演奏もそのとおりで,各楽章が滑らかに連続していました。第3楽章のゆったりとしたカンタービレの中からは,品格の高さを持った落ち着きが伝わってきました。葬送行進曲風になる部分の静かな威厳も見事で,奥行のある音楽だなぁと思いました。

第4楽章からは,シャキッとした躍動感が伝わってきました。音楽には推進力と威厳があるのですが,どこか旅の終わりを思わせる名残惜しさも漂っています。こういった雰囲気が大変魅力的です。本当に良い曲だと思います。

そして,お待ちかねのコーダです。そこまでのほの暗い雰囲気から一転して,雲が晴れたように転調します。この部分でのじわじわと盛り上がる自然な高揚感が見事でした。トランぺットとホルンの力強い響きが音楽をぐっと盛り上げ,テンポが速くなり,感動を噛みしめるように全曲が締められました。

この日の公演は,休憩時間中に井上道義さんから「いつもよりも長くなります」というアナウンスがあったとおり,2時間30分近くかかったのですが,全く退屈することなく,全ての曲を十全に楽しむことができました。定番名曲2つに加え,OEKにぴったりの掘り出し物的作品,滅多に聞けないショパンの作品を100%堪能できた演奏会でした。

PS. この日はプレコンサートで,メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲を演奏していました。遠くから聞いていただけだったのですが,そのほの暗さのある響きにすっかり魅せられました。機会があれば,是非,ホールでじっくりと聞いてみたいものだと思いました。
 ←プレコンサートの様子


(2016/07/21)




公演の立看板


青島広志さんによる,「ショパンの生涯」のイラストも今回で見納めでしょうか。


2016/2017シーズンの定期公演の広告の看板が音楽堂の入口に出ていました。まさに「大人のご褒美」ですね。

終演後サイン会が行われました。


井上道義さんのお馴染みのサイン。しこのところは,終演後にインタビューするためにいただいているような感じです。


北村さんには,デビューアルバムにサインをいただきました。