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オーケストラ・アンサンブル金沢第379回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2016年7月23日(土)14:00〜 石川県立音楽堂交流ホール

1) ウェーバー/クラリネット小協奏曲変ホ長調, op.26
2) ヴィトマン/セイレーンの島(1997)
3) ロッシーニ/クラリネットと管弦楽のための序奏, 主題と変奏曲
4) ヴィトマン/180ビーツ・パー・ミニット(1993)
5) メンデルスゾーン/交響曲第1番ハ短調, op.11

●演奏
イェルク・ヴィトマン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング),イェルク・ヴィトマン(クラリネット*1,3)



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演2015/2016シーズンのフィルハーモニー・シリーズの最後には,ドイツのクラリネット奏者,作曲家,そして指揮者のイエルク・ヴィトマンさんが登場しました。これまでOEKには,色々な「弾き振り」の指揮者が登場しましたが,クラリネットの弾き振り(吹き振り?)は初めてかもしれません。今回はさらにヴィトマンさんの作曲家としての顔にも触れることができ,まさに「ヴィトマン・デー」といった演奏会となりました。

プログラム前半は,ウェーバーの小協奏曲とロッシーニの「クラリネットと管弦楽のための序奏,主題と変奏曲」の間にヴィトマンさんの自作。後半は,ヴィットマンさんの自作の後にメンデルスゾーンの交響曲第1番。ということで,ヴィットマンさんの3つの顔を順に味わうことのできる構成となっていました。

まず,クラリネット奏者としてのヴィトマンさんですが,OEKとの相性抜群でした。両曲ともOEKメンバーの一人一人とコンタクトを取りながら演奏しているようで,生き生きとした音楽が湧き出ていました。

最初のウェーバーは,3楽章からなる作品でしたが,連続して演奏されたので,3つの部分からなる「大アリア」を聞くような雰囲気がありました。まず,曲の前半の静かな部分での澄んだ音が印象的でした。じっくりと曲の奥深くへと引き込んでくれました。前述のとおり,OEKメンバーとの親密な対話が聞きごたえがありました。最後のテンポが速くなる部分での闊達な演奏は,大変華やかで,コロラトゥーラ・ソプラノを聞くようでした。

前半最後のロッシーニの作品も似たタイプの曲でしたが,こちらは変奏曲形式ということもあり,どこかジャズのセッションを聞くような自在さを感じました。曲の最初は,ロッシーニらしい,お決まりのパターンで始まった後,多彩な変奏が展開していきました。ここでも弱音の表現力が見事でした。

曲の随所で,弦楽器の各奏者と1対1で対話をするような感じで,ヴィトマンさんが色々な方向を向きながら演奏をしていたのが印象的でした。曲の最後に向かうにつれて,スピード感と躍動感が増し,文字通り,飛び跳ねるような演奏になっていました。

2曲とも,これはやはり「吹き振り」と呼ぶしかないなぁ,という感じの楽しく,朗らかで,一体感のある演奏を楽しませてくれました。

今回は,ヴィトマンさんの自作として,「セイレーンの島」と「180ビーツ・パー・ミニット」の2曲が演奏されました。前半に演奏された「セイレーンの島」は,大変神秘的な曲でした。難解な印象もありましたが(私の隣の席の方の反応はそういう感じでした),才気とアイデアに満ちた,ストーリー性を感じることができました。

曲は,独奏ヴァイオリン+弦楽合奏ための作品でした。この中の2名のヴァイオリンだけが,パイプ・オルガンの前の「高い場所」で演奏していたのが特徴的でした。曲の最初の部分は,ほとんど聞こえない「スーッ」という感じの音で始まりました。そのうちにヴィオラの強音が突然出てきたリ,変化が出てきます。

オルガン・ステージのヴァイオリンが高音(一つの音)を延々と演奏しているうちに,独奏ヴァイオリンのアビゲイル・ヤングさんが満を持して演奏に加わり,その音を引き継ぐように艶っぽい音を聞かせます。弦楽器の超高音が空間を飛び交い,重なり合うような感じで音楽が続いていきます。どこか「宇宙の音」を聞くようなような不思議なドラマを感じさせてくれました。最後は消え入るように終わりました。難解さはあるけれども,「この感じは好きだなぁ」と思いました。

後半最初に演奏された「180ビーツ・パー・ミニット」の方は,文字通り「1分に180ビート」の大変テンポの速い曲でした。弦楽六重奏の編成(といってもヴァイオリン2,ヴィオラ,チェロ3という変わった編成)で指揮者なしで演奏され,リズムに浸るだけで楽しめました。チェロが多い分,ビートがしっかりと効いているのが特徴でした。バルトークの弦楽四重奏曲にロックのテイストを加えたような雰囲気があるなぁ(「中国の不思議な役人」に出てきそうな「何かから逃げている」ような雰囲気),と思いながら聞いているうちに,途中で「ヘイ!」という掛け声が入りました。

丁度1週間前のマイスター定期でのキラールの「オラヴァ」という曲でも,弦楽メンバーによる「ヘイ!」というを聞いたばかりだったので,「これは面白い偶然だ」と思いました。この掛け声の後,さらに音楽は熱を帯び,ヒートアップして行きました。この曲も「オラヴァ」に続いて,OEKの「とっておきの1曲」にできそうです。

最後に指揮者としてのヴィトマンさんが登場しました。今回の3つの顔の中で,いちばん印象に残ったのが,この指揮者としてのヴィトマンさんでした。メンデルスゾーンの交響曲第1番で演奏会を締めるのは,やや地味かな?と聞く前は予想していたのですが,全くそういうことはありませんでした。曲自体が素晴らしかったのですが,ヴィトマンさんは,OEKから素晴らしいエネルギーを引き出していました。冒頭から力感に溢れ,キビキビとした音楽が続きました。

この日はバロックティンパニを使い,ホルンもオリジナル楽器を使っていたようですが(ちなみにトランペットには,元NHK交響楽団の関山さんがエキストラで参加していました),古楽奏法を思わせる感じで,強弱のコントラストやアクセントの付け方のハッキリとした明快な音楽を聞かせてくれました。静かな部分や楽章でのすっと沈み込むような気分とのコントラストも見事でした。第1楽章終盤は,ベートーヴェン的な立派なコーダなのですが,その祝祭的でドラマティックな感じが大変聞きごたえがありました。

第2楽章は,ハイドンの交響曲の第2楽章にロマン派風味を振りかけたような変奏曲的な楽章で,しっとりと演奏された木管楽器の演奏が大変魅力的でした。

第3楽章はメヌエットというよりはスケルツォ的な雰囲気があり,モーツァルトの交響曲第40番辺りを思わせる厳しいムードがありました。中間部がコラール風の祈りの音楽になっているのは,メンデルスゾーンならではで,独特の魅力がありました。この部分では,ティンパニの使い方がベートーヴェンの交響曲第5番の第3楽章から第4楽章への推移の部分と似ていたのも面白いと思いました。

第4楽章は,第1楽章の再現のような感じで,再度シリアスな音楽に戻ります。ここでもモーツアルトの40番を思わせる「疾走感」がありました。展開部で,フーガ的に雰囲気になるのも独特でした。この楽章では,OEKのクラリネット奏者の遠藤さんの表情豊かなソロが見事でした。クラリネット奏者である,ヴィトマンさんの前での演奏ということで,いつもにも増して気合いが入っていたのではないかと思います。曲の最後の部分では,音楽が気持ち良く明転し,熱気に満ちた気分で締められました。

このとおり,アイデアに溢れた,本当に素晴らしい曲でした。メンデルスゾーンは,10代のうちに「夏の夜の夢」序曲,弦楽八重奏曲などを書いてしまっているので,当然といえば当然なのですが,15歳の曲とは思えない完成度の高さと魅力を持った作品でした。ベートーヴェン,ハイドン,モーツァルトといった,前の世代の作曲家の作品を踏まえた上で,そこにロマンの香りを加えたような作風には感服しました。

この魅力的な作品を,ヴィトマンさんとOEKは,共感を持って,熱く厳しく再現してくれました。アンコールなしで,「この曲」で締めてくれたのも良かったと思います。

演奏後,OEKメンバーが盛大に足踏みをしてヴィトマンさんを讃えていたのが印象的でした。近年最大の讃え方だったかもしれません。今回の共演で,しっかりとOEKメンバーの心をつかんだようです。

この日は,ヴィットマンさんの「3つの顔」を楽しむことができました。今回は,特に指揮者及びソリストとしての素晴らしい力量を楽しませてくれましたが,クラリネット奏者として,OEKメンバーとの室内楽@交流ホールというのも大変面白そうです。ヴィトマンさんには,是非,色々な顔で再登場してもらいたいと思います。

(2016/07/30)



公演の立看板


公演の案内。今回からチラシの写真も入るようになりましたね。


この日,邦楽ホールでは歌舞伎もやっていました。夜の部ならばハシゴも可能だったようです。

終演後,ヴィトマンさんのサイン会がありました。

モーツァルトとウェーバーの協奏曲が収録されています。その間に入っているヴィトマンさんの曲には,「叫び声」が入っているインパクトのある作品でした。