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北信テレネックス株式会社 創業50周年記念 オーケストラ・アンサンブル金沢 熊本地震 被災地支援チャリティーコンサート
8月23日(火) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) マーラー/交響曲第5番〜アダージェット
2) シューマン/ピアノ協奏曲 イ短調 op.54
3) (アンコール)シューマン/トロイメライ
4) ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調「英雄」 op.55
5) (アンコール)バッハ,J.S./G線上のアリア

●演奏
沼尻竜典指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:吉本奈津子)*1-2,4-, 5,今川裕代(ピアノ*2-3)



Review by 管理人hs  

夏休みということで,毎年8月にはオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は行われないのですが,今年は,北信テレネックス株式会社 創業50周年記念の演奏会が行われたので聞いてきました。この公演は,熊本地震被災地支援のためのチャリティーコンサートも兼ねており,沼尻竜典さんの指揮,今川裕代さんのピアノで行われました。

企業主催のコンサートだったのですが,マーラーの交響曲第5番のアダージェットで始まるなど,プログラムがとても良いと思いました。演奏面でも大変充実した内容となっていました。

マーラーのアダージェットは,熊本地震被災者の追悼の意味を込めて演奏されたものです。私の記憶によると,OEKがマーラーの作品(今回は一部ですが)を演奏するのは,室内オーケストラ版の「大地の歌」以来のことだと思います。弦五部とハープのみの楽章なので実現したのですが,心地よい浮遊感とやさしさに満ちた素晴らしい演奏でした。

今回は,コントラバス3人という編成でしたが,このコントラバスの「ボン,ボン...」という音が非常によく効いており,何とも言えない安心感がありました。大編成の弦楽合奏で演奏した時に感じられる「過剰なまでの痛切さ」のようなものはなく,はかなげだけれども,優しく慰めてくれるような演奏になっていました。

その後演奏された,シューマンのピアノ協奏曲とベートーヴェンの「英雄」については,両曲とも,今年のOEKの定期公演で演奏されたばかりの曲ということで,万全の演奏でした。ちなみにこの選曲ですが,主催者の北信テレネックス株式会社代表取締役の棒田さんが決めたものでした。1997年に福井にハーモニーホールがオープンした時に,ベルナルト・ハイティンク指揮ウィーン・フィルが公演を行ったのですが,その時と同じプログラムにしたとのこととです(ちなみに,この時のピアノは内田光子さんだったそうです)。この「選定理由」を聞いただけでも,「大変なクラシック音楽ファンだなぁ」ということがしっかりと伝わってきました。

シューマンのソリストは,福井出身の今川裕代さんでした。棒田社長は,今川さんと親交があり,そのつながりもあって,今回登場されたようです。すばらしいシューマンだったと思います。

全体的に,テンポは遅めで,ちょっと重いかな,という気もしましたが,メランコリックな雰囲気が魅力的でした。第1楽章では,じっくりと丁寧に演奏された展開部やカデンツァでの,濃厚でロマンティックな気分が印象的でした。

第2楽章は,さり気ない雰囲気で始まりましたが,しばらくして出てくる(この章の聞きどころですね),カンタさんを中心としたチェロパートによる熱い歌が素晴らしく,ピアノのせつなくアンニュイな気分と好対照を作っていました。

第3楽章への「つなぎ」の部分でのピアノのミステリアスな気分に続き,音楽が大きく動き出す第3楽章に入ります。この楽章では,ピアノが転調しながら,目まぐるしく上下に動く感じが延々と続く感じが大好きです。今川さんの演奏は,音楽の流れによく乗っていました。曲が進むにつれて,色々な感情が溢れ,それらが交錯し,最後にはじんわりと幸福感を増していくようでした。単純にバリバリと弾くのとは一味違った,熱い思いがしっかりと伝わってくる感動的な演奏でした。

アンコールでは,おなじみトロイメライが,じっくりと演奏されました

今回の演奏で,特筆すべきは,今川さんの手の動きをビデオカメラで撮影し,ステージ上のスクリーンに大きく投影をしていたことです。オーケストラのコンサートでこういう試みをするのを見るのは初めてでした。相当照度の明るいプロジェクターがないと実現できない,とのことで,この分野に詳しい企業ならではのアイデアだったと思います。思わぬ形で,プロのピアニストの超人的な手の動きをしっかりと楽しむことができ,皆さん「得した気分」になったのではないかと思います。

# ちなみに北信テレネックさんは,石川県立音楽堂の館内放送でおなじみの「携帯電話の電波を遮断する装置」を取り扱っているとのことです。

後半の「英雄」は,井上道義音楽監督指揮でも頻繁に演奏されている曲ですが,今回の沼尻竜典さんの指揮による演奏もまた素晴らしいものでした。

まず,沼尻さんのバトン・コントロールがすごいと思いました。この日は,1階席で聞いていたので,特によく分かりました。沼尻さんの指揮の動作には無駄がなく,大変自然で,流れの良い音楽をOEKから引き出していました。「指揮どおり」というのは,当たり前のことではあるのですが,ちょっとした指揮の動作にピタッと反応し,要所要所で「英雄」ならではのパンチの効いた音が飛び出してくる感じが本当に見事でした。

キューを出す数が多く,明確な棒だけでオーケストラをしっかりコントロールする,という点で,故ロリン・マゼールに通じるものがあるのではないか,と思いました(実演で聞いたことがないので推測で書いているのですが)。

第1楽章の冒頭から,まろやかでたっぷりとした音楽で,沼尻さんは,オーケストラを気持ちよくドライブしていました。ちなみに,コーダに出てくるトランペットは,途中でメロディが消える楽譜通りの形でした。最近だとこれがスタンダードなのかもしれませんね。

第2楽章は重苦しくなり過ぎない演奏でした。水谷さんのオーボエが大変伸びやかで,音楽の流れも大変自然でした。全体に大らかで,スケールの大きさを感じさせてくれました。楽章が進むにつれて凄味を増していくような演奏でした。

第3楽章は,精密かつ流れよく演奏されたスケルツォでした。いかにもこの楽章らしい,アクセントもビシっと決まっていました。トリオのホルンの重奏の部分では,それほどテンポを落とさず,スケルツォの勢いを持続していました。大変若々しい演奏だったと思います。

指揮棒を下に降ろさず,そのまま第4楽章に入って行きました。ここでも,緊張感とリラックスした雰囲気とが自在に交錯する,流れの良い演奏になっていました。この日のフルートは,松木さやさんが担当していましたが,そのキラキラとした音も鮮やかでした。コーダでは,オーボエがじっくりと聞かせた後,ホルンが力強い音を響かせ,オーケストラ全体がしっかりと盛り上がり,最後は,トランペット中心とした颯爽とした演奏で全曲を締めてくれました。

全曲を通じて,気を衒ったような極端さはなく,正統的な堂々とした構えで,全曲を気持ちよく聞かせてくれる見事な演奏だったと思います。

沼尻さんは,8月19日に京都市交響楽団の定期演奏会でショスタコーヴィチの交響曲第4番を指揮していますので(この公演の様子は次のブログのとおりです。 http://www.kyoto-symphony.jp/blog/index.php?itemid=327 聞いてみたかったです),今回の演奏会のためのリハーサルの時間はほとんどなかったと思うのですが,「さすが」という完成度の高さだったと思います。

その後,「G線上のアリア」がアンコールで演奏されました(個人的には,最後は「英雄」で締めてもらった方が良かったと思いましたが...)。

この日は,さらに曲間で,棒田さんと今川さんによるトークも入っていましたので,公演時間が結構長くなりました。そのこともあって,平日の夜に聞くには,少々疲労感が残りましたが,何よりも,今川さんのような北陸地方出身の実力のある方の演奏を聞けたことが良かったと思います。

ちなみにこの日のゲスト・コンサートマスターは,金沢市出身で岩城宏之音楽賞受賞者でもある,吉本奈津子さんでした。吉本さんは,オーストラリアのアデレード交響楽団のコンサートマスターをされているそうですが,こういう形での「里帰り」も,OEKファンとしても嬉しいですね。

(2016/08/30)




公演のポスター

終演後,サイン会がありました。サイン集めが趣味になっているので,参加してきました。

月の光をテーマにしたアルバムです。


沼尻さんには,プログラムに書いていただきました。