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石川県立音楽堂開館15周年記念 スペシャル・コンサート
2016年9月3日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) 鈴木行一/「勧進帳」〜素囃子と混声合唱とオーケストラのための〜(2016年版)
2) モーツァルト/交響曲第35番ニ長調, K.385「ハフナー」
3) ラヴェル/ボレロ(MANSAIボレロ)

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)
舞:野村萬斎*3,素囃子:金沢素囃子保存会*1
合唱:オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団*1
監修・プレトーク:池辺晋一郎,駒井邦夫



Review by 管理人hs  

石川県立音楽堂が開館したのは,アメリカで起こった同時多発テロと同じ日です。2001年9月11日ということで,今年の9月で開館15周年となります。それを祝うスペシャル・コンサートが行われたので聞いてきました。

石川県立音楽堂の建物の特徴は,何といってもオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)用のコンサートホールと邦楽公演等に使える邦楽ホールが一つの建物の中に入っているということです。今回の公演も,この「和洋どっちも」という点を意識した内容となっていました。

メインは,井上道義指揮OEKによるラヴェルの「ボレロ」を野村萬斎さんと共演した最後のステージで,会場は満席でした。完売御礼という案内まで出ていました。

「ボレロ」は,OEKのサイズには合っていない曲ですので,滅多に演奏されることはありませんが(OEKが演奏した「ボレロ」としては...本多の森ホールや金沢歌劇座での公演は記憶にあるのですが...音楽堂では初めてかも?),あらゆる点で「めったにない」な気分満載の演奏になっていました。

まずステージですが,通常のステージの上に,能舞台ぐらいの大きさの正方形の低い台が置かれていました。その上に薄い赤色の布が敷かれ,萬斎さんはこの上で踊りました。オーケストラの配置も変則的で,この舞台を囲むように,ソロを取る管楽器が出てくる順番に前の方に並んでいました。そのソロが登場するたびに,スポットライトが当たるという趣向です。数年前のラ・フォル・ジュルネ金沢の時の井上道義さん指揮のフランスのオーケストラによる演奏でも似たような配置を取っていましたが,その時は最後列だったかもしれません。それをさらに徹底させた感じでした。

 
演奏前に撮影。よく見えませんが,真ん中にステージがあります。

今回の大きな特徴は照明の変化を多用していたことです。ボレロは,基本的にはクレッシェンドの曲なので,照明の方も暗→明という変化でしたが,踊りの意図を補強するかのように,寒色系になったり,暖色系になったりしていました。最後,クライマックスでパッと転調する印象的な部分では,照明の方が「昼間のような明るさ」に一瞬変化し,ドラマを盛り上げてくれました。

# 演奏後,井上道義さんが「今回の演奏の照明は本当に大変でした」と照明を担当されていた方を紹介していました。大変大きな拍手を浴びていました。

萬斎さんですが,若々しい雰囲気と同時にスターの貫禄のようなものをしっかりと感じさせてくれました。まず,登場の仕方が格好よかったですね。今回はステージ正面奥のいつもは開けていない扉を開放し,そこから萬斎さんが登場しました。最初は会場全体が真っ暗で,扉側から客席に向けて強烈なライトで照らし,萬斎さんのシルエットだけが浮き上がる,というものでした。

ちなみにこの「いつもは締まっている扉」ですが,音楽堂の構造からすると,扉のすぐ向こうは邦楽ホールのステージ裏ということになります。邦楽ホールとコンサートホールをつなぐ扉から登場,というのは非常に象徴的だったと思います。

音楽がしばらく進んでから,萬斎さんは動き出し,メインの舞台に登場。白い着物(これは何と呼ぶのでしょうか?「陰陽師」という雰囲気の着物です)で頭には何も被っておらず,素顔のままでした。袖をあれこれ工夫して使っていたのが印象的でした。後で得た情報によると,狂言の「三番叟」の所作を取り入れた振付だったようです。その雰囲気が若々しく,第1ヴァイオリンが「待ってました」という感じで加わる,「あの辺り」から,ドンという足踏みを入れ始めて,元気さを増していきます。曲の最後の部分では,ステージからジャンプし,照明が暗転して鮮やかに終わりました。一体どこに行ったのだろう,と思って照明が明るくなると客席の最前列に。未来への広がりを感じさせるような「シン・ボレロ」だったと思います。

OEKの演奏の方は,かなり変則的な配置だったこともあり,パーフェクトという感じではなかったと思います。が,上述のとおりソロがくっきりと視覚化されており,「見せるボレロ」になっていました。演奏のテンポは,速すぎず,遅すぎない,踊りやすい中庸の設定でした。視覚的な変化も加わり,終盤は大変ダイナミックにオーケストラの音が解き放たれていました。特にトランペットの音を中心としたエンディングが大変爽快でした。

前半はソロが続きます。いちばん最初のソロのフルートは,工藤重典さんでした。15周年記念のお祝いに相応しい豪華ゲストでした。ソロの中では,何といってもトロンボーンがいちばんの難所かつ聞きどころでしょう。この日は,おなじみのロベルト・カイプさんが見事なソロを聞かせてくれました。大変闊達な演奏で,全曲を通じて,大きなアクセントになっていました。

フルート,ピッコロ,ホルンがハモッて不思議な響きを出す部分は,CDで聞くのとは違い,ちょっとバランスが変な気がしましたが,それもまた実演の面白さかもしれません。そして,ボレロといえば,最初から最後まで叩き続ける小太鼓が,本当に「ごくろうさま」という感じです。この日は,指揮者の目の前(つまり舞台の中央)で演奏されていました。赤いバチが,「祝箸」という感じで,15周年にぴったりでした。

この日の公演のもう一つの注目は,前半に演奏された鈴木行一作曲の「勧進帳」です。演奏時間的には40分以上ある大曲で,歌舞伎十八番の「勧進帳」をカンタータのような感じで聞かせる重量感のある作品です。


舞台下手がOEK,上手が素囃子。バンド合戦といった配置です。「指揮者は邪魔な曲なので」ということで,井上さんは,真ん中の小型衝立の後ろで指揮されていました。が,時々,はみ出して,「アピール」していたのがご愛嬌でした。両サイドには「苦心の字幕」が出ていました。

これも石川県立音楽堂のコンセプトにぴったりの作品で,OEKと邦楽器のアンサンブルである素囃子とが,ドラマの進行に添って,交替しながら演奏し,さらにはOEK合唱団による合唱も加わっていました。

10年以上前に初演された曲で,私も聞いたことはあったのですが,今回の演奏(2016年版ということで,少し手が入っていたようです)については,「ボレロ」同様,照明での演出を加え,より分かりやすい演奏になっていました。曲の雰囲気としては,暗い現代オペラといったムードなのですが,難解さよりは,ドラマを感じさせてくれました。

曲の構成は,最初と最後が「静御前」を想起させる部分,その間に安宅の関を舞台とした,弁慶・義経一行と富樫のやり取りが入る形でした。一種,回想形式になっていました。

最初と最後の部分では,星空を思わせる照明の下,フルートや女声合唱を中心とした抒情的な音楽が続き,中間部での緊迫感のある音楽と対比を作っていました。

中間部では,オーケストラと素囃子が同時に演奏する部分はほとんどなく,それぞれが交互に出てくる感じでした。途中,弁慶が例の「勧進帳」を読む場面(そーれつらつら...と架空の文章を読み上げる見せ場)では,黛敏郎の涅槃交響曲のように,迫力のある同音反復が続く,独特の雰囲気になっていたのが大変印象的でした。この日のOEK合唱団には,低音部に強力な助っ人が加わっていましたが,この部分での低音男声の迫力が素晴らしく,圧倒的な緊迫感を出していました。

素囃子の方は,最後,無事安宅の関を通り抜ける部分で,見事な合奏を聞かせてくれました。曲全体からすると,しっかりと技巧を見せる,カデンツァのような感じの盛り上がりを作っていました。鼓類,三味線,唄が全員揃って,急速なテンポで演奏する部分が壮観でした。よく通って,しかも味わいたっぷりの唄声にも強く惹かれました(はっきりとは分かりませんでしたが,素囃子については,とても自然な感じでPAを使っていたと思います)。

邦楽器とオーケストラの共演といえば,武満徹のノヴェンバー・ステップスが代表曲ですが,邦楽器の合奏とオーケストラの共演というのは...ほとんどないと思います。素囃子は,金沢が誇る伝統芸能の一つということで,新旧アンサンブルの共演ということになりました。この金沢らしい作品で,15周年を祝うというのは,今回の公演のコンセプトにぴったりだと思いました。

この2曲の橋渡しとして,モーツアルトの「ハフナー」交響曲が演奏されました。「歌舞伎十八番」ならぬ「OEK十八番」の曲で,特に井上道義さんは,この曲を愛しているんだなぁと思わせるような優しさのあふれた演奏でした。

第1楽章の冒頭の全奏から,力んだところのない,ゆったりとした演奏で,安心して聞くことができました。OEKファン的には,「ふだん使いの食器に愛着がわく」といった感じの演奏だったと思います。

第2楽章はテンポが遅くなり過ぎない中庸の美がありました。この楽章の所々で,ヴァイオリンが同音を刻む部分が出てきます。この部分が大好きです。そして,いつもOEKの弦楽セクションのピタリと揃った繊細な音の美しさにいつも聞き惚れてしまいます。

おっとりとしたメヌエット楽章に続き,最終楽章に入ります。ここでも生気に満ちていると同時に,しっとりとした大人の味わいがあり,余裕たっぷりのエンディングとなっていました。ウィットを感じさせる表情を見せたり,さりげなく,かつ華やかに盛り上げてくれるるあたりも井上さんらしいと思いました。

この曲については,「やりなれた味」があり,オーケストラの響き自体が,ホール全体にしっかりと溶け合っているような趣きがありました。ホール15周年にぴったりの選曲であり演奏だったと思います。

ちなみに,OEKの過去の演奏記録を調べてみると,2001年秋,石川県立音楽堂の完成直後のOEKと大阪フィルの合同演奏会で,井上道義さんがOEKを指揮して,この「ハフナー」を指揮しています。その時,曲が終わった後の場つなぎのトークで,「この演奏良かったでしょ?大阪フィルのメンバーも感心していた」といった感じで井上さんが語っていたことを思い出します。OEKにとっての「ハフナー」交響曲は,大阪フィルにとってのブルックナーの8番あたりに相当する曲では?と勝手に思っているのですが,いかがでしょうか。

さて,石川県立音楽堂も創立15周年ですが,このOEKfanの方も15周年ということになります。日常的には何かと生きにくいことの多い世の中ですが,音楽堂の中に居る時には,アートの世界に浸らせてくれます。世間とは別次元のルールで動いている世界です。作曲者+指揮者+オーケストラが作り出すアートの世界に入ることで,何とかバランスを取って生きている気もします。ここが私の居場所なんだな,と実感できます。そういう時間を提供し続けていただけていることに,改めて感謝をしたいと思います。

PS. 萬斎さんといえば「シン・ゴジラ」に出演されているようですが(まだ観ていません),これを機会に,伊福部昭の曲に合わせて踊るというのをやってくれないでしょうかねぇ?井上さんも伊福部さんの音楽が大好きなので,是非期待したいと思います。

 
15週年記念のポスター。右側は「カデンツア」の中身を拡大したもので,関係者からの一言メッセージが集められています。


(2016/09/09)




公演のポスター


サントリーホールなど,他のホールから花輪が届いていました。

音楽堂15週年の歩みの写真展をカフェコンチェルトで行っていました。


やはりラ・フォル・ジュルネ金沢の開始が,大きいなイベントでしょうか。


「カデンツァ」も15周年記念号


休憩時間中もそこら中,大盛況

邦楽ホール前の「やすらぎ広場」に置いてある,本家・勧進帳の小型模型。写真で撮影すると結構リアルに見えますね。


こちらは邦楽ホールに向かう途中の廊下にある,素囃子のパネル。