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坂口昌優ヴァイオリン・リサイタル
2016年9月4日(日)14:00〜 金沢市アートホール

1) クライスラー/コレルリの主題による変奏曲
2) モーツァルト/ヴァイオリン・ソナタ第28番ホ短調,K,304
3) イザイ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第5番
4) イザイ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番「バラード」
5) フランク/ヴァイオリン・ソナタ イ長調
6) (アンコール)山本正美/ねむの木の子守歌

●演奏
坂口昌優(ヴァイオリン),鶴見彩(ピアノ*1-2,5-6)



Review by 管理人hs  

8月後半から頻繁に演奏会に出かけており,少々バテ気味だったのですが,この日もまた楽しみな演奏会があったので聞いてきました。金沢を中心に活躍している坂口昌優さんのヴァイオリン・リサイタルです。共演のピアニストは,おなじみの鶴見彩さんでした。

この演奏会については,何といってもフランクのヴァイオリン・ソナタを実演で聞けるというのが楽しみでした。この作品は,ヴァイオリン・ソナタの名曲中の名曲なのですが,金沢では,ヴァイオリン・リサイタルの数自体が少ないので,実演で聞く機会はほとんどありません。しかも坂口さんは,フランクの出身地であるベルギーに留学されていたということで,いわゆる「本場の演奏」を聞いてみたいなぁと思い,聞きに行くことにしました。

プログラムは,フランク以外に,同じくベルギーの作曲家であるイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ2曲,それにクライスラーのコレルリの主題による変奏曲とモーツァルトのホ短調のヴァイオリン・ソナタが演奏されました。「聞きたい曲満載」の素晴らしいプログラムでした。

最初のクライスラーの「コレルリの主題による変奏曲」は,序曲のような感じで非常に健康的に伸びやかに演奏されました。この曲は,クライスラーの曲の中では,比較的演奏される機会が珍しい曲目だと思いますが,音がとても良く鳴っており,気持ち良く楽しむことができました。

続いて,モーツアルトのホ短調のヴァイオリン・ソナタが演奏されました。第1楽章は,ちょっとくすんだような音色で静かに始まりました。その悲しみを秘めたような落ち着きのある風情が素晴らしいと思いました。鶴見彩さんのピアノには,硬質でクリアな美しさがあり,音楽を引き締めていました。

第2楽章も短調なのですが,中間部で絶妙の間を取って,ほのかに光が差し込んでくるように明るくなります。重苦しくなることなく,深い味わいを感じさせてくれる,大変魅力的な演奏だったと思います。

ちなみにベルギー系のヴァイオリニストといえば,アルテュール・グリュミオーという往年の名ヴァイオリニストがいます。グリュミオーは,クララ・ハスキルと一緒にモーツァルトのヴァイオリン・ソナタを何曲か録音していたなぁ,といったことを思い出しながら,聞いていました。

イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタは,今回のプログラムの中では,金沢ではいちばんよく演奏されている気がします。特に第3番のバラードは,アンコール曲などでもお馴染みの曲です。第5番の方は,ちょっと捉えどころのない雰囲気があったのですが,その幻想的で神秘的なムードが面白いと思いました。

第3番の方は,非常にエネルギッシュな曲ですが,それでも乱れた感じにはならず,ストレートに凛とした音楽を聞かせてくれたのが良かっと思いました。

後半では,お待ちかねのフランクのヴァイオリン・ソナタが演奏されました。前半の途中で,坂口さんのトークが入り,「この曲はこれからもずっと演奏していきたい」と語っていました。この日の演奏は,現在の坂口さんらしい,誠実でストレートに曲の美しさを聞かせてくれる演奏だったと思います。個人的には,もう少し踏み外した部分や突き抜けてくるような表現があっても良いかな,とも思ったのですが,熱くなり過ぎない感じがこの曲のムードにぴったりだと思いました。

第1楽章は,さりげなく始まり,ほのかに熱気を帯びて,美しく音楽が広がっていきました。第2楽章は,鶴見さんの鮮やかなピアノで始まった後,2つの楽器が絡まって力強く進んでいきました。それでもバリバリと乱暴に弾く感じにならないのが良いと思いました。

第3楽章は,じっくり,しっとりと演奏されていました。音楽に深みはあるけれども,そこに溺れることなく節度があるのが良いと思いました。

第4楽章には,軽やかさと誠実さに満ちていました。この楽章は,特にヴァイオリンとピアノの絡み合いが面白いのですが,聞いているうちに段々とせつなくなるような美しさがありました。楽章が進むにつれて,音楽は熱くなるのですが,熱っぽくなり過ぎないのがフランクのこの曲に合っていると思いました。この辺が「ベルギー的」なのかもしれませんね。

フランクの場合,ヴァイオリンとピアノの対話のような部分聞きものですが,息のぴった合った演奏だったと思います。この曲以外でもそうだったのですが,鶴見さんのピアノの安定感と音の美しさは特筆すべきものだったと思います。フランクの最後の最後の部分は,ピアノが音階を駆け上がるように終わります。この部分のキラキラした鮮やかさが大好きなのですが(きっと演奏するのはとても難しいのではないかと思います),この日の演奏も大変鮮やかで見事でした。

アンコールでは,美智子皇后が作詞された曲として知られる「ねむの木の子守唄」がヴァイオリンとピアノで演奏されました。美智子さまとベルギーに何かつながりがあり演奏されたのですが...聞きもらしてしまいました。とても心地よい,愛唱歌風の曲で,メロディを聞いているうちに,歌詞が聞こえてくるようでした。

この日は,フォーレのヴァイオリン・ソナタを中心に,聞きごたえのあるヴァイオリンの名曲をしっかり楽しませてくれました。金沢にも,いろいろな作曲家のヴァイオリン・ソナタの名曲を実演で聞いてみたいという音楽ファンも多いと思うので,是非,今後の坂口さんの活動に期待したいと思います。例えば,ブラームスのヴァイオリン・ソナタなども聞いてみたいものです。

(2016/09/10)




公演のチラシ