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オーケストラ・アンサンブル金沢 没後10年岩城宏之メモリアルコンサート
2016年9月10日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) リゲティ/ルクス・エテルナ(永遠の光)
2) バーバー/ヴァイオリン協奏曲 op.14
3) (アンコール)スコットランド民謡/愛の歌
4) フォーレ/レクイエム ニ短調 op.48

●演奏
山田和樹指揮*1-3 オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)*2-3
アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン,2016年度岩城宏之音楽賞受賞)*2
吉原 圭子(ソプラノ)*3,与那城敬(バリトン)*3
合唱:東京混声合唱団(合唱指揮:根本卓也)*1,3



Review by 管理人hs  

9月は世界的にオーケストラの新シーズンが始まる月ですが,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の場合,前音楽監督の故岩城宏之さんの誕生日が9月ということもあり,この時期に「岩城宏之メモアリアル・コンサート」を行っています。例年は,その年の岩城宏之音楽賞受賞者との共演を中心とした内容ですが,今年は岩城さんの没後10年ということもあり,岩城さんと縁の深い合唱団,東京混声合唱団もゲスト出演しました。

指揮は,岩城さん同様,世界各地のオーケストラの指揮しながら東京混声合唱団の音楽監督を務めている山田和樹さんでした。山田さんは2年前のこのメモリアルコンサートに登場したことはありますが,東京混声合唱団と一緒に石川県立音楽堂のステージに立つのは今回が初めてです。

今年の岩城宏之音楽賞を受賞されたのは,OEKのコンサート・ミストレス,アビゲイル・ヤングさんでした。「身内の受賞」は,チェロのカンタさんに続いて2人目です。ここ数年のOEKに対する貢献度や,ソリストとしての活躍(武満徹のノスタルジアは,何回も演奏されていると思います)を考えると当然といえます。

演奏会に先立ち,ヤングさんに賞状と副賞が渡された後,演奏会が始まりました。ちなみに,この授賞式に井上道義さんも出席されていました。指揮をせずに来賓としてだけ音楽堂のステージに登場する井上さんというのは,かなり珍しいケースです。

1曲目は,リゲティの無伴奏合唱曲,ルクス・エテルナでした。実演で聞くのは初めてでしたが,大変型破りの作品でした。東混のメンバーはオルガンステージに並び,ホールの上の方からヴォカリーズのような感じで声が降り注いできました。曲にはメロディのようなものはなく,ほとんど動きのない(時々,超高音や低音が出てきましたが),一定の高さの音が16声部にも分かれて歌われるというものでした。その雰囲気は,まさに声で光を表現しているようでした。客席をかなり暗くしていたこともあり,オルガンステージだけが,宇宙空間の中で柔らかく光っているように思えました。この曲は,映画「2001年宇宙の旅」の中で使われたそうですが,冷たくも暖かくもない感じが,SF映画にはぴったりだと思いました。

曲の最後の部分では,音が消えても山田さんは指揮の動作を続けていました。「空振り」ということになります。ケージの音楽のように,会場内のノイズを聞くという趣向なのかもしれませんが,何かを象徴するかのような余韻をしっかりと味わうことができました。

続いて,この日の主役,アビゲイル・ヤングさんが登場し,バーバーヴァイオリン協奏曲を演奏しました。個人的にこの曲が大好きなので,プログラムを知った時には,「ヤングさんも素晴らしい選曲をしてくれたなぁ」と心の中で快哉を叫びました。OEKがこの曲を取り上げるのは久しぶりのことです。楽器編成は,OEKの基本編成とほぼ同じなのですが(ピアノやハープを追加するぐらい),OEKがこの曲を演奏するのは,竹澤恭子さんが尾高忠明指揮OEKと共演して以来のことだと思います。

バーバーのこの作品は,クールで自然なロマンティシズムが大変魅力的です。冒頭,ピアノのポロンという音に続いてヤングさんが,しっとりと息の長いメロディを聞かせてくれました。ちなみに,このピアノを,エキストラとして,岩城さんの奥様の木村かをりさんが担当していました。これは嬉しかったですね。ピアノの音はCDで聞いているとあまりよく分からないのですが,実演だと大変効果的で,この音が加わることで,かえって透明感が増しているようでした。

ヤングさんのヴァイオリンの熱を秘めたようなヴィブラートが美しく,いつものことながら安定感抜群で真摯な演奏を聞かせてくれました。展開部では,オーケストラの色々な楽器の音が飛び交い,彩りを増していきます。その盛り上がり感も良い具合でした。

第2楽章は加納さんのオーボエに続いて,ほの暗い音楽が続きます。オーボエで始まる第2楽章ということで,ブラームスのヴァイオリン協奏曲と通じるものがあります。澄んだ空気を思わせるヤングさんのヴァイオリンの音がここでも冴えていました。

第3楽章は,うって変わって,延々と独奏ヴァイオリンが演奏を続ける,無窮動風の急速な楽章になります。前半の2つの楽章と全く異なる楽想の「バランスの悪さ」は,賛否両論ありそうですが,実演で聞くとなると,こういう楽章がある方が盛り上がります。こういった楽章でもヤングさんの演奏には安定感があり,ちょっとしたウィットのようなものさえ感じさせてくれました。管楽器が合いの手を入れるように華やかに盛り上げ,最後は切れ味よく終わりました。最後の部分での堂々たる盛り上げは,さすが山田和樹さんだと思いました。

ヤングさんの演奏には,常に密度の高さがあり,自然な熱さと真摯さがあります。そして,常に安心して演奏を聞くことができます。本当に頼りになるコンサート・ミストレスだなぁと思います。この日のお客さんの多くも,ヤングさんのことを誇りに思っているのではないかと思います。

演奏後,大変盛大で暖かい拍手に応え,ヤングさんの故郷のスコットランドの愛の歌が演奏されました(第2ヴァイオリンの江原さんが通訳)。しばらく前のNHK連続ドラマ「マッサン」辺りに出てきそうな,親しみやすく,爽やかな曲で,前半が締められました。

後半は,東京混声合唱団とOEKの共演で,フォーレのレクイエムが演奏されました。この演奏を聞いて,山田和樹さんは,成熟した音楽を楽しませてくれるなぁと改めて実感しました。無理な音楽運びは全くなく,合唱とオーケストラの表現の幅の広さを堪能させてくれました。

まず,第1曲の最初の音を聞いて,「しっかりとした音だなぁ」と思いました。曲全体の重石となるような,どっしりとした落ち着きがあり,この気分が曲全体を支配していました。

東京混声合唱団も,山田さんの指揮の下,素晴らしい歌を聞かせてくれました。フランス音楽に相応しく,重苦しくなるところはなく,透明感があるのですが,芯の強さのようなものもあり,常に心地よい充実感がありました。

この曲を実演で聞くと,オーケストラの編成がかなり変則的だということが分かります。ヴィオラの人数が非常に多く,その分,ヴァイオリンの人数が少なくなっていました。また,オーボエも編成に入っていませんでした。

そのことにより,オーケストラの音がくすんだ感じになります。フォーレのレクイエム独特の音世界の秘密がここにあるのかもしれません。第2曲「オッフェルトリウム」の前半で特にそう感じました。通常,パイプオルガンはもっと補助的だと思うのですが,この日の室住素子さんの演奏は,とても積極的で,時に強く聞こえる部分もありました。その演奏が曲全体の,敬虔な気分を盛り上げてくれました。

バリトン独唱の与那城敬さんは,若々しさのある声で,大変清潔感のある歌を聞かせてくれました。第2曲の後半,オーケストラのくすんだ音の中から,スッと声が浮き上がってくるのが素晴らしいと思いました。

第3曲「サンクトゥス」では,まずコントラバスなしの弦とハープによる伴奏の上に,清らかなソプラノの声が滑らかに入ってきます。1,2曲目との対比が大変鮮やかで,聞くたびにフォーレのオーケストレーションは素晴らしいなぁと思います。中間部ではホルンと男声合唱の勇壮さが印象的です。今回の演奏は大変爽快で,「フランスの曲だなぁ」と思いました。

ソプラノの吉原圭子さんの出番は第4曲「ピエ・イエス」の1曲だけですが,その登場の仕方が印象的でした。この曲の直前にオルガン・ステージ現れ,パイプ・オルガン奏者の伴奏に寄り添うように暖かみのある声を聞かせてくれました。曲の丁度真ん中で,ホールの上の方に登場するということで,非常に象徴的な歌唱となっていました。吉原さんの歌唱は,天使の声というよりは女神の声という感じでした。ホール全体が,感動に満ちた声で優しく包み込まれました。

第5曲も前曲の気分の延長にあり,やさしい男声合唱がじっくりと聞かせてくれました。後半,大きな間が入った後,第1曲の冒頭のメロディが再現します。この部分での緊迫感に満ちたドラマも素晴らしいと思いました。

第6曲「リベラ・メ」では,バリトンの与那城さんの感動を秘めた声が素晴らしいと思いました。後半は暗転して,「怒りの日」的な気分になります(フォーレのレクイエムは,「怒りの日」がない例外的なレクイエムです)。この部分でも大きな盛り上がりを作っていました。

最後の第7曲「イン・パラディスム」は,特に天国的な気分のある部分です。オルガンの伴奏の上でソプラノがシンプルな歌を歌っていく感じが大変可愛らしく,パラダイスな雰囲気にぴったりでした。誰もが感じたと思うのですが「ずっとひたっていたい.曲」です。最後静かに終わった後,続いた長い余韻は,その気持ちの現れだと思いました。

この日の公演では,大好きなバーバーのヴァイオリン協奏曲とフォーレのレクイエムを中心に,真摯で透明感のある音楽を堪能できました。東京混声合唱団とOEKには,「岩城宏之さんがつなぐ強いご縁」があります。そして,それを引き継ぐように山田和樹さんによる縁もあります。是非,今後もOEKとの共演や金沢での公演に期待したいと思います。

(2016/09/16)




公演の看板


公演のポスター


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北陸朝日放送が収録を行っていました。


終演後,山田さんとヤングさんのサイン会がありました。