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オーケストラ・アンサンブル金沢 第380回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2016年9月17日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) プロコフィエフ/古典交響曲ニ長調, op.25
2) モーツァルト/ピアノ協奏曲第17番ト長調, K.453
3) (アンコール)ドビュッシー/「映像」第1集〜水に映る影
4) 武満 徹/弦楽のためのレクイエム
5) シューベルト/交響曲第5番変ロ長調, D.485
6) (アンコール)シューベルト/楽興の時第3番(弦楽合奏版)

●演奏
ウラディーミル・アシュケナージ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:ジェームズ・カドフォード)
ジャン=エフラム・バヴゼ(ピアノ)



Review by 管理人hs  

2016/2017シーズンのオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演シリーズは,ウラディーミル・アシュケナージさんの指揮によるフィルハーモニーシリーズで始まりました。プログラムには,OEKの原点に立ち返ったような作品ばかりが並びました。プロコフィエフの古典交響曲は,設立当初以来,繰り返し演奏してきた作品。シューベルトの交響曲第5番もOEKの編成や規模にぴったりの交響曲。モーツァルトのピアノ協奏曲は,OEKが取り上げる協奏曲的作品の核とも言えます。そして,岩城さんが繰り返し演奏してきた武満作品です。

アシュケナージさんの指揮ぶりは,決してスマートな感じはなく,どこか慌ただしい感じもしましたが,出てくる音楽の方は,とてもまとまりの良い,中庸の美といった雰囲気を感じさせてくれるものでした。

最初に演奏されたプロコフィエフの古典交響曲は,OEK十八番の曲ということで,出てくる音に特に充実感がありました。その中に暖かみが漂っているのがアシュケナージさんらしいところだと思いました。

第1楽章の冒頭の一音はズシリと響きました。鋭さよりは,ブレンドされ,丸みを帯びた音で,じっくりと聞かせてくれました。先ほど中庸と書きましたが,響き全体に堂々とした力感や立派さがあるので,積極性を感じました。

第2楽章はデリケートになり過ぎることなく,静かで穏やかな世界が広がりました。第3楽章も自然な美しさが染み出るような演奏で,まさに古典的な世界が広がっていました。

第4楽章は特にフルートの活躍が目立つ部分です。極端に速過ぎないテンポでしたので,松木さんのフルートのニュアンス豊かな華麗さがしっかり楽しめました。軽妙さだけではなく,各楽器間のおしゃべりをじっくりと楽しませてくれるような味わいのある演奏だったと思います。

続いて,ピアニストのジャン=エフラム・バウゼさんをソリストに迎え,モーツァルトのピアノ協奏曲第17番が演奏されました。バウゼさんは個性を前面に出すというよりは,オーケストラと一体となってアンサンブルを作っていくような感じでした。

第1楽章は控えめで清潔感のある気分で始まりました。バウゼさんのピアノにはベタついた感じやひねくれた感じはなく,珠を転がすようなスムーズな音の連なりを楽しませてくれました。全体にやや大人しいかな,とも思ったのですが,カデンツァでは,パッと花開くような華やかな音楽を聞かせてくれました。ただし,ここでもギャラントな気分を壊すことなく,スムーズな音楽を聞かせてくれました。

第2楽章は,最初,オーボエ,フルートなど木管楽器のソロが活躍します。特にケッヘル400番台以降のピアノ協奏曲の大きな楽しみは,こういった部分だと思います。しっとりと陰影に富んだ「大人のモーツァルト」の音楽を聞かせてくれました。中間部フッと短調に変わる部分でのバウゼさんのピアノの味わい深さも素晴らしいと思いました。

第3楽章は変奏曲形式で,管楽器と絡んで音楽が進んでいくあたりディヴェルティメントの中の1つの楽章を聞くようでした。変奏曲の中に1か所短調の部分が入るのも定番ですが,この部分も魅力的でした。楽章の最後の部分でテンポを上げる辺りは,オペラのアンサンブル・フィナーレを見るような楽しさがありました。アシュケナージ指揮OEKとバウゼさんとが一体となった,生き生きとしたモーツァルトを楽しませてくれました。

アンコールでは,バウゼさんの独奏で,ドビュッシーの「映像」第1集の中から「水に映る影」が演奏されました。豊かな広がりを感じさせる演奏が見事でした。新鮮味のある和音の連なりを聞きながら,「ドビュッシーとジャズはかなり近いのでは」と実感しました。

後半は,没後20年の武満徹の弦楽のためのレクイエムで始まりました。OEKの設立当初,この曲を初めて聞いた時,難解な曲だなぁと思った記憶があります。この日この曲を聞いて感じたのは,すっかり現代の古典なったなぁということです。もちろん晦渋さは残っているのですが,音にとげとげしい感じがなく,大変こなれた演奏だと思いました。この日のコンサートマスターは,ジェームズ・カドフォードさんというゲストの方でした。この方のソロも含め,大変こなれた演奏だったと思います。演奏後,アシュケナージさんはスコアを持ち上げて,没後20年となった作曲家へのリスペクトを表現していました。OEKの積み重ねてきた歴史と同時に,自分自身の耳の変化も感じさせてくれる演奏でした。

プログラムの最後は,シューベルトの交響曲第5番でした。この曲で締めるというのは,いかにもOEKらしいところです。まず,音楽が瑞々しいのに感激しました。アシュケナージさんは,80歳近くですが,弛緩したところはなく,ストレートにこの曲の持つみずみずしさを伝えてくれました。

私自身,この曲を最初に聞いたのがブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団のLPレコードだったので(いわゆる「刷り込み」です),第1楽章の最初の部分は,どの演奏を聞いても速く感じるですが,特にスムーズな開始だったと思いました。モーツァルトの時同様,ここでもフルートやオーボエの率直でマイルドな響きが気持ち良く響いていました。

第2楽章も停滞することのないテンポですっきりと演奏されましたが,その中に芳醇さがありました。どうも書いていると日本酒の「ひやおろし」の味わいと重なってしまいます。この楽章の途中,フルートがスーッと出てきてたっぷりメロディを演奏する部分が大好きなのですが,松木さんの演奏は大変伸びやかでイメージどおりでした。

第3楽章もキビキビと演奏されましたが,乱雑さはありませんでした。中間部でもさほどテンポを落とすことはなく,楽章全体として大きくアーチを描くような豊かさのある音楽を聞かせてくれました。

第4楽章も推進力のある演奏でした。アシュケナージさんの指揮ぶりはますますエネルギッシュになり,アクセントをしっかりと付けていましたが,全体としてしなやさがあり,暴力的にならないのが良いと思いました。

アシュケナージさんの指揮の動作を見ていると,大巨匠というよりは,音楽が好きでたまらない少年,といった感じがします。その雰囲気は,このシューベルトの交響曲第5番にはぴったりです。気持ち良い作品を気持ちよく聞かせてくれた素晴らしい演奏だったと思います。

アンコールでは,シューベルトの楽興の時第3番を弦楽合奏に編曲したものが演奏されました。ゆったりと暖かな気分に溢れた演奏でした。こうやって聞くと,ロザムンデのバレエ音楽第2番によく似た感じになるなぁと面白く聞くことができました。

新シーズン開幕の定期公演は,アシュケナージらしさとOEKらしさが融合した素晴らしい公演だったと思います。今シーズンも多彩なアーティストとプログラムを楽しんでいきたいと思います。

PS. 終演後,アシュケナージさんとバウゼさんのサイン会が行われました。超有名アーティストのアシュケナージさんを間近で見られるということで,長い列ができていました。

サイン会を予想して,お気に入りのアルバム,シューベルトのピアノ・ソナタ第18番のCDにサインをいただきました。大変端正なサインです。


バウゼさんには,ショパンのアルバムにいただきました。

私の少し前の方が,ショパンの曲の楽譜にサインをもらっていたのですが,バウゼさんとアシュケナージさんは,サイン会をやっていることをすっかり忘れ(?),「この曲のここがいいんだよね」「ババーン,というこの部分」「そうだそうだ」(超意訳)という感じで熱い会話を始め,その”良い部分”に「これはベリー・スペシャルなサインだよ」という感じで2人並んでサインを書いていました。中村紘子さんではありませんが,「ピアニストは,常軌を逸するぐらいにピアノが好きなんだなぁ」と実感しました。ちなみにこの”好きな部分”ですが,口三味線の感じだと,ピアノ・ソナタ第3番の緩徐楽章...のような気がしました。

私がショパンのCDを差し出した時,バウゼさんは,「アン・ビリーバブル!」という感じで,ワーッとしゃべって「私の唯一のショパン・アルバムなんだ」という感じでアシュケナージさんに語り掛けながら,曲目リストの上にババーンの自分の名前を書いてしまいました(本当はいつもどおりジャケットの方にもらいたかったのですが...)。


PS. 今回のゲストコンサートマスターのジェームズ・カドフォードさんですが,色々調べてみると香港シンフォニエッタのコンサートマスターをされている方のようです。
https://hksl.org/musicians/james-cuddeford/

以下を見ると,ステージ上で大変なトラブルに遭ったようですね。
http://www.scmp.com/news/hong-kong/education-community/article/1876735/shock-hong-kong-sinfionetta-leader-collapses

さらに調べてみると...金沢出身のヴァイオリニスト吉本奈津子さんともチームを組んでいることが分かりました。さらにさらに,次のようなCDも持っていました。数年前,吉本さんが金沢21世紀美術館で演奏会を行った時に購入しものです。
 

(2016/09/24)




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