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N響若手メンバーと鶴見彩によるピアノ五重奏
2016年9月19日(月祝) 19:00〜 金沢蓄音器館

ヴォーン・ウィリアムズ/ピアノ五重奏曲 ハ短調
シューベルト/ピアノ五重奏曲 イ長調 「ます」 Op. 114, D. 667
(アンコール)シューベルト/ピアノ五重奏曲 イ長調 「ます」 Op. 114, D. 667〜第4楽章(繰り返しなし)

●演奏
宮川奈々(ヴァイオリン),中村翔太郎(ヴィオラ),市寛也(チェロ),岡本潤(コントラバス),鶴見彩(ピアノ)



Review by 管理人hs  

敬老の日を含む3連休は台風などの影響もあり,全国的に雨だったようです。金沢もこの日の午前中は大雨警報が出るほどでした。その中,「N響若手メンバーと鶴見彩によるピアノ五重奏」と題された演奏会が金沢蓄音器館で行われたので聞いてきました。金沢蓄音器館での演奏会は,収容人数が少ないこともあり,どれも人気なのですが,今回のピアノ五重奏公演は特に人気が高かったようで,会場は満席でした。

この日のメンバーは,金沢市出身のコントラバス奏者,岡本潤さんを含む,NHK交響楽団の弦楽器メンバー4名と金沢ではお馴染みのピアニスト,鶴見彩さんでした。コントラバス入りの室内楽ということになると,かなりレパートリーは限定され,ピアノ五重奏となると,シューベルトの「ます」の五重奏曲しか思い浮かばなかったのですが,ちゃんと同じ編成の曲もあるんですね。前半は「ます」と同じ編成のヴォーン・ウィリアムズのピアノ五重奏曲が演奏されました。

もちろん聞くのは今回が初めてでしたが,とても良い曲だと思いました。調性がハ短調ということで,ベートーヴェンの交響曲第5番をどうしても思い出してしまうのですが,実際,暗い雰囲気の楽章で始まった後,最後の方は明るく盛り上がる感じで,暗と明の対比を楽しむことができました。

曲は3楽章構成でした。第1楽章は,暗いロマンがうごめく感じで始まりました。途中出てくるしみじみとしたメロディともども大変魅力的でした。第2楽章はピアノのモノローグで始まり,弦楽器が心に染みる歌を引き継いでいきました。近現代の音楽としては保守的で,ラフマニノフの曲あたりに通じるような気分があると思いました。

第3楽章はユニゾンで始まった後,その音楽が複雑に変化し,緊迫感を増していくような音楽でした。どの楽章も,暗いロマンをたたえており,途中盛り上がった後,静かに終わるあたり,どこか奥ゆかしいところがありました。

初めて聞く曲でしたが,「名曲のオーラ」のようなものを持っており,昔から馴染んでいる曲のように楽しむことができました。

N響若手メンバーによる演奏は,音がピタリと揃っていて,ハーモニーがとても美しいと思いました。蓄音器館は残響がほとんどなく,音が生々しくダイレクトに聞こえてくるのですが,その中でも(逆に言うと,それだからこそ)大変水準の高い演奏をしっかり味わわせてくれました。

後半では,お馴染みのシューベルトのピアノ五重奏曲「ます」が演奏されました。それに先立ち,休憩時間中に,蓄音器館らしく,SPレコードで「ます」の第4楽章の一部が流されました。往年の名ピアニスト,アルトゥール・シュナーベルによる演奏でした。当時の最高級の蓄音器クレデンサで聞いたこともあり,予想以上に澄んだ響きで楽しむことができました。さらに,立体感のようなものさえ感じることができました。

さて,「ます」の実演の方ですが,こちらも素晴らしい演奏でした。個人的には,第1楽章の最初,「ジャーン」と全員で演奏した後,ピアノだけ音が残って,上向していく部分とか,その直後,コントラバスがしっかりと低音の持続音を効かせる部分とか...冒頭から好きな部分だらけです。鶴見さんのピアノは相変わらず鮮やか,岡本潤さんのコントラバスの音もしっかりと低音を聞かせてくれました。

その後も晴れやかで安定感のある音楽が続きました。前半同様,がっちりと各楽器の音が組み合わさっており,室内楽の面白さをしっかりと感じさせてくれるような演奏だったと思います。

第2楽章は,静謐な感じのあるピアノとそれに寄り添うような弦楽器とが一体となって,ひっそりとした親密な気分を作っていました。第3楽章は対照的に,大変キビキビとした音楽を聞かせてくれました。この楽章では,コントラバスが強い音で「ダダダダ」と合いの手を入れるのが印象的です。間近で聞くと大変迫力がありました。

第4楽章は,透明な水の中を泳いでいるなぁという感じで主題が演奏された後,いかにも楽し気に変奏が続いていきました。途中の変奏で,テンポを揺らし,溜めを作るような感じの「遊び」を入れている部分がありました(コントラバスの岡本さんがとても楽しそうに演奏していました)。楽器間の「駆け引き」が聞いている方にまで伝わってくるような,蓄音器館ならではの演奏でした。

第5楽章は,もともと楽しい音楽ですが,今回の演奏からは,和気あいあいと仲間で作り,仲間で楽しむといった気分が特によく伝わってきました。考えてみると,シューベルトが私的に行っていた「シューベルティアーデ」と呼ばれていた小規模なコンサートは,丁度こんな雰囲気だったのかもしれません。シューベルトの曲を聞くのにぴったりのシチュエーションだったのでは,という気がしました。

この岡本さんを中心とした4人は,今日の昼間は金沢市内の「茶室」で演奏会を行ったようで(抹茶付き),そちらも満席だったとのことです。

これを機会に,「蓄音器館でシューベルティアーデ」といった新シリーズができると面白い気がしました。蓄音器館のピアノは,メイソン・アンド・ハムリンというメーカーのものです。ピアノ・ロール用も兼ねているようで,とても軽やかな音なので,小さな会場で聞くには特にぴったりなのではないかと思います。

N響若手メンバーによる室内楽シリーズの続編にも是非期待したいと思います。

(2016/09/25)



開演前,時間があったので,蓄音器館の近くの主計町茶屋街を散策。なかなか良い雰囲気でした。

浅野川大橋付近からスタート


浅野川沿いの料亭街


浅野川大橋




この店は窓を開けていました。


細い路地は主計町ならではですね。


暗がり坂を登って,久保市乙剣神社の裏へ




鏡花通り。


蓄音器館に到着。








公演の案内


演奏前の様子


「ます」の楽譜とピアノ

今回のチェロ奏者,市(いち)さんを含む4人のチェロ奏者がCDを発売されたそうで,終演後,会場で販売していました。サインもいただいてきました。