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オーケストラ・アンサンブル金沢第382回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2016年10月21日(金) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) スクリャービン/ナッセン/スクリャービン・セッティング(1978)
2) 武満徹/トゥリー・ライン(1988)
3) ナッセン/レクイエム(スーのための歌)
4) ブラームス/セレナード第1番ニ長調, op.11

●演奏
オリヴァー・ナッセン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング),クレア・ブース(ソプラノ*3)



Review by 管理人hs  

オリバー・ナッセン指揮によるオーケストラ・アンサンブル金沢の定期公演フィルハーモニーシリーズを聞いてきました。ナッセンさんがOEKを指揮をするのは3回目ですが,今回は取り分け渋いプログラムでした。

前半では,スクリャービンのピアノ小品をナッセンさんがオーケストレーションをした「スクリャービン・セッティング」,ナッセンさんの友人でもあった今年が没後20年の武満徹の「トゥリー・ライン」,そして,ナッセンさんの妻のスー・ナッセンさんを追悼して作曲された「レクイエム(スーのための歌)」の3曲が演奏されました。

どの曲もオーケストラの定期公演としては変則的で,室内楽に近い部分もあったのですが,ほのぐらいトーンに統一感があり,武満とナッセン(そしてスクリャービン)の類似性を感じました。ナッセンさんと武満さんの関係については「盟友」と書かれていることもありますが,音楽を聞いて「なるほど」と感じました。ナッセンさんの作る音楽からは,ファンタジーの世界を思わせるような,美しさと繊細さが伝わってきました。

スクリャービン・セッティングは,ワーグナーの「トリスタン」を思わせるような,半音階的な動きが印象的でした。ナッセンさんは,非常に大きな方(縦にも横にも)ですが,それと反比例するような,緻密さと柔らかさのある音楽を聞かせてくれました。スクリャービンの5つのピアノ小品をオーケストレーションした曲集ですが,本当に短い曲ばかりだったので,全部で10分程度でした。どこか短歌や俳句を味わってような感覚もしました。

調べてみると,次の5曲が原曲でした。
  1. 2つの小品op.57-1「欲望」(1908)
  2. 4つの小品op.56-3「ニュアンス」(1908)
  3. 2つの小品op.57-2「舞い踊る愛撫](1908)
  4. アルバムの綴りop.58(1910)
  5. 3つの小品op.52-2「なぞ」(1907)
艶っぽい響きが出てきたリ,けだるい雰囲気になったり,気まぐれな雰囲気になったり...心地よく神秘的な気分に浸らせてくれた10分間でした。

武満徹の「トゥリー・ライン」は,弦楽四重奏+コントラバス+管楽器+打楽器という独特の編成で,武満が仕事場にしていた信州の並木や自然を表現した作品です。初めて聞く曲だったのですが...ピタリと波長が合ってしまいました。全体に室内オーケストラらしく,音が薄く,孤独感が漂っているけれども,それが大変気持ちよく感じました。低音がしっかりと効いている上に,どこか心地よさを持った「晩年の武満」らしい音が続いていました。ナッセンさんの作る音楽には,触ると壊れるような繊細さがありました。それが大変魅力的でした。

プログラムの解説によると,弦楽器がそよ風,ハープや打楽器で木漏れ日,木管楽器で鳥のさえずり...といった分担がされており,武満版「田園」といった曲といえます。曲の後半,オーボエの水谷さんがソロリソロリと上手側から退場し,舞台裏でカデンツァのような感じでソロを演奏していました。その音が,かなりの高音で,ちょっと苦し気で,微妙に音が揺れて...妙に惹かれました。最後は癒しを感じさせるように終わっていましたが,全曲を通じて独特の魅力を持った作品だと思いました。

# よくよく調べてみると,この曲は岩城宏之指揮OEKがCD録音も残していました。じっくりと聞いてみたいと思いますが...オーボエのパフォーマンスの部分を中心として,実演の方がずーっと楽しめる作品ですね。

前半最後は,ナッセンのレクイエムが演奏されました。テキストは,通常のレクイエムの典礼文ではなく,エミリー・ディキンソンなどの4人の詩を使っていたのが特徴で,祈りの音楽というよりは,シュプレッヒ・シュティンメ風の演劇的な雰囲気がありました。ナッセンさんが,亡き妻を思って書いた作品ということで,冒頭から「どうして亡くなってしまったんだ!」という思いの強さが伝わってきました。

全体的にややとっつきにくく,4つの部分(歌詞は英語,スペイン語,ドイツ語の3つの言語が書かれていました)の変化もあまり感じられなかったのですが,ソプラノのクレア・ブースさんの声には,暖かさと同時に清潔感があり,「現代的なレクイエム」に相応しい歌を聞かせてくれました。楽器編成も変わっていました。何よりも,ヴァイオリンが入っていたいのが変わっていました。そのことにより全体にくすんだ感じがありました。

前半に演奏された曲全体としても,ほの暗い感じがあったのですが,後半のブラームスのセレナード第1番は,その気分を振り払うような,爽快感な気分で始まりました。

演奏会で取り上げられる機会が非常に少ない曲なのですが,ブラームスの交響曲第2番をさらに田園的にしたような雰囲気のある曲で(調性はどちらもニ長調),大変面白く聴くことができました。全部で6楽章構成というのが,交響曲とは違うのですが,音楽の聞きごたえという点では交響曲同様の聞きごたえがありました。

第1楽章は,ドローン風の低音の上に鼻歌で歌えそうなメロディがホルンに出てきて始まりました。この雰囲気が,ナッセンさんの体格とは正反対の軽快さで,実に爽やかでした。チェロを中心とした第2主題の流れるような歌も気持ちの良いものでした。その一方,要所要所でシンフォニックな迫力がほのめかされているのは,ブラームスらしいと思いました。

第2楽章は短調で,謎めいた気分がありましたが,それほど重い感じはせず,メンデルスゾーンあたりの曲に通じるムードがあると思いました。第3楽章のアダージョは,静かで長大な楽章でした。ナッセンさんの作る音楽は,大変丁寧で,まどろみの世界に暖かく包み込まれるようでした。ちょっと長すぎるかなという気もしましたが,大変聞きごたえのある楽章でした。

第4楽章のメヌエットは,遠藤さんのクラリネットなどの木管楽器がじっくりととした音楽を聞かせるメヌエットと,ヴァイオリンを中心にしっとりと聞かせるような短調のメヌエット,という2つの部分からなっていました。第5楽章は,狩の気分を持ったホルンが活躍する楽章で,金星さんを中心に野性味と美しさを兼ね備えた音を楽しませてくれました。

第6楽章には,シューベルトの初期の交響曲を思わせるような運動性ありました。生き生きとした明快な,OEKの持ち味にぴったりの音楽を聞かせてくれました。それでいて,自然の中に包み込まれるような大らかさもありました。楽章の最後の部分は,トランペットなどの音が活躍し,ブラームスの交響曲第2番ほど熱狂的にはなりませんでしたが,明るく大きく盛り上がって終わりました。

恐らく,全曲で45分以上かかっていたと思うのですが,各楽章ごとに聞きどころがあり,全く退屈せずに楽しむことができました。

今回の公演は,前半・後半ともに有名曲が入らない「定期公演ならでは」のプログラムでした。OEKのレパートリーについては,編成的にどうしても制限がありますので,今回のような形で,知名度は低いけれども楽しめる作品を取り上げることは,大変良いことだと思いました。特にブラームスのセレナードについては,4つの交響曲の演奏頻度に比べるとあまりにも演奏される機会が少ないと思いました。後期の作品とはまた別の魅力を持った作品だったので,他のオーケストラも実演で,もう少し取り上げても良いのに,と思いました。

この日,ナッセンさんは,杖をついてゆっくりとした足取りで登場しました。しかもヒゲ面ということで,どこかファンタジーに出てくる「超人的な魔法使い」のような雰囲気があると思いました。ナッセンさんには,是非また,OEKに魔法をかけるために再登場していただきたいと思いました。



翌々日は「金沢マラソン」ということで,音楽堂周辺でもその雰囲気が高まっていました。
 
もてなしドームのタペストリ―と交流ホールです。

(2016/10/31)



この公演の立看板


交流ホールでは,翌々日に控えた金沢マラソンの受付中


恒例のサイン会は,ナッセンさんの体格(?)を考えて,楽屋前の廊下で行われました。





サイン会の時,なぜか作曲家の権代敦彦さんも楽屋前付近にいらっしゃいました。ナッセンさんと親交がおありなのでしょうか?