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オーケストラ・アンサンブル金沢第383回定期公演フィルハーモニーシリーズ
2016年11月5日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホールル

1) ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第3番ハ短調, op.37
2) (アンコール)シューベルト/即興曲変ト長調 , op.90-3
3) ビゼー/小組曲「子供の遊び」op.22
4) ビゼー/「アルルの女」第1組曲, 第2組曲

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:須山暢大)*1,3-4
イェルク・デームス(ピアノ*1-2)



Review by 管理人hs  

爽やかな快晴になった11月の午後,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演フィルハーモニーシリーズを聞いてきました。今回の目玉は,何といっても,かつて「ウィーンの3羽烏」と呼ばれ,日本でも親しまれているベテランピアニスト,イェルク・デームスさんが登場したことです。OEKとの共演は今回が初めてです。デームスさんは,1928年生まれですので,今年88歳の米寿になります。演奏生活64年ということで,大変息の長い活動をされています。そのレパートリーの中心は,モーツァルト,ベートーヴェン,シューベルトといったウィーン古典派の音楽です。今回はベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番が演奏されました。

演奏会の最初(この日は協奏曲が1曲目でした),シルバーのスーツを着たデームスさんが舞台袖に登場し,ゆっくりと歩く姿を見て,一瞬「大丈夫だろうか?」と思ったのですが,ピアノに向かうと一気に巨匠に変貌しました。その姿には,常に平常心が漂っていました。

さすがにピアノのタッチに力強さはなく,テンポも気ままに伸び縮みする感じでしたが,その何も邪気を感じさせないような無心のタッチを聞いて,音楽の原点に触れた気がしました。その音はすっと心に染み,滑らかさはないけれども無理のない自然さがあり,音と戯れるようでした。若い演奏家が目指している世界とは別次元の音世界が広がっていました。

井上道義さん指揮のOEKは,序奏部からくっきりと引き締まった演奏を聞かせてくれました。テンポを合わせるのはかなり大変だったと思いますが,敬意に溢れたバックアップでした。特に1楽章の途中に出てくる遠藤さんのクラリネットの瑞々しい音がとても印象的でした。

第2楽章については,「祈りの音楽」というイメージを持っていたのですが,デームスさんの演奏からは,「悟りの世界」「枯淡の境地」が伝わってくるようでした。OEKの瑞々しい演奏との対比も印象的でした。非常に遅いテンポで演奏され,楽章が進むにつれ,深い世界に入っていきました。楽章の最後の方で,ピアノが上向する音階を何回か弾く印象的な部分がありますが,この部分では非常に滑らかにスッと演奏しており,聞いていて解脱(?)したような気分になりました。

第3楽章はもともと動きの大きな楽章なのですが,デームスさんの演奏には,かなり気まぐれでギクシャクとした音の動きがありました。どこか,老境を楽しんでいるような,独特の世界を作っていました。ピアノの入りを間違えそうになる部分もありましたが,その自在な演奏の中にファンタジーの世界を感じました。カデンツァの前でオーケストラが見得を切るように区切りを付けた後の自在な世界も聞きものでした。最後の部分は,結構ハラハラする感じもありましたが,OEKの強力なサポートでずしりとした手ごたえで締めてくれました。

デームスさんは,1回袖に引っこんだ後,すぐにアンコールで,シューベルトの即興曲 作品90の3を演奏しました。純粋で暖かみのある音の流れだけが静かにゆっくりと続き,会場を全体を別世界に変えていました。時々ためらうようにテンポが遅くなったり,転調とともに表情が自然に変化したり,大げさなことはしないのに自然に感動がにじんでくるような,生きた音楽になっていました。

プログラムの後半では,井上道義さんの大好きなビゼーの作品が演奏されました。

「子供の遊び」は,井上さんのキャラクターにぴったりの作品です。前半では,デームスさんのバックアップに全力を尽くしていましたので,第1曲の軽快な行進曲をはじめ,足かせ(?)が外れたように,音楽が軽やかに跳ね回っていました。井上さんの「踊る指揮」も観られました。この部分でのトランペットのカラリとした明るさも印象的でした。

その後,短いながら分かりやすいキャラクターを小粋な曲が続きます。一見,井上道義さんは,やんちゃな印象に思えるのですが,こういう上品な雰囲気の曲を指揮するのがとても巧いと思います。第4曲二重奏「小さな夫と妻」などでは,短いながらしっとりとした品の良さがしっかりと伝わってきました。最後,第5曲ギャロップ「舞踏会」でのキビキビとした透明感で全曲をパーフェクトに締めてくれました。

「アルルの女」第1,第2組曲も親しみやすいメロディに溢れた名曲中の名曲です。第1組曲の前奏曲の冒頭のユニゾンから,ビシッと引き締まった緊張感が溢れていました。この曲では,トランペットが4本も入っていましたが,その余裕のある澄んだ響きも印象的でした。

この組曲は,色々な木管楽器の個人技も楽しめる作品です。特に要所で出てくるサクソフォンの甘い音は,この曲のトレードマークだと思います。「フランスの田舎風」の空気や明るい詩情が溢れてくるようでした。この曲のいちばんの魅力だと思います。ちなみに,この日のサクソフォンのエキストラは中村均一さんでした。甘い音をバランス良く聞かせてくせてくれました。

3曲目のアダージェットは,まさにアダージェットという感じのテンポで,静かで瑞々しい歌を聞かせてくれました。第4曲のカリヨンは,ホルン4人のユニゾンで始まりました。その目の覚めるようなくっきりとした強い音が印象的でした。

その後,一瞬拍手が入り掛けましたが,大きく休むことなく第2組曲が始まりました。第2組曲の1曲目の牧歌については,個人的には,冒頭のダイナミックな音の動きを聞くだけで,プロヴァンス気分を感じてしまいます(行ったことはありませんが...)。途中の木管楽器の音を聞くと旅情のようなものを感じてしまいます。トリオでのプロヴァンス風の太鼓のちょっと土の匂いがする感じも大好きです。

第2組曲のメヌエットでは,工藤重典さんのフルートのソロを楽しむことができました。その健康的で純粋な音が大変印象的でした。実演で聞くと曲が進むにつれて,色々な管楽器が絡み合ってくるのを楽しめるのも魅力です。オーボエとの重奏も美しいし,サックスのオブリガードも聞いていてせつなくなります。

最後のファランドールでは,この曲ならではのプロヴァンス風の太鼓のリズムに乗って気持ち良く盛り上がって行くのですが,テンポ設定には余裕があり,井上さんがしっかりとコントロールを効かせ,音をしっかりと気持ち良く鳴らしていました。熱狂するけれども,荒れ狂う感じにはならない,音楽的な大人の演奏になっていました。

井上さんは,本当にこの組曲が好きなんだなと思わせるような演奏でした。演奏後,井上さんは「本日はアンコールはありません。快晴なので。外にお出かけてください」と言ってお開きとなりました。この日の空に相応しいとても気持ちの良い演奏会となりました。至福の時間でした。

(2016/11/12)




この公演の立看板


この日の公演は,NHK-FMが収録を行っていました。

終演後,サイン会が行われました。

このCDは,モーツァルトのピアノ協奏曲集です。懐かしのコレギウム・アウレウム合奏団と共演したものです。デームスさんは,ハンマー・フリューゲルを演奏しています。