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石川フィルハーモニー交響楽団第30回定期演奏会
2016年11月6日(日) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

ベートーヴェン(マーラー編曲)/弦楽四重奏曲第11番ヘ短調「セリオーソ」,op.95(弦楽合奏版)
マーラー/交響曲第5番嬰ハ短調

●演奏
花本康二指揮石川フィルハーモニー交響楽団



Review by 管理人hs  

石川フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会を聞いてきました。今回は記念すべき第30回ということもあり,大曲,マーラーの交響曲第5番を中心としたプログラムでした。金沢でマーラーの交響曲が演奏される機会は少ないので,聞き逃すわけにはいきません。

石川フィルのマーラーでは,過去,第1番「巨人」,第2番「復活」,第9番を聞いたことがありますが,第5番も大変難易度の高い作品ということで,このオーケストラにとって記念すべき演奏会になったのではないかと思います。全曲を通じて大変どっしりとしたテンポ設定で,マーラーの交響曲の中では,いちばん純音楽的といっても良い名曲を堂々と聞かせてくれました。

演奏会の前半では,ベートーヴェンの弦楽四重奏曲「セリオーソ」の弦楽合奏版が演奏されました。この編曲者がマーラーということで,後半とのつながりのある凝った選曲となっていました。オリジナルの弦楽四重奏版だと第1楽章冒頭部などには,切り込むような鋭さがあるのですが,弦楽合奏版だとどうしてもそれが少し薄まってしまうところがあります。

実は最近,音楽を聞く時,「テクスチュア(織り合わされたもの,織り方)」に注意しています。メロディの流れ(横糸)と和声(縦糸)が合わさり,それに各楽器の音色が加わることで,音楽の肌触り(耳触り?)のようなものが変わってきます。テクスチュアが曲ごとに違ったり,曲の中で変わっていくの味わうのがとても面白く感じています。

この弦楽四重奏から弦楽合奏への編曲についても,その変化を楽しむことができました。弦楽合奏版になったことで,ちょっとクリアさは薄まるけれどもゴージャスさが広がるようなところがありました。特に第2楽章以降は,暗めの弦楽セレナーデを聞いているような聞きやすさがあると思いました。曲の最後,ほのかに明るさが見えるあたりも,いいなと思いました。

後半はマーラーの5番が演奏されました。

この曲では,何といっても,まず冒頭のトランペットが聞きものです。プレッシャーがかかる部分ですが,柔らかく安定した音を聞かせてくれ,お見事でした。その後のしっとりとした弦楽器の音も良いなぁと思いました。マーラーの交響曲といえば,「大仰で派手」という印象もあるのですが,この日の演奏は,この部分以外でも,チェロなどの弦楽器の合奏をしっとり聞かせる部分がとても丁寧に演奏しており,いいなぁと思いました。

第2楽章では,第1楽章よりも音楽の動きが増し,エネルギーに満ちた音楽が続きました。狂気を感じさせるような音のうねり...という感じはなかったのですが,第5楽章の最後の予告編のような形で,爽やかな盛り上がりを楽しませてくれました。

第3楽章はホルンが大活躍します。細かい部分ではミスはあったかと思いますが,7人のホルン・パートが一丸となって,充実感のある音を聞かせてくれました。リズムに軽やかさもあり,ウィンナ・ワルツを思わせる部分もありました。木管楽器は(この楽章以外でも),要所要所でかなり高くベルアップしていましたが,恐らくマーラーの指示通りに演奏していたのだと思います。打楽器では,「バチン」というムチが入っていましたね。こういった部分を見るのも,実演の面白さです。3拍子の楽章ということで,もう少しくだけた雰囲気があっても良いと思いましたが,他の楽章同様に,誠実さを感じさせてくれる演奏だったと思います。

第4楽章のアダージェットもじっくりとしたテンポで演奏されました。この楽章だけは,管楽器,打楽器はお休みということで,全曲のオアシスのような雰囲気がありました。世紀末的なミステリアスさよりは,過ぎ去っていく時間を惜しんでいるような,どこか不思議な浮遊感を感じさせてくれました。まさに,良い意味でこの楽章だけが浮いているようでした。

第5楽章には全曲のゴールという高揚感がありました。楽章の入りの部分は,管楽器類のソロがセリフをつないでいくような面白さがあります。この辺は,結構スリリングな感じもありましたが,音楽が段々と盛り上がり,対位法的に絡まっていくあたりの,音楽の密度の高さが良いと思いました。この複雑に絡み合う音楽が続いた後,最後の最後,霧が晴れるようにトランペット4人によるファンファーレが聞こえてくると,いつも解放された気持ちになります。この日のトランペットは特に爽快だったと思います。疲れを全く感じさせないような瑞々しさがありました。曲の最後,オーケストラ全体が「めくるめく」という感じでキラキラと光を放って,バシッと締めてくれました。

というようなわけで,前半後半ともに,マーラーの楽譜に真っ直ぐ取り組んで,丁寧かつストレートに音楽の魅力を伝えてくれた素晴らしい演奏会だったと思います。石川フィルさんのマーラー・シリーズ(勝手にシリーズ化していますが)もかなり進んできました。後は声楽の入る大規模な作品が多いのですが,いつの日か「全集」になることを期待しています。

PS. 石川フィルさんの定期公演では,指揮者の花本さんによるプレトークが恒例になっています。この日は次のようなことを説明されていました。
  • マーラーの交響曲第5番の冒頭とメンデルスゾーンの結婚行進曲の冒頭は似ている。これはきっとパロディである(調性が違うようですが,ちょっと音が変わるだけで,結婚が葬送に変わるのがとっても面白いですね・)。
  • 第2楽章はちょっとメロドラマ風(確かにそんな部分もありますね)。
  • 第3楽章はほとんどホルン協奏曲です。
  • この曲は打楽器の出番がとても多い。トライアングルの田中さんに登場いただいて,この曲の中に出てくるトライアングルの技を披露。普通のトレモロ以外に,8分音符で演奏というのもあり,色々使い分けがされていることが紹介されました(聞いてみると,各楽章ともクライマックスでトライアングルが大活躍でした)。
  • オーケストラの中でトライアングルを響かせる場合,「チーン」という澄んだ音ではなく「ヂーン」という感じの濁った音を使うようにしている。チーンだと仏壇のイメージになる(浄土真宗王国の石川県では大変分かりやすい説明!)。

(2016/11/12)




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