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音楽堂室内楽シリーズ第3回 トリオ・ソナタの愉しみ
2016年11月17日(木) 19:00〜 石川県立音楽堂交流ホール

1) ヘンデル/トリオ・ソナタ ロ短調,op.2-1,HWV.386b
2) バッハ,C.P.E./フルートと通奏低音のためのソナタ ト長調,Wq.133/H564「ハンブルガー・ソナタ」
3) スカルラッティ,D./チェンバロ・ソナタ ハ長調,K.502
4) スカルラッティ,D./チェンバロ・ソナタ ロ短調,K.87
5) スカルラッティ,D./チェンバロ・ソナタ ニ長調,K.119
6) バッハ,J.S./トリオ・ソナタ ト長調,BWV.1038
7) バッハ,J.S./ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第2番イ長調,BWV.1015
8) バッハ,J.S./「音楽の捧げ物」〜トリオ・ソナタ ハ長調,BWV.1079
9) (アンコール)バッハ,C.P.E./トリオ・ソナタ(不明)

●演奏
原田智子(ヴァイオリン*1,6-9),松木さや(フルート*1-2,6,8-9),福野桂子(チェロ*1,6,8-9),辰巳美納子(チェンバロ)


Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のメンバーが中心となって行われた音楽堂室内楽シリーズの今年度第3回「トリオ・ソナタの愉しみ」を聞いてきました。トリオ・ソナタと言いつつ,今回の出演者は4人でしたが,その理由は,フルート+ヴァイオリン+「チェンバロとチェロによる通奏低音」の3声部によるトリオということになります。

演奏された曲は,J.S.バッハ,C.P.E.バッハ,ヘンデル,スカルラッティの4人の曲でした。今回の公演は,OEKのヴァイオリン奏者,原田智子さんが中心になって企画されたものだと思いますが,配布された曲目解説の充実ぶりどおり(今回出演された皆さんが執筆した「渾身の解説」です),演奏の方も大変充実したものになっていました。大人が聞くのにぴったりの,かなり渋さはあるけれども,精緻で瑞々しい純音楽の世界を楽しむことができました。

前半に演奏されたヘンデルとJ.S.バッハのトリオ・ソナタは,それぞれ緩-急-緩-急の4つの楽章からなっており,フルートとヴァイオリンと通奏低音が作る小宇宙を楽しむことができました。両作曲家の個性が出ているのが面白いと思いました。

特に,前半最後に演奏されたJ.S.バッハのトリオ・ソナタの持つ懐の深さが素晴らしいと思いました。曲の内側に,大きくもう一つ別の世界が広がっているようでした。原田さんのヴァイオリンの,知的ですっきりとした雰囲気とOEKの松木さやさんのフルートの暖かみのある音が通奏低音の上でしっかりと絡み合っていました。メリハリはあるけれども,極端な感じはなく,ゆったりとした構えで音楽を楽しませてくれました。

ヘンデルのトリオ・ソナタの方は,しっとりとした雰囲気を持ちながらもより外向的で,バランスの良い成熟した作品だと思いました。

前半の2曲目では,カール・フィリップ・エマニュエル(C.P.E.)バッハのハンブルガー・ソナタが演奏されました。C.P.E.バッハは,大バッハの次男ということで,古典派への橋渡しをした作曲家です。時代的にも,モーツァルトのフルートの名曲よりも後に作られた古典派的な曲ということで,他の曲に比べると特に聞きやすい曲でした。

フルートの音域も広く,聞き手の耳の「ツボ」にしっかり入ってくるような親しみやすいメロディが魅力でした。第2楽章も,どこか可愛らしい感じのあるロンドでした。以前から感じているのですが,C.P.E.バッハは,もっと聞かれても良い作曲家だと思います。松木さんのフルートのバランスの良い音の素晴らしさと生きの良さを堪能できる曲でした。

その後,辰巳美納子さんのチェンバロで,D.スカルラッティのソナタが3曲演奏されました。緩-急-緩の曲が選ばれていたので,3楽章からなるソナタを聞くようでした。

1曲目は,3/8拍子と2/4拍子が交錯する曲で,どこかゴツゴツした感じの中に面白さがありました。2曲目には控えめな哀感があり,3曲目にはチェンバロ一人で色々な楽器を弾き分けているような,華麗さがありました。解説には「ファンファーレに続いて,花火が上がる。カスタネットやかき鳴らされるギターも合わさって熱狂的なお祭りのよう」と書かれていましたが,なるほどと思いながら楽しむことができました。

それにしてもスカルラッティのソナタは凄いですね。どの曲の中にも,短い中にアイデアが詰め込まれており,飽きることなく楽しむことができます。

後半の最初では,J.S.バッハのヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第2番が演奏されました。この曲では,特に原田さんのヴァイオリンの緻密で精度の高い音の魅力を楽しむことができました。歌うというよりは思索するような感じがあり,常に知的な雰囲気が漂っています。第1楽章の冒頭から,辰巳さんのチェンバロの音とかっちりと音が絡み合っていました。

この曲も,緩-急-緩-急の4つの楽章からなっており,他の曲とのバランスが良いと思いました。第2楽章の凛とくっきりとした感じ,第3楽章での独特の透明な哀感。第4楽章の精密で知的な美しさ。どの楽章もとても魅力的でした。原田さんのバッハ演奏では,10年以上前に小林道夫さんのチェンバロと共演した「全6曲」の公演を聞いたことがありますが,今回もまた素晴らしいなぁと思いました。

そして,最後に”バッハのトリオ・ソナタの本丸”のような「音楽の捧げ物」の中のトリオ・ソナタが演奏されました。今回のプログラムの中心ということになります。この曲もまた,緩-急-緩-急の4楽章で書かれています。一応,フリードリヒ大王の書いた主題に基づく変奏曲的な作品なのですが,そんなに鮮明に主題は出てこないのが,ちょっと謎めいた感じでもあります。

第1楽章はたっぷりと情が広がるような深みのある美しさが印象的でした。第2楽章では,王のテーマが3つの楽器に順番にスーッと出てくるのが印象的です。「動き」と「安定」が両立するのがバッハらしいところです。第3楽章には甘美さと落ち着きがありました。フルートが入ると,どこかマタイ受難曲などにフッと出てきそうな雰囲気になるのが,面白いと思いました。第4楽章は,王の主題がしっかりと出てくる曲でしなやかな動きがありました。

全曲を通じてレンガをしっかりと積み上げていくような堅固さがあると同時に,力み過ぎない余裕があるのがこのアンサンブルの良さだと思いました。バッハ晩年の「到達点」のような音楽をじっくりと楽しむことができました。

最後,アンコールでC.P.E.バッハのトリオ・ソナタ(曲名の詳細は不明)の中の一つの楽章が演奏されました。フルートがしっかり活躍し,最後は品よく華麗に締めてくれました。

実演で「トリオ・ソナタの世界」に触れるのは,今回ほとんど初めてだったのですが,会場が交流ホールで,とても間近で聞くことができたこともあり,その面白さをストレートに感じることができました。今後もこういった「渋い選曲」でのバッハを中心とした室内楽公演に期待したいと思います。

(2016/11/22)




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