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第10回ピアノ協奏曲の午後
2016年11月23日(水・祝) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ベートーヴェン/ピアノ,ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲 ハ長調, op.56
2) シューマン/ピアノ協奏曲 イ短調, op.54
3) モーツァルト/ピアノ協奏曲第21番ハ長調, K.467
4)(アンコール)リスト(ブゾーニ編曲)/「フィガロの結婚」による幻想曲  

●演奏
垣内悠希指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
石冨絵里*1, 佐伯周子*2, ニコライ・ホジャイノフ*3(ピアノ)
坂本久仁雄(ヴァイオリン*1), 大澤明(チェロ*1)



Review by 管理人hs  

勤労感謝の日の午後,石川県ピアノ協会主催で3年に1回行っている「ピアノ協奏曲の午後」を聞いてきました。この公演も,今回で10回目ということで,恒例の石川県ピアノ協会所属のピアニストとオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の共演に加え,ロシアの若手ピアニスト,ニコライ・ホジャイノフさんをゲストに招いてのピアノ協奏曲も演奏されました。

前半では,ベートーヴェンの三重協奏曲とシューマンのピアノ協奏曲の2曲が演奏されました。

ベートーヴェンの方は,ソリストが3人必要なこともあり,実演で演奏される機会の少ない作品です。この日はOEKのヴァイオリン奏者の坂本久仁雄さんとチェロ奏者の大澤明さんの賛助を得て,石川県ピアノ協会所属の石冨絵里さんが出演しました。

ピアノ三重奏曲と協奏曲が合わさったような作品ということで,例えてみれば,「大公」と「皇帝」を一緒に聞いているような豪華さはあるのですが,ベートーヴェンの中期の作品としては,やや密度が低いようなところが「無きにしも非ず」です。

ただし,その大らかな雰囲気には独特の魅力もあります。この日の演奏でも,3人のソリストとOEKとが一体となって,優雅でアットホームな雰囲気のある演奏を聞かせてくれました。第1楽章は,やや抑え気味で始まった後,穏やかな気分で演奏が続き,次第に豪華さを増していきました。途中,3つの楽器が絡み合いながら,それぞれに格好良く聞かせる辺りが良いなぁと思いました。

第2楽章では,人情味溢れる大澤さんチェロによる「心の歌」を楽しむことができました。第3楽章は,優雅で堂々としたポロネーズ風の気分が出ていました。ピアノ自体が目立つ部分は少ない曲だったのですが,石冨さんのピアノは,OEKメンバーと堂々とやり取りをしながら,しっかりと全体を支えていました。

2曲目では,同じく石川県ピアノ協会所属の佐伯周子さんをソリストに迎え,シューマンのピアノ協奏曲が演奏されました。今年はこの曲の「当たり年」のようで,OEKがこの曲を演奏するのは3回目だと思います。個人的に大好きな曲なので,毎回楽しんでいます。この日の演奏もまた素晴らしい内容でした。

第1楽章の冒頭は,オーケストラとピアノが一体となって,ピリッと始まります。続くOEKの音にはまろやかさが感じられました。加納さんのオーボエの音にも暖かみがありました。佐伯さんの音は,とてもクリアに聞こえてきて,どの部分もニュアンスが豊かでした。カデンツァもしっかりと演奏されていましたが,やや真面目すぎるかなという気もしました。

第2楽章はピアノに加え,チェロ・パートの見せ場もあります。その透明感のある叙情的な歌が印象的でした。佐伯さんのピアノには停滞する感じはなく,”青春の曲”といった趣きのある気持ちの良い音楽を聞かせてくれました。第3楽章に推移していく辺りで,ピアノがキラキラときらめく部分も大変魅力的でした。

第3楽章はきっちりと整いながらも,勢いのある音楽を聞かせてくれました。この楽章では,速いパッセージが上下しながら,延々と続く部分が特に好きなのですが,聞いていて胸が熱くなるような迫力を感じました。佐伯さんの気合いの入った演奏と,OEKの流れの良い演奏とががっちりと組み合った,緊張感のあるフィナーレになっていました。

後半では,ゲストのホジャイノフさんが登場して,モーツァルトのピアノ協奏曲第21番が演奏されました。これが本当に素晴らしい演奏でした。まず,垣内悠希さん指揮のオーケストラ・アンサンブル金沢の演奏が素晴らしく,「万全のモーツァルト!」という感じのテンポ感,音のバランスを聞かせてくれました。第1楽章はやや速目のテンポで始まりましたが,ちょっとした音の刻みにも自信に溢れていました。

垣内さんの指揮でOEKの演奏を聞くのは初めてだったのですが,ウィーン在住ということで,これからもOEKの中心的なレパートリーである,ウィーン古典派の音楽などを聞いてきたいものです。

さて,ホジャイノフさんのピアノですが,本当に鮮やかでした。全曲を通じて,硬質でクリアな音でキリっと引き締まった演奏を聞かせてくれたのですが,そこには慌てた感じはなく,瑞々しく,若々しい印象を鮮やかに残してくれました。

モーツァルトのK.400番台以降のピアノ協奏曲では,管楽器のパートも魅力的です。この21番については,昔からフルートの音が時折聞こえてくるのが大好きなのですが,この日の岡本さんの暖かみのある音は,イメージどおりでした。

ホジャイノフさんのピアノは指の動きが素晴らしく,速いパッセージでの,明確なタッチが見事でした。バッハなどの対位法的な手法を駆使した曲などを弾いてもぴったりなのではと思いました。ちょっとした音階を上がったり下りたりするだけでも(モーツァルトにはこういうフレーズが多いのですが),美しいなぁ,聞かせるなぁと思いました。

第1楽章のカデンツァは,モーツァルト自身のものが残っていないこともあり,どういうカデンツァが出てくるか楽しみです。この日のカデンツァもまた,大変独創的かつ即興的でした。第1楽章には,交響曲第40番の冒頭と似た短調のフレーズが出てくるのですが,その部分を巧く使っていたこともあり,ファンタジーの世界に入ったような面白さがありました。どなたのカデンツァだったのでしょうか?

有名な第2楽章での気品の高さを感じさせる美しい演奏も印象的でした。OEKの作る,落ち着いた伴奏音型の上で,クリアで硬質なピアノの音が清潔で高貴な歌を聞かせてくれました。平常心の中に,嬉しさと悲しさが秘められているような奥深さを感じました。

第3楽章は,かなり速いテンポで演奏されました。そして,その鮮やかさに圧倒されました。惚れ惚れするような気持ちの良さは,この楽章の気分にぴったりでした。ピアノが入ってくるアインガングの部分などにも,自由で即興的な気分があり,しっかり楽しませてくれました。

この勢いを続ける感じで,アンコールでは,リスト作曲,ブゾーニ編曲による,「フィガロの結婚」の中のアリア「もう飛ぶまいぞ,この蝶々」によるパラフレーズのような作品が演奏されました。ロマン派時代の作品ということで,波が打ち寄せてくるような迫力がありました。ホジャイノフさんの鮮やかな演奏を聞きながら,どこか映画「アマデウス」の中に出てくる,モーツァルト自身がこのメロディにモチーフに即興演奏をするシーンなどを思い出してしまいました。

ホジャイノフさんは鮮やかなテクニックと,自由な感性とが自然に両立した素晴らしいピアニストだと思いました。今後,注目のピアニストですね。

この日の金沢は,一日中非常に寒かったのですが,午後からは3人のピアニストによる演奏で,たっぷりと協奏曲を楽しむことができ,熱く充実した気分になりました。特にゲストのホジャイノフさんの演奏には感嘆しました。12月前半は,菊池洋子さんがOEK定期公演に登場して,モーツァルトのピアノ協奏曲「戴冠式」を演奏しますが,今回のホジャイノフさんとの比較が大変愉しみになってきました。

(2016/11/30)




公演のポスター


ANAホテルとホテル日航の間の大通りにも落ち葉が舞っていました。