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オーケストラ・アンサンブル金沢第384回定期公演マイスターシリーズ
2016年12月3日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ロッシーニ/歌劇「どろぼうかささぎ」序曲
2) モーツァルト/ピアノ協奏曲第26番ニ長調, K. 537「戴冠式」
3) (アンコール)モーツァルト-リスト/アヴェ・ヴェルム・コルプス
4) ロッシーニ/歌劇「ウィリアム・テル」序曲
5) モーツァルト/交響曲第36番ハ長調, K. 425「リンツ」
6) (アンコール)ハイドン/交響曲第92番 「オックスフォード」〜第4楽章

●演奏
ギュンター・ピヒラー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-6, 菊池洋子(ピアノ*2-3)



Review by 管理人hs  

12月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演マイスターシリーズには,お馴染みギュンター・ピヒラーさんが登場し,今シーズンの「お約束」のモーツァルトにロッシーニの序曲を絡ませたプログラムが演奏されました。プログラムの最初に序曲が1曲入るのは「定番」ですが,後半の最初にも序曲が入るのは,意外に珍しいことです。

というようなわけで,前半がロッシーニの「どろぼうかささぎ」序曲とモーツァルトのピアノ協奏曲第26番「戴冠式」,後半がロッシーニの「ウィリアム・テル」序曲とモーツァルトの交響曲第36番「リンツ」という,前半と後半で線対称になった独特のプログラムとなりました。最後の「リンツ」は,演奏会のトリの曲としては,やや軽めの曲でしたので,序曲を加えることで,とてもバランスの良いものになったと思います。

演奏の方も,いかにもピヒラー&OEKらしいものでした。12月上旬の快晴の午後に聞くのにぴったりの,ちょっとピリッとしているけれども晴朗な演奏を楽しませてくれました。

ロッシーニの序曲は,ピヒラーさんが指揮するとぎゅっと圧縮されたコンパクトな感じになります。最初に演奏された「どろぼうかさぎ」序曲は,ティンパニ,大太鼓,シンバル,トライアングル,そして小太鼓2台と打楽器奏者が6人も必要になる曲です。特に注目はステージ奥の上手側と下手側に分けて配置された小太鼓です。2台の小太鼓がステレオ効果で掛け合いをするように始まった後,行進曲が続きます。見ているだけでも楽しめる部分です。ピヒラーさんのテンポ設定はやや速目で,大変軽快に音楽が進んでいきました。

主部に入ると短調になるのですが,それほど深刻な感じはなく,オーボエやフルートが瑞々しいメロディを演奏し,ロッシーニ・クレッシェンドで盛り上がるという「お決まりのパターン」に入っていきます。個人的には,この「お決まり」の感じにハマっていくところに心地よさを感じます。ピヒラーさんの演奏は,やや生真面目すぎるかな,という部分もあるのですが,くっきりとまとまったスピード感のある演奏は,「さすが」でした。

2曲目の,ピアノ協奏曲「戴冠式」では,菊地洋子さんのピアノがお見事でした。しっかりとした足取りで始まったオーケストラのみによる序奏部に続き,何の邪気もないシンプルさで菊地さんのピアノが入ってきました。もともとシンプルな雰囲気を持った曲ですが,プロのピアニストにとっては,飾りのないシンプルさを表現することの方がかえって難しいのではないかと思います。シンプルな曲の美しさと同時に,安心感と自信に溢れたモーツァルトを聞かせてくれました。

曲が進むにつれ,一瞬ほのかに翳りが出てきてり,しっとりとした雰囲気になったり,自然な表情の変化が大変魅力的でした。第1楽章のカデンツァは,往年の名チェンバロ奏者,ワンダ・ランドフスカのものを使っていました(掲示が出ていました)。ひょっこり「フィガロ」が入ってきたような,曲想にぴったりの楽しさをもったカデンツァでした。

第2楽章もまた,シンプルにすっと美しい時間が流れていくような演奏でした。リラックスしたのびやかな感じが実に上品でした。後半ではアドリブ的な装飾音も加えていましたが,最後にはじっくりテンポを落とし,優雅な美の世界を堪能させてくれました。

そのままインターバルをほとんど置かず,第3楽章に入ると,明快で軽快な音楽が続きました。OEKメンバーとの気心の知れた室内楽的なやりとりも楽しいものでした。速目のテンポによる華やかな流れの良さのある演奏なのですが,バリバリと弾く感じはなく,常に暖かみのを持ったオーラが漂っているのが素晴らしいと思いました。最後は鮮やかで艶やかな香りとともに締めてくれました。

アンコールでは(この時,ピヒラーさんが弦楽器の背後の方に座って聞いているというのも,お馴染みのパターンです),モーツァルトのアヴェ・ヴェルム・コルプスをリストが編曲したものが演奏されました(「モーツァルト/リストによる」と菊池さんはおっしゃられていたので,「編曲」よりは「作曲」に近いものだと思います。)。クリスマス・シーズンにちなんでの選曲ということで,俗世の埃が浄化されたような神聖さとキラキラした雰囲気が合体したような美しさがありました。リストならではの装飾音が,クリスマスツリーの飾りのようにきらめいていました。この日,菊地さんは大変鮮やかな赤のドレスを着ていましたが...聞いているうちにサンタ・クロースのように見えてきてしまいました。

菊地さんは,金沢ではすっかりおなじみのピアニストということで,音楽堂のステージだとホームグランドで演奏しているような,自信と安心感のある演奏を毎回聞かせてくれます。菊地さんの持っている「すくすくと育ったお嬢様」という健康的で大らかな雰囲気は,他のピアニストにはない,素晴らしいキャラクターだと思います。これからもずっと応援していきたいピアニストの一人です。

後半は,ロッシーニの「ウィリアム・テル」序曲で始まりました。有名曲(私が中学生の頃は音楽鑑賞の定番曲でした)の割に定期演奏会で演奏される機会は少なく,久しぶりに聞いた気がします。最初の「夜明け」の部分は,ルドヴィート・カンタさんを中心としたチェロ・パートの見せ場です。カンタさんの音は,美しくよく通るベル・カント風の声を思わせるものでした(ベル”カンタ”といったところ?)。透明感のあるチェロ・パート全体のハモリも見事でした。

続く「嵐」の部分は,キビキビと引き締まった整った感じがあり,「小嵐」といったところでした。「牧歌」では,松木さんのフルートと加納さんのイングリッシュ・ホルンが伸びやかで瑞々しい気分を伝えてくれました(ちなみに,この部分を聞くと...個人的にはスパイク・ジョーンズという往年の冗談音楽による「ウガイしながら歌った後,ゴクッと飲む」演奏が今でも思い浮かんでしまい,困っています.。)。

トランペットとホルンによる明快なファンファーレに続く「行進」の部分は,ギャロップを思わせるような軽快さががありました。ピヒラーさんの演奏には,いつもビシッと手綱を引き締めている印象があるのですが,それを少し緩めて,バランスよく疾走させているようでした。

演奏会の最後に演奏された「リンツ」は,「ピヒラーさんとOEKならばこういう演奏をするだろう」という予想どおりの演奏でした。そして「やはりピヒラーさんはすごい」と思いました。弦楽器のアーティキュレーションが明確かつニュアンスが豊かで,いつもどおりのピリッと締まったバランスの良い演奏を聞かせてくれました。

第1楽章の序奏部は早目のテンポで,古楽奏法っぽいムードがありました。ティンパニもロッシーニの時とは違い,バロック・ティンパニを使い,カラッとした音を出していました。それが次第にしっとりとした感じになり,主部に入って行きます。この部分での,キビキビ感と落ち着いたムードの共存が素晴らしいと思いました。呈示部の繰り返しは行っていました。

第2楽章は弦楽器の穏やかな雰囲気の中に緊張感が漂っているような演奏でした。しっかりとした芯を持った流れの良い歌が続くうちに,段々と艶っぽく翳りのある夜の気分へと変化していくのが魅力的です。緩徐楽章にも関わらずトランペットとティンパニが加わっているのですが,この「味付け」も効果的でした。

第3楽章もピヒラーさんらしい,ピリッとしたメヌエットでした。その分,オーボエとファゴットがちょっとテンポを落として歌う中間部との対比が鮮やかでした。第4楽章も速いテンポで演奏されていましたが,しっかりとコントロールされており,曲の表情のメリハリがくっきりと付けられていました。曲が進むにつれて,いろいろな楽器の受け渡しが出てきて,オペラ・ブッファのフィナーレのようになってくる愉悦感が素晴らしいと思いました。

全曲を通じて,古典派交響曲らしい揺るぎのない安定感の中でのダイナミクスと自在さを感じさせてくれる演奏でした。ピヒラーさんとOEKのつながりも大変長くなってきましたが,朝日新聞地方版に連載されている「OEKここに注目!」でヴァイオリンの坂本さんが書いていたとおり,「厳しい指導」はずっと続いているようです。演奏後,コンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんとピヒラーさんが抱き合っていました。その熱心なリハーサルをねぎらうような光景だったのだと思います。

アンコールでは(ピヒラーさんは必ずアンコールを演奏してくれます),ハイドンの交響曲第92番「オックスフォード」の最終楽章が演奏されました。「最初,この曲は何だろう?ちょっと楽し気で粋な小品かな?」と思って聞き始めた後,段々と立派な雰囲気になり,ハイドンの交響曲の最終楽章に違いないと分かりました。素晴らしい疾走感に加え,ユーモアの漂う演奏で,ワクワクとした爽快な気分で公演を締めてくれました。この曲は...次回のピヒラーさんとOEKの予告編であることを期待したいと思います

今回の定期公演は,OEKのレパートリーの中心であるモーツァルトを中心に,期待通りの充実感のある演奏を楽しませてくれた演奏会でした。

(2016/12/10)




公演の立看板


今回は打楽器のエキストラが大勢いたこともあり,プレコンサートには渡邉昭夫さんを中心とした打楽器アンサンブルチームが登場しました。

終演後,サイン会がありました。


ピヒラーさんからは何回もサインをいただいているので,OEKを指揮したCDが尽きてしまいました。というわけでアルバン・ベルク四重奏団時代のシューベルト「死と乙女」のジャケットにいただきました。金色で書き始めたのですが,途中で銀色のペンに持ち替え。なかなかスペシャルなサインになりました。


菊地洋子さんにも何回かサインをいただいています。今回はプログラムに。


JR金沢駅に行ってみると,クリスマス・ツリーが登場していました。