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クリスマス・メサイア公演
2016年12月11日(日) 15:00開演 (14:15開場) 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの曲より「ああ,火の魂よ」「善行」「ああ,魂の羊飼い」(構成・編曲・監修:天沼裕子)
2) ヘンデル/オラトリオ「メサイア」(抜粋 22,24-28,33-39,41,46曲は省略)
3)(アンコール)きよしこの夜

●演奏
天沼裕子指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*2,3, 朝倉あづさ(ソプラノ*2,3),デーキョン・キム(カウンター・テナー*2,3), オリヴァー・クリンゲル(テノール*2,3), 高橋洋介(バリトン*2,3)
合唱:北陸聖歌合唱団*2,3, OEKエンジェル・コーラス*1,3



Review by 管理人hs  

12月恒例の北陸聖歌合唱団とオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)による,クリスマス・メサイア公演が行われたので聞いてきました。半世紀以上メサイアを歌っているこの合唱団ですが,今年の公演は,いろいろと新しい試みが行われており,今後の新しい方向性を示すような充実した内容になっていた気がしました。このことは,今回の指揮者の天沼裕子さんの力によるところも大きかったのではないかと思います。

通常この公演は,抜粋版で行われるので,「どの曲を演奏するか?」というのが一つのポイントになります。「クリスマス」ということで,イエスが誕生する場である,第1部が毎回中心になります。今年も,第1部を全部演奏していました。そのかわり,イエスが受難を受ける第2部については,合唱曲をばっさりとカットし,ハレルヤ・コーラスのみに絞っていました。また,イエスが復活する第3部についても合唱は少なめで,最後のアーメン・コーラスに力を集中させているようでした。その代わり,独唱者の方は大活躍で,抜粋版ではあまり歌われてこなかった曲も歌われていました。

合唱曲と独唱曲のバランスを見直した結果この形になったのだと思いますが,全体のまとまりがとても良い印象を持ちました。これは,今回登場した4人の独唱者のすばらしさにもよると思います。

第1部の序曲は,力強く,厳しさのある気分で始まりました。この部分では,弦楽器のヴィブラートは少なく,すっきりとした印象でした。OEKの演奏も大変生き生きとしたものでした。この日は定期公演の時よりもかなりステージに近い場所で聞いていたので,特に実感できました。

バリトンの高橋洋介さんも北陸聖歌合唱団の「メサイア」公演には初登場でしたが,プロフィールを読むと,約2年前のOEKがペール・ギュントの全曲を演奏した時のペール・ギュント役を歌っていた方でした。橋さんもまた,宗教曲にぴったりの品格と清潔感のある歌を聞かせてくれました。

バリトンに続いて,通常はアルトのアリアが入るのですが,今回は,カウンター・テナーのデーキョン・キムさんが歌っていました。これも天沼さんのアイデアでしょうか?このパートを男声で聞くのは初めてでしたが,非常に優しい暖かみのある歌だったと思います。表情の付け方も大変繊細でした。特に第8曲での合唱と一緒に歌う O thou that tellest good tidings to Zion での流れの良さは,幸せをすっと運んでくるようでした。

第1部の後半は,ソプラノが大活躍します。北陸聖歌合唱団の「メサイア」の「顔」のような存在だったソプラノの朝倉あづささんが2013年以来3年ぶりに復帰し,いつもどおりの可憐で凛とした声を聞かせてくれました。

この部分での合唱では,For unto us a Child is born...を聞くのがいつも楽しみです。今回も軽快な声を聞かせてくれました。今回は間近で聴いたせいもあり,歌詞に相応しく,とても喜ばしい表情をしていたのがよく見えました。合唱曲では,第17曲 Glory to God in the highest も毎回楽しみにしている曲です。オルガン・ステージにトランペットが現れ,キラキラとした音が降ってくると,毎年「クリスマスだなぁ」という気分になります。

第18曲のRejoice も好きな曲です。速目のテンポでキビキビ動くのが大変心地よく感じました。そして,第19〜20曲のHe shall feed His flocks like a shepherd では安らぎに満ちた声を聞かせてくれました。それと同時に神々しさも感じました。

今回は,第1部を全曲カットなしで演奏したのですが,どの曲もカットできないなぁと改めて思ってしまいました。

ここで休憩が入り,第2部と第3部が,抜粋で演奏されました。

第2部は,合唱曲を中心に大幅にカットされていたのですが,その分,独唱陣が充実した歌を聞かせてくれました。第23曲の He was despised は受難の場を表現するもっとも重要な曲だと思います。キムさんの声からは,優しさや慈悲深さが伝わってくるようでした。中間部でのOEKの低音パートの切れ味の良いヒンヤリとした感じと好対照を成していました。

その後,抜粋版ではこれまで演奏されてこなかったテノールのアリアが続きました。ここでも透明な悲しみがしっかりと伝わってきました。第40曲のバリトン独唱は,抜粋版でも常に入っている曲ですね。若々しいスピード感が橋さんの若々しい声にぴったりでした。その後,私の頭の中だと,合唱曲が入るのですが...それがないのがちょっと物足りなく感じました。

第2部の最後は,ハレルヤ・コーラスで締められます。その前に入るテノールのアリアも好きなです。凛としたキリっとした声で,ハレルヤへの絶好のイントロになっていました。

ハレルヤ・コーラスは,スーッとスマートに力みなく始まった後,段々とボリュームと推進力を上げていくような構成になっていました。最初の部分,合唱を抑え気味にしていたのは,北陸聖歌合唱団の「メサイア」では珍しいことかもしれませね。最後,トランペット(ピッコロ・トランペット?)とバロック・ティンパニが加わり,祝祭的な雰囲気で第2部を締めてくれました。

第3部はもともと短いこともあり,1曲を省略しただけでした。最初の第45曲は,個人的には好きな曲です。抜粋版だとよくカットされていたので,今回,朝倉さんのほっとさせてくれる声で聴けて大満足でした。

第47-48曲のThe trumpet shall sound は欠かせない曲ですが,高橋さんの品格のある立派な声とOEKの藤井さんのまろやかなトランペットが合わさり,じっくりと聞かせてくれました。どこかオペラティックな雰囲気もあり,ブラーヴォと声を掛けたくなる感じでした。

第52曲  If God be for us, who can be against us? はこれまであまり印象に残っていなかったのですが,今回の朝倉さんの敬虔さを感じさせてくれる歌を聞いて,アーメン・コーラスを前にして,全曲に深みを加えてくれるようだな,と感じました。

最後のアーメン・コーラスでは,確固とした自信に満ちた音楽をじっくりと聞かせてくれました。ここでも声高に叫ぶというよりは,落ち着きと平静さのある音楽になっていました。こうやって音楽を楽しめること,平和であることの素晴らしさを実感させてくれるような音楽でした。最後,たっぷりと息を吸い込んだ後(近くだったのでその音が聞こえた気がしました),堂々と全曲が締められました。

今回,天沼さんは,声高に叫ばないけれども,シャキッとした芯の強さのある「メサイア」を目指していたと感じました。北陸聖歌合唱団の歌も,熱のこもったものでした。天沼さんの指揮からは,各曲のテキストのイメージをくっきりと伝えようという意志が伝わってきました。そして,合唱団の歌からもその思いがしっかりと伝わってきました。OEKの演奏もいつもにも増して清々しさがあり,全曲を通じて,大変新鮮な気分を持ったメサイアになっていたと思います。

今回の選曲は,第2部は潔くカットする一方,第1部と第3部については,ほぼ全曲が演奏されました。この辺は賛否がありそうですが,クリスマス公演としては,とてもバランスの良い内容になっていたと思いました。

今回のクリスマス・メサイア公演のもう一つの特徴は,OEKエンジェルコーラスが,いつもの「クリスマス・ソング・メドレー」ではなく,ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの合唱曲を歌ったことです。

OEKエンジェル・コーラスのメンバーが真っ白の衣装(ドリフの少年少女合唱隊の衣装の裾がもっと長くなった感じ。中世の修道院の雰囲気?)を着てオルガン・ステージ登場し,同じくオルガン・ステージの袖の方にいる天沼さんの指揮で3曲ほど歌いました。曲ごとに編成が違い,人数を増やしたり減らしたりしながら,素朴さと同時にミステリアスな気分を持った歌が歌われました。

さすがに地味な感じでしたが,お祭り気分とは一味違うクリスマス気分を伝えてくれました。この選曲もまた,天沼さんのこだわりだったと思いますが(プレトークでの解説を聞くと,天沼さんは,この女性作曲家に心酔しているような感じでした),この曲を入れたことで,演奏会全体としてのトーンのまとまりが良くなったと思いました。

伝統を維持しながら,新しい試みを取り入れた今回の「メサイア」公演は,半世紀以上の歴史を持つクリスマス公演の中でも,特に意味のある公演になったのではないでしょうか。

(2016/12/18)




公演のポスター


公演の案内


クリスマスの飾りも出ていました


終演後,エンジェル・コーラスのメンバーがお見送りをしてくれました。