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ルドヴィート・カンタ チェロ・リサイタル
2017年1月21日 (土) 15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ドビュッシー/チェロとピアノのソナタ
2) フランク/ソナタ イ長調
3) ボーリング/チェロとジャズ・ピアノ・トリオのための組曲
4) (アンコール)バッハ,J.S.(編曲者不明)/無伴奏チェロ組曲第6番〜アルマンド(ジャズ版)

●演奏
ルドヴィート・カンタ(チェロ),ユリアン・リイム(ピアノ)
ジャズ・ピアノ・トリオ(Julian,Rita,Umechu)*3-4



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の首席チェロ奏者,ルドヴィート・カンタさんのリサイタルが石川県立音楽堂コンサートホールで行われたので聞いてきました。カンタさんのリサイタルも今回で19回目となりますが,プログラムに趣向が凝らされており,同じ曲がほとんど出てきていないのがすごいところです。

今回もまた,「新曲」が入っていました。後半に演奏された,ボーリングという現代の作曲家による,チェロとジャズ・ピアノ・トリオのための組曲という1984年の作品です。曲は,タイトル通りの作品で,チェロとピアノが擬似バロック音楽的な親しみやすい音楽を演奏しているうちに,コントラバスとドラムスが加わり,心地よいジャズの雰囲気になっていくといったとても面白い作品でした。

かつて人気のあった,ジャック・ルーシェトリオによる,「プレイ・バッハ」のような気分があり,とても新鮮でした。バロック音楽の組曲のように6曲からなっていたのですが,1曲ずつが結構長かったので,50分ぐらい演奏時間があったと思います。各曲の雰囲気に変化があり,大変リラックスして楽しむことができました。ステージの照明も爽やかな色合いに変わり,演奏者の衣装もポロシャツと青いジーンズといったカジュアルなものになっていました。

カンタさんといえば,OEKに入る直前頃,NAXOSレーベルにジャズ風のカデンツァの入るハイドンとボッケリーニのチェロ協奏曲のCD録音を行っています。その面目躍如たる演奏でした。ちなみにジャズ・ピアノ・トリオのメンバーは,Julian,Rita,Umechuとクレジットされていましたが...ユリアン・リイムさんのピアノ,OEKのコントラバス奏者のマルガリータ・カルチェヴァさん,端谷博人さんのドラムスでした。

カンタさんもカルチェヴァさんも日頃は,OEKメンバーとしてクラシック音楽ばかりを演奏しているはずですが,そのリラックスしたスィング感は,素晴らしいと思いました。リイムさんの軽快なピアノ,端谷さんの派手に目立ち過ぎることのないドラムと合わせ,とても爽快なジャズを聞かせてくれました。

1曲目は,ハッとさせるほど軽快な雰囲気で始まりました。その後,リラックスしたムードになったり,ほの暗い表情になったり,スピード感のある格好良い雰囲気になったり...これだけ気持ちの良い音楽に浸れるのも珍しいことかもしれません。5曲目ぐらいで,ピアソラの曲を思わせるような心に染みる切ない歌が出て来たのが印象的でした。

最後の6曲目は,1曲目に対応するような軽快な曲でした。エンディングの部分では,全員がのびのびとノリよく演奏し,大曲のフィニッシュに相応しい華やかさを感じさせてくれました。

演奏後,奏者全員にプレゼント(多分,ワインでしょうか?)が渡された後,それに応えてアンコールが演奏されました。これもすっかり恒例です。今回は,ボーリングの曲の編成に合わせ,バッハの無伴奏チェロ組曲第6番のアルマンドをチェロとジャズ・ピアノ・トリオ用に編曲されたものが演奏されました。もともと落ち着きのある曲ですが,ベース,ドラム,ピアノによる静かなリズムが加わることで,その落ち着きがかえって強調されているように思いました。どこかG線上のアリアを聞いているような気分になったのが面白いと思いました。

前半に演奏された2曲も,楽しむことができました。ドビュッシーのチェロ・ソナタは,「月と仲たがいしたピエロ」というタイトルをドビュッシーは考えていたらしいとのことで,ちょっと捉えどころがないけれども,ほのかにユーモアと哀愁が漂うような,演奏でした。カンタさんのチェロの音にはノーブルさが漂い,熟成されたメランコリックな気分がありました。リームさんのピアノの品の良い華麗さが感じられました。

第2楽章はセレナードということで,チェロはピツィカート,ピアノはスタッカートで演奏し,音楽の上にマイムがついているような独特の味わいがありました。第3楽章には,速いテンポでこまごま動く躍動感がありました。金沢では,滅多に聞くことのできない,ドビュッシーの晩年の逸品をしっかり楽しむことができました。

続いて演奏された,フランクのチェロ・ソナタは,オリジナルはヴァイオリン・ソナタです。名曲中の名曲ということで,チェロでも時々演奏される曲ですが,やはり音域が少し下がることで,ヴァイオリンの時とは一味違った,落ち着きが感じられました。ヴァイオリン版がスウィートだとすれば,チェロ版はビター・スウィートといったところでしょうか。チェロで演奏すると落ち着きや安心感が出る分,ヴァイオリン版の持つ,ちょっとせつなくなるような気分は少し薄れる気はしました。

第1楽章の冒頭,夢のような美しさを持ったリームさんのピアノに続き,とろけるようなカンタ・トーンが始まりました。いつもどおり,さりげないけれども滑らかに流れるカンタさんのチェロの歌を楽しむことができるこの作品は,カンタさんにぴったりだと思いました。

第2楽章や第4楽章での勢いのある自信に満ちた音楽も見事でした。リイムさんのピアノには重苦しい感じはなく,フランス風味が感じられました。チェロ版だと,線の太い音楽になるのも面白いところです。

第3楽章は,じっくりとしたテンポで,渋く演奏されました。第4楽章では,2つの楽器が美しく絡み合うと同時に,速目のテンポでぐいぐいと迫って来ました。それでも熱くなり過ぎず,品の良い香りが残るのが素晴らしいと思いました。

それにしても,カンタさんのリサイタルの選曲は,毎回毎回素晴らしいですね。次回は60歳記念の演奏会になるということです。どういう曲が演奏されるのか,どういう内容になるのか今から大変楽しみです。

(2017/01/25)






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