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平成28年度全国共同制作プロジェクト プッチーニ歌劇「蝶々夫人」
2017年1月22日 (日) 14:00〜 金沢歌劇座

プッチーニ/歌劇「蝶々夫人」(全2幕,日本語字幕付言語上演)

●出演
演出:笈田ヨシ,ミヒャエル・バルケ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
蝶々夫人:中嶋彰子,スズキ:鳥木弥生,ケイト・ピンカートン:サラ・マクドナルド,ピンカートン:ロレンツォ・デカーロ,シャープレス:ピーター・サヴィッジ,ゴロー:晴雅彦,ヤマドリ公爵:牧川修一,ボンゾ:清水那由太,役人:猿谷友規,蝶々さんの従妹:熊田祥子,ダンサー:松本響子,父親:川井ロン その他
合唱:金沢オペラ合唱団
舞台美術:トム・シェンク,衣装:アントワーヌ・クルック,照明デザイン:ルッツ・デップ,音響:石丸耕一 その他



Review by 管理人hs  

上演するのに費用のかかるオペラ公演を全国共同制作で行うプロジェクトが,ここ数年,金沢を中心に続いています。今年は,プッチーニの「蝶々夫人」が上演されました。その全国ツァーの初日が,金沢歌劇座で行われたので聞いてきました。

私自身,「蝶々夫人」の全曲を聞くのは2回目です。前回観たのは,1999年同じ金沢歌劇座で,天沼裕子さん指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)ということで,20年近くも前のことになります。時が経つのは速いものです。この時の蝶々さんは濱真奈美で,何というか「ものすごく感動した」記憶が残っています。

今回は,ここ数年OEKと共演する機会が多い,中嶋彰子さんがタイトルロール,その使用人のスズキ役が鳥木弥生さん。オーケストラはもちろんOEKということで,金沢発の新作オペラ「滝の白糸」のメンバーが「蝶々夫人」にスライドしたようなところもありました。そして何といっても注目は,時代を昭和初期に変更した,笈田(おいだ)ヨシさんによる演出です。

その印象は,大変鮮やかで強烈なものでした。リアルでありながら洗練された美しさを感じさせる衣装や舞台も素晴らしかったのですが,特に最後の「切腹」の場面での中嶋彰子さん演じる蝶々さんの強さが印象的でした。実は,今回,蝶々さんが自害するシーンせずに終わりました(このことは事前に広報していましたので,ネタバレにはならないかと思いますが,まだ公演を観ていないかたは,以下はお読みにならない方が良いでしょう)。

ピンカートンに裏切られた上,ピンカートンとの間の子どもも彼に渡すことになった蝶々さんは,オリジナルでは切腹するのですが,今回の演出では,切腹はせず,それまで家の前に立てていた星条旗を床に転がし,それを踏み越えるような形で,力強く立ちつくす,といった終わり方になっていました。セリフがなかったので,解釈は観る側に任されると思うのですが,ピンカートンからの自立を印象付けていたのかもしれません。

このことは,ピンカートン=アメリカ,蝶々さん=日本の象徴と考えられることもできます。笈田さんによるプログラム・ノートによると,戦後の「なんでもアメリカのものが優れている。日本の伝統は古臭い」という社会風景をこの2人に託していたとも読めます。

ただし,同じアメリカ人のシャープレスの方は,「よい大人」として描かれていましたので,アメリカが悪いというよりは,ピンカートンという個人の浅はかさが問題ということも言えます。星条旗を象徴的に使っていましたので,ピンカートンと蝶々さんの関係を日米関係のアナロジーとして捉えていると感じたのですが,単純に国と国の問題にする訳にもいかないかなとも思いました。

舞台全体の雰囲気全体としては,和風の障子や襖をイメージさせるような数枚の衝立をうまく活用し,舞台背景にあるスクリーンなどと合わせて,簡素ながら鮮やかな効果を上げていました。幕を使っていなかったので,通常のコンサートホールでも上演できるような比較的な簡素なセットで,見事な効果を上げていました。ただし,幕が上がったり下がったりしないので,第1幕切れなど,拍手を入れても良いのかどうか,タイミングがちょっと分かりにくいと感じました。

第1幕は,ミヒャエル・バルケ指揮OEKによる序奏で始まります。やはり石川県立音楽堂コンサートホールに比べると音はデッドですが,その分,クリアに音が聞こえました。バルケさんの指揮は,甘く流れすぎることはなく,軽快にストーリーが進んでいくような感じでした。

ピンカートン役のロレンツォ・デカーロさんは,その名のとおり大変デカーい方で,大国アメリカのイメージにぴったりでした。第1幕前半での歌唱からは,それほど強い特徴は感じなかったのですが,ピンカートンの「浅はかキャラクター」的には相応しいと思いました。

そのうち,結婚式の場になり,蝶々さんが登場します。個人的に,オペラの中でも特に好きな部分です。この日のステージは背景の方に一段高いステージがあり,その前に半透明のスクリーンが掛かっていました。このセットを使って,優雅で華やかな雰囲気をうまく出していました。小道具として赤い傘を使っていたのも和風の鮮やかさを強く印象付けていました。

この部分の音楽も大好きです。全曲の基調となる「愛のモチーフ」が,臈長(ろうた)けた雰囲気を盛り上げてくれます。ここで,蝶々さん役の中嶋彰子さんが初登場します。この部分では,純粋で清潔な感じを感じさせてくれました。その後の展開を知っているお客さんからすると,この部分が純粋であるほど,哀しくなってしまいます。

この時点で,ドラマの最後の部分の伏線となる「自殺用の小刀」が出て来ます。その時に,背景スクリーン奥の高い部分に,白装束に身をつつんだ蝶々さんの父親が浮き上がってきました。武士の血を引く娘であることをしっかりと印象付ける演出となっていました。私は2階の正面でない席から観ていたのでよく分からなかったのですが,1階席の正面から観ていたら,父と娘が重なり合うように見えるようになっていたのかもしれません。

続いて,ほとんど荒事歌舞伎のような形でボンゾ役の清水那由太さんが乱入してきます。やはり高いところから入ってきたので(確かそうだったと思いますが),キャラクターが大変分かりやすく感じられ,ドラマティックでした。そして,その迫力のある声も見事でした。そういえば,清水さんも「白糸組」のメンバーの一人ですね。

第1幕後半は,蝶々さんとピンカートの「愛の場」が,長く続きます。ここもまた見ものでした。燈篭風の照明とたき火(本物?)で夜の気分を醸し出す中,結構リアルな演出で,ピンカートンの待つ寝床に蝶々さんが入るまでのラブ・シーンが描かれました。中嶋彰子さんの声には喜びが溢れ,凛とした強い声で蝶々さんの新婚気分を描いていました。白の着物にも初々しさが感じられました。ピンカートンの方は,欲望を強く感じさせるような演技で,最後は布団の上で巨漢ピンカートンが蝶々さんに覆いかぶさるような形で終わっていました。この場面では,プッチーニならではのしっかり盛り上がる音楽と2人の歌手の熱い声を存分に楽しむことができました。


第2幕前半は,第1幕とは気分が一転しました。これまで蝶々さんについては,最初から最後まで,綺麗な着物を着ている印象を何の疑いもなく持っていたのですが,考えてみると,ピンカートンが去ってからは相当生活に困窮しているはずです。今回の笈田さんの演出では,戦時中ということもあって,蝶々さんの衣装はかなり地味なものに変わっており,衝立の方も荒れた雰囲気になっていました。質素な雰囲気をリアルに伝えていたと思いました。

その中で蝶々さんとスズキが,ピンカートンの帰りを待ちます。こういう状況で聞くと,「ある晴れた日に」には,蝶々さんの「憧れ」が描かれ,くじけそうになる自分を勇気づけるための歌なのだな,と感じました。その気分にぴったりの,切なさといじらしさのある,中嶋さんの歌でした。鳥木弥生さんが演じるスズキは,しっかりその聞き役になっていました。

その後,ピンカートンの乗った船が戻ってくる,という場になります。この辺では,あえてオーケストラの音を消すことで緊迫感を出したり,明るく鳴り響く音がかえって不吉な気分を持っていたり,大変面白いと思いました。この部分では,領事役のシャープレスも登場し,人間味のある歌を聞かせてくれます。

そして,船を確認した後の喜びを表現する,中嶋さんと鳥木さんによる「花の二重唱」になります。この部分での,「これは夢かな?」と思わせるような美しくも哀しい気分が印象的でした。お2人による幸福感に溢れた見事なハモリに加え,背景では,「花咲か爺さん」風に沢山の花びらが舞っていました。

そして,ハミングコーラスになります。夜から翌朝にかけての時間の推移をロマンティクかつミステリアスに描いていました。今回の笈田さんでは,どの場からもくっきりとしたイメージが伝わってくるのが素晴らしいと思いました。合唱団の皆さんは,衝立の前で歌っていましたが(確かそうだったと思います),「滝の白糸」の時同様,歌を歌うだけではなく,舞台の一部になったような感じで,ドラマの前兆の気分を盛り上げてくれました。

続いて第2幕第2場への前奏曲になります。この部分では,結婚式の時に使っていた赤い傘を使ったり(ちょっと血のイメージを持ってしまい,どこか不吉さを感じました),バレエシーンが入ったり,笈田さんならではの様々な趣向が凝らされていました。音楽の方は,夜が明けて町が動き出すような様子が,音楽でうまく描かれていました。さすがプッチーニという部分が連続します。

そして,ピンカートンとの再会の場につながっていくのですが,今回の特徴は,ピンカートンの「アメリカの奥さん」のケイト・ピンカートンと蝶々さんが「直接対話する場面」があった点です。プログラム解説によると,この部分は改訂版にはない部分で,今回は特別に復刻して含めたものとのことです。「わざわざ奥さんを連れてくるかなぁ?」という気もしましたが,この「よくできた奥さん」との対話シーンが,”切り札”のような感じになり,演劇的な緊迫感を盛り上げていたと思いました。

ちなみに今回のケイト役は,NHK連続ドラマ小説「花子とアン」に登場したサラ・マクドナルドさんが演じていました。オペラには初出演ということでしたが,とても新鮮な雰囲気を出していたと思いました。

この辺では,「前から心配していたのに...」というシャープレス,スズキという2人の大人と後悔するピンカートンとが絡む歌が続きます。この部分での「大人たち」の歌の存在感も良いと思いました。ピンカートンの歌にも,第1幕の時にはなかった痛切さが加わり,ドラマがどんどん高揚していきます。

そして,蝶々さんの方ですが,一種,「狂乱の場」といった感じの殺気走った雰囲気に変わって行きます。中嶋さんの蝶々さんには,常に芯の強さがあると思いましたが,それがさらに一段強く,ドラマティックになった感じがしました。

最後のシーンで,蝶々さんは「かわいい坊や」をピンカートンに渡すのですが,この辺りでのOEKの演奏にも壮絶さがありました。特にティンパニの強打が印象的でした。そして,第1幕でステージ背景のスクリーン奥に一瞬出て来た,白装束を着た父親が再登場します。小刀のライトモチーフを視覚化した感じの登場の仕方で,蝶々さんが武士の魂を引き継いでいることを見事に表現していました。

ただし,前述のとおり,ここで蝶々さんは小刀は手にしているけれども切腹はしません(昭和初期に時代を変えていたので,切腹という設定自体リアルではないのかもしれません)。家の前に立ててあった星条旗を床に転がし,蝶々さん自身,意識的か無意識的かは分かりませんが,その旗を踏み越えていくような演出になっていました。これは,アメリカ人に覆いかぶされれていた第1幕切れと好対照になっていると思いました。

その後,蝶々さんが自害したのか?たくましく生き抜いたのか?その点については不明で,未解決な部分が残されたとも言えます。ただし,第2幕後半での中嶋さんの芯の強さを感じさせる歌と演技を考えると,死んでいないのでは?という気がしました。1人の女性の生涯を演じきったような多彩な性格を持った歌と演技は,今回の上演のいちばんの見所,聞き所だったと思いました。

「泣けるかどうか?」という点では,前回のオーソドックスな演出の方が素直に泣けたのですが,今回の上演では,全曲を貫く武士の血を引く「蝶々さん」の「健気さ」「強さ」が強く伝わってきました。そして,伝統的な雰囲気だけではなく,全ての点でくっきりとした新鮮さが感じられました。この点が笈田さんの演出の素晴らしさだったと思います。

(2017/01/31)



公演のポスター


歌劇座名物の縦長の看板


この日は雪まじりの寒い日でした


ホール内の床にはレッド・カーペットが敷かれていました。


マスコミにも多数取り上げられていました。


今回は群馬公演も行われることもあり,ダルマ(片目だけ目が入っていました)が2つ並んでいました。


終演後です。