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音楽堂室内楽シリーズ Vol.4 ヤノシュ・オレイニチャク:エスプリ・ショパン:知られざる珠玉の名曲とともに
2017年1月28日 (土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

※ プログラムに掲載されていたプログラムから大幅に変更になったため,以下についても間違っている可能性があります。

ショパン/軍隊ポロネーズ イ長調,op.40
ショパン/ノクターン 嬰ハ短調「レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ」
ショパン/ノクターンホ短調
ショパン/2つのマズルカ,op.24-1,2
ショパン/3つのマズルカ,op.63
ショパン/幻想即興曲 → バラード第1番に変更
ショパン/前奏曲 ホ短調,op.28-4
ショパン/スケルツォ第2番 → 英雄ポロネーズに変更
ショパン/ワルツ イ短調,op.34-2 → ワルツop.69-1「告別」に変更
ショパン/2つのワルツ,op.64-2,1 →op.64-1「小犬のワルツ」は演奏せず
ショパン/ワルツ ホ長調
ショパン/ワルツ イ短調 op.34-2を演奏
ショパン/ワルツ イ長調 → マズルカイ短調op.68-2 に変更
ショパン/ポロネーズ変イ長調, op.53 → スケルツォ第2番に変更
(アンコール)ピアソラ/オブリビオン
(アンコール)ショパン/小犬のワルツ
(アンコール)ドビュッシー/前奏曲集第2巻〜花火
(アンコール)ショパン/前奏曲集第7番

●出演
ヤノシュ・オレイニチャク(ピアノ)
浦久俊彦(ナビゲーター)



Review by 管理人hs  

「音楽堂室内楽シリーズ Vol.4 ヤノシュ・オレイニチャク:エスプリ・ショパン:知られざる珠玉の名曲とともに」が石川県立音楽堂で行われたので聞いてきました。室内楽シリーズは通常は交流ホールで行われているのですが,今回は,ポーランドを代表するショパン弾きの一人,ヤノシュ・オレイニチャクさんが登場するとあって,ゆったりとコンサートホールで行われました(ただし,3階は使っていませんでした)。

オレイニチャクさんは,2002年度のアカデミー賞受賞作映画「戦場のピアニスト」のサウンドトラックを演奏した方で,ショパンコンクールの審査員,ワルシャワ国立ショパン音楽院の教授でもあります。正真正銘の「ショパンのスペシャリスト」といえます。

この日のプログラムは,「サロンのショパンを再現したい」というコンセプトに基づくもので,ポロネーズ2曲,スケルツォ,バラード以外は,短めの作品が10曲ぐらい並んでいました。演奏の方も堅苦しさよりは,たっぷりとした余裕を感じさせてくれるものでした。もちろん,コンサートホールでの演奏ということで,十分なスケール感や力強さもありました。「さすが」という感じの,安心して楽しめる大人のショパンを堪能させてくれました。

プログラムの方は,かなり変更になっていました。これだけ変更されることも珍しいと思います。オレイニチャクさんは,客席の雰囲気に応じて,後半になるに連れて,気分の赴くままにプログラムを変更していたようです。さらにアンコールでは,ショパン以外の曲も含む4曲。この自由さは,アルトゥール・ルービンシュタイン(オレイニチェクさんの師匠に当たります)などに通じる,エンターテイナー的なキャラクターも持った巨匠ピアニストの系譜につらなると思いました。

まず最初,軍隊ポロネーズで始まりました。リラックスした風格のある演奏で,力んだところがない演奏でした。最後はポロネーズらしく,バーンと見得を切るように堂々と締めていました。

続く遺作のノクターンは,オレイニチャクさんの「名刺がわり」の作品です。映画「戦場のピアニスト」ではテーマ曲のように使われており,その頃から色々なピアノ・リサイタルや協奏曲後のアンコールで非常によく演奏されるようになった気がします。その「本家」の演奏でした。さらりとした感じだけれども,じっくりと聞かせてくれる,「遅いのか速いのか,一瞬分からないような独特の雰囲気のある演奏でした。くっきりとした品格の高さが感じられ,最後に長い余韻を残して終わりました。

その後,ノクターンやマズルカなどがいくつか演奏されました。ここでもメランコリックな感情やミステリアスな気分と安定感のある落ち着きとが同居していました。詩で言うと短歌のような味わいがあると思いました。オレイニチャクさんのピアノの音には,たっぷりと墨を使って書いた「書」のような雰囲気もあると感じました。音や響きの完璧さ目指すというというよりは,ちょっとかすれたり,にじんだり,そして余白が美しかったり...その即興的な味わいの中に精神の自在さや優雅さを感じました。

プログラムの方はこの辺から,ますます「オレイニチャクさんのペース」という感じになり,ほとんど曲間にインターバルを入れずに演奏されました。

予定では幻想即興曲が演奏されるところでは,代わりにバラード第1番が演奏されました。凄味のある音でバーンと始まった後,語り口の巧いドラマが次々湧き出してくるようでした。ちょっと崩したような感じがベテランらしいと思いました。曲の後半でのいかにもショパンらしいキラキラした音も印象的でした。

前奏曲op.28-4の淡々とした中に悲しみが募ってくるような演奏の後,前半最後に...スケルツォ第2番ではなく...英雄ポロネーズが演奏されました。軍隊ポロネーズとの対応がついており,この「並び」の方が良いな,と思いました。演奏の方も,軍隊ポロネーズと同様,安定感と深さを感じさせてくれる演奏でした。曲の途中,一旦,弱音にした後,クレッシェンドしていく感じの運び方も似ていると思いました。最後はスケール感たっぷりに締めてくれました。

前半終了後,今回の演奏会のナビゲータ,浦久俊彦さんによるインタビューコーナーがありました。会場自体は立派なコンサートホールでしたが,これもまた「サロン風」でした。お客さんに対するクイズもあっったり,リラックスして楽しむことができました。

さて,後半です。当初「華麗なワルツ(といいつつ短調)」op.34-2が演奏されるはずでしたが...op.69-1の「告別」と呼ばれているワルツに変更になりました。このワルツも明るいけれども哀愁が漂う曲で,大好きなワルツの一つです。美しさが染みました。

続いて,op.64-2の嬰ハ短調のワルツとop.64-1「小犬のワルツ」が連続して演奏されるはずでしたが...小犬のワルツの方は,ここではカットされていました。op.64-2は,重苦しくなることはなく,悲しいけれどもどこか,リラックスしたゆらぎを感じました。今回,オレイニチェクさんの演奏で,ワルツを5曲ほど聞きましたが,どれも絶品でした。機会があれば,全曲を聞いてみたいものです。

その後,ワルツやマズルカがさらに演奏されました(さきほど演奏されなかったop.34-2もこの辺で演奏されていました。)。短調の曲の中にほのかに明るさが見えるような部分が,特に良いなぁと思いました。

そして,最後に前半演奏されなかったスケルツォ第2番が演奏されました。「締めはこの曲だろう」というのは,予想どおりでした。前半のポロネーズやバラード同様,クリアにビシっと聞かせる部分と,余裕たっぷりに風格を見せる部分のバランスが素晴らしく,演奏会の最後らしいダイナミックさを感じました。

もともと後半の曲数が「ちょっと少ないかな?アンコールは複数曲かな?」と思っていたのですが,その予想どおり4曲もアンコールを演奏してくれました。ただし,ショパン以外が入っていたのは「予想外」でした。これもまた,リラックスした「サロン風」の気分だったと思います。

アンコール1曲目のピアソラのオブリビオンは,別の楽器で演奏されるを聞いたこともありますが,ピアノ独奏というのもまた格別ですね。センチメンタルな気分が品良く漂う,見事にサロン風のピアノでした。続いて,先ほどカットされた小犬のワルツが演奏されました。非常に軽いタッチの演奏で,あっという間に終わってしまいました。巨匠の瞬間芸(?)を見るようでした。最後の音を「これでおしまい」という感じで,ちょっと変えて演奏していたのも,チャーミングでした。

ここでおしまいかなとも思ったのですが...拍手がさらに続き,アンコール3曲目として,これまた意表をついてドビュッシーの前奏曲集第2巻の最後の曲「花火」が演奏されました。ショパンつながりで言うと...パリの思い出といったところでしょうか。華麗さと同時に,ここでも名人の話芸的な語り口の巧さを感じました。

そして,アンコール4曲目。沢山食べたコース料理の最後に胃腸薬(?)を飲むような感じで,ショパンの前奏曲第7番(太田胃酸のCMでおなじみの胃腸ならぬイ長調の曲)が静かに演奏されました。ここでも最後の音を「これで本当におしまい!」という感じに変更し,和やかな雰囲気で演奏会はお開きとなりました。

ベテランの演奏でピアノの小品をたっぷりと聞いて,その自在さとインティメイトな雰囲気が素晴らしいと思いました。キレの良いテクニックで力強く弾きまくる若手ピアニストの演奏というのも素晴らしいのですが,オレイチェニクさんのような存在は,これからますます貴重になるのではないかと思いました。

PS. 前半最後のトークコーナーでは,次のようなやり取りがありました。とても楽しい内容でした。簡単にご紹介しましょう。

Q:なぜ演奏する曲を変更したのでしょうか?
A:ショパンについてはプログラムは決められないものです。今日のお客さんの雰囲気をみて,つい英雄ポロネーズ(前半最後に変更になった曲)を演奏したくなりました。

Q:お客さんの雰囲気は?
A:素晴らしいホールでとても暖かい雰囲気を感じる。ただし,2日前ワルシャワを出たばかりなので,今は朝6:00の気分。

Q:なぜショパンはこれだけ愛されているのでしょうか?
A:直接聞き手の心に突き刺さるものがあるからでしょう。

Q:ポーランド人にとってショパンはどういう存在ですか?
A:これは変な質問ですね。ショパンにはポーランドの魂が入っています。ショパンのすべてがポーランドにとっては魂です。

Q:これはお客さんへの質問です。ショパンが初めてピアノの音を聞いた時,泣いたでしょうか笑ったでしょうか?
→正解は「泣いた」。ショパンは,その後の人生を知ったのかもしれない。ショパンの繊細さを示しているのかも。

Q::これはも客さんへの質問です。ショパンが好きだった飲み物は?シナモンティ or ホットチョコ?
→正解は「ホットチョコ」。当時チョコレートは薬だったようです。

Q:ショパン演奏の極意を教えてください。
A:アルトゥール・ルービンシュタイン(オレイニチャクさんの師)は,スペインの曲を演奏する時でもスペイン人になってはいけない。自然な気持ちで演奏することが重要(この辺は,ちょっと記憶がさだかでありませんが...)。

(2017/02/04)



公演の立看板


公演の案内。交流ホールでやっていたイベントも楽し気でした。


ウクレレオーケストラ春まつり とのことです。

この日は,終演後,オレイニチチャクさんのサイン会がありました。

映画「戦場のピアニスト」のサントラ盤の表紙にいただきまいした。写っている「手」は,オレイニチェクさんの手のはずです。