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オーケストラ・アンサンブル金沢 第386回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2017年2月19日(日) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

ロッシーニ/歌劇「セビリアの理髪師」(全2幕,演奏会形式,イタリア語上演,演出:イヴァン・アレクサンダー)

●演奏
マルク・ミンコフスキ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング),フェデリカ・ビアンキ(フォルテピアノ)

アルマヴィーヴァ伯爵:デヴィッド・ポーティロ,バルトロ:カルロ・レポーレ,ロジーナ:セレーナ・マルフィ,フィガロ:アンジェイ・フィロンチク,バジーリオ:後藤春馬,ベルタ:小泉詠子,フィオレッロ:駒田敏章,アンブロージオ:山本悠尋,士官:濱野杜輝
合唱:金沢ロッシーニ特別合唱団(合唱指揮:辻博之)

プレトーク:潮博恵



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,1月に金沢歌劇座で,プッチーニの歌劇「蝶々夫人」を演奏したばかりでしたが,2月の定期公演フィルハーモニーシリーズでは,ロッシーニの人気オペラ「セビリアの理髪師」の全曲が演奏されました。今回は,演奏会形式での上演でしたが,OEKが2カ月連続でオペラの演奏をするのは大変珍しいことです。

今回の公演では,何といっても,OEKのプリンシパル・ゲスト・コンダクター,マルク・ミンコフスキさんがこの喜劇をどう聞かせてくれるかが注目でした。そして,その期待どおり,今後,欧米のオペラハウスでどんどん活躍の場を広げていくだろう,最高レベルの生きの良い歌手たちを自由自在に歌わせ,動かし,絡ませ,素晴らしく豪華で楽しいオペラを楽しませてくれました。たっぷりとメロディを歌わせる伝統的なイタリア・オペラとはちょっと肌合いは違う気はしましたが,現代的なシャープさを感じさせながらも,暖かみのある幸福感のある世界を作ってくれました。最上のエンターテインメントだったと思いました。

今回は大道具を全く使っておらず,「椅子」「理髪店セット」「お手紙セット」ぐらいしか小道具もなかったのですが,そのことによって,歌手たちが,本当に縦横無尽にホール内を動き回っていました。アルマヴィーヴァ伯爵がいきなり客席から登場したり,パイプオルガンステージを使ったり(バルコニーの設定なので丁度よかったですね),オーケストラの背後のステージを使ったり...ロッシーニの音楽の持つ躍動感を視覚的にも表現していました。

まず,有名な序曲で始まります。この序曲だけは,実演で何度も聞いたことはありますが,本当に楽しく,美しい曲ですね。序奏部から,いかにもミンコフスキさんらしく,ちょっと意味深な間を取って,じっくりと演奏しているのがまず印象的でした。その後,次第にやさしく暖かみのある歌が出てきて,イタリア・オペラの世界へと入って行きました。この部分でのOEKの弦楽器の音の美しさはさすがだと思いました。ロッシーニ・クレッシェンドの部分では,大太鼓のビートがしっかり効いており,ここでも一味違う表現を聞かせてくれました。

オーケストラは,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが左右に分かれる対向配置で,ほぼ通常の定期公演と同様の形でステージ上に並んでいました。オーケストラの背後の部分には,少し高くなった台があり,その上で歌手や合唱団が歌うこともありましたが,全体的には,指揮者の前のスペースで歌ったり演技をしたりすることが多かったようです。

序曲の後半から,少しずつステージ上の照明が暗くなり,序曲が終わると一旦拍手が入り,ミンコフスキさんがそれに応えました。その後のオペラの中でも,アリアが入るたびに,拍手が入り,ミンコフスキさん自身も拍手したり,歌手と握手をしていたりしたので,聞く方もどこかリラックスして楽しむことができました。

第1幕は,上述のとおりアルマヴィーヴァ伯爵とその楽師たちが,そろりそろりと入ってくる場面で始まった後,伯爵による「空はほほえみ」と呼ばれるカヴァティーナになります。この曲も大好きな曲です。このオペラの全曲を,クラウディオ・アバド指揮ミラノ・スカラ座の来日公演(NHK-FM?テレビだったかも)の演奏で初めて聞いた時,まず,この曲で「しびれた」記憶があります。この時は,フランシスコ・アライサが歌っていました。

今回の伯爵は,デヴィッド・ポーティロさんという若い歌手が歌っていました。本当に軽やかで,よく通る声で,じっくりと酔わせてくれました。後半のアジリタの部分もお見事でした。この曲は,楽師のギター伴奏に併せて「朝の愛の歌」を歌うという設定ということで,実際にギター奏者がステージ上に登場し,粋な風情でステージに座って演奏していました。クラリネットの遠藤文江さんもこの曲の時は立って演奏していましたが,「劇中劇」のような立体的な気分があり,とても面白いと思いました。

続いて楽師たちが騒ぐ場面になります。この場面で出て来たフィオレッロ役の駒田敏章さんの声も素晴らしいと思いました。プログラムに書かれていたプロフィールを読むと,日本音楽コンクールで第1位を受賞された方ということで,大変贅沢なキャスティングだと思いました。

第1幕の前半には,有名アリアが次々と出てきます。続いて,フィガロ役のアンジェイ・フィロンチクさんが登場し,「俺は街の何でも屋」を,キビキビとしたテンポで,若々しく聞かせてくれました。今回は,若い歌手が沢山出演していましたが,フィレンチクさんは,特に若い方で大抜擢といった感じだったようです。ただし,その歌は大変堂々としており,立派過ぎるぐらいに格好良く,余裕たっぷりのフィガロを聞かせてくれました。

その後,レチタティーヴォになり,伯爵やフィガロの掛け合いが続きます。今回特徴的だったのは,通奏低音としてフォルテピアノを使っていたことです。チェンバロよりも音自体に存在感があるのに加え,フェデリカ・ビアンキさんの演奏には,どこかラウンジでピアノを聞くような自在でリラックスしたムードがありました。とても面白い効果を出していたと思いました。

この辺で伯爵が「わたしの名を知りたければ」という短い歌をギター伴奏で歌います。この時は,なぜか伯爵がミンコフスキさんになり代わって指揮台に立って歌っていましたが(今回の公演では,こういった小ネタがいろいろとありました),これが妙に心に染みました。ポーティロさんは,「ロジーナが惚れるのも納得」という感じのリアルに迫ってくる歌を聞かせてくれました。

そして,お待ちかねのロジーナによる「今の歌声は」になります。ロジーナ役のセレーナ・マルフィさんの声は,往年の名歌手のように,たっぷりと歌うというよりは,瑞々しく,くっきりとした歌を聞かせてくれました。大変声に力のある方だと思いました。こういった雰囲気は,今回登場した若手歌手たちに共通しており,大変バランスが良いと感じました。

さらに名アリアが続きます。今度は音楽教師バジーリオによる「かげ口はそよ風のように」です。バジーリオ役の後藤春馬さんは,大変スリムな方でしたが,その声には十分な豊かさがありました。OEKの生気あるバックアップの上で包容力のある歌を聞かせてくれました。大太鼓による”大砲”の音も効果的でした。

続くロジーナとフィガロによる二重唱では,生きの良い若手二人による,気持ちの良いアジリタの応酬を楽しむことができました。そして,バルトロによる,もの凄い早口のアリアが続きます。バルトロは,このオペラの中ではいちばんの悪役(ただし憎めない悪役)です。若手が多い中,バルトロ役のカルロ・レポーレさんは,貫禄たっぷりの迫力のある声を聞かせてくれました。演技も素晴らしく,見事なコメディアンぶりを楽しませてくれました。2階席から観ていた感じでは,髪型が「ややパパイア鈴木風(?)」に見えたのですが,演技の方にもパパイヤさんを彷彿とさせるような,重みと軽やかさとが同居していると感じました。今回の公演が大きく盛り上がったいちばんの立役者だったと思います。それにしても,恐るべき早口でした。文字通り,ペチャクチャペチャクチャ...と聞こえてきました。

その後,第1幕後半は,五重唱,六重唱といったアンサンブルが続き,大きく盛り上がっていきます。まず,例によって客席から,酔っ払いのフリをしたアルマヴィーヴァ伯爵が入って来ました。気のせいか...「カンパーイ」と叫んでいた気がしました。まさにドタバタと喜劇が続いていくのですが,オーケストラと一体になった重唱の充実感が素晴らしく,楽しさと緊張感に溢れた素晴らしいステージとなっていました。重唱に参加する人数がだんだんと増えていく辺り,モーツァルトの「フィガロの結婚」と似た雰囲気もあると思いました。

途中,ノックの音が入った後(渡邉さんが,ステージ横のドアを大太鼓のバチで叩いていました。単純素朴なアイデアながら効果抜群でした),何と騒ぎを止めるために軍隊が入って来て,ストップ・モーションになります。そこまでの動きのある音楽との対比が鮮やかでした。ここでもバルトロの「固まってしまった!」というベタな演技が大変楽しかったですねぇ。この部分での間の取り方が絶妙でした。ミンコフスキさん自身,コメディセンスが素晴らしく,一緒になって楽しんでいるのでは,と思うほどでした。

第1幕切れの部分では,6人の歌手が横一列に並んでのフィナーレになります。ピッコロや大太鼓の効果も素晴らしく,第2幕切れを越えるような圧倒的な盛り上がりを聞かせてくれました。「セビリアの理髪師」とは,こんなに聞きごたえのある豊かな音楽だったのだなぁ,と第1幕を聞いただけで,すっかり満たされた気分になりました。

休憩後の第2幕は,アルマヴィーヴァ伯爵が「バジーリオの代理の音楽教師」に変装(というか眼鏡を掛けていただけでしたが)して登場します。バルトロを馬鹿にするように,単純なメロディを猫なで声で繰り返す曲です。すっかり会場はコメディを楽しむ雰囲気になっていましたので,大うけでした。やはり「コメディの基本は繰り返し」です。

続くロジーナのアリア「愛の光が」では,マルフィさんの凛とした声をたっぷりと楽しむことができました。この歌に反応して,バルトロも歌うのがですが,それが見事なコメディアンの歌になっていました。「役者じゃのう」という歌でした。

そして第2幕の方もアンサンブルになっていきます。家に入って来てもらっては困るバジーリオを追い払うために,無理矢理バジーリオに向かって「おやすみなさい(Buona sera)」と何度も繰り返して歌う,大変楽しいシーンです。我が家にあったCDよりもテンポがかなり速かったのですが,考えてみると,その方がリアルに「帰って欲しい」感が出ますね。

そして...最後,出て行ったはずのバジーリオが嫌がらせのように戻って来て,ゆ〜っくりと「おやすみ」という辺りの念の押し方。こういうのもギャグの定石だなぁと思いました。後藤さんが,欧米の歌手たちとしっかり絡んでいるのが素晴らしいと思いました。

音楽の方は,同じロッシーニの「弦楽のためのソナタ」を思わせる弦楽合奏になり,タイトルどおり「理髪師フィガロがバルトロのひげを剃る」場面になります。そのドサクサに紛れて,伯爵がロジーナに逢引きの時間を連絡しようとします。この弦楽合奏の楽しくもスリリングな音の動きが,演技のムードにぴったりでした。

その後,バルトロ家のお手伝いベルタによる,唯一のアリアになります。ベルタ役は,地元石川県津幡町出身の小泉詠子さんが演じており,ピリッと皮肉を聞かせるような歌を聞かせてくれました。ドタバタ喜劇の中で,唯一現実的な役柄ということで,意外に存在感のある役柄です。オペラ中に違った視点を加えているのが面白い曲ですね。

第2幕の最後の場は,「嵐の音楽」で始まります。こういったちょっとした部分で,意味深な気分を出してくれるのもミンコフスキさんらしいところです。

この場では,従来はカットされることの多かった,伯爵による長いアリアが聞きものでした。私自身初めて聞く曲(多分)だったのですが,ナハナハ,エヘエヘ,アハアハ(適当に書いていますが)...といった感じの独特の歌い方がまず面白かったですね。この非常に技巧的で長いアリアを,しっかりと聞かせてくれたことで,このオペラの主役は「アルマヴィーヴァ伯爵だったのだな」ということが改めてよく分かりました。ポーティロさんの声と技巧のすばらしさをじっくり味わえる素晴らしい歌でした。

最後に「伯爵の身分を明かして,うまく収まる」というのは,「水戸黄門」的な感じで,このアリアがそれをさらに念を押すようなところもありましたが,一流の歌で聞くと意味合いが変わります。オペラ全体の充実感がアップした感じでした。

その分,全員が出てきて,丸く収まる大団円の部分は,大変軽快でした。ポロネーズのような雰囲気のある音楽ですが,この日の演奏では,大太鼓のリズムに乗って,皆でスキップするような「お気楽」な感じがありました。そのバランス感覚が,実にコメディらしいと思いました。

ちなみに,オペラ全体の「構図」を考えると,バジーリオが「お金の力で最後に寝返る」というのが,意外に重要ですね。上手いタイミングで公証人を連れてきたり,全体のキャスティングボードを握っていると思いました。

終演後は,大変盛大な拍手が続きました。私自身,これだけ,本格的かつ楽しいオペラを観たのは初めてかもしれません。その成功は,やはり,演奏会形式による演奏の素晴らしさにあったと思います。まず,オーケストラの演奏がはっきりと聞こえてきました。各幕のクライマックスでは,大太鼓のビートの上に生き生きとした音楽が続き,しっかりとしたグルーブ感がありました。さらにその上で生きの良い若い歌手たちが,表情豊かな歌を聞かせてくれました。

その一方,レポーレさんのバルトロを中心に,各歌手のキャラクターがしっかりと立っており,音楽と演技が共に生き生きと伝わってきました。ロッシーニの音楽の持つ多様性と立体感(ギター伴奏のアリア,美しいアリア,技巧的なアリア,楽しい重唱...)も改めて素晴らしいと感じました。

ミンコフスキさん指揮の作る音楽は,ちょっとミステリアスな感じのあるテンポの変化や音量の変化を付ける部分があるのが特徴ですが,全曲を通じて,何とも言えぬ大らかさがあり,歌手やお客さんと一緒にオペラを楽しんでいるような感じでした。上演時間は休憩を含めて3時間ぐらいかかりましたが,恐らく大半のお客さんはとても時間が短く感じたのではないかと思います。今後もミンコフスキさん指揮によるオペラに期待をしたいと思います。ミンコフスキさんはオッフェンバックのオーソリティなので,例えば,オッフェンバックのオペラを石川県立音楽堂で演奏会形式で上演するというのはいかがでしょうか?。

(2017/02/25)



公演の立看板


入口の案内。ガルガンチュアのポスターも登場


演奏時間の掲示

青島広志さんによる,ベートーヴェンのイラストの看板

この日の金沢はこの時期に珍しくとても良い天気でした。