OEKfan > 演奏会レビュー
オーケストラ・アンサンブル金沢第387回定期公演マイスターシリーズ
2017年3月11日(土) 14:00〜石川県立音楽堂コンサートホール

1) バルトーク/ヴィオラ協奏曲 Sz. 120 / BB 128
2)(アンコール)ヴュータン/無伴奏ヴィオラのための奇想曲「パガニーニへのオマージュ」
3) モーツァルト/レクイエム ニ短調 K. 626(バイヤー版)

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1,3
ダニイル・グリシン(ヴィオラ*1-2)
森麻季(ソプラノ*3),福原寿美枝(アルト*3),笛田博昭(テノール*3),ジョン・ハオ(バス*3)
合唱:オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団*3



Review by 管理人hs  

3.11東日本大震災の発生した日に行われたオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演マイスターシリーズは,井上道義さん指揮による,モーツァルトのレクイエムを中心としたプログラムでした。後から気づいたことですが,この大災害で亡くなられた方の魂を鎮めるための選曲と言えます。

ただし,演奏会全体としては特に震災を意識したものではなく,演奏の方も大げさに感動を盛り上げるようなものではありませんでした。しっかりと抑制の効いた質実さを感じさせるものでした。この日の演奏は,バイヤー版によるものとのことでしたが,その辺も関係していたのかもしれません。ただし,どの部分が違っていたのが,通常のジュスマイヤー版との違いは私にはよく分かりませんでした。

演奏会は,前半,OEKの首席客演ヴィオラ奏者のダイール・グリシンさんのヴィオラ独奏による,バルトークのヴィオラ協奏曲で始まりました。この曲をOEKが演奏するのは初めてだと思います。グリシンさんは,元クレメラータ・バルティカのヴィオラ奏者で,井上道義さんが「世界最高のヴィオラ奏者」と高く評価している注目の奏者です。一見,「ちょっと怖そう」な雰囲気のある方ですが,グリシンさんの存在感のある豊かな音で,バルトークの最晩年の傑作をしっかりと堪能させてくれました。

曲の構成は,静かな楽章2つの後,動きのある楽章で締める,ということで,バーバーのヴァイオリン協奏曲とちょっと似た部分もあると思いました(もちろん,バーバーの曲ほど親しみやすくななく,センチメンタルな部分も無いのですが)。ちなみに,この曲も,モーツァルトのレクイエム同様,「作曲者が草稿を残したまま作曲家が世を去った」という作品で,シェルイによる補筆完成版で今回は演奏されまた。

オーケストラの編成は,OEKが演奏するにしては意外に大きなもので,ホルン3,フルート3,トランペット3に加え,テューバまで入っていました。打楽器には,シンバルや大太鼓なども加わっていました。

曲は,ヴィオラのソロで始まりました。「ヴィオラは,人間の声にいちばん近い楽器」というのを最近,何かの音楽番組でやっているのを観ましたが,グリシンさんの音はまさに人間の声のようでした。バルトークの緩徐楽章といえば,「夜の音楽」というムードの曲が多いのですが,この日の演奏はそこまで暗い感じはせず,ややくすんだような響きの中から,親しみやすい情感であるとか,諦観のようなものが伝わってきました。

冒頭のモチーフが何回か繰り返されていましたが,この辺はショスタコーヴィチ辺りに通じる気分があると思いました。途中,大太鼓がドンとなった後,シンバルがシャーンと鳴る辺りのビシっとした気分はいかにもバルトークだと思いました。

グリシンさんの演奏は,豊かさと同時に丁寧さもありました。途中,ヴァイオリンも顔負けの高音が出てきましたが,ヒステリックになるところはありませんでした。繊細さも兼ね備えた演奏で,聞きながら,「暗い思い出の詰まった心のひだ」に優しく触れる。そんな感じの演奏だな,と勝手に思いながら聞いていました。

第2楽章はファゴットとヴィオラとの対話のような感じで始まりました。ヴィオラの静かな歌で始まった後,次第に豊かな大地を思わせるような音楽へと広がっていきました。そして,ティンパニの一撃に続いて,そのまま第3楽章に入っていきました。

第3楽章は,ややエキゾティックな気分のある舞曲的な楽章でした。テンポは色々と変化しており,同じ晩年の傑作である,オーケストラのための協奏曲の最終楽章を思わせるような,ユーモアも感じました。グリシンさの演奏には,見るからに迫力があり,急速なテンポでも安定感を失わない,どっしりとした音楽を楽しませてくれました。

終演後,盛大な拍手が続きました。演奏前,グリシンさんが登場した時にも大きな拍手が起こりましたが,OEKの重要なメンバーとして,金沢の聴衆にしっかりと親しまれているのではないかと思います。

その拍手に答えて演奏されたアンコールがヴュータンの無伴奏ヴィオラのための奇想曲「パガニーニへのオマージュ」という曲でした。初めて聞く曲でしたが,孤独感をたたえた哀愁と暖かみが共存したような演奏で,どこかドラマを秘めた,とても格好良い演奏だったと思います。この演奏を聞いて,さらにグリシンさんのファンは増えたことでしょう。

後半は,モーツァルトのレクイエムが演奏されました。こちらのオーケストラの編成は,バルトークよりはかなり小さく,管楽器の編成も変則的です。フルート,オーボエ,クラリネットが入っておらず,その代わりバセットホルンが入っています。また,宗教音楽らしくトロンボーンが活躍します。

合唱団は,オーケストラの背後の段の上に並んでいました。下手側からソプラノ,アルト,テノール,バスの順でした。ソリストも,合唱団の最前列に入る形で,同じ配列並んでいました。オーケストラの配置は,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右に分ける対向配置で,それ以外は下手奥から,コントラバス,ヴィオラ,チェロの順に並んでいました。

演奏の方は,最初の「イントロイトゥス」から,意外なほど,すっきりとした雰囲気がありました。「3.11」ということにこだわり過ぎることなく,全曲を通してキビキビとした折り目正しさと透明感がありました。重苦しくなることはなく,宗教音楽に相応しい清潔感を感じました。

OEK合唱団の方は,その上に情感のこもった歌を聞かせてくれました。こちらも大げさに叫ぶような部分はなく,全体的にしっかりと抑制された歌を聞かせてくれました。そのことにより,音楽自体の美しさが際立ち,感動をさらに深めていたと思いました。ただい,もっとドラマティックな音楽を期待していた人には,やや淡白に思えた面があったかもしれませんね。

イントロの部分では,まずソプラノのソロが入ります。森麻季さんは,やや本調子でない気はしましたが,相変わらず天から降ってくるような軽やかで滑らかな声を聞かせてくれました。

「怒りの日」では,じっくりとしたテンポで切実さのある音楽を聞かせてくれました。歌詞の内容をしっかりと表現しているような,OEK合唱団のニュアンス豊かな歌唱も素晴らしいと思いました。

「トゥーバ・ミルム」では,バスのジョン・ハオさんの瑞々しい声が印象的でした。その後,ソロが続きます。ソプラノの森さんのたおやかさのある声,アルトの福原寿美枝さんの大人の声も良かったのですが,特にテノールの笛田博昭さんは,声自体の凛とした強さが素晴らしく,ひと際光っているようなでした。笛田さんの歌では,以前,「トロヴァトーレ」のいくつかのアリアを聞いたことがありますが,そのうち,OEKとの共演でのイタリア・オペラあたりを期待したいと思います。

「レックス・トレメデ」では,オーケストラのキリッとしたリズムが印象的でした。「レコルダーレ」での室内楽的な雰囲気に続き,「呪われたもの」となります。この曲では,男声合唱と女声合唱のコントラストが聞きものですが,大げさな感じにはならず,しみじみとした音楽になっていました。

「ラクリモーサ」では,OEKの透明な演奏の上に,暖かみのある合唱が広がりました。ここでも大げさになることはありませんでしたが,しっかりと情感がこもっていました。最後の「アーメン」が力強く,きっぱりと終わっていたのも印象的でした。

レクイエムの後半では,「サンクトクス」などでは,輝かしい音楽を聞かせてくれましたが,全体としてはしっかりと抑制がきいていました。所々で出てくる,穏やかに流れる平穏な気分も印象的でした。日常の生活の中のつかの間の幸福を表現しているようでした。

「ベネディクトゥス」は,4人のソロの見せ場となります。各歌手の感動に満ちた声が続き,どこか華やいだ気分もありました。この曲の途中に出てくる,3人のトロンボーンによる静かな和音を聞くと,「レクイエムだなぁ」と感じます。

感動をしっかりと秘めた「アニュス・デイ」の後,最初の部分の再現となる「コンムニオ」で締められます。曲の最後はフーガになりますが,ここでも大げさになりすぎることはなく,合唱も叫ぶような感じにならず,美しい響きで終了しました。

全曲を通じて,十分な力強さは持ちながらも,オーケストラと合唱については,しっかりと抑制を聞かせ,その中から,ソリストたちの声の品の良い華やかさが浮き上がってくるような,よく考えられた演奏だったと思います。

今回は,モーツァルトとバルトークの最晩年の遺作を並べたプログラムでしたが,鎮魂の気持ちと同時に,人間らしい情感の豊かさや,生きていることのありがたみのようなことの伝わってくる公演だったと思います。

PS.さて,この日ですが,予想通り井上道義さんとグリシンさんによるサイン会がありました。それを予想して,井上道義さん指揮による,日比谷公会堂でライブ録音した話題のショスタコーヴィチ交響曲全集を持参してみました。井上さんは大喜びでした。これについては,ブログをご覧ください。

サイン会の時の様子です。井上さんがグリシンさんにあれこれ説明をしていました(勝手に写真を公開してしまいましたが...問題がありましたが削除したいと思います)。

PS.この日は,ヴィオラの客演の首席奏者として須田祥子さんも参加していました。グリシンさんと2人並んだモーツァルトの方は大変豪華メンバーでした。

(2017/03/18)



公演の立看