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悠久からの伝統と革新:時代を超えて新進芸術家が挑戦する音楽の世界
2017年3月14日(火) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) 石井眞木/聲明交響U(演出:木戸文右衛門)
2) ベートーヴェン/ロマンス 第2番 ヘ長調, op.50
3) (アンコール)パガニーニ/カプリース第17番
4) ベートーヴェン/ピアノ協奏曲 第5番 ホ長調, op.73「皇帝」
5) (アンコール)シューマン(リスト編曲)/献呈

●演奏
垣内悠希指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4
雅楽・舞楽:東京楽所*1,聲明:真言宗智山派「法響会」*1,バレエ:高山綾女*1
服部百音(ヴァイオリン*2-3),反田恭平(ピアノ*4-5)



Review by 管理人hs  

新進アーティストによる,ベートーヴェンの協奏曲的作品と,雅楽や声明を取り入れた石井眞木の作品とを組み合わせた「悠久からの伝統と革新」と題した演奏会が石川県立音楽堂で行われたので聞いてきました。

時代と空間を越えて,新しい音楽を創造していこうという意図は,特に前半で演奏された石井眞木の聲明交響Uに表れていました。この曲は,10年前に井上道義さんがOEKの音楽監督に就任した際の記念公演で演奏された曲です。声明と雅楽とオーケストラが組み合わさった音楽に,舞楽とバレエがさらに組み合わせられるという作品で,聞いた記憶はあるのですが,バレエは入っていなかった気がします。調べてみるとやはり10年前は,「OEKバージョン」というやや簡略化された形で演奏されていたようです。

会場は次のような感じでした(開演前に撮影したものです)。

OEK+東京楽所のメンバーが下手,声明が上手奥の赤い台。ステージ中央の緑の四角の部分〜上手側で舞踊というレイアウトでした。

真っ暗になった会場に,おりん(?)の音が小さく鳴り,OEKメンバーが入場。その後,客席から声明が鳴り物入りで登場し,ステージに登って奥の台へ。東京楽所のメンバーは,管楽器としては笙,篳篥,竜笛が加わっていました。OEKの方は弦楽器,打楽器だけの編成でしたので,木管,金管の代わりに東京楽所のメンバーが入っていたような形になります。さらに,鞨鼓,楽太鼓,鉦鼓などの打楽器も加わっていました。OEKの編成では,ハープも加わっていました。

声明の方は読経そのままのような感じで,そこに石井眞木による「現代音楽」が加わる形でした。所々,ドラの音がかなり強烈に加わり,場面を区切っているようでした。の

今回,高山綾女さんによるバレエ(「瀕死の白鳥」)が加わった版ということで,何とも不思議な世界が広がっていました。声明も雅楽も石井眞木の音楽も,通常聞きなれているクラシック音楽とは次元の違う音楽ばかりでした。滑らかに気持ち良く音楽が流れていくというよりは,いくつかの音響が非連続的に切り替わるような雰囲気がありました。途中,バレエと舞楽の2人のダンサーが,サン=サーンスの「白鳥」(カンタさんのチェロ)と雅楽と現代音楽の上で踊るシーンを見て,「シュールレアリズムの絵を見るようだな」と感じました。明るい舞台だけれども,幻想的といった独特のムードを持った作品でした。和と洋,古い音楽と新しい音楽が組み合わさった交響的作品といえます。

この日,ホワイエで次のようなパネル展示を行っていました。こういう雰囲気の衣装を着た舞人(この方も東京楽所のメンバー)が踊っていました。



後半は「いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭」のテーマに合わせるような形でベートーヴェンの協奏曲的作品が2曲演奏されました。

まず,若手ヴァイオリニスト,服部百音さんが登場しました。垣内悠希指揮OEKと共演したのは,ロマンス ヘ長調でした。この曲はとても良い曲なのですが,定期演奏会などではなかなか取り上げられない作品ですね。久しぶりにこの美しい作品を聞いて,懐かしくせつなくなるような気分になりました。

服部さんの演奏は,しっかりと情感がコントロールされており,楚々としたムードがありました。全体にすっきりとしたテンポで演奏しており,清潔感があり,この曲の雰囲気にぴったりでした。ややくすんだ音色ときめ細かいヴィブラートが美しく,すっと耳に入ってきました。

アンコールでは,パガニーニのカプリースの中の17番が演奏されました。慌てず,騒がず,難曲をすんなりと聞かせるような演奏で,自然な品の良さがあると思いました。

赤いドレスを着て登場した服部さんは,まだ10代の大変若い奏者ですが,演奏全体に不思議な落ち着きがありました。服部さんの名前のローマ字表記のMoneのeの上にはアクサンテギュが付いていました。確かにフランス音楽などに合いそうな,品の良いさらりとした味があると思いました。是非,次回はフランスの作品などを聞いてみたいものです。

最後に演奏されたのは,今話題のピアニスト,反田恭平さんとの共演による「皇帝」でした。反田さんは,昨年,TBSの「情熱大陸」に登場して以来,その個性的な生き方に注目をしていたのですが,その期待通りのスリリングな演奏を聞かせてくれました。スター性も十分で,今後独自の地位を築いていくピアニストになるのではないか,と思いました。

第1楽章冒頭のカデンツァから,クリアな音で,余裕たっぷりに聞かせてくれました。重苦しい感じはなく,瑞々しい自由な感性を感じました。曲のどの部分をとっても,「何かを表現してやろう」という企みが潜んでいるようで,聞いていて全く退屈しませんでした。音量を急激に小さくしたり,妙にしっとりと沈み込んだり,キラキラするような硬質な高音を聞かせたり,かなり個性的な演奏だったと思うのですが,全体を通してみると,まったく嫌味なところはありませんでした。反田さんの強い表現意欲が,演奏全体に満ちており,「若さは素晴らしいな」と感じました。

大変じっくりと演奏された第2楽章には,硬質な美しさと耽美的な美しさが共存していました。反田さんの感じる美の世界をしっかりと提示し,そこに聴衆を巻き込む力のあるピアニストだと思いました。

対照的に第3楽章には躍動感ががあり,次から次へと,色々な表現が湧いて出てくるようでした。これ見よがしに,速いパッセージでの鮮やかな技巧をアピールするような部分もありましたが,これもまた「若さの特権」だと思いました。最後の部分は,ティンパニの音が止まり,一瞬間を置いた後,一気にクリアに駆け上がってエンディングとなりましたが,胸をすくような鮮やかさでした。

垣内さん指揮OEKによる演奏も,がっちりとまとまっていると同時に,気持ちの良い清々しさのある演奏で,若いアーティストならではの「皇帝」を楽しませてくれました。

アンコールでは,シューマン作曲,リスト編曲による「献呈」が演奏されました。もともとは歌曲で,反田さんは,少し崩した感じで演奏していたので,メンデルスゾーンの「無言歌」を思わせるようなリラックスした心地よさを感じました。それが次第に盛り上がり,どんどん巨大な音楽に盛り上がって行くあたりも,素晴らしいと思いました。

反田さんは,OEKの次のシーズンの定期公演では,井上道義さんとプーランクのピアノ協奏曲を共演するようです。井上さんとの組み合わせだと一体どういうことになるのか,大変楽しみです。

終演後,お2人によるサイン会も行われました。プログラムの表紙にお2人並んでサインをいただいたのですが,これは将来貴重なサインになるかもしれませんね。


(2017/03/18)



公演の立看