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オーケストラ・アンサンブル金沢第388回定期公演フィルハーモニーシリーズ
2017年4月7日(金) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) バッハ, J.S./管弦楽組曲第3番ニ長調, BWV1068
2) モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第5番イ長調,K. 219「トルコ風」
3) (アンコール)グラズノフ/瞑想曲
4) ベートーヴェン/交響曲第2番ニ長調, op.36
5) (アンコール)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲
●演奏
鈴木優人指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:水谷晃)*1-2,4-5
木嶋真優(ヴァイオリン*2-3),鈴木優人(チェンバロ*1;ピアノ*3)


Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の4月の定期公演には,OEKとは初共演となる鈴木優人さんが登場し,バッハ,モーツァルト,ベートーヴェンの音楽を指揮しました。メインに演奏されたのが,ベートーヴェンの交響曲第2番ということで,新入社員,新入生が溢れるこの時期にぴったりの,新鮮な響きに満ち溢れた演奏会となりました。

鈴木さんは,お名前のとおり「優しい人」という雰囲気を持った方で,音楽全体から幸福感が漂ってくるようでした。鈴木さんは古楽奏法にも通じた方で,もちろん,この日の演奏にもそういう部分はあったのですが,それを売りにするという感じではなく,当たり前のように自然に音楽を聞かせてくれるようなところがありました。どの曲にも,ひねくれたところのない率直さや明晰さがありました。音楽が停滞することなく,曲想に応じて,非常に切れ味の鋭い,強い響きも出していましたが,それが荒々しくなるところはありません。スピード感たっぷりの部分でも,常に余裕を持った微笑みのようなものを感じさせてくれるのが素晴らしいと思いました。

最初に演奏された,バッハの管弦楽組曲第3番は,トランペット3本が華やかに活躍する祝祭的な作品ですが,ヒステリックな響きになることなく,余裕を感じさせてくれました。この日のトランペットには,元NHK交響楽団の関山さんんが参加していました。1月のエンリコ・オノフリ指揮の「王宮の花火の音楽」の時にも参加されていましたので,「古楽系高音トランペット要員」として,すっかりおなじみになってきた感じです。

冒頭から,トランペットの鋭い響きとティンパニの乾いた音が加わったインパクトのある音楽を聞かせてくれる一方,弦楽器の方は大変軽やかで,しなやかに音楽が流れていました。第1ヴァイオリンは4人程度で,人数をかなり減らしていたこともあり,特に軽やかでした。

この日のコンサートマスターは,ゲストの水谷晃さんでした(まだ若い方ですが,東京交響楽団のコンサートマスターをされています)。大きな動きで演奏しており,若々しくキビキビとした音楽を作っていました。その一方で,バッハの曲に相応しい品格の高さのようなものもあり,序曲の最後はしっとりと締めてくれました。

続く「エア」は,一般的には「G線上のアリア」として有名な曲です。この日の演奏は,予想外にじっくりとしたテンポで演奏されており,曲が進むにつれて,グッと音楽全体が沈み込んでいくようでした。響き自体は軽やかで透明感があるのに,全体的に不思議な重さがありました。そして,丁寧で明確なフレージングの中から,多彩なニュアンスが生まれていました。この曲の時は弾き振りだった鈴木さんのチェンバロの音も彩を添えていました。

はっきりとは分からなかったのですが,いつも聞いているものよりも,繰り返しをしっかりと行っていたようで(途中,大きな間がありましたが,そこで繰り返し?),曲の最後の方では名残惜しい気分でいっぱいでした。この曲は,OEKも何回も演奏してきた曲ですが,透明な響きと同時に,充実感が広がる,特に素晴らしい演奏だったと思います。

その後の3曲は,再度,高音のトランペットが活躍する,おめでたい感じの舞曲が続きます。明快だけれども単純になり過ぎない,よく考えられた演奏の連続でした。ダンサブルかつ優雅な演奏で,全曲をスマートに締めてくれました。

続いて,この日のもう一つの楽しみだった,ヴァイオリンの木嶋真優さんが登場しました。木嶋さんは,いしかわミュージック・アカデミーの受講生として夏休み期間中に金沢によく来られていたのですが,それから15年経ちました。OEKとの共演も15年ぶりとなります。この日の演奏を聞いて,本当に立派なアーティストになったなぁと実感しました。

演奏された曲は,モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番ということで,決して派手な曲ではなかったのですが,大変聞きごたえのある演奏を楽しませてくれました。

第1楽章は,まず何の衒いもなく,パリッと軽快に始まりました。この楽章には,「アレグロ・アペルト(はっきりとした)」と書かれているのですが,その指示にぴったりの気分のある明快な開始でした。しばらくして,独奏ヴァイオリンが入ってくるのですが,木嶋さんは,本当にじっくりと演奏していました。OEKを従えて,王女様がゆっくりと入場して来るような,素晴らしいオーラが漂っていました。

木嶋さんは,適度にヴィブラートを掛けて演奏しており,その音には,バランスの良い肉付きと温かみ,そして,歪みのない率直さがありました。音の芯には強さがあり,常に充実感を感じさせてくれました。速い部分でのノリの良さや,聞かせどころでの凛とした美しさも印象的でした。カデンツァは,普通によく使われているものが演奏されていました。

第2楽章は,OEKのまろやかな演奏で始まりました。木嶋さんのヴァイオリンともども,重苦しい感じはなかったのですが,慌てた感じもなく,堂々としていると同時に時折,さびしさや切なさがよぎるような魅力的な演奏を聞かせてくれました。

第3楽章は,じっくりと丁寧に演奏されているけれども,どこか長閑な雰囲気を持った演奏で始まりました。注目のコルレーニョ奏法の入る「トルコ風」の部分では,一瞬間が入った後,「速っ!」という感じの,非常にスピード感のあるスリリングな演奏を聞かせてくれました。OEKの弦楽パートの音自体にキリっとした雰囲気がありました。木嶋さんのヴァイオリンも,大変若々しく,OEKと一体となって,鮮やかな音楽をバリバリと気持ちよく聞かせてくれました。演奏全体に委縮したところがなく,伸び伸びと演奏しているのが素晴らしいと思いました。

その後,最初の長閑な気分に戻り,スッと終わりました。この「日常に戻る」感もたまらなく魅力的でした。

アンコールは,意表を突くような演奏でした。ステージ前方にピアノが運びこまれ,指揮者の鈴木さんがピアニストとなって,木嶋さんとのデュオでグラズノフの瞑想曲が演奏されました。実演で聞くのは初めての曲でしたが,SPレコード時代に聞かれていたような懐かしさのある小品で,木嶋さんの音からは,濃厚な気分がしっかりと伝わって来ました。ただし,演奏会全体からすると,この曲だけが,かなりロマンティックな曲だたので,ややバランスとしては悪かったかもしれません。

後半は,ベートーヴェンの交響曲第2番が演奏されました。この曲は,「英雄」で大ブレイクする前の「ベートーヴェンの青春時代の作品」です。実演で演奏される機会は比較的少ないのですが,私自身,年齢と反比例するように,年々好きになっている作品です。

聞いているうちに,春の陽光と緑に包まれているような気分にさせてくれる―そういうような演奏が好きなのですが,この日の演奏は,まさにそういう感じの演奏でした。「風と緑のベートーヴェン」といったところでしょうか。

第1楽章の序奏部は,率直かつニュアンス豊かに始まりました。音楽に膨らみがあり,豊かさとスムーズさを感じました。各声部がくっきりと聞こえてくるのが,素晴らしいと思いました。主部に入ると一気に勢いが増し,爽快でキビキビと音楽が流れて行きました。音自体にバネがあるように感じました。ヴィブラートが少な目だったとこともあり,ここでも音楽の全体の透明感が際だっていました。コーダの部分での清々しさとキレの良さも素晴らしいと思いました。

第2楽章は,ベートーヴェンの全交響曲の中でも,いちばん幸福感に溢れた楽章だと思います。今回の演奏は,おだやかそのものの中庸のテンポで,暖かみのある世界が広がっていました。時折,軽やかな気分になったり,フッと翳りが加わったり...「言うことなし」の演奏でした。楽章の最後の方で,フルートのシンプルな音が印象的に響く部分があるのですが,松木さんの冴えた音は,いつものことながら絶品でした。

第3楽章は,力み過ぎるところはないけれども十分に力強いスケルツォでした。トリオではテンポを大きく揺らし,ダイナミックかつ自在に音楽が動き回るのが印象的でした。

そして,そのまま間をおかずに第4楽章に入りました。この最初の部分での「キリっ」と軽やかに引き締まった音は,本当に見事でした。その後も速いテンポで音楽が流れていきました。対旋律的に出てくるチェロの歌もノリの良いものでした。この楽章では,水谷さんを中心としたヴァイオリンの音が非常に自発的に感じられました。この曲ならではの爆発力と明晰さが気持ちよく伝わってきました。楽章の最後の部分では,ちょっとタメを作った後,ビシっと締めてくれました。

アンコールでは,これもまた,春の空気のような柔らかさを持った,モーツァルトの「フィガロの結婚」序曲が演奏されました。演奏前の鈴木さんのトークにあったとおり,この曲の最初に出てくる「タララララ」という音型は,ベートーヴェンの交響曲第2番の最終楽章にも何回も出てきます。調べてみると,両曲とも調性はニ長調(バッハの管弦楽組曲第3番も同じ調性)ということで,正真正銘,ベートーヴェンの2番の”エコー”を思わせるような洒落た選曲になっていました。

演奏会全体を振り返ってみると,どの曲もホールの響きにしっくりとなじんだ演奏になっていました。改めて,鈴木優人さんは,OEKにぴったりとマッチした指揮者だな,と思いました。鈴木さんは,チェンバロ以外にも,パイプ・オルガンも演奏されるマルチタレントな方ですので,きっとこれから,石川県立音楽堂やOEKとの付き合いが長くなるアーティストに違いないと思いました。そのことを期待しています

(2017/04/14)



公演の立看板


石川県立音楽堂にも,音楽祭の看板が出ていました。

終演後,お2人によるサイン会がありました。

まず,鈴木優人さんのサイン

チェンバロ独奏曲集です。..武満徹やリゲティのチェンバロ曲が入っているなど,選曲の面白さがあるアルバムです。

木嶋真優さんのサインです。

こちらはフォーレのヴァイオリン・ソナタを中心としたアルバムです。