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オーケストラ・アンサンブル金沢 第389回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2017年6月2日(金)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ハイドン/交響曲第104番 ニ長調Hob.I-104「ロンドン」
2) フィアラ/オーボエ,イングリッシュホルンと管弦楽のためのコンチェルタンテ変ホ長調
3) (アンコール)ホリガー/エア
4) ホリガー/メタ・アルカ(2012)
5) シェーンベルク/室内交響曲第1番ホ長調,op.9

●演奏
ハインツ・ホリガー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:荒井英治)*1-2,4-5,ハインツ・ホリガー(オーボエ*2-3),マリー=リーゼ・シュプバッハ(イングリッシュホルン*2-3),荒井英治(ヴァイオリン*4)



Review by 管理人hs  

6月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演には,恐らく,現在世界で最も有名なオーボエ奏者,ハインツ・ホリガーさんが登場しました。しかも,ホリガーさんは,昨年の定期公演に登場したイェルク・ヴィトマンさん同様,マルチ・タレントなアーティストです。ヴィトマンさんの時同様,管楽器奏者兼指揮者兼作曲家による,定期公演ということで,その「3つの顔」を反映した,非常にチャレンジングなプログラムとなっていました。

ホリガーさんは,1939年生まれということで,70代後半ですが,ステージに登場した雰囲気には,全く老いた雰囲気はありませんでした。どの曲にも「ホリガーさんらしさ」が,隅々まで徹底していました。

プログラムの最初で演奏されたハイドンの交響曲第104番「ロンドン」は,これまでOEKが演奏してきた解釈とはかなり違っていました。

第1楽章の序奏は,少々ぶっきらぼうな印象を与えるぐらい,速目のテンポで始まりました。弦楽器はほぼノン・ヴィブラートで演奏しており,ティンパニもバロック・ティンパニを使っていました。主部になると,意外にじっくりとしたテンポで冷静に演奏。モチーフを克明に演奏し,全く情緒的な部分がありませんでした。その一方,大きく間を取ったり,ニュアンスの豊かさを感じさせる部分もありました。しかし,ロマンティックで甘い雰囲気になることは全くなく,どこか,現代音楽を聞いているような雰囲気のあるハイドンだと思いました。

第1楽章の後,ホリガーさんは指揮棒を完全に降ろすことなく,そのまま第2楽章に入りました。その他の楽章間のインターバルも同様でしたので,4楽章を一気に聞かせようという意図があったようです。

第2楽章は速目のテンポで始まりましたが,途中,じっくりと聞かせる部分が出てきて,意味深さを感じさせてくれました。中間部の厳しい雰囲気,味のある間の取り方も印象的でした。第3楽章のメヌエットは,とてもクリアで切れの良い演奏でした。アクセントの付け方に一癖あるような独特のセンスが感じられたのがホリガーさんらしいと思いました。第4楽章は,じっくりとしたテンポで始まりましたが,ここでもアクセントの付け方に独特の面白さがありました。最後は,念を押すようにずっしりと締めてくれました。

音楽全体として,素朴な愉悦感は少ないけれども,音色にはまろやかさがあり,要所要所で独特の意味深さを感じさせてくれる,不思議な魅力を持ったハイドンを聞かせてくれました。

次に演奏されたフィアラのコンチェルタンテは,オーボエとイングリッシュホルンのソロをまじえた古典派時代の二重協奏曲的な作品でした。ホリガーさんのオーボエの音は,音質も音の動きも大変軽やかでした。さすがに抜けるような音,という感じではなく,やや枯れた感じもありましたが,イングリッシュホルンのマリー=リーゼ・シュプバッハさんとの音のバランスが素晴らしく,音楽全体に豊かさが溢れていました。ホリガーさんの常に知性を感じさせる音とシュバッハさんの甘くなり過ぎないまろやかな音には同質性があり,見事なハモリを楽しむことができました。

曲自体については,やや常套的な感じもしましたが,音楽の流れが良い,大変心地良い作品だと思いました。特にロマンツェといった感じのある第2楽章での甘くなり過ぎない控え目な歌が素晴らしいと思いました。

アンコールでは,ホリガーさんの自作による,オーボエとイングリッシュホルンのための「エア」という小品が演奏されました。2つの楽器のロングトーンが交錯するような,いわゆる「現代音楽」風の作品だったのですが,そのすべての音が生きている感じで,大変雄弁でした。やはり,ホリガーさんの演奏は特に現代曲にぴったりだと思いました。

後半もまず,ホリガーさんの自作のメタ・アルカという弦楽合奏のための作品が演奏されました。ちなみに,この「Meta arca」というタイトルは,「カメラータCamerata」という語のアナグラムです。ホリガーさんとのつながりが大きい,カメラータ・ベルンの創立50周年を祝って作曲された作品とのことです。

最初の方を聞いた感じでは,武満徹の作品を思わせるような,詩的でどこか異様なムードを感じましたが,打楽器のように楽器を叩いたり,次第に色々な特殊奏法が出てきて,次々と曲のテクスチュアが変化していくような感じでした。自作自演ということで(他の作品でも同様でしたが),表現に全く迷いがなく,難解さはあったものの,どこかスカッと割り切れているような心地よさを感じました。

この日のゲストコンサートマスターは,東京フィルの荒井英治さんでした。この曲ではヴァイオリン・ソロも大活躍するのですが,エネルギーをしっかり秘めた,怪しい美しさを持った素晴らしい演奏を聞かせてくれました。

最後に演奏された,シェーンベルクの室内交響曲第1番は,シェーンベルクが12音技法を用いるようになる前の初期の作品です。ただし,弦5部各1名に,かなり充実した木管楽器群が加わるような独特の編成で,薄いのか厚いのか分からない面白い響きを楽しむことができました。

15人程度の編成ということで,曲の最初の部分から透明感がありました。全奏者がソリストのように,音が前へ前へと出てくる感じで,大変生き生きとした演奏を聞かせてくれました。現代音楽的な冷たさよりは,ほのかに甘い香りのようなものや,熱気を感じさせる部分もあり,20分程度の中に多面的な要素が詰め込まれた曲だと思いました。

この曲については,複雑な音の動きが難解さにつがなっている部分もありましたが,ホリガー/OEKの演奏は,その複雑さを複雑のままクリアに表現しており,大変聞きごたえがありました。テンポが速くなり,甲高いピッコロの音がキラキラと全体を縁取るように動き回っていた終結部も印象的でした。

演奏後,ホリガーさんは,全奏者と一人ずつ握手をして,その苦労(?)を労っていました。難曲に取り組んだ「同志」といった感じの熱さを演奏の背後に感じました。ホリガーさんについては,クールで神経質な雰囲気かなと勝手に予想していたのですが,実際には,出てくる音楽は確かに冷静で確固たるものがあったけれども,その背後には熱いエネルギーを持っていると感じました。

今回の定期公演は,大変チャレンジングな内容でしたが,結果としては,当初の狙いどおり,いくつもの顔を持つホリガーさんらしさを多面的に楽しむことができました。この日,1回の演奏で終わらせるには,もったいないぐらいの充実感のある演奏会だったと思いました。

PS. 最後のシェーンベルクの曲は,非常に特殊な編成でした。そのせいもあり,OEKメンバーがステージに入てきた際,ヴィオラのダニール・グリシンさんの椅子がなく,思わず苦笑というシーンもありました。「弦楽四重奏で1個椅子が足りなかったら...故意としか思えないなぁ」とか「演奏前に椅子取りゲームをやってみても面白いかも」とか変なことを思いながら眺めていました。

(2017/06/08)














公演のポスター。今回は何故か,立看板は出ていませんでした。

終演後のサイン会は,長蛇の列でした。

ホリガーさんからは,モーツァルトのオーボエ協奏曲のCDにサインを頂きました。愛聴盤です。


シュプバッハさんは,バイエルン放送交響楽団の首席奏者ということで,きっと色々なCDでその音は聞いていそうです。


この日から「金沢百万石まつり」ということで,もてなしドームのタペストリも「百万石」でした。


この飾りもすっかり定番ですね。

会場に来る途中,小雨が降っていました。そのせいで,綺麗な虹が太陽の反対側にできていました。アーチがこれでけしっかり見えるのも珍しいと思います。