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オーケストラ・アンサンブル金沢 第390回定期公演マイスターシリーズ
2017年6月24日(土)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ショスタコーヴィチ(バルシャイ編曲)/室内交響曲 op.110a
2) ラヴェル/ツィガーヌ
3) バターワース/青柳の堤(1913)
4) モーツァルト/交響曲 第29番 イ長調 K.201
5) (アンコール)アーノルド/シンフォニエッタ第1番〜第3楽章

●演奏
オーケストラ・アンサンブル金沢(リーダー:アビゲイル・ヤング)
アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン*2)



Review by 管理人hs  

6月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演マイスターシリーズは,OEKならではの「指揮者なし,アビゲイル・ヤングさんのリード」による公演でした。プログラムは,ショスタコーヴィチの室内交響曲とモーツァルトの交響曲第29番の間に,ヤングさんの独奏によるツィガーヌ。そして,ヤングさんの「お国もの」であるイギリスの作曲家,バターワースによる「青柳の堤」が演奏されました。

指揮者なしということも含め,聞く前は地味なプログラムに思えましたが,逆にOEKの実力そのものをストレートに出し切った,自信に溢れた充実感を堪能させてくれるような内容となっていました。ヤングさんとOEKのつながりも,15年以上になると思います。お互いにやりたいことを知り抜いたような信頼感溢れるアンサンブルで,どの部分にも,ヤング&OEKらしい,自然なニュアンスの豊かさが感じられました。

この日のOEKは,チェロ以外は,全奏者が立って演奏していました。指揮者がいない分,全員が伸び伸びと(?)ソリストになったような気分で,ダイナミックな演奏を聞かせてくれました。心なしか,音もよく鳴っていたと感じました。というわけで,室内オーケストラしい細かいニュアンスの豊かさと同時に,力強さが加わった,このコンビの集大成のような演奏の連続でした。

最初のショスタコーヴィチの室内交響曲は,過去,何回か聞いたことのある作品ですが,今回の演奏では,意味深な深さだけでなく,オーケストラそのものの音の豊かさと透明感としっとりとした品の良さなどをしっかりと楽しむことができました。

途中出てくる「ユダヤ風のメロディ」や,強くノックするような3連音とか,強烈な部分も印象的な曲ですが,暴力的になり過ぎることはなく,「20世紀のスタンダード」と言っても良いような,強いけれども音楽的な美しさのある,まとまりの良い演奏を聞かせてくれました。

第3楽章でのワルツでは,マルガリータ・カルチェヴァさんのコントラバスがしっかりと効いていました。第4楽章では,ヤングさんは延々と同じ音を引き延ばしていたので,この部分では,ヴィオラのダニイール・グリシンさんがリードしているように見えました。チェロのカンタさんも,要所要所で美しく優しい高音を聞かせてくれていました。今回の安定感抜群の演奏は,ヤングさんのみならず,OEKの誇る首席奏者たちが一体となってリードしている力が大きいのかなと感じました。

それにしても,1カ月の間に「室内交響曲」という名前の作品を2曲聞くというのは,かなり珍しい経験だったと思います。

ラヴェルのツィガーヌでは,ソリストとしてのヤングさんの力量を存分に楽しむことができました。この曲については,いしかわミュージックアカデミー(IMA)の若い奏者たちの,やる気満々の演奏で何回も聞いたことがありますが,ヤングさんの演奏は,一言でいうと,貫禄のある大人の演奏でした。曲芸のように軽快に聞かせるのではなく,全体にテンポを遅めにとって,オーケストラのメンバーと対話をするように,じっくりと聞かせてくれました。曲の最初のヴァイオリン独奏の部分から,正確さと同時に,ピシッとした精神の集中と落ち着きが感じられました。

その一方で,オーケストラ伴奏版だと(IMAのときはピアノ伴奏版),ラヴェルならではの色彩感たっぷりの音を楽しむことができます。ヴァイオリン独奏の序奏部に続いて,ハープが加わってくるあたり,「待ってました!」という感じの華麗な響きがホールに広がりました。

曲の最後の部分は,テンポが結構変化します。ヤングさんとグリシンさんが,しっかりコンタクトを取りながら,じっくりと演奏しており,聞きごたえ十分の音楽を聞かせてくれました。ただし,こういった部分ではやはり,指揮者がいてくれた方が良かったかもしれません。全体にややテンポが重い気はしました。

なお,この曲では,OEKメンバーは着席して演奏していました。前回の定期公演に続いて,今回もまた,ステージマネージャーさんは,椅子の出し入れが大変そうでした。

後半の最初は,英国の作曲家,バターワースの「青柳の堤」で始まりました。曲は,遠藤さんのクラリネット独奏でスーッと始まった後,弦楽器による実に清冽な音楽が心地よく流れていきました。この音が本当に見事でした。

途中,色々な木管楽器がソリスティックに活躍する辺りが,いかにも田園詩的でした。のどかな田園にちょっとしたトラブルが発生したような感じで,「その頃,村では一騒動...」とか勝手にナレーションを入れてしまいたくなるようなムードがありました。

初めて聞く曲でしたが,OEKがイギリス音楽をあまり取り上げてこなかったので,ヤング/OEKの「お薦めの作品」的にこれからも,知られざる逸品を演奏していって欲しいと思います。

最後は,モーツァルトの交響曲第29番で締められました。この曲で締めるというのは,やや冒険的な部分があったかもしれませんが,個人的な思いとしては「理想のモーツァルト」を楽しませてくれ,まったく不満はありませんでした。上述のとおり,繊細で自然な表情の変化と伸び伸びとした躍動感のバランスが理想的で,第1楽章が始まった瞬間,「このテンポ感だ」とぴったり波長が合いました。

この曲でもチェロ以外は立って演奏していましたが,体全体の動きが音楽全体の動きにつながっており,のびやかさとダイナミックさを兼ね備えた演奏を聞かせてくれました。この楽章の持つ,柔らかな浮遊感もしっかりと伝わってきました。

第2楽章では,弱音器をつけた弦楽器によるマイルドで,夢見心地の音が主体でした。この世のものではないような,はかなさが大変魅力的な演奏でした。楽章の最後の部分で出てくるオーボエの「一声」で現実に戻されるようになるのも好きです。この部分での加納さんの品の良い音も見事でした。

第3楽章のメヌエットは,大変キレの良い演奏で,大変生き生きとしていました。トリオの部分での,ホルンやオーボエのロングトーンも印象的な部分ですが,とてもすっきりとまとまっていました。

第4楽章もまた速目のテンポで躍動感のあるキレの良い演奏を聞かせてくれました。品の良さだけではなく,グイグイと迫ってくるような迫力がありました。この時期のモーツァルトの作品には,ホルンに高音が出てくることが多く,「実は大変」だと思うのですが,見事な音で,弦楽器との対比を聞かせてくれました。

実は最近,モーツァルトの後期の交響曲については,この29番がいちばん気に入っています(ただし,現時点での順位です)。その大好きな曲を,大変爽快かつ生き生きと聞かせてくれ,演奏会全体を見事に締めてくれました。

プログラムの演奏時間的には,やや短めだったこともあり,鳴り止まない拍手に応え,アンコールとして,アーノルド(この方もイギリスの作曲家です)のシンフォニエッタ第1番の中の第3楽章が演奏されました。初めて聞く曲でしたが,大変楽しめました。

「この楽しい曲は一体何という曲?」と思わせる,ちょっとラテン的な変拍子の曲で,ホルンも大活躍していました。というわけで,この曲についてはは...是非,全曲を演奏して欲しいものです。

というようなわけで,この日の演奏会を聞いてまず思ったのは...ヤングさんがコンサート・ミストレスを務める時のOEKを指揮する指揮者には,相当の覚悟が必要だな,ということです。もちろん,比較的編成の小さな曲が中心だったこともありますが,指揮者の役割とは一体何?と考えさせるような,水準の高い演奏の連続でした。

(2017/07/01)





公演の立看板


この日は,休憩時間に,OEKメンバーの顔写真のスライドショーが流れてしました。Jリーグの”メンバー紹介”のようなイメージでした。OEKぐらいの人数だからできることかもしれないですね。映っているのは,第1ヴァイオリンの山野さんです。


こちらは,ヤングさんですが...ピンボケになってしまいました。


終演後のサイン会で,ヤングさんにサインをいただきました。キタエンコ指揮OEKの「シェエラザード」のCDのジャケットです。


JR金沢駅地下に行ってみると,七夕の飾りが出ていました。